皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
ちょっと短いよ
戦いに幕を下ろす舞台装置であるかのように、血錆が香る洞穴ヘ現れた白髪の青年。一迅の雷鳴となって洞穴内のアマゾネスの約半数をも一撃で吹き飛ばし、返す刀でバーチェをも岩壁へ叩きつけた男の登場に空気が凍りついた。
「一撃か··········まぁ、たいして期待はしてなかったけどな」
「アル·········?」
ただそこに居るというだけでティオナも、テルスキュラの狂戦士達も、カーリーすらも戦慄する。その存在感に誰もが息を飲む中、ティオナだけが呆然と彼の名を呼ぶ。
普段の彼からは想像も出来ない、冷たく重い威圧感。それはまるで竜が発するような圧力であり、ティオナもカーリーも先程までの激闘を忘れて息を呑んだ。
渦巻く力の奔流を例えるのであれば雷、或いは炎、或いは嵐。災害を人型に押し込めたかのような男は岩壁に叩きつけられたまま動かないバーチェを一瞥すると、視線をティオナへと移す。
「ティオナ、帰るぞ。レフィーヤの方にはガレスが行ってるから問題ない」
「あ、うん」
殺気立つアマゾネス達など視界にも入れず、そう言い放ったアルにティオナは困惑しながらも立ち上がり、素直にこくりと首を縦に振った。
─────もしかしなくてもアル、すごく怒ってる?
声を荒らげているわけでも、怒鳴っているわけでもない。ただ、普段からは考えられないほど静かな感情を表すアルにティオナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
しかし、そんなティオナの手をアルは掴むと、そのまま踵を返し歩き出す。
「俺も人のことは言えないからそういうのはリヴェリアに投げるけど、帰ったら多分説教だと思うぞ」
「·······うん、ごめん」
既に詠唱を終えていたのか即座にアルが発動させた不死鳥の付与魔法により、ティオナを先程まで侵していた激毒や身体中に奔る鈍痛が癒えていく。
ティオナはその心地良さに身を委ねながらも、昔のことを思い返していた。
あたし、ティオナ・ヒリュテにとってアル・クラネルは物語から出てきたかのような男の子だった。
闘国をティオネといっしょに飛び出して【ロキ・ファミリア】に入って暫くたった四年前、猫でも拾ってきたかのように扱うロキに抱えられたアルは昔のティオネのようだった。
小さい時から散々見てきた血のような瞳に、燃え尽きた灰のような髪。けして笑わず、アイズよりも苛烈に強さを求めてダンジョンに潜り続ける姿は命を削ってでも強くなろうとしている様は昔の血に満ちた日々を思い出させる鏡みたいで苦手としていた。
ティオネはあたし以上に苦手としていて、あるいは嫌ってすらいたのかもしれない。ティオネの師匠だったアルガナを思い出しては話してすらいないアルを避けるようになっていた。
その印象が変わったのはアルがファミリアに入って三週間目のある日、上層で小竜の強化種が発生したという報告が上がり、フィンやガレス、ベート達と殿として残った団員──当時Lv1だったアルの救援へ向かったときだ。
誰も声には出さなかったが、既に死んでいる、そんな確信があった。当然だ、他のモンスターの魔石を喰らうことで自己強化を果たした強化種、その恐ろしさは最大派閥の【ロキ・ファミリア】の面々は深く理解していた。
上級冒険者に50名以上の被害を出した血濡れのトロールのように魔石の味を覚えた強化種というものは元となったモンスターとは全く別種の、元の認定レベルでは測れない上位亜種ともいうべきものなのだ。
元が上層の実質的な階層主とも言われる小竜であればその認定レベルは2を確実に超えるだろう。パーティのリーダーであったレベル2の団員が逃げ帰ってきたことからもそれは明らかだった。
いかに、才能に溢れていたとしても冒険者になったばかりのアルが勝てる相手ではないのだ。
だが、あたし達は目撃した。───『本物の英雄譚』を。
既に手元に愛用の武器はなく、逃げた者達の武器をふんだんに使い捨てながら遥か格上であるはずのドラゴンへ果敢に攻める血だらけになりながらも諦めないアルの姿がそこにはあった。
その目に恐怖はなかった。あるのはただただ強い戦意のみ。Lv2の上級冒険者ですら逃げ帰る相手に冒険者となって一ヶ月も経っていないのに勝てるわけがない、それほどの実力差を身で感じながらもその足は止まっていなかった。
あのとき、読み聞かせられた『英雄譚』のような弱者の、勇気を振り絞った戦い。その戦いからというもの、あたしはアルについて回るようになった。
鬱陶しそうに邪険にされたが、あたしはアルに、かつてあたしが『英雄譚』にそうしてもらったように笑ってほしかったのだ。
けれど、未だあたしはアルの笑っているところを見たことがない。
「やっぱり、女どもには任せておけねえ」
闇夜に包まれたメレンの町並みに鳴り響くモンスターの咆哮と戦士達の剣戟の音。
その音を聞きつけたかのように迷宮都市オラリオが誇る冒険者の頂点たる都市最大派閥、【ロキ・ファミリア】の男性陣がメレンのメインストリートに集う。
「てめえら、いつまでも女どもにいい顔させてんじゃねえ、やるぞ」
先頭に立つベートが眉根を吊り上げながら声を上げ、団員たちもそれに応ずるようにそれぞれの得物を構えて一斉に雄叫びを上げる。
メレンの貿易港区で花火のように連続して弾ける光はアマゾネス達と戦端を開いたアイズ達の戦闘によるものだ。
「はははっ、ベートもいい発破をかけるようになったじゃないか」
「アキ、あそこにいるのはあの【カーリー・ファミリア】 で間違いないんだね?」
「は、はい! きっと、ティオネ達もいます」
ベートに加えてフィン、ガレス、アルの四人の第一級冒険者とラウル達二軍率いる第二級以下の団員達。合計数十人からなる大所帯の冒険者達が港から大通りへと突入していく。
「全員揃ったか?」
「はい。 集まっています!」
道化の団旗を掲げた一団は市壁上部に設けられた通路に集まり、眼下の戦いを見下ろしていた。
アキがロキの使いで伝えてきたことは三つ。ティオネ達とテルスキュラのアマゾネスに関する現状と経緯。【ヘファイストス・ファミリア】での整備を終えたアイズ達の装備一式を揃えること。
そして、今回の騒動の原因であるテルスキュラのアマゾネス達に対しての戦力として団員の集結───ひいては新たな領域へと至ったアルも連れて、メレンに殴り込めというものだった。
「アイズの剣は俺が持ってく」
「えっ、じ、自分がティオネさんとティオナさんの得物運ぶんすか?」
整備を終えたアイズやリヴェリア達の武器を渡すためにそれぞれが持つ武器を持ったラウル達は道化の団の団員達が見守る中、通路へと出る。
「さて、みんな。これからお騒がせな姉妹を迎えにいく。たったそれだけだけど、これほど厄介な冒険はない」
準備を終えた団員たちを前にして、フィンは言う。今現在、港では激しい戦いが繰り広げられているだろう。だが、そんなことは関係ない。
フィンの声に冗談交じりに笑う彼らの顔には笑みに反して仲間に手を出された怒気が宿っている。
ティオネ達とアマゾネスの姉妹との因縁などフィン達にはわからないしこちらから詮索して知る必要もない。ただ、自分達の仲間に手を出したことだけは許せない。
「────行くぞ!!」
闇夜に沈むメレン。フィンの号令と同時に躊躇なくベート達が動き出す。強過ぎる援軍がメレンの町へ降り立った瞬間だった。
はーーーーーーーーーーっ(クソデカため息)
くっそ、帰りたいわ···········。
いやさ、俺いる必要ある? 【カーリー・ファミリア】程度、フィン達で片せるだろ?
自分より弱いアマゾネスとか本当に相手したくないんだけど·······。アイツら、曇らないし、エルフならいいんだけどなあ········。ティオナも前世みたいな感じならまだ良かったんだが······。
今更、いくら数いてもレベル3程度の奴らが相手じゃ話にならんわ。もう、お前ら全員、怪人になってこいよ。全員が第一級冒険者相当にまで強化されれば俺でも流石に殺されるだろ。
······はぁ。
あ、アイシャやん。どうしたん?
【カーリーファミリア】の団長姉妹に『階位昇華』の魔法が使われる、だって?
································ほう?
