皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
これから進路関係で忙しくなるのでちょっと投稿ペースが下がるかもしれません。できるだけ毎日投稿はするつもりですができなかった日はすみません。
「嘘でしょ···········」
オラリオの街中、見るからに気の強そうな赤錆色の頭髪の少女が頭を抱えてうずくまっていた。
彼女の名はダフネ・ラウロス。『月桂の遁走者』の二つ名を持つLv.2の上級冒険者であり、探索系派閥【アポロン・ファミリア】に所属している。
主神への忠誠心は高くないもののその実力と指揮能力は非凡であり、【アポロン・ファミリア】においても部隊の指揮官を任されるほどの実力者だ。
そんな彼女が今、頭を悩ませていた。今、ダフネの目の前には倒壊した古い教会があるのだが、これはとあるファミリアのホームだったらしい。
そのとあるファミリアとは他でもない好色神アポロンが目をつけたベル・クラネルの所属する【ヘスティア・ファミリア】である。
そして現在、そのホームは見るも無残な姿に変わり果ててしまっていた。屋根は崩れ落ち、柱は折れ曲がり、壁は吹き飛ばされている。中を覗くことは叶わないが、恐らくもう原型すら留めていないだろう。
誰が壊したのか?
それも言うまでもなく【アポロン・ファミリア】の眷属の仕業である。
アポロンは同郷であり、慈悲深いこと知られるヘスティアにすら『守備範囲の広過ぎる変神』と呼ばれる変神だが、それでも悪神ではない。
いや、むしろ善神と言っていいほどに下界の人間への愛の深い男神なのだ。
だが、
彼は気にいった人間には男女問わず────どっちかといえば男のが好み────執着する傾向にあった。
その結果、気に入った人間は相手に拒まれようとも自分のものにしようとするのだ。
それがたとえ相手にとって望まぬ結果になったとしても地の果てまでも追い求めて手に入れる。
現に彼の派閥である【アポロン・ファミリア】の団員の多くは他派閥から強引に引き抜いた者ばかりだ。
度々、問題を起こしてギルドからペナルティを受けることもあったものの腐っても善神であることとその都度の根回しにより今日まで存続してきていた。
しかし、今回の件に関しては話が別だ。
今回、アポロンの標的となったのは先日ランクアップをしたばかりの少年冒険者ベル・クラネルであった。
ダフネは止めた、必死になって止めた。ベルがただの有望な冒険者ならば顔を顰めながらもダフネは従っただろう。
しかし、ベルはあの『凶狼』の弟子であり、『剣聖』の弟なのだ。
都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の身内を傷付ければどのような報復を受けてしまうか分からない。
それ以前にアポロンは一度、ベルの兄の『剣聖』───アルに手を出して痛い目を見たはずだ。
四年前、都市に来たばかりの──既にランクアップはしていた──アルに目をつけて相手が都市最大派閥に所属しているのにも関わらず無理やり自分の眷属に引き入れようとしたことがあったのだ。
その際には一悶着の末、アル一人と【アポロン・ファミリア】の精鋭が戦争遊戯よろしく決闘をすることになり、その結果は惨劇と言うに相応しいものだった。
詠唱不要の雷魔法と馬鹿みたいな白兵戦能力で蹂躙されたあげく、一応は格上であるはずのヒュアキントスを含めた主力達はほぼ壊滅状態にされ、辛うじて逃れた者達も間近で蹂躙される仲間の姿を目に焼き付けられトラウマを植え付けられた。
それだけならまだしも、その後、アポロンとその派閥はロキによって多大な負債を負うことになったのだ。
故に今回は必死で説得を試みたのだが、結果はこの有り様である。幸いなことにベル本人やヘスティアに怪我はないようだが、ホームを壊すのは一線を越している。
ダフネや他の団員が止める間もなくアポロンに忠誠を誓う一部の過激派達が暴走した結果がこれだった。
ダフネ達は嘆息しながら崩壊した教会を見つめる。ダフネが街での騒ぎを聞きつけた時にはもう遅すぎたようだ。
