皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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七十二話 特に身に覚えのない殺意がアイズを襲う!!

 

 

 

 

今日もオラリオは快晴であり、雲一つない青空が広がっていた。活気に満ちた街の雰囲気。

 

昼時もすぎ、太陽は西の空に傾きかけていく午後。この時間帯になると、さすがに人通りも少なくなってくる。

 

それでも飲食店や屋台が軒を連ねるエリアでは、仕事が一段落ついた労働者達や冒険者などがにぎやかに酒盛りをしている姿が見られる。

 

そんな中で一際大きな喧騒を生み出している店があった。

 

芳しい香りと食欲をそそられる音。そして、客達の笑い声。食堂を兼ねた酒場だ。

 

「アーニャちゃんっ、至急ミアを呼んでくれ」

 

「にゃあ、またヘルメス様ニャ?!」

 

 そんな酒場の一角。とあるテーブル席からそんなやり取りが聞こえてきた。こそこそと酒場に入ってきて早々、おっそろしいドワーフの女主人を呼びつける男神の姿があった。

 

「頼むミアッ、フレイヤ様に伝言を送ってくれぇ?!」

 

「はぁ、またアンタかい。前に言ってやっただろう。自分の足で行きな」

 

 這いつくばるように頼み込むヘルメスに強面のドワーフ女将ミア・グランドが不機嫌そうに吐き捨てる。

 

「本当に今度という今度はオレの死活問題なんだッ?!」

 

 神としての面目すら投げ打って、泣きつくように懇願するヘルメス。だが、ミアはそんな彼のことを汚物でも見るような目つきで見下ろすだけだ。

 

「どうしたっていうんだい。 またアンタ、何かやったのか」

 

「違うんだぁ··············不可抗力だったんだ············オレは悪くないんだぁ·············!!」

 

 きょろきょろと周囲を見回しながらヘルメスが言う。その言葉を聞きながらミアはため息をつく。

 

目の前の男神は神の中でも相当高位の神格を持つ存在なのだが、それを全く感じさせない情けない姿を晒している。

 

普段の軽薄な態度からは想像できないほど、今は必死の形相をしていた。おそらくそれだけ切羽詰まっているということなのだろう。

 

とはいえ、だからといって同情してやる義理はないのだが。それにしても、一体何があったというのだ。ミアは面倒くさそうな表情を浮かべつつも、話だけは聞いてみることにした。

 

「実はだな············ベル君が、ベル君がっ」

 

「早く言いな」

 

 要領を得ずしどろもどろになっているヘルメスを一蹴するようにミアが先を促す。すると彼は観念したかのように口を開いた。

 

「実はベル君が、あのイシュタルに目を付けられてしまって·········色々な意味で危機なんだ!!」

 

 イシュタルは自身と同じ美の女神であり、都市二大派閥の片割れの【フレイヤ・ファミリア】の主神であるフレイヤを憎んでいる。

 

彼女はフレイヤを貶めようと様々な策謀を仕掛けてきた。しかし、その悉くが失敗に終わっている。

 

そのため、フレイヤの弱点を探ろうとしていたのだが、そこで目をつけたのがベル・クラネルという少年の存在だった。ベルに並ならぬ執着を見せるフレイヤ。  

 

情報通で知られるヘルメスを美の女神としての力を使い、脅すような形でベルについて聞き出したのだ。

 

「頼むミアッ、オレの代わりに伝言を!! こんなことをフレイヤ様に直接言ったら殺されるッ!?」

 

 イシュタルの魅了の力が一切通じず、既に第一級冒険者として『男殺し』フリュネ・ジャミールや『麗傑』アイシャ・ベルガを容易く退けられる数年前のアルとは違うのだ。

 

いくら有望とはいえ、Lv.3になったばかりのベルでは【イシュタル・ファミリア】に狙われてはひとたまりもない。

 

精々が第二級の【アポロン・ファミリア】と違い、第一級冒険者を抱える大派閥【イシュタル・ファミリア】には太刀打ちできるはずがない。

 

だからこそヘルメスはミアに伝言役を頼もうとしていた。だが、そんなヘルメスの背にゾクリッと悪寒が走る。

 

「どういうことですか、ヘルメス様。······ベルさんが危ないですって?」

 

 恐る恐る背後を振り返ると、そこには怖気立つような美しい笑みを浮かべるシルの姿があった。

 

ヘルメスは一瞬にして顔面蒼白になり、冷や汗を流し始める。ヘルメスに視線を向けたシルがニッコリと微笑む。

 

それはとても美しい笑顔だったが、ヘルメスにとっては恐怖でしかない。ヘルメスは思わず助けを求めるようにミアを見るが、彼女はそんなヘルメスを見て鼻を鳴らす。

 

