皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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カジノ編は皆さんにアルが死ぬ、ということのハードルの高さをわかってもらうためのものでもあります。






六十六話 イカサマでこの俺に勝てるわけがねぇだろうがッ!!(なお、イカサマは面倒なのでしない模様)

 

 

 

 

 

俺がオラリオに来てからの四年間、もっとも心血を注いで精進してきたことは何だと思う?

 

レベル上げ·········違う

 

人からの好感度稼ぎ··········違う 

 

ダンジョン探索·········そんなわけがない。

 

俺がもっとも力を入れてきたことそれは─────

 

人を上手く騙すことだ。

 

人に上手く嘘をつくこと、とは少しばかり違う。前提として俺の目的である曇らせにおいて俺の思惑を知られる、というのはあってはならない。

 

だが、そもそもの話、神に嘘をつくことはできない。あいつらは下界の人間の嘘を見抜くことができるからだ。

 

まぁとはいえ、嘘をつかずに真実だけでも事実を誤認させる方法なんていくらでもあるから実のところ神の嘘看破能力自体はそこまで脅威じゃない。

 

むしろ、その力を信ずる分、嘘さえつかなければ簡単に騙されてくれるだろう。

 

どうしても嘘をつかなくてはいけないときは間に第三者を挟み間接的に伝えることで誤魔化すこともできる。

 

だが、そんな初歩的な手段が通じるのは一部の神だけだ。ロキのように頭の回るやつやヘスティアのような妙に勘の良いやつには通用しない。

 

神って連中は表面上はちゃらんぽらんとしていてもなんだかんだ元は全知全能の超越存在だけあって人間とは違う視座を持っている。

 

もとより云万年と生きてきてるわけだし、元々の経験値が桁違いだからな。

 

だが、俺の目的を成就させるためにはそんな神どもすら騙しきらなくてはならない。

 

ゼウスを始めとした神々を相手にしてきて俺が学んだことは相手を騙すのに言葉はいらない、ということだ。

 

相手をよく観察すること。相手の目線に立つこと。相手が何を考えているのかを推察する洞察力と推理力、そしてそれらに基づいた行動を取る決断力が重要となる。

 

つまり、相手にこちらの意図を悟られないように常に一定の距離感を保つことが肝要なのだ。

 

人間も神も不思議なもんでな、なにも明言せずとも『なんかそれっぽい空気』を作れば大概のことを察してくれるものだ。

 

それらしい雰囲気に、思考を誘導させる所作、表情、言動、仕草。そういったものを駆使して俺は神すら騙すに至れるだけの実力をつけた。

 

俺が今まで培ってきた才能と経験、知識を全て注ぎ込んだ詐術は正真正銘この世で俺だけが使える最強の技であり必殺技だ。

 

俺にとっては【リーヴ・ユグドラシル】なんざよりよっぽど大事な最大にして最強の武器なのだ。

 

で、何が言いたいかと言うと────────

 

イカサマでこの俺に勝てるわけがねぇだろうがッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意味がわからないながらもディーラーによって配られたカードを眺める。グルであるテリーと招待客達は互いに目配せをして誰の手札が最も強いかを探る。

 

「あぁ君、セスラワインの十五年ものを頼む」

 

 間をおいてテリーは給仕を呼んで酒を注文を持ってくるように言うが、それはもちろん暗号。

 

セスラワイン、十五年ものが意味する手役は同マーク五枚のフラッシュ。

 

事前にその暗号の意味を取り決めて知っていた招待客達は表面上は駆け引きを続けつつも、アル以外の全員が互いの手の内を共有していた。

 

身の程知らずの若造に目に物を見せてやる、と。だが、そんな彼らとは裏腹に、アルは一人落ち着いた様子で配られたカードを見て、そしてテリーを見た。

 

「(あの自信の有り様········恐らくは、イカサマをしているはず)」

 

 テリーはアルが配られたカードを見ずにオールインを宣言した時点で彼がまず間違いなくイカサマを仕掛けてくるだろうと予想していた。

 

アルはテリーがこちらをじっと見つめていることに気がつき、笑みを浮かべて見せる。

 

「(愚かな若造が······!!)」

 

 当然ながらここグランカジノでイカサマなぞ成功するはずもない。超一流のディーラーの目利きを潜り抜けてイカサマを成功させることなど不可能に近い。

 

それに今は周囲を囲むようにいる用心棒の視線に晒され、一切の死角が存在しないのだ。

 