「········一般人には被害が出てないみたいね」
ダフネはそう呟くと破壊された教会を見て苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、拳を握りしめる。
········実のところオラリオの法的には街中での戦闘自体は違反行為だが、一般人に被害がない限りはそこまでのペナルティはない。
荒くれ者の多い冒険者同士の諍いであればある程度は互いの自己責任という形でギルドも見て見ぬ振りをする。
しかし、今回に関しては相手が悪い。
ベル自体は有望なだけで怖くはないがそのバックには【ロキ・ファミリア】がいる。
無論、ベルの所属は【ヘスティア・ファミリア】であり、他派閥間の諍いに横から手を出すのはたとえ都市最大派閥だとしてもご法度だ。
だが、現実問題としてベルの兄である『剣聖』が【アポロン・ファミリア】に報復をしようとした際、一体
怒れる都市最強の冒険者を止められるのは同じ都市最強派閥だけだ。だが、アポロンは一度【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売っている。これは二度目、場合によっては【ロキ・ファミリア】への挑戦ととられてもおかしくなく、止めるはずもない。
度が過ぎれば都市の衛兵である【ガネーシャ・ファミリア】が止めに入るだろうが、それもアルならば力ずくで振り切れてしまう。
都市で最も多くの第一級冒険者を抱えているとはいえその最高レベルは団長のシャクティであっても5止まり。止められるはずがないし、そもそもその気になれば都市そのものを滅ぼすことも可能なのがあの英雄なのだ。
(【フレイヤ・ファミリア】は論外)
ともかく、このオラリオにはその気になったアルを止められる戦力は存在しないのである。
いくらギルドが止めようともペナルティを無視して強行してしまえば、流石にそこまではしないだろうが極論【アポロン・ファミリア】の眷属をアルが皆殺しにしようとしていても誰もそれを止めることなぞできはしない。
仮にアルによって【アポロン・ファミリア】が壊滅させられた場合、アルはギルドからそれなりのペナルティは受けるはずだがそれもアルがその気になれば跳ね除けられてしまう。
表面上は違くとも実際には人にも価値の差というものが存在する。
【アポロン・ファミリア】に目をつけられた零細ファミリアが泣き寝入りをせざるをえないようにアルに目をつけられた時点で【アポロン・ファミリア】に勝ち目など存在しないのだ。
仮にギルドがアルにペナルティをつけると言ってアルが『じゃあ、都市から出る』なんて言い出せばそれで終わりだ。
都市最強の冒険者が都市から去るということが何を意味するのか分からない者はいない。
力ずくで止められないのは当然として実際に出られては都市の運営に支障が出てしまい、最悪の場合は都市存亡の危機にまで発展する可能性がある。
アル・クラネルが先日、七度目のランクアップをしたというニュースをオラリオに住んでいて知らないものはいない。
Lv.8へのランクアップ。
それは十五年前に都市を去った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】以来の快挙であり、恩恵を受けてからの所要期間がたったの四年間というのはオラリオ千年の歴史の中で最速の記録であった。
Lv.1とLv.2、Lv.6とLv.7に大きな差があるようにLv.7とLv.8にはそれ以上の差が存在する。
Lv.7までならばオラリオの歴史の中でもそれなりにいたのだが、Lv.8以上に至った者は片手で数えるほどしかいない。
神時代の象徴にして眷属の到達点とさえ言われていたゼウスとヘラの派閥であってもLv.8以上に達していたのはたったの一人ずつであり、その領域に未だ全盛期には達していないであろう前途ある16歳の少年が達してしまったのだ。
そんな偉業を成し遂げた存在が都市を出ると言い出したらどうなるか?
