皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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六話 怪物の祭りと宴

 

 

 

 

二つ名持ちの上級鍛治師が何人も所属している鍛冶系最大手のファミリア【ヘファイストスファミリア】、鍛冶神ヘファイストスを主神とするファミリアで【ゴブニュファミリア】と並ぶオラリオ最高の鍛冶ファミリアであり、第一級冒険者の装備はほぼ全てそのどちらかが作ったものだ。

 

そんな【ヘファイストスファミリア】の団長であり、Lv5の実力者でもある椿・コルブランドは半年前程から始めたとある傑作の完成に差し迫っていた。

 

最硬精製金属ですら融解する炉を使い、全身を火傷に苛まれながらの狂ったように行っている作業は主神であるヘファイストスから何度も止められかけたが、これが完成すれば神の域に到達できるという気持ちから制止を振り切り母体となったアイテムにくわえて様々な稀少金属や深層のドロップアイテムをふんだんに使った至高の剣の作成に没頭した。

 

その剣の核となる材料、それは───────『隻眼の黒竜の逆鱗』である。

 

太古の昔、大地に穿たれた『大穴』から現れた三つの厄災、数千年もの間、世界に痛みを振りまき続けた『三大クエスト』の一つであり、かつて最強を誇った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が敗北を喫した災厄の竜。

 

その荒れ狂う力を秘めた鱗を材料に剣を作れば一体、どれだけの品に至るのか。気になるのは鍛冶師の性だろう。

 

そんな剣を、かつての二大派閥との戦いで欠けた鱗をどこからか入手してきた依頼者─────アル・クラネルという当代最強の使い手が振るえば一体どんな領域に到れるのか。それがやっとわかる。

 

「──────完成だ」

 

 そして、ついに完成した。光を呑むような漆黒の刀身を持ち、柄には魔力の伝達においてはいかなる金属よりも秀でた真銀(ミスリル)の装飾を埋め込んだ『杖』としての性質も併せ持つ下界至高たる一本の大剣。

 

今、主神が作っている神血のナイフが『究極の邪道』とするならば、この剣は『究極の正道』。神の力も奇跡も介在しない純粋な技術のみで極限まで鍛え上げられた一点物にして至宝の一振り。

 

この世に一つしか存在しない、己が魂を込めて作った最高傑作を眺めていると自然と笑みが浮かぶ。この剣を振るってモンスター達と戦う青年の姿を想像すると、胸の奥底から沸き上がる興奮を抑えることができなかった。

 

漆黒の刃を持ったその両手剣から発せられる鬼気は並の使い手が握れば死んでしまうのではないのかと錯覚させるほどでこのオラリオに存在する武器にこれ以上のものはないとうった本人が断言できる。

 

「名は、そうだな―――バルムンク、それでいこう」

 

 かつての神時代以前、最強の龍殺しとして讃えられたという英雄が持っていたとされる剣に肖ったその名はこの剣の持ち手が『隻眼の黒竜』を討つことを期待してつけたものだ。

 

「さて、まずは主神様に見せるかな」

 

 今、主神が神友に頼まれて作っているナイフよりも上だという自信のもと、椿・コルブランドは火傷だらけな身体を引きずって歩きだした。

 

···············当然ながら剣への批評をされる前に【ディアンケヒト・ファミリア】に担ぎ込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭(モンスター・フィリア)、【ガネーシャファミリア】が毎年取り仕切っているオラリオ最大級の祭りであり、【ガネーシャファミリア】の者がテイムしてきたものであるがモンスターを普段見ることない一般人が見られる唯一の機会である。

 

それ故、祭り当日の今日は街中が人でごった返しており、軽快な音楽が流れる中、普段のオラリオでは食べられないような様々な珍しい食べ物が売られた売店や小さな子どもが楽しめる屋台がいくつもある。

 

祭りなどでよく起こる犯罪行為も警備が【ガネーシャファミリア】、それも第二級冒険者以上精鋭たちであるがため起こらない。そんな祭りの雰囲気の中、一際賑やかな大通りを一人暗い表情でトボトボと歩く少女がいた。

 

いつものように剣姫と謳われる美貌ですれ違う人々の視線を集めてはいたが、そのことに気づかず、俯いて歩いているだけだった彼女こそが。

 

「ロキとはぐれちゃった····」

 

 祭中だけの売店で売られてる珍しい珍味ではなくいつも通りあずきクリーム味のじゃが丸くんをもしょもしょと食べるアイズ・ヴァレンシュタインである。

 