アルがいかに卓越した技術を持っているとしても、その腕を振るうことさえ出来ない状況。

 

それこそイカサマをするにはテリーのように他の客やディーラーとグルでなければ成功しない。

 

当然ながら新顔のアルにそのような相手がいるわけもなく、ディーラーや用心棒が目を光らせる中で単独イカサマをするなど無謀もいいところだ。

 

「どうやら私と一騎打ちのようですが······どうなさいますかな」

 

「問題ありません」

 

「ふふふっ、随分強気でいらっしゃる。ならば私も上乗せとさせて頂きましょう」

  

 そうテリーが考えている間に茶番のブラフを済ませた招待客達が勝負を降りていく。

 

そこでテリーもアルに圧を掛ける。ここで負ければアルは終わりだし、イカサマをすれば絶対にバレる。

 

自ら進んで詰みの状況へと追い込まれたアルを内心、嘲りながらテリーは追加のチップを賭札に重ねて宣言する。

 

今なら下りてもいいぞ、と暗に告げるがアルは平静を保ったままだ。まさか、本気で勝てるつもりかと動揺が浮かぶが、すぐにただのハッタリだと決めつけて余裕を取り戻す。

 

そして馬鹿なのか間抜けなのかわからぬ若者へ嘲笑を浮かばせる。

 

「そういえば、まだ私が勝った時の願いを言っていませんでしたな」

 

「私が勝った暁には、貴方の伴侶······隣にいる奥様と護衛の方をしばらく貸して頂きましょうか」

  

 ビクついているカサンドラと静かに青筋を浮かべるバーチェへ欲に淀んだ視線を向けるテリー。

 

欲に塗れたテリーの要求に対して、アルは表情一つ変えない。それを虚勢と判断してテリーはほくそ笑む。

 

「お美しいお二人に囲まれて羨ましい限り。私もぜひ、そのおこぼれに与らせていただきたいものでして。なぁに、晩酌に付き合ってくださるだけで構いませんよ」

 

 好色そうな目でカサンドラとバーチェを舐め回すように見るテリー。それに対してバーチェの『擬態』が解かれそうになるがそれにも気が付かずにテリーは下卑た笑みを深める。

 

「生意気な者や欲に目が眩んだ者、あとは貴方のような正義感に突き動かされる者·······私は全て、食い物にしてやりましたよ」

 

 テリーは愚かで短慮な若者への勝利宣言でもするように嘲る。だが、それでもなお、アルは笑みを浮かべたままテリーを見据えていた。

 

同時に互いの手札が開かれる。当然、テリーの手札は同マーク五枚のフラッシュ。

 

対してアルの手札は──────。

 

10、11、12、13、A。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ、だな」

 

「─────は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも続く、その神がかった引きに後ろで見ていたベルとカサンドラの顔が引き攣り、ルールをよく知らないバーチェですら戸惑う中、アルは淡々とゲームを続ける。

 

テリー達の驚きはその比ではなかった。どう注視していてもアルにイカサマをしている素振りは見られなければ、当然ながら符号を知るわけもないのでテリー達の手の内を事前に把握することは不可能。

 

 

それなのに自分達のカードが尽く『ブタ』なのだ。良かったのは初回だけでそれ以降はツーペアすら中々、作れないという始末。

 

テリー達にも見抜けぬ程に巧いイカサマだとしても常軌を逸している。テリー達はアルがイカサマをしていると確信していたが、それはあくまでも可能性の話であり、実際にイカサマをしているかどうかはわからない。

 

カードを配るディーラーがなにか仕込んでいるのではないかとも考えたがディーラー自身、ありえない現状に狼狽えている様子だった。

 

引きの可笑しさ以外にもアルの駆け引きは卓越しており、勝負に引いても乗っても真綿に首を絞められるかのようにじり貧で追い詰められていき、低ランクの役で勝負を仕掛けなければならなくなってくる。

 

テリーは知らない、目前の男がアル・クラネルであるということを。

 

テリーは知らない、アルは賭けにおいて相手がフレイヤ(常勝の女神)ヘルメス(賭博の神)自らの主神ロキ(詐術の神)であっても負けたことがないことを。

 

────テリーは知らない、アル・クラネルは世界に愛されているということを。

 

ロイヤルストレートフラッシュの確率は0.00015%、六十五万回に一回の確率だ。それを連続で当てるなどテリーは想像したことすらなかっただろう。

 

普通に考えてそれが実際の賭博で起きるなどまず、あり得ることではないし、仮に起きてもそれは天文学的な数字。

 

─────アルが賭け事において『無敵』であるのにはいくつか理由がある。

 

一つ目は発展アビリティ『幸運』。その名のとおり運気を上げるアビリティでダンジョンにおいてはドロップアイテムの確率をあげ、戦いにおいても有利に運ぶことが出来る。

 

賭け事では常に『当たり』を引き寄せ、確率の勝負で負けることはまずない。そしてそのランクは『D』···········なお、【ロキ・ファミリア】首領であるフィンの持つ発展アビリティの中で最高ランクは『E』である。

 

二つ目は同じく発展アビリティ『直感』。その効果は危機感知能力の強化、そして未来視にも等しい第六感。その効果は、カサンドラの予知夢に近しいものがある。

 

カサンドラのものほど深くは『見れない』が常時発動しており、汎用性は遥かに高い。テリー達のブラフやポーカーフェイスの一切は意味を成さない。

 

三つ目はスキル【天授才禍(サタナス・エフティーア)】の効果。あらゆる技能の習熟が早まり、潜在能力を最大まで引き出させるそのスキルの効果には賭博の技能も含まれる。

 

加えてこの場にはアル同様、『幸運』の発展アビリティを持つベルがいる。

 

実のところ、アルはイカサマなぞしてはいなく、ただ単に引きの良さだけで勝ち続けているのだが、テリー達にそんなことが理解できるはずもなく、ネタの見えないイカサマにただただ畏怖していた。

 

無論、しようと思えば『都市最速』たる神速で誰にも知覚されることなくイカサマを行うことも可能ではあるが、アルはそこまでするつもりはない。

 

『確率』が介在する勝負、という時点でアルに敗北の可能性は皆無に等しいからだ。

 

────そう、勝負を仕掛けた時点でテリーは負けていたのだ。

 

 

 

 

「はい、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 今ゲーム、()()()のロイヤルストレートフラッシュによって勝者は決まった。

 

 

───────···············

 

 

痛いほどの静寂が貴賓室を支配する。テリー達は目の前で起きた現実に理解が追いついていないのか、呆然としたまま動かない。

 

慄然し、慄くテリー達に対して涼しげな表情を浮かべるアルの目の前には白金の賭札が山のように積まれていた。

 

円卓テーブルの上に積み上がった白硬貨の数は優に千枚を超えている。アルの圧倒的勝利にベルもカサンドラもバーチェすらも言葉を失っていた。

 

「───────ッ」

 

 ギリッ、という歯軋りの音を洩らさぬように必死に堪えているのはテリーだった。

 

拳を机の下で握り締めて怒りを露わにするテリーだが、それでもまだ理性が残っているからか、テリーはアルに食って掛かるような真似はしない。

 

負けた者が勝った者の望みを叶えるという事前の取り決めがある以上、ここでそれを反故にしては恥の上塗りだ。しかし、テリーの胸中には煮えたぎるような憤怒が渦巻いている。

 

女を手放さなくてはならないなぞテリーにとって屈辱以外の何物でもない。先程までその本来は明るいはずの美貌を暗い絶望に染めていたアンナは状況が読めないながらも歓色を微かに浮かべている。

 

その様がまた、テリーの怒りを煽った。屈辱と嫉妬と憎悪と殺意が入り混じった感情を抑え込みながらテリーは返答をする。

 

「よろしい······彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば、異国から来たばかりで疲れているでしょうからなぁ」

 

 アルの方に駆け寄っていくアンナの姿に表面上は平静を装いながらも内心では舌打ちをしながらテリーは言う。

 

テリーの言葉にアルの口角がニタァ、と上がる。テリーの考えなどお見通しだと言わんばかりのアルの態度はテリーにとっては不愉快極まりないものだったが、テリーは努めて冷静に対応する。

 

手に入れたばかりでまだ味わっていないというのに手放さなくてはならなくなったのは惜しいが、仕方がない。

 

「これでよろしいですか、ヘレイオス殿」

 

 アンナがアルの元に行くのを見て内心でこのままでは済まさないと怨嗟の声を上げつつ、テリーはアルに尋ねる。

 

「いや、まだだ」

 

 憮然と言い放つアルにビキリ、とテリーの額に青筋が浮かぶ。テリーは沸々と湧き上がってくる激情をなんとか抑えつけ、続きを促す。

 

「··········何ですかな。このアンナだけでは、ご満足して頂けないと?」 

 

 確かに事前の取り決めの段階ではアンナのみとは決めてこそいなかったが、流石にこれ以上の要求は許容できない。

 