オラリオの冒険者の至上課題は二つ。
一つはダンジョン最下層の踏破。
もう一つはゼウスとヘラですら破れた世界を滅ぼしうる黒き厄災の討滅─────『隻眼の黒竜』の討伐である。
前者については言わずもがな、後者においてもアルの存在はゼウスとヘラの穴を埋められるかもしれない地上の切り札になりつつある。
そんな人物を都市の外には出せないし、出してはいけない。
ギルドは勿論のこと、普段【ロキ・ファミリア】をよく思っていない派閥ですらアルが消えたことによる次なる闇派閥台頭の危険性を考えれば都市にいて欲しいと思うだろう。
地位や実力による特別扱いを嫌う考えの者は立場に関わらず多くいるが特別扱いしなかった場合に失うものを考えればギルドは『剣聖』を、都市最高の冒険者をあらゆる面で優遇せざるを得ないし、それを非難できる者は少なくともオラリオには存在しない。
対して【アポロン・ファミリア】にアルと天秤にかけるほどの価値があるかといえば、ないと断言するしかない。
確かにそれなりの数の上級冒険者を抱えているが中堅ファミリアの域を出ない程度の勢力だ。
それに今回の件ではアポロン側に非があったのは明らかであり、もしアルが本気で報復すればギルドは止めようとすらしないだろう。
もとより【アポロン・ファミリア】のやり口は前々から問題視されているため法はともかく心象的には市民もアルと【ヘスティア・ファミリア】を支持するに決まっている。
都市に住む住民達や零細ファミリアもアポロンの派閥に対して不満はあるもののアポロンの派閥がそれなりに力を持った中堅ファミリアだったからこそ表立って文句を言うことはせず、遠巻きに見ているだけに留めていたのだ。
それが今回、アポロン達についてはベル・クラネルという英雄の卵に手を出してしまった。
なによりもアポロンは一度【ロキ・ファミリア】の逆鱗に触れている。それを考えるとアポロン側につく理由が見つからない。
「(───────無理だわ)」
ダフネがいくら頭を回転させても今の【アポロン・ファミリア】は詰んでいる。
こうなることがわかっていたからこそダフネや一般団員はアポロンを必死に諌めて何とか穏便に収めようとしたのに、過度な忠誠心と怒りのせいでそれらを無視した一部の団員が強硬手段に出たせいで事態は悪化の一途を辿っている。
だが、それでもアポロンに同情はできない。何よりもまず先にベルに目をつけたのはアポロンなのだから。
今更ながら、どうしてこんなことになってしまったのかと後悔が押し寄せる。
もっと早くに自分がアポロンを殴ってでも止めていれば、あるいは何かできたのではないか? そんなことを思っても後の祭りである。
まだ、個人間での諍いならば放任主義っぽいアルが出てくることもないかもしれないが、弟のファミリアのホームを襲撃されたとあっては流石の彼も黙ってはいないはずだ。
アルの人柄はダフネもカサンドラ繫がりでそれなりに知っている。
悪人でもなければ実力者によくある傲慢さや横暴さもない、異常なまでに自分の身の危険を顧みないことを除けば良識ある青年というのがダフネの偽らざる評価だ。
割りと大雑把で身内──この場合は【ロキ・ファミリア】の団員──にもあまり頓着を見せないアルではあるが、弟を傷つけられて怒らないわけがない。
流石に殺しまではしないにしてもアルが実力に物を言わせ、誰にも止めさせずに【アポロン・ファミリア】を壊滅させることは十分に考えられる。
ダフネとしてはそれは避けたい。
個人的にはアポロンは嫌いだし、恨んですらいるが、だからといって【アポロン・ファミリア】が自分の居場所であるのは変わらないし、親しい友人もいる。
アルの怒りを買って、その結果としてファミリアが解散するだけなら良し。
最悪の可能性は二つある。
一つはアルによって死傷者が出ること。
だがこれはない、とダフネは考えている。先程まで散々アルによる報復を恐れていたくせに矛盾しているが、彼はその手加減ができないほど短慮ではない。