「なっ、なにを呆けておる!! 止めよ!!」
あまりに自然にティオナを連れ帰ろうとするアルの姿に我に返ったカーリーが非現実的な光景に混乱し、呆けていた残る約半数のアマゾネス達に対して指示を出す。
混乱と困惑を闘志で捻じ伏せ、主神の命を受けたアマゾネス達が裂帛の咆哮を上げて決闘を穢した男を排除しようと各々の得物を手に殺到する。
彼女達は姉妹頭領にこそ劣るものの、カーリーが同行を許した闘いの国テルスキュラの精鋭。全員がレベル3以上、第二級冒険者に相当する実力をも備えた歴戦の勇士なのだ。
────しかし、相手が悪かった。
「寝てろ」
再び、洞穴内に一迅の雷鳴が奔る。雷鳴、そうとしか表現できぬ知覚も反応も許さない、ただただ雷鳴のような破裂音と残光だけを残す神速でもって数十ものアマゾネスの意識を刈り取った。
何よりも恐るべきはスピードでもパワーでもなく、そのコントローラビリティ。ティオナとは比べ物にならぬほど速く、鋭く、そして正確にアマゾネス達の急所を撃ち抜いていくアルの絶技は、Lv6のティオナから見ても次元が違うと分かるほどだった。
それほどの一撃でありながら、無力化されたアマゾネス達は誰一人として重傷を負っていない。意識を失っている者のほうが少ないにもかかわらず、誰一人として動くことができない。英雄ならざるものには決して、届かない圧倒的なまでの戦いの技量の差がそこにはあった。
「な、なんじゃと·······」
ありえない。赤目の白髪の青年、噂に聞いた特徴と合致したその整った面貌に青年が都市最強の片割れ、『剣聖』であるのだとカーリーは理解した。強いとは聞いていたが、これほどとは思ってはいなかった。
カーリーが誇る精鋭のアマゾネス達数十人を煤でも払うかのように無力化し、【イシュタル・ファミリア】の狐人の『魔法』によって一時的にとはいえLv7相当にまで強化されたバーチェを一蹴するなど、いくらLv7といえどあり得るわけがない。
それとも、純正のLv7とはここまでの怪物なのだろうか。極めて少ないながらも世界全体を見渡せばそれなりの数がいるLv6までとは違い、かつての最強派閥が消えた今、Lv7の域に達しているのはたった三人のみ。
それならばあの美神の企みなど『猛者』を有する【フレイヤ・ファミリア】に通じるはずがない。
英雄の気迫。青年から横溢するオーラはまさにそれだった。モンスターをして震え上がるほどの威圧感を放つ怪物を前に、カーリーの頬に冷や汗が流れる。
その力は強大であり、オラリオ最強の第一級冒険者全員を相手に戦える、そういった英雄としての覇気が、超越存在であるはずのカーリーをも膝を突かせかねない嵐として吹き荒ぶ。
歴戦の者たちが一蹴されたことに気圧され、立ち向かえなかったがゆえに無傷の若輩のアマゾネス達が鳥肌を立てたのも仕方がないだろう。
戦士としてではなく、一生物として立っている地平が違う。オラリオにおいても上級冒険者と讃えられるであろう彼女達と英雄の間には鼠と竜ほどの違いがあった。
ガラッ、と岩壁に打ち付けられたバーチェが立ち上がる。もとよりLv6であり、いまやLv7の領域に足を踏み入れているバーチェは他のアマゾネスとは違い、いまだ戦意を失っていない。
「········何だ、まだやるのか?」
身体中に奔る鈍い痛みを闘志で押さえ込み、瞳に怒りを燃やしながら立ち上がったバーチェに、アルが振り返らずに声をかける。
その声には戦意も殺意も感じられぬほどに静かで、しかし同時に言葉に出来ぬ圧迫感を感じさせた。
先程のハエでも払うかのような何気ない一撃にこめられた凄絶なる威力。バーチェも聞くまでもなく理解していた、相手が噂に聞く最強の男『剣聖』アル・クラネルなのだと。
確かに格上かもしれぬが未だ身体が動く以上、負けは認めない。アマゾネスとしての本能がバーチェを突き動かす。
しかし────バーチェは見てしまった、アルの瞳を。
「ヒッ──」
眼前に立つ白髪の男の血のような瞳。それは自分を見てはいない、対等の敵に向けるものとはかけ離れた地を這う羽虫を見ているかのような退屈そうな目。
姉相手にも上げたことのない悲鳴が漏れる。戦いを、殺戮を愉しむ姉とは正反対の冷めた目。その不気味さに恐怖を覚えた。
何よりも、バーチェにはわかってしまった、自分を前にして構えようともしないアルとの隔絶した実力を。憐れにもこれまでにアルに蹂躙されたLv3からLv4のアマゾネスたちでは、実力が違いすぎてその高みを感じ取れなかったのだろう。
優れた戦士は拳を交えずとも見ただけで相手の強さを見抜くことができる。まして一撃を受け、改めてその立ち姿を見たとき、バーチェは悟ってしまった。
もとより対人戦に特化し、Lv6のステイタスを持ち、『魔法』によって一時的にとはいえ、Lv7の階位へと至ったが故に眼前の男が条理を逸した『怪物』であると理解してしまった。
「お前らが目的とするのは『真の戦士』、だったか?」
「なら、来い」
「歓べ、アマゾネス」
「今、地上で最もその高みに近づいているのはこの俺だ」
ハーメルンのコメント欄だと感想書けないからTwitterアカ作ってとのリクエストがありましたので作りました。
主に更新予定時間や進捗状況を報告させていただきます。
https://twitter.com/Lw4p9DnC48lkr6A/
Twitter初心者もいいとこなのでやらかす前にいろいろ教えてくれると助かります。
『アル・やる気0モード』
怒り✖ イライラ○
多分無理だろうけど盛り上げてやるから覚醒でもしやがれ、くらいにしか思ってない。
笑わない男。笑いかけられたのはアミッド、リュー、ベルを除けば三章終盤のアイズくらいかな。なお、アストレアレコードだと隠しきれず度々大笑いしている模様。