「いやはや、強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者達を手放せばいいのでしょう?」

 

「ああいや、そうじゃない。······次だよ、次」

 

 手元に積まれた賭札の山を崩しながらの言葉にテリーはまたもや呆気にとられる。テリーは一瞬、アルがなにを言っているのか理解できなかった。

 

「だから、第二回戦だよ。······そうだな、次は彼女を渡してもらおうかな」

 

 アルの視線の先ではエルフの美女が虚ろな目を丸くしている。

 

「······このっ」

 

 この男はどこまで自分を侮辱すれば気が済むのだ、という怒りにテリーは震えさせて顔をカッ、と紅潮させる。

 

憤激に駆られたテリーは席を立ち、本性を剥き出しにして眦を切った。

 

「調子に乗るなよ、若造·······」

 

 テリーはもはや取り繕うことなく隠しきれない怒気が含まれたドスの利いた声で言う。形相も鬼のような形相へと変貌していた。

 

そんなテリーに対してアルはまるで動じた様子もなく、むしろその反応を楽しんでいるかのように憮然にふぅ、と息をつく。

 

「何を勘違いしている? 何様のつもりだ? たかが賭博に一度勝ったくらいで!!」

 

「この俺を敵に回して生きていけるとでも思っているのか?! ギルドが守ってくれるなんて考「御託はいい、次だと言っている」──ぐ」  

 

「···········よほど、痛い目にあいたいようだな」

 

 殺意すら感じられる眼光を放つテリーだが、アルは一切臆した様子を見せない。それどころか、アルはテリーを見下すような目つきをして、鼻を鳴らす。

 

テリーはもはや、生かしておけぬとばかりに用心棒達に目配せをする。テリーの指示を受けた男達は即座に行動を開始した。

 

瞬時に殺気立つ空間にディーラーと招待客達の間に緊張が走り、慌ててアルから離れようとする。

 

「────っ!!」

 

 アル達を包囲すべく動き出す殺気立った用心棒達を前に丸腰なれど上級冒険者として十分以上に熟達した動きで構えるベルとカサンドラ。

 

用心棒達は大金で雇われているだけあって個々ではベルとカサンドラに及ばぬものの中にはランクアップを果たしているであろう使い手もいることから油断はできない。

 

無論、【アポロン・ファミリア】の上級冒険者を相手に大立ち回りを演じたベルからすれば物の数ではないのだが─────

 

「『兎狼』、お前は手を出すなよ? お前の零細ファミリア程度、俺の力があれば簡単に潰せるんだか、ら────」

 

 構えを取ったベルを脅そうとしたテリーは次の瞬間、膝から崩れ落ちた用心棒達の姿に呆然とする。

 

「え?」

 

「お前がテリー・セルバンティスでないのは知っている。これまでの悪事と揃えてギルドに突き出してもいいが、俺はそんな面倒なことはしたくなくてな。何より、ここはカジノだ、賭博こそが『正道』だ。······さて、次を」

 

 テリー、否テッドはその言葉に顔色を変える。まさか、俺の正体を知っているのか、と。そう考えたテッドの動きは早く、なり振り構わず、最強の切り札をつぎ込んだ。

 

「ファウスト!! ロロ!! ソイツを殺せえ!!」

 

 今の今までテリーの後ろで不動を保っていた二人組の男が動いた。一人は引き締まった痩躯の猫人であり、もう一人は筋骨隆々とした巨漢のヒューマンであった。

 

雇い主の名を受け、それぞれ得物を手にしてアルへと襲い掛かるその動きから第二級冒険者相当の実力者であることがうかがえる。

 

二対一ではベルでも遅れを取ってしまうかもしれない強者であるがまたもや、アルの近くへ向かうと膝から崩れ落ちて気絶してしまった。

 

「ひっ····なんなんだ、お前はッ!!」  

 

「·······さぁ、次を」

 




なお、幸運=死ににくさ、な模様


アルがいる世界線で最も平和?なのは女の子アルちゃんがディアンケヒトF入りすることです。

アル♀「うふふ、オートリジェネからのインファイトですわ」

アミッド「もういいですよ、それで(諦観)」



アルの武器紹介コーナー➀
枝の破滅(ロプトル・ラーヴァーナ)
第一等級特殊武装。カースウェポン。損傷(火傷)を負うことと引き換えに攻撃力激上。ロプトルはつけなくても。お手軽自傷武器。


【挿絵表示】



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