もし仮にアルが怒りに任せて暴れたとしても犠牲者が出ないように動くだろうし、そもそもいくら民意や力関係でゴリ押せたとしても都市の規範となるべき【ロキ・ファミリア】の幹部がこちらに非があるとはいえそこまで過激に行動するのはあまり考えられない。
精々が実行犯達をボコった上でギルドへの圧力をちらつかせ、オラリオからの追放や多額の罰金と【ヘスティア・ファミリア】への賠償金を支払わせるといった罰則を科す程度で終わるのが落とし所ではないか、というのがダフネの考えだった。
そしてもう一つの可能性、それは【アポロン・ファミリア】がオラリオから
これは追放されるよりも遥かに恐ろしい上にそうなる可能性はかなり高い。
アル自身にそんなつもりがなくとも少しでも【アポロン・ファミリア】に敵意を向けた時点でアルや【ロキ・ファミリア】がなにかするまでもなくオラリオ中が敵になる。
忖度、或いは民意の圧力とでも言えばいいだろうか。
更にわかりやすく言えば社会的に死ぬ。
第一級冒険者とはオラリオにとって欠かせない戦力であると同時に市民のアイドルであり、冒険者達の憧れでもある。
アルや【ロキ・ファミリア】が大人の対応をして不干渉、あるいは穏便に終わらせたとしても【アポロン・ファミリア】が二度にも渡ってアルや【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ったという事実は変わらないし、アル達が大人の対応をすればするほどアポロン達へのヘイトが高まる。
当のベルだって有望な若手として人気があり、先日の18階層での事件以来、ベルを応援する中堅冒険者は派閥を問わなく多くいる。
【アポロン・ファミリア】にとって最悪の結果となりうるのはベルを
まだアルによって『制裁』されればいいが、されなかった場合、納得いかないオラリオの民意が【アポロン・ファミリア】を罪悪感なく押し潰しにかかるだろう。
なにせ、先に難癖をつけて【ヘスティア・ファミリア】のホームを壊したのは【アポロン・ファミリア】なのだ。
ギルドや派閥関係なく、都市中の人間がアポロン達を責め立てることは想像に容易い。そうしてしまえばもうアポロン達はお終いだ。
まず考えられるのは魔石やドロップアイテムの換金や必要物資の調達が著しくやりにくくなること。
流石に中立の立場であるギルドは冷たい目で見つつも換金などをしてくれるだろうが、生産系ファミリアや商人達には完全に取引を拒否されることも有り得る。
彼ら自身がなんとも思ってなかったとしてもオラリオ全体から敵意を向けられた【アポロン・ファミリア】と取引をしては今度は彼らが非難されるかもしれないからだ。
それに加えて派閥への冒険者依頼も無くなるだろうし、他派閥との共同遠征なども不可能になるだろう。
最悪の場合、一部の過激派派閥にダンジョン内で闇討ちされる事さえあるかもしれない。
ダフネ達が助けを求めても『これまでお前たちがやってきたことだろ』と誰もが当然のように言い放つだろうし、それはそのとおりだ。
オラリオ外への逃亡も上級冒険者を数多く抱える【アポロン・ファミリア】は追放でもされないかぎりは難しい。
オラリオ全体から敵意を向けられた状態ならば出れるかもしれないがギルド職員といえど感情ある人間だ、あえて苦しめるためにオラリオから出ることを許さないかもしれない。
「(やっぱり、どう考えても詰んでるわ)」
ここから【アポロン・ファミリア】の団員が無事で済むにはアルに良い意味で仲裁してもらって民衆にとっての落とし所として納得できるだけのペナルティを受けるか、以前のように戦争遊戯などでベル自身にわかりやすい形で【アポロン・ファミリア】を倒してもらうかの二つしか思いつかない。
前者はともかく後者に関してはベル本人が周りに泣きつけばそれで終わりだし、どちらにせよ派閥の解体は避けられない。
正直、アポロンがどうなろうと知ったことではないがダフネ自身も危ないところにまで事態が発展してしまった以上、できれば穏便に済ませて欲しいとは思っている。
「──────土下座してでも許してもらうしかない、か」
過激派の団員達を即効抑えてベルへの謝罪をすることは前提として今すぐアルのもとに行き、土下座してでもこの一件の落とし所を作ってもらうよう頼み込むべきだ。
幸いと言っていいか、ダフネもアルとはそれなりに交流がある。あの男なら自分が頭を下げれば多少なりと譲歩はしてくれるはずだ。
「カサンドラ、今す────」
自分以上に親しいカサンドラを連れて今すぐにでもアルのもとに向かうべきと判断したダフネはカサンドラに声をかけようとして絶句する。
先程まで頭がまわるが故にこれまでないほどに動揺していた自分以上に顔色の悪い少女の姿があったから。
青ざめた表情で、小刻みに震えている姿を見た瞬間、嫌な予感と共に思考が急速に冷めていくのを感じた。
「·······わ、たし、わかってたのに、知ってたのに止められ、なかった」
「それを言うなら私も───」
「違うの!!」
「?!」
いつもオドオドした態度で自信なさげにしている普段の彼女からは考えられないほどの大声だった。そして、その瞳から零れ落ちる涙を見てダフネは更に困惑してしまう。
アポロンやヒュアキントスがベルを標的にしていたのはカサンドラだけでなくダフネや他の団員も知っていた。
止められなかったのは皆の責任であり、ダフネのような参謀役でもないカサンドラがそこまで気に病む必要はないのだ。
しかし、カサンドラはそうは考えていないのか、涙を流しながら言葉を続ける。
「違うの、ダフネちゃん」
「アポロン様の考えとか、予知夢とか、そんなんじゃ、なくて」
「私は、知ってたの、この教会が」
「あの人にとって、とても大切な場所だってことをっ!!!」
「アルの弟くんが襲われてるって!!」
なにかが爆発する音と建物が崩れるような音が都市全体に響く。音のした方角から煙が上がり、一般人の悲鳴や魔法の炸裂音が聞こえてくる。
その喧騒の音は都市北部に位置する【ロキ・ファミリア】のホーム、『黄昏の館』にいても聞き取ることができた。
本拠であるこの館の中で待機していた団員達は何事だと立ち上がる。いち早く街に出て状況を把握してきたティオナが応接室に飛び込んできてフィン達に大声を上げる。
「ティオナ、本当?」
「うん、【アポロン・ファミリア】が総出であの子を追いかけ回しているらしいよ!!」
慌ただしく部屋に駆け込んできたアマゾネスの少女にアイズも立ち上がって問うた。ティオナは息を切らしながら答える。
アポロンが美少年好きの変態神であるというのは有名だ。今回はベルに目をつけてアポロンの命を受けた眷属が襲いに来たということだろう。
かの神の執念深さはアイズ達も知っている。恐らく、都市中を探し回ってでも見つけ出して連れ帰るつもりなのだ。
厄介なのはアポロンの派閥はアイズ達には遠く及ばぬまでも確かな実力を持つ上級冒険者を多数抱えており、ベル一人では逃げ切ることは不可能に近いことだ。
「ここまで表立って抗争が行われるのも久々じゃな」
応接室のソファーに座っていたガレスが髭を撫でながら呟く。喧騒の音はまだ収まらない。まだ戦闘が続いているのだ。
「【アポロン・ファミリア】はギルドからのペナルティも覚悟の上だろう」
悩ましげに眉をひそめるリヴェリアも同意するように言う。しかし今回の騒動は明らかにそれに抵触する行動であり、どうあれアポロンはギルドから罰則を受けることとなる。
それでも構わないほどにベルに対する執着があるというのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題なのは──────
「二度目、か」
「······黙ってる、わけにはいかないわよね」
一度目は四年前、都市に来たばかりのアルに目をつけて相手が都市最大派閥に所属しているのにも関わらず無理やり自分の眷属に引き入れようとしたことがあった。
その際はロキがギルドを通して重いしっぺ返しを食らわせてやったが、派閥間のしがらみもあってファミリア自体を解体するようなことには至らなかった。
だが今回ばかりはそうはいかない。確かにベル・クラネルは所属ファミリアこそ【ヘスティア・ファミリア】ではあるが、彼がアルの弟でベートの弟子であるということは冒険者で知らない者のほうが少ないだろう。
つまり、彼らはベルが【ロキ・ファミリア】の身内であると知っておきながら襲ったことになる。
しかも二度目。
一度は許しても二度も許してはメンツに関わる。
【フレイヤ・ファミリア】ほど過激なつもりはないが【ロキ・ファミリア】にも都市最大派閥として保つべきメンツというものがある。
これが知り合いの冒険者程度ならば他派閥同士の諍いとして傍観したが個人的な心情を抜きにしてもこの状況で何もしなければ【ロキ・ファミリア】自体が舐められる。
「しかも、【アポロン・ファミリア】の奴ら【ヘスティア・ファミリア】のホームを壊したらしいよ!!」
冒険者、というよりも戦いを生業とするものにとって『舐められる』とは時として死活問題に発展する。
たとえそれが都市最大派閥と呼ばれる自分達であっても例外ではない。特にここ最近のオラリオでは様々な事件が起こり過ぎている。その混乱に乗じて他の勢力が暗躍していないとも限らない以上、気を抜いている暇などない。
むしろ、それは都市の要たる最大派閥だからこそ自分達が軽んじられればそれこそ闇派閥のような考えのものが出てくるかもしれないし、自分達の頂点に立つ者達が煮えきらない態度をとったとなれば荒くれ者揃いの冒険者達も当然いい顔はしないだろう。
一個人が舐められるのと組織が舐められるのは違う。
前者はその一人の名誉が傷つき、不利益を被るのもその一人だけだが、後者は組織全体の信用にも関わる。
一度でも舐められればあらゆる局面で軽んじられ、周囲は不当な扱いをフィン達にしてくるようになる。
『とりあえずふっかけてみよう』
『次からはロキよりもガネーシャに頼もう』
『強請ってもどうせやり返してこない』
『なんならフレイヤでも構わん(これはないか)』
こんな考え方をする者が出てしまえば終わりである。
これは今いる団員だけの問題ではない。
かつて無名の新興派閥だった時から何年もかけて築き上げてきた信頼と実績。そして、それらを支えてきた今は亡き戦友の誇りさえも穢す行為だ。
それだけは死んでも避けなければならない。
それだけ冒険者にとって立場が大きくなればなるほど『舐められる』ということの重みは大きくなっていく。
場合によっては個人が死ぬよりも遥かに大きな損害を受ける可能性だってあるのだ。
「······ベートがダンジョンに潜っていてよかった、というべきかな」
ベートやティオネのように舐められるぐらいなら死んでやる、という考えを持つ団員が多くいるのも事実であり、ここで動かなくては団員からの反感によってメンツ以前に派閥自体が危うくなりかねない。
無論、フィンやリヴェリア自体も内心かなり苛立っている。
「問題は介入のタイミングとその内容、か」
もはや、他派閥間の諍いなどとは言っていられない。ベルがアルの身内だというのはオラリオ全体が知っていることなのだから。
その落とし前はつけなければ、今後、他の派閥との関係も悪化する。そうなれば今後の活動に支障をきたすことは間違いないし、都市の治安にも関わってくる。
そして、なによりも··········
「アル、君はどうしたい?」
「ん?」
ベルの兄であるアルがこの場にいる。フィンは真っ直ぐな瞳で問いかけた。
答えは分かっている。それでもあえて問うた。
最悪、事態が発覚してすぐにアルがホームを飛び出してアポロン派に報復する可能性すらあったし、仮にそうしたらフィン達では止められないし止めなかっただろう。
それをしなかった時点でアルは組織人として十二分に分を弁えていると言える。
そうである以上は【アポロン・ファミリア】への落とし前の付け方はアルに一任する、言葉をかわさずともそれがこの場にいる全幹部の総意であった。
