皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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七話 曇らせの天敵聖女

 

 

 

 

 

「代金、さ、三億五千万ヴァリスだと··········」

 

「うむ、分割払いで構わんぞ」

 

 いやいやいやいや、高すぎるわ。リヴェリアの杖より高いじゃねぇか、一等地に家立つわ。材料も殆ど俺が持ち込んだもんだってのに流石にそれは高すぎるだろ。

 

「この剣を鍛え上げるのに半年、それまでに手前がどれだけ火傷を負ったかわかるか? むしろ仕上がりの割には安いと思うぞ?」

 

 火傷を気にする手合じゃないだろ、アンタ。たしかにこの剣は凄まじい、間違いなくこれまで見てきた武器の中で最強の一振りだ。ウダイオスぐらいなら一撃でおしゃかにできそうな逸品ではある。うーん、蓄えはバカみたいにあるし払えなくはないからなあ····値切りできる額でもないし、しゃーないか。

 

「あーわかったわかった、払うよちゃんと全額。で、この剣の名前は?」

 

特殊武装(スペリオルズ)【バルムンク】、手前の手でこれほどのものを作り上げるのは後にも先にもこれだけとなるだろう」

 

 

 

 

 

 

【ロキファミリア】本拠地、黄昏の館。朝食時を少し過ぎた館の中ではロキファミリア幹部の面々が揃っていた。アイズ、レフィーヤ、ティオナ、そして遅ればせながら朝食をとったアル達の内、二人は金策に悩んでいた。

 

「祭りで壊しちゃった代剣、4000万ヴァリスだって。一週間はダンジョンにこもってお金稼がなきゃいけない····」

 

「俺は新しい剣が三億五千万、蓄えは当然あるが殆ど吹っ飛ぶ額だから····。オッタル宜しく深層に一人で遠征するかな」

 

 【ロキファミリア】が誇る二大剣士兼二大問題児のアイズ・ヴァレンシュタインとアル・クラネルである。アイズはフィリア祭で出現した食人花を倒す際、剣に過負荷をかけて【ゴブニュファミリア】から借りていた代剣を壊してしまってその弁償をしなくてはならないのだ。

 

一方のアルは椿に作成を頼んでいた大剣の支払いで吹っ飛んだ貯蓄を補填するための金策である。

 

「三億五千万?! うわー、たっかいねー。でもでもカッコいい剣じゃん、すごい強そう!! あたしもダンジョン付き合うよ、大双刃のお金用意しないといけないしね!!」

 

「あ、私もお邪魔じゃなければご一緒させてくださいっ」

 

 気軽に言っているがティオナの負債は貯蓄が吹っ飛んだだけのアルや代剣一本ぶんのアイズ以上であり、アダマンタイトの塊とも言える大双刃の新調の支払いを後で払うと先延ばしにしている。

 

【ゴブニュ・ファミリア】ブラックリスト一歩手前の借金額である故、今すぐ深層に籠もったほうがいい。この中で一番金銭的余裕があるのは悲しいことに最もレベルが低いはずのレフィーヤなのである。

 

「······うん じゃあ、お願いするね」

 

「次の遠征はだいぶ先だし、ティオネやフィンたちも誘っていこうよ!」

 

「俺は構わない。············ああ、【ディアンケヒト・ファミリア】にポーションの補充をしてくるが、何か入用はあるか? 立て替えておこう」

 

 あたし高等回復薬いっぱーい。私は高等回復薬五本と精神回復薬。あっ、私は大丈夫です。そんな感じでアル以外の全員が自分の欲しいものを伝え、各々の希望を聞いたアルは席を立ち本拠地の出口へ向かう。

 

「あたしたち、先にダンジョンの入口で待ってるからねー!!」

 

 こうして三人は支度を整え、朝食を終えた後にフィンたちの同行を取り付けてホームを出る。

 

「今日は何階層まで行こうか?」

 

「ん、30階層くらい?」

 

「それなら、リヴィラの町で一泊する感じですか」

 

 アイズたち、第一級冒険者が日帰りできる階層は20階層前後までだ。30階層までもぐるとなれば何処かで日をまたぐ必要がある。当然、日帰りできる階層でモンスターを狩ったほうが楽なのだが、上層から中層では彼女たちの負債をなくすほどの金額は中々稼げない。

 

そうでなくとも第一級冒険者であるアイズたちが比較的浅い階層でモンスターを狩りつくすのは他の冒険者の食い扶持を奪うこととなるため、御法度とされているのだ、故に深層とまでは言わなくとも下層の深部まで潜る必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ディアンケヒト・ファミリア】、都市最高の治癒術士(ヒーラー)である『戦場の聖女(デア・セイント)』を筆頭に優れた治癒術士を複数擁しているほか、深層まで潜る第一級冒険者には欠かせない最高品質のポーションの販売を行っている医療系最大手の【ファミリア】であり、【ロキ・ファミリア】も日頃から世話になっている。

 

そんな派閥に所属する都市最高の治癒術士(ヒーラー)ともなれば日頃から下手をせずともそこらの第一級冒険者よりもよっぽど多忙を極め、ましてや派閥を率いる身となれば更に輪をかけて忙しいはずなのだが……。

 

「いらっしゃいませ」

 

 販売スペースとなっている入口から入ったアルを出迎えたのは銀髪の美少女。

 

彼女の名はアミッド・テアサナーレ、オラリオ最高の治癒術士(ヒーラー)と呼ばれている彼女は受付などはせずに奥にある工房にこもりっきりで薬作りに没頭していることが多いのだが、今日に限っては店頭に出ていた。

 

高等回復薬(ハイ・ポーション)を二十、精神力回復薬(マジックポーション)も五つくれ」

 

「かしこまりました。·····また、ダンジョンですか?」

 

「ああ、ちょっと入用でな」

 

 アルの返答にアミッドの鉄仮面が如き無表情が崩れる。というのも入団してすぐから無茶をしまくって何度も死にかけてきたアルはそのたびに【ディアンケヒト・ファミリア】に担ぎ込まれ、アミッドの治療を受けているのだ。前に担ぎ込まれたのは半年前、アルがLv7になった遠征の帰りである。

 

「また、無茶を続けているんですか? ·····毎度、瀕死の貴方を治療する私どもの気持ちも理解していただきたいですね。貴方が英雄と言われるようになるまでに何度半死人の状態から治療したことか」

 

 本来、治療術士(ヒーラー)としてこのような愚痴にも似た文句は客に対して間違っても言わないアミッドではあるが酷いときには週二のペースで運び込まれてきたアルはもはや、【ディアンケヒト・ファミリア】の者たちとは【ロキ・ファミリア】の面々の次くらいには親密であり、毎回手を煩わされていたアミッドの忠告もだんだんと遠慮がなくなってきた。

 

ため息をつくアミッドに苦笑しながら代金を払うアルだが、アミッドの言葉には嘘はない。この都市でもトップクラスの実力を持つアルだが、その戦い方は酷く危ういもので、一歩間違えれば死ぬような綱渡りのようなものだ。

 

そのため、定期的に瀕死の重傷を負っては運び込まれるアルを治療するのは骨が折れた。それでもアルは懲りずにダンジョンに潜り続ける。その原動力は何なのか、アミッドはそれを知ろうとは思わないし、どうでもいいが少なくとも落ち着いて、常識の範囲内で行動してほしいと常に思っている。

 

しかし、アルがそれを聞くわけもなく、最近では諦めの境地に達しつつある。半年前、アルがいつものように傷だらけになって帰還した時のこと。その時のアルの状態は酷いものだった。

 

魔法による最低限の措置はされているものの、全身打撲、骨折多数、内臓損傷。普通に考えれば誰が見ても助かる見込みがないほどの、なぜ死んでいないのかわからないほどの重症だった。

 

これには流石のアミッドも驚いた。なんせ普通なら即死級の怪我である。それをまるでなんでもないことかのように振る舞う少年にアミッドは驚きを通り越して呆れたものだ。結局は神がかりてきなアミッドの治癒の腕と、モンスターよりも凄まじいアルの生命力で事なきをえたのだが。

 

アミッドは自分より3つも年下でありながら死地に自らを置き続けるアルをほおっておけなくなっていた。もはや、アルの挑戦を止めることはできないかもしれないが、少しでも彼の負担を減らしてやれないだろうか。そう思ってアミッドはこうして今までよりも多く店頭に出るようにしていた。

 

「貴方を張り倒してポーション風呂に叩き込んだこともありましたっけ」

 

「あー、うん。そんなこともあったっけかな····」

 

 そんなアミッドはアルにとって数少ない、頭の上がらない人物の一人であり、その姿は髪の毛の色などから一時期、神々の中でも『弟剣鬼✕お姉ちゃん聖女キターー!!』などと話題になった二人は血のつながった姉弟のようであり、周囲の団員からは密かに微笑ましい目で見られていることをアミッドは知らない。

 

そんな二人のやり取りは周囲から見れば仲の良い姉弟のような光景で、店内にいた他の冒険者や店員たちも和やかな顔で二人を見つめていた。

 

ちなみに、その噂を聞きつけたアイズは嫉妬からか、しばらく不機嫌になっていたらしいが、アイズ自身、アミッドには何度も助けられてることもあって、なんだかんだ言って納得している。

 

「あ、ダンジョンで採ってきてほしいものあるか? 深層の上くらいまでは行くぞ」

 

「話そらしましたね。····では、白樹の葉(ホワイト・リーフ)を数枚採取していただけますか?」

 

「了解」

 

 そんなこんなで、気安い会話をしながらアルは支払いを済ませた。「またのお越しを心よりお待ちしてます、ただそれはそれとして重症者としてきたら張り倒しますね」、と無表情で告げるアミッドの目はマジだった、とは同僚の治癒術士(ヒーラー)の言。

 

 

 

 

 

 

アイズ、ヒリュテ姉妹、レフィーヤ、フィン、リヴェリア、アル、下手なファミリアであれば一夜で殲滅できる驚異的な戦力を秘めた一団は上層から中層のモンスターを瞬殺しながらダンジョンのより下層へ向かっていた。

 

彼らが今、ついたのはダンジョンが18階層『リヴィラの街』、ダンジョンにいくつか存在するモンスターの発生しない安全階層(セーフティポイント)の一つであり、他の安全階層(セーフティポイント)に比べれば比較的上層に位置するためならず者たちが居城を構えることとなった。

 

その比較的安全な地形や光景の美しさから『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれ、宿屋を始めとした商売の場となっている。

 

そんな街の入口には冒険者らしき屈強な男達が立ち並び、警備をしている。そして街の中では多くの者達が忙しなく走り回っていた。地上に戻るまでの、あるいはより下層に潜るための保存食や宿を求めて、多くの冒険者が街へと消えていく。

 

アイズ達は、そんな人波に逆らうように歩き続ける。ならず者の集まる場所であるため、普段から決して平和とは言えない街ではあるが、今の街の様子はそれを差し引いてもおかしかった。いつも以上に慌ただしく、どこか殺気立っているように見える。

 

「何だか街の様子がおかしいけど、何かあったのかい?」

 

「ん? ああ、アンタら今街に来た所かい? 何でも、ヴィリーの宿で殺しがあったらしいよ。それで街の連中もそわそわしてるわけ」

 

 フィンは、冒険者の言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべる。確かにこの街は、荒くれものぞろいの冒険者の溜まり場であり、冒険者同士の諍いは後を絶たない。しかし、殺人事件ともなれば話は別だ。逃げ場のない地下であるリヴィラの街で起きるのは突発的なものでなければおかしく、計画的なものではないと考えられる。

 

ならば犯人の目星もつきやすいはずなのだが、未だ犯人が捕まっていないことを考えると後のことを考えない突発的な事件でもなさそうだ。

 

「団長、どうしますか?」

 

「此処で宿を取る以上、無関係でもいられないだろう。僕らも向かおう」

 

 

 

 

 

人混みをかき分けて件の事件が起きた宿屋ヘ着いた時、そこは血の海だった。床一面に広がる赤黒い液体と肉片、むせ返るような鉄錆に似た匂い。それはまるで、地獄のような有様であった。そして部屋の隅では宿の主人と思われる獣人の男と片目を眼帯で覆う分厚い身体の大男がいた。

 

「やあ、ボールス失礼するよ」

 

「チッ、『勇者(ブレイバー)』かよ。テメェら第一級冒険者って連中は遠慮を知らねぇな」

 

 フィンに声をかけられた大男は、不機嫌そうに舌打ちをする。彼こそがこのリヴィラの町の顔役でありLv3の第二級冒険者ボールス・エルダーだった。その傍らにいる宿の主人は、真っ青な顔色をしている。

 

「まぁまぁ、いいじゃないか僕達もこの街を利用させてもらうからね、こういったことはすぐに解決してほしいんだ。助け合いだと思って協力させてくれ」

 

 フィンは悪びれずに笑顔で言う。だがその瞳は一切笑っていない。彼の言う通り、この街を利用する以上揉め事はなるべく避けたいのだ。ここで問題が起きれば、実際フィンたちにも無関係ではないのだ。

 

それにしてもフィンの対応は流石というべきだろうか。この惨状を見ても一切動じていない。それどころか、まるで当然のように振る舞っている。一方の宿の主人は、顔を蒼白にして震えている。無理もない話だ。こんな凄惨な現場に立ち会うことなど普通はない。

 

「ハッ、よく言うぜ、テメェらといい【フレイヤファミリア】といい強え奴等はそれだけでいば―――って『剣姫』に『剣聖』の旦那じゃねぇか!! あんたらなら構わねぇ、好きに見てってくれ!!」

 

「はあ? なんで団長がだめでアイズ達が――ああ、『黒のゴライアス事件』ね」

 

 突如、声高に叫んだかと思うと今度は急に媚びへつらうような態度になる。そんな様子にフィンも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

先ほどまで威勢良く怒鳴り散らしていた人物とは思えない変わり身の早さだ。そんなボールスの豹変ぶりにフィンをだれよりも敬愛するティオネが黙っているはずもなく声を上げるがすぐに納得を見せる。

 

『黒のゴライアス事件』、三年ほど前にインターバルの最中であるにも関わらず発生し、リヴィラの街に階層主ゴライアスが攻め込んできた事件を指す。

 

通常のゴライアスとは違い体色が黒く、その力は本来の適正レベルを上回るLv5相当で最大でLv3しかいないリヴィラの町の冒険者は全滅するかと思われたが当時、Lv4とLv3であったアイズとアルの二人が中心となり討ち取ったのだ。

 

その時の偉業によって、アイズはLv5に、アルはLv4となった。その事件以降、二人を英雄視する中堅冒険者は多く、ボールスも例外ではない。

 

ボールスと主人の許しを得たアイズ達は部屋の中に入り調査を開始する。フィンとレフィーヤが部屋の状態を調べ、リヴェリアは残留魔力を調べ、アイズは、部屋の惨状を見渡して、死体に目を止める。

 

その死体は頭が無かった·········否、潰れている。モンスターに踏みつぶされたかのような頭は見る影もないほどに原形を失っていた。

 

「─────ん?」

 

「ああ、アイツには死体のステイタスを暴くための開錠薬(ステイタス・シーフ)を取ってくるよう言ったんだ」

 

 検分中のフィンがこちらへ駆け寄ってくる男に目を向ける。彼が持っている結晶の入った赤い溶液は開錠薬(ステイタス・シーフ)。眷属の恩恵を暴く道具であり、正確な手順を踏めば神々の錠を解除してステイタスを見ることができる。

 

恩恵は神々の文字である神聖文字で刻まれており、本来ならば神にしか読み解けないのだが、王族(ハイエルフ)として解読できるリヴェリアが背に浮かんだそれを読み上げる。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属ファミリアは――なに、【ガネーシャ・ファミリア】だと」

 

「お、おい今ハシャーナっつったか!? 冗談じゃねぇぞ!!『剛拳闘士(ハシャーナ)』といえば……」

 

 

 

 

「Lv.4じゃねえか!?」

 







アミッドには綱手みたいに血液恐怖症になって欲しい

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