皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
────拳が奔る。
オラリオ北部の空き地で向き合うのは何一つ武具を身に着けていない代わりに口元を黒い布を隠している妙齢のアマゾネスとナイフを逆手に持っている白髪赤目の少年だった。
褐色肌の彼女は拳を構え、少年は左手に持ったナイフを順手に持ち替えて構えた。そして二人は同時に駆け出し、交差すると同時に互いの急所に向けて一撃を放つ。
その躊躇のなさは一見、殺し合いのようですらある。しかし、ここに腕の立つ第三者がいれば見抜いただろだろう。これは殺し合いなどではなく、アマゾネスが少年に教導しているだけなのだと。
彼女の名はバーチェ・カリフ。都市外有数の派閥である【カーリー・ファミリア】の団長であるLv.6の女戦士だ。
少年の名はベル・クラネル。つい最近、【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯によってランクアップしたばかりの第二級冒険者である。
アルを通して知り合った二人だが、ベルはこうして週に何度かバーチェに訓練をつけてもらっているのだ。
バーチェにはバーチェなりの打算があることも事実であるのだが、訓練には関しては真摯に、そして苛烈なまでに厳しく指導する彼女にベルは感謝していた。
ベルにとって戦いとはモンスターとの戦いであり、対人戦はそれこそ【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯ぐらいしか経験がない。
だからこそ、対人戦のイロハを教えてくれるバーチェの存在はありがたかった。
冒険者としての心構えとモンスターとの戦い方を叩き込んでくれた師、ベートとはまた違った意味で頼りになっていた。
或いはベート以上に苛烈で容赦のない教え方ではあるがベル自身、強くなるためなら痛みも苦しみも耐えられる。
互いの力量差は傍から見ても歴然だ。ただひたすら相手の隙を狙って最短距離で攻撃を仕掛けていくバーチェにベルは食い下がることすらできていない。
疾風怒濤の如く攻め立てるバーチェに対して、ベルはその悉くを全身全霊をもって回避していく。
バーチェの褐色の拳が、蹴り足がベルの身体を掠める。まるで踊っているかのような攻防の中、ベルは必死に攻撃を避け続ける。
何度目かの攻撃を避ける中、少しずつ動きが良くなっていくベル。それを察したのか、バーチェの動きから加減がなくなっていき、その速度を上げていく。
もはや目で追うことすら難しくなってきた頃、ようやくベルにも反撃の機会が訪れた。繰り出された左の回し蹴りを回避し、右の掌底が放たれようとした瞬間、ベルは左手に持つナイフを突き出す。
だが、それはフェイント。本命は腰から引き抜き、右手に握られた短剣による刺突だった。
「·······ッ!!」
前傾姿勢からバネのように地面を踏みしめ、一気に加速して肉薄すると同時、心臓に向かって突き出された刃はしかし空を切る。
「甘い」
声と共に背後からの怖気。背中に悪寒を感じながら振り返ると、そこには既にこちらへ拳を振り下ろさんとしているバーチェの姿があった。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
咄嗟に両手を交差させて防御体勢を取る。直後、凄まじい衝撃によって吹き飛ばされたベルはそのまま決河の勢いで地を転がる。
「っ、ぎぃ!?」
「立て、まだ終わってはいない」
追撃を仕掛けるべく駆け出したバーチェが再び拳を構える。
「(───この人ホントに強い!)」
ベートと比較しても遜色ないどころか対人戦に限って言えばそれ以上かもしれないと思わせるほどの実力を前にして、ベルは思わず冷や汗を流していた。
圧倒的な膂力と速力で押し切るベートとは異なり、バーチェの戦い方は己の力のみを頼りに相手を打倒するのではなく、技や駆け引きを用いて敵を翻弄し、最後には力を以てねじ伏せる。
テルスキュラの格闘術は普段、モンスターとばかり戦っているベルには新鮮であると同時に非常に厄介だった。
しかし、だからこそ良い鍛錬になる。ベルはナイフを握る手に力を込め、立ち上がる。バーチェは強い。けれどそれ故に学ぶべきことが多い。
自分は幸運だ、とベルは思う。兄という明確な目標、剣姫という憧憬、ベートという師、そして目の前にいる彼女。
だからこそもっと強くなりたいと思う。自分のために、そして大切な家族のために。
強くなるために必要なものはすべて揃っている。ならば後はひたすらに上を目指すだけだ。
兄のような、剣姫のような、師のような英雄となるためにベルは更なる高みを目指して駆け出した。
『ダイダロス通り』を女性陣達が探索している一方、こちらは男性陣。
団長であるフィンを筆頭にベート、ガレス、アルの第一級冒険者とラウルたち第二級冒険者たちは地下水路でダンジョンへの第二の入り口を探していた。
じめじめとした空気の中、フィンの指示のもと、アルを先頭に地下水道を進む一行。道幅広く、大人十人が横並びで歩けるほどの広さの通路は、幅広な用水路のような造りになっている。
水の流れはなだらか、時折聞こえる水の音に耳を傾けながら、しかし周囲を警戒しながら歩く一同。
携行用の魔石灯の光が照らす先では浅い水が流れており、得体のしれない藻が水面に浮かんでいる。
「確かにこの地下水路で神ニョルズが例の怪しい男と出会ったとは聞いているが······」
手がかりが残っているとは思えない、とガレスが口を開く。ニョルズがその怪しい男と取り引きをしたのは五年ほど前、痕跡など残っているはずもない。
「まぁね、ここはベートとロキが一度調べてるし、僕も24階層での事件の後にティオネを連れて来たことがあるけど何も残ってはいなかったよ」
「わかってんならどうして来たんだ。 フィン」
「いや、ちょっと気になることがあってね。それに人と怪物を探す場合じゃあ、やり口が違ってくるからね。今回は『ダイダロス通り』と地下水路を重点的に当たっていこう」
何かしらの跡が残されている可能性は低いが、それでも念のため調査するべきだろうとフィンは告げる。
小人族の首領の言葉に納得を示した一行は武装を確認。万が一に備え、いつでも戦える準備を整えておく。
集中力を高め、周囲に意識を向けつつ、ゆっくりと歩き続ける。油断なく広大な地下水路を進み、そして数分が経過した頃だった。
「───アル、どうした?」
ふと先頭のアルが足を止める。その視線は横にある岐路に向けられていた。ちょうど地上の『ダイダロス通り』の地下にあたる場所であり、そこには分岐が存在していた。
「────こっちだな」
「なぜ?」
「勘」
言ったのがヒラ団員であれば一笑にふされるような理由だが、それを言ったのが第一級冒険者のアルというだけで説得力が桁違いになる。
彼の直感は、これまで幾度もファミリアを救った実績があるからだ。無論、それが全て当たるわけではないのだろうが、必当と思わせるほどの実績が彼にはある。
その言葉にフィンは一瞬だけ目を見開くが、すぐにいつもの冷静な表情に戻り、 他の面々も特に異論はないのか黙して肯定を示す。
そうして、アルは迷いのない足取りで岐路を進んでいく。水が流れる音が響く中、彼らは慎重に歩を進めていく。
やがて、アルの先導により辿り着いたのは一本の旧式の水路。錆とカビの臭いが鼻をつく。そこは、かつて廃棄された旧水路のようであった。
ところどころに苔や藻が生え、蔦が伸びきっている。おそらくは、どこかの古い水路から枝分かれした細い支流の一つだろう。
「前は影も形も見当たらなかったってのに··········あっさり見つかったな」
そう呟くベートの視線の先にはより塗装を剥がされた床に地下へ続く階段があった。まるで迷宮のように入り組んだ下水道。その中で自然なほどに違和感なく存在しているその階段に、フィンたちは緊張を高める。
床に口を開かせたそこからは、生臭さが漂っていた。それは紛れもなく下水の悪臭とは異なる異臭だった。
それは、冒険者ならば嗅ぎ慣れているはずの、戦いと死を感じさせる血の匂い。それは、モンスターの血肉の放つ死の香り。
隠す気のないその気配は明らかな誘いである。きな臭さを感じつつも、ここで引く選択肢は彼らにはなかった。全員の視線がフィンに集中する。彼が代表するようにこくりと首肯すると、再びアルを先頭にして彼らは地下へと降りていった。
薄暗い通路を進むアルたちの視界を照らすのは、魔石灯の小さな光のみ。明らかに地下水路とは様相の異なる通路は水路とは異なる硬質な石材で造られており、別の構造物であるかのように感じられる。
周囲に警戒しつつ、一歩ずつ歩を進める一同がそのまま移動を続けると、やがて前方に鈍い光を湛えた大鉄塊が見えてきた。
「金属の·······扉?」
「この輝き、まさか最硬精製金属か?」
そこにあったのは、巨大な金属製の大扉。金属で造られた重厚な門は二メートルを優に超える高さを誇り、その巨大さに一同は思わず息を飲む。
しかし、何よりも一同の目を惹いたのはその硬質な光沢を放つ材質だった。目利きが正しければ、それは間違いなく最硬精製金属。
加工が極めて難しく、この世界で最も硬い金属と言われる超希少加工金属だった。
──────··········
発見から翌日、女性陣を含めた【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達と第二級冒険者達は扉の前に集結していた。
それぞれが未到達領域への遠征もかくやという万全の武装を身に纏い、それぞれの得物を手にしている。
「うわー、これが言ってた最硬精製金属の門? でっか!!」
ティオナが感嘆の声を上げる。彼女の言う通り、目の前にあるのはまさしく金属でできた巨大な門扉。
それはまさに堅牢な城壁を思わせる威容であり、人力による破壊は不可能であるように感じられる。
「こんなけったいな玄関を準備しとるんや、ここが連中の住処で間違いないやろな」
「だろうね。問題はどうやって侵入するかだけど······」
ロキの言葉にフィンが答える。確かにこれだけ厳重に守られている以上、ここに敵の本拠地があると考えるのが妥当だ。
「私の【デスペレート】やアルの【ミスティルテイン】と同じ最硬精製金属·····」
最硬精製金属、オリハルコン。ダンジョンで発掘されるアダマンタイトを優に上回る強度を誇る最高硬度の合金。
アイズの主武装である【デスペレート】やアルの【ミスティルテイン】のような不壊属性の武具を作る際に用いられる素材だ。
遥か昔、神々が降臨する以前の古代にて人々の叡智と執念が生み出したとされる究極の合金。
そのことからも分かる通り、この金属は非常に貴重なものだ。オラリオでも一握りの鍛冶師しか扱うことのできない代物である。
その硬度は、第一級冒険者の一撃をもってしても傷をつけるのがやっとであり、ましてや砕くなど夢のまた夢。
そんなものでここまで厳重に守るということは、それだけ重要な場所だということだろう。だが、そうなると余計にどうやって中に入るのかが問題になる。
「地図上で照らし合わせてみても、間違いなくこの隠し通路はダイダロス通りとも繋がっとるはずや」
「それにしても·········団長やアルはともかく、男共に先を越されたのって何かっていうか、不甲斐ないわね·······」
『ダイダロス通り』での探索で結果を出せなかったティオネが唇を尖らせた。
──────··········
「────で、アル。この扉、君なら壊せるかい?」
眼前のそれは数日前、アルが両断した粗悪品のアダマンタイトの扉とはわけが違う。神域へ足を踏み入れた奇人の執念と技術の粋を尽くされたその扉は硬さに物をいわせただけの只の金属の塊ではない。
おそらくは、この世界で最も硬く、最も頑丈な物質だろう。神域の名工によって扉に加工されたそれは、もはや芸術品といってもいいほどの美しさを誇っている。
高い魔法耐性を持った深層モンスターのドロップアイテムが混ぜ込まれている周囲の壁といい、この人造迷宮の構造は頑強極まり、リヴェリアの砲撃魔法やフィンの『槍』ですらこの扉を突破するには至らない。
そもそも不壊属性武具の素材ともなる金属による厚さ数十センチの扉など人の力で破壊できるものではないのだ。
そんなものを前にして、フィンはアルに尋ねた。アルは黙って扉を見つめ、そして、 アルはおもむろに大剣を抜き放つと、無造作な動作でそれを振り下ろした。
瞬間、ドガンッ!! という轟音と共に凄まじい衝撃波が大気を震わせる。アルの斬撃をまともに受けた大扉はそれでも壊れずに、僅かに表面に傷を走らせるに留まった。
しかし────
「まあ、壊せるな」
「だが、【
【英雄覇道】で他の攻撃を強化しても同じだと続ける。
「······わかった、最後の手段というわけだね」
──────·········
暫く団員達が周囲を警戒していると、不意に扉の向こう側から高い足音が響いてきた。警戒心を高める一同の前で、ゆっくりと巨大な金属製の門が開き始める。
ギィイイッ、という軋むような音をたてながら門が開いていく。暗闇に包まれた扉の奥に揺らめく魔石灯の青白い光に照らされる人影
「────!! 仮面の人物········間違いない。扉を開けてくれたのは、あの怪人のようだ」
そこには、59階層での死闘の際に見た不気味な風貌をした人物が立っていた。全身を覆う黒いローブに顔を隠す白仮面。
まるで、闇から這い出てきたかのようなその人物にフィン達は武器を構えようとするが、 それよりも早く、その人物は闇の中に消えるようにしてその場から姿を消してしまった。
門が再び閉じられる。後に残ったのは静寂のみ。緊張に強ばっていた表情を緩め、各々が息を吐いた。
どうやら向こうは少なくとも今は何かをするつもりはないらしい。それどころか、こちらを招待するかのように扉を開けた。
ならば、これは罠の可能性も考慮しつつ進むしかないだろう。
「フィン、雑魚は置いていこうぜ」
暗闇の奥から漂う饐えた血臭に顔をしかめたベートは、双剣を手にそう言った。この先にいるであろう怪人達との戦闘は避けられないだろう。
その際に第二級以下の冒険者達では戦力にならないと判断しての言葉だった。
「気に食わねえ臭いがしやがる········足手纏いがいくらいても邪魔なだけだろ」
刺々しさを増した声色でベートが言う。その言葉に団員達がムッとした様子を見せ、ヒュリテ姉妹がベートに詰め寄る。
「あたし達、仲間なんだからそういう言い方やめなよ!!」
「支援もなしに突っ込んで、あんたや私達がどれくらい力を発揮できるって言うのよ」
姉妹の非難にチッ、と舌打ちするベートだったが、それ以上は何も言わなかった。そんなやり取りを見て苦笑しながら、フィンは皆を見回す。
言い方はともかくとしてベートの言い分にも一理ある。この先はおそらく深層以上の危険地帯だ。主力ではない彼らを守りながら戦う余裕はないかもしれない。
冷静に部隊の編成を考えていく。前衛は自分を含めレベル6以上、後衛には回復要員と補給要員。
そして─────
「────しばらく待機。ラウル、急いで【カーリー・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】へ行って、
フィンの指示に即座に反応したラウルはすぐさま走り出す。各員の役割が決まったところでフィン達は準備に取り掛かった。
装備を整え、魔法で扉を凍らせ、消耗品の準備を整える。最精鋭として先頭に立つアルはいつでも良いように装備を整えている。
「クラネル······」
「ん、フィルヴィスか。なんだ?」
射干玉の髪を靡かせ、アルの前に立ったフィルヴィス。昨日に引き続き、【ロキ・ファミリア】と同行している彼女は真剣な眼差しでアルを見据えた。
「あの狼人と意見が重なるのだが·········私も、嫌な予感がする。 ここは、何かが········」
「──だから、行くなと?」
「·······ああ、そうだ。お前が行かなければ、私が───」
「私が?」
「───ッ!! い、いや、なんでもない。·······なんでもないんだ」
スゥーーーーーー!!(深呼吸)
曇らせできずに渇ききった心にフィルヴィスがスゥーと効いて·········。やっぱ、フィルヴィスしか勝たんわ。
うまく行けば
アイズやフィンもいるし·······最高かな?
これでリューとかも来てくれたらなあ·······。
『『
お前らは呼んでない、帰ってくれ。
つーか今なんて言った? デ、ア、セ、イ、ン、ト!?
あの歩く治癒魔法が来ただとぉおおおおッ!? ふざけんじゃねえぞッ! あいつはダメだろっ! 絶対にダメだろッ!
聖女様の前で曇らせとかそんなおっそろしいこと出来るわけないだろうッ!!
いやまて落ち着け俺。ここで取り乱したら全てが台無しになる。ここは冷静沈着に行こうぜ。クールになれよ。
さぁまずは深呼吸をして心を落ち着かせよう。ひっひっふぅー。
·········よし落ち着いた。
ま、まぁいいや、アイズとフィルぴっぴも居るしなんとかなるだろう(震え声)
とりあえず俺はいつも通り平常運転でいこうと思う。うんそうしよう。
『─────アル、貴方なにか良からぬことを考えていませんか?』
だめぽ。