仮に【アポロン・ファミリア】を壊滅させると言ったとしてもフィンもロキも、リヴェリアでさえ止めることはない。
しかし、そんなフィンの考えとは裏腹にアルは不思議そうに少しだけ考えた後、口を開いた。
「·············いや、ほっとけば?」
「「「「「はあ?」」」」」
『いや、だって俺、関係ないし』、と言わんばかりの表情で放たれたのは予想外の言葉。
フィン達は思わず声を上げた。確かに今回の件は直接的にはアルには何の関係もないことだ。
だが、それでもベルの身内である以上は完全に無関係ではないはずだ。それに他でもないアルは以前、アポロンに同じようなことをされている。
これを弟相手に繰り返されるなど黙って見過ごせるはずがない。まして、今回は零細とはいえ、その弟のファミリアのホームを襲撃された上で壊されたのだ。
同じ立場ならフィンであっても許さない。
それなのに─────
「別にホーム壊されただけでベルが死んだってわけじゃねぇだろ?」
「まあ、メンツの話はわかるがアポロン程度なら当分はベル達自身にやらせて無理だったら俺らが入ればいいさ」
────間違ってはいない。
この件での最善は【ロキ・ファミリア】が介入する前にベル達が自力で【アポロン・ファミリア】を退けることだ。
だが、できるできないは置いておいたとしても心情的にアルが手を出さない理由がわからない。
動機、大義名分、必要性の三つが揃っている以上はそれが最善でなくともアル自身の借りを返す意味でも動かなくてはおかしいし、アルという人物は自分よりも身内を優先することは誰もが知っている。
まして、弟ともなれば尚更のはずだ。
「お前の弟のことは置いておいたとしても【ヘスティア・ファミリア】のホーム────あの教会が壊されたことは許せるのか?」
これまで沈黙を保っていたリヴェリアが問う。その問いの意味がわかるのはファミリアの幹部のみ─────以前、あの古教会がアルの母親の形見のようなものだと呟いたのを聞いた者たちだけだ。
元々、滅多に自分の身の上を語らない───弟がいるというのすらベルがオラリオに来て知った───アルが吐露した家族の話。
リヴェリアはアルの弟のホームがあの教会だと知った時、そんな運命にも似た偶然に密かに感動していたほどだ。
買い上げたり補修したりはしていなかったし、自然のまま壊れるならそれはそれでいいとは語っていたが、壊れたのではなく壊されたのだ。
それも弟であるベルを狙う目的で。
正直、アルが感情のまま実行犯を手に掛けたとしても心情的には責められないし、リヴェリア達もアルを庇っただろう。それほどのことを彼らは仕出かしている。
むしろ、フィン達の怒りは教会のことを知るがゆえのものだ。しかし、アルの答えは変わらない。
そこにはいつもの気怠げな雰囲気はなく、ただひたすらにつまらなそうな色だけが浮かんでいた。
そして、不思議そうに。
「·······いや、あそこって確かヘファイストスの所有物件だったよな?」
『じゃあ、俺が怒る理由ないじゃん』、と言わんばかりに言ったのだった。
地の文書きすぎて完全新規で一万超えちゃった
・アル
痛恨の曇らせチャンススルー
アルとして本当に思い入れもなにもなかったので軽くすませだけどやりようによってはかなりおいしい思いできた。
・アポロン
今回に関しては命じてないし、そんなに悪くない。作者は割りと好きな神だから後々活躍させたい。
・ダフネ
原作キャラなのでアルに一応は目をつけられてる。苦労人。
・カサンドラ
アルは曇ってる姿見逃したほうがショックだと思う
・リヴェリア達
アル以上、というか多分ベルやヘスティアよりキレてた人達。
1.身内同然のベルに手を出した
2.二度目→なめてる
3.仲間の母親の形見壊した
でトリプル役満
(別にアルに肉親の情がない訳では無いです。原作知識あるアルにとっては壊される前提だったのでむしろ壊されないほうが困惑する)