本来、こういった催しには興味を示さない少女であるがロキが女神フレイヤと会う際の護衛として抜擢されたこともあり、先程までロキと共に散策していたが人混みに押されロキとはぐれてしまっていた。

 

別に一人で回れと言われれば構わないし、特に問題はない。しかし、この賑わいの中でロキ一人を探すとなると大変だ。

 

(どうしよう···)

 

 辺りを見渡してもロキらしき人物は見当たらない。もし、ロキと合流できたとしても一緒に回る意味がないし、そもそも一応は護衛任務中なので勝手に帰るわけにもいかない。

 

何より、こんなにたくさんの人が溢れている中でどうやって探せばいいのかわからない。そう考えたアイズはとりあえず街をぶらつくことにした。

 

「(それにしても、アルどこいるんだろう)」

 

 今朝、怪物祭(モンスター・フィリア)を一緒に回ろうと誘うために勇気を出してアルの部屋へ突撃したアイズだったが既にアルの姿はなく、手持ち無沙汰になってしまっためロキに付き合ったのだ。

 

元々、アルはホームにいることは少なく、大抵の場合、ダンジョンに潜っているか、知人の【ファミリア】を訪ねているはずだ。

 

もしかしてティオナや他のファミリアの子といるのだろうか、だとしたら少しモヤッとするなあ、と思いながらも追加のじゃが丸くんを袋で買う。

 

「アルと一緒に、回りたかったな」 

 

 モンスターが脱走し、食人花が暴れ出すまであと15分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン下層、未発見領域。ダンジョン自体に守られているかのように作られた、普通にダンジョンを攻略していたら絶対に見つけられない作りになっているどこか人工的な洞窟には上層、中層、下層、深層、様々な階層で生まれる本来、一堂に会することはありえないあらゆる種類のモンスターがいた。通常のモンスターと違うところは二つ、冒険者がつけるような防具を着ている者がいるのと何よりもその知性のない獣とは思えない叡智を感じさせる目をしている。

 

 

彼らの名は『異端児(ゼノス)』。地下世界たるダンジョンに生を受けたのにも関わらず地上に憧憬をもってしまったがために知性を獲得した異端のモンスターである。彼らは人間のように集団で行動し、組織だった動きをする。そんな彼らが今現在集まっている場所は『隠れ家』と彼らが呼んでいる広大な部屋だ。

 

大きな篝火を中心に輪になるモンスターたちは今、肉果実(ミルーツ)や酒精が感じられるドリンク、水晶飴(クリスタルドロップ)などの食べ物を持ち寄り騒いでいる。冒険者が見ればそのさまを怪物の宴と称するだろう。そして、その異形たちの中に唯一、モンスターではない人間がいた。

 

 

「悪いなリド、酒ぐらいしか持ってこなかったのにこんな歓迎してもらって」

 

「ハッハッハ、アルっちが来るんだ。オレっちが言うまでもなくみんな歓迎の準備始めたのさ、あのグロスだって張り切ってたんだぜ?」

 

 その唯一の人間であるアルと話しているのは真っ赤な鱗を持った蜥蜴人(リザードマン)のリド、冒険者でいうところの第一級に匹敵する実力を持った異端児(ゼノス)最強の者であり、異端児(ゼノス)の実質的なリーダーを務めている。リドの言葉を聞いたアルは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。

 

「でも良かったのかよ、アルっち。フェルズっちが言ってたけど今、地上ではフィリア祭?ってのをやってんだろ」

 

「アイツめ、余計なことを·····················気にすんなよ、元々ああいう催しは俺に合わん。もとより【ガネーシャファミリア】のテイムしてきたモンスターを見る祭りだしな」

 

 アルと異端児(ゼノス)達が出会ったのは一年ほど前、第37階層の白宮殿(ホワイトパレス)で階層主であるウダイオスに追われていた()()()()()()たちをアルが助けたのが始まりだった。

 

それからというものアルは定期的に顔を出すようになり、冒険者はもちろん同族であるモンスターからも排斥される異端児(ゼノス)に対しても無愛想ながら分け隔てなく接するアルはまたたく間に異端児(ゼノス)達に好かれた。

 

そんな彼らにアルは少しだけ困ったように笑うと、持ってきた酒瓶を差し出す。

途端にリドを含めた異端児(ゼノス)達は大喜びし、我先にと奪い合うようにして酒を飲み始める。

 

「アルさんこちらへ」「アソぼ、アソぼ」「前モッテキテクレタコノチェスッテノヤロウ」「キー、キー」「もぐ、もぐもぐもぐ」「甘い」「剣振るうとこ見てくれよ、ちょっとは上手くなったんだぜ」「モットタベナヨ」「ウダイオスの黒剣、リドが使ってるのズルいなあ」

 

 生まれ持ってある地上への憧憬の気持ちだけでなく良い意味で本能に忠実であり、人間よりも遥かにピュアな彼らは友好的で自分達を助けてくれた初めての人間の友人に対する感謝の念をストレートに伝えているのだ。

 

「そういうのは後でな、今日来たのはウラノスからの依頼の件でだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツラ、ピュアピュアで助かるわ。そこらの人間よりよっぽど純粋で善良だからな、下手なエルフより曇らせやすいわ。人間との融和、地上への進出、生きている限りは全力で手伝ってやるから、俺が死んだら盛大に曇ってくれよ?

 

とはいえ、俺の死に場所はどこだろうか。これまで黒のゴライアスで死にかけてアイズを、ジャガーノートから庇ってリューを曇らせてきた。何も死ななくても彼女達を曇らせることはできる。

 

しかし、もうそれじゃあ満足できないのだ、最高の環境で最高の演出をして盛大に死んで皆の心に一生涯残る傷を刻みたいのだ。わざと負けて死ねば満足感が損なわれる、全力で戦い、全力でみんなを守ってその上で死にたい─────そう考えて理想を追求するあまり、階層主が相手でも話にならないLv7にまでなってしまった。

 

いや、それは言い訳だ。俺はただ単にこの世界で死ぬためにここまで強くなっただけなのだ。俺の望みは最初から一つだけだ。

あの時、迷宮で出会った時から変わらない。英雄になりたいなんて思わないし、成りたいとも思わない。

 

 

───ただ、皆を盛大に曇らせたいんだ。

 

そんなことを考えているといつの間にか地上についていたようだ。

 

「やぁ、アルくん、考え事かい?」

 

 黙れよ、ヘルメス。髪の毛引っこ抜いて、身ぐるみ剥がしてダイダロス通りに縛って放置してやろうか?

 

「····で、なんのようだ」

 

「はは、大した用じゃないさ。····君の弟のベルくんのことでね」

 

「君と彼、どっちがゼウスが、エレボスが、アルフィアが言っていた『最後の英雄』なんだい?」

 

 ああ、やっぱりそういう話か。予想通りだが面倒くさい。正直言って『救世』とかまったくもって興味ないんだわ。

 

隻眼の黒竜?下界の滅亡?ダンジョン最下層?いやいや、俺の死んだあとのこと話されても困るわ。俺はみんなを曇らせて死ねればそれでいいんだよ。あと、多分最後の英雄ってそういう意味じゃないぞ。

 

「さあ、な。俺はそんなものに興味はない。····話がそれだけなら失礼する」

 

 本当に興味ないです。俺の弟がどうだとか、世界がどうなるのかなど知らん。興味がない。まあ、原作主人公のベルにそういうのは任せるよ。

 

俺はアイズたちを曇らせることしか考えていないから。そしてそれ以上にお前に構っている暇はない、お前みたいにヘラヘラしてる神は曇らせ適正低いし嫌いなんだよ。

 

「つくづくつれないなあ、ゼウスから渡された『鱗』を君に届けたのは俺だぜ?··········そういや、フレイヤ様が彼に目をつけたようだけどいいのかい? 何なら俺の方で抑えておこうか?」

 

 それもどうでもいいわ、あのスーパービッチも序盤はベルのプラスになることばかりしてたし。それにお前じゃフレイヤはどうしようもできないだろうが。

 

アイツもアイツで曇らせがいもないし、つまらんわ。むしろ、原作でベルにやったみたいに魅了を使ってアイズたちから俺の記憶を奪うくらいしろよ、死ぬ寸前に解除して曇らせるから。

 

まあ、あのスーパービッチのことはどうでもいい。

 

「不要だ、あいつは俺の弟だぞ、フレイヤ如きに魅了されるたまじゃない」

 

「·········!!」

 

「わかったら、関わってくんな」

 

「··············やっぱり、君はあくまで『神工の英雄(ヘラクレス)』になるつもりはないというわけか」

 

 

 

 

 

 

 

「勘違いするな、もとより俺に英雄願望なんてものはない」

 

 まあ、曇ってくれんなら黒竜倒すよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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異端児って人間よりよっぽどピュアで良心的だから自分達の英雄が自分達をかばって死んだら下手な人間以上に苦しみそうだよね

 

アルは死んだときに曇るやつを増やすために好感度稼ぎに余念がありません






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