「ひょっとしてベルさんから香水の香りがしたのもヘルメス様の仕業なんでしょうか? もしそうだとしたら······」

 

「シ、シルちゃん、誤解だよ。あれは、そのぉ······」

 

 ニコニコと笑いながらも額に青筋を立てている少女にヘルメスは怯える。笑顔のまま怒る彼女の迫力に気圧され、ヘルメスの声は徐々に小さくなっていく。

 

そこに。

 

「只今、戻りました」

 

 裏口に旅姿のエルフが────かつての主神に会いに行っていたリュー・リオンが戻ってきた。帰ってきたリューに思い思いに声をかける店員たちの中で唯一、第一級冒険者の実力を持つミアはリューが新たな領域に辿り着いたことに気がついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュー・リオン

『Lv4』 

 力 :E488→S989

 耐久:F352→S976

 器用:A888→S999

 敏捷:A889→S999

 魔力∶B717→S999

 

狩人︰G→F

耐異常︰G→F

魔防︰I→H

 

《魔法》

【ルミノス・ウィンド】

・広域攻撃魔法

・光、風属性

 

【ノア・ヒール】

・回復魔法

・地形補正

 

《スキル》

妖精星唱(フェアリー・セレナード)

・魔法の効果を増幅する。

・夜間は強化補正が増幅。

 

精神装填(マインド・ロード)

・攻撃時に精神力を消費することで、力のアビリティを強化。

・精神力の消費量を含め、任意で発動できる。

 

疾風奮迅(エアロ・マナ)

・走行時に速度が上昇すればするほど攻撃力により強い補正。

 

 

これがリューのレベル4最後のステイタス。アストレアによって書き写されたそれは五年ぶりの更新ということもあり、極めて高数値を示していた。

 

軒並み上昇した基本能力値の中でも器用、敏捷、魔力はカンストまで到達している。いずれも最高評価であるSに上り詰め、五年間の成果として十分に誇れるものだ。

 

まあ、尤も当然とも言える。

 

五年前、復讐心に駆られてなりふり構わず身を投じた闇派閥殲滅のための戦いの日々。

 

三年前にはジャガーノートやアンフィス・バエナを相手に当時同じくLv4であったアルと共に戦った。

 

ここ最近では24階層の食糧庫での『精霊の分身』、18階層での『理知ある』漆黒のミノタウロスとの戦い。

 

そのどれもがランクアップに相応しい偉業であり、積み重なった経験値は並の冒険者の比ではあるまい。

 

そして、当然ながら背中に刻まれたステイタスは独特な光の明滅────ランクアップ可能であることを示していた。

 

「リュー」

 

「また、いつか会いに来てね。今度は例の『彼』を連れて」

 

「─────ええ、いつか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下空間。『ダイダロス通り』とつながる地下水路に隠された『扉』の奥。

 

不気味な石畳の床、壁には松明が燃えているだけの薄暗い空間。地下ゆえのカビ臭さとどこからか香る隠しきれない腐臭じみた血生臭い匂い。

 

見るからに怪しげな空間。そこにはおびただしい程に密集した人影があった。いずれもが闇派閥の雑兵特有の白いローブを纏った者ばかりで数は軽く見ても百人以上。

 

白い頭巾に隠された双眸には狂気にも似た並ならぬ熱意が宿っている。狂信者の集まりという言葉が相応しい異様な熱気に満ちた空間だ。

 

しかしそれだけの数がいてもなお、この場所には異様なまでの静寂が満ちていた。

 

不気味なまでに押し黙り、誰もが微動だにしない。まるで何かを待つかのようにただひたすら沈黙を続けている。そんな異常で異質な空気の中にあって激情を宿す者がいた。

 

 

「バカなッ!! なぜ、彼奴等を招き入れたッ!?」

 

 すらりと伸びた肢体に起伏に富んだ体つきの女性だった。血のように艶やかな赤髪、爬虫類のそれを思わせる黄緑色の瞳。妖艶さの中に鋭利な刃のような凄みを感じさせる美女だ。

 

身に着けた戦闘衣は身体の凹凸を強調しており、見る者に女としての魅力を強く意識させるものではあったが、今は彼女が放つ怒気によってその色香も畏怖へと変わっている。

 

常人が相対すれば失神してしまいかねないほどの、殺気にも近しい激情を発している怪人、レヴィス。

 

彼女は自らの前にいる存在を睨むように見つめて怒りの声を上げた。

 

彼女の視線の先にいるのはこの場において唯一の例外──異端の存在だ。

 

他の者達と同様に頭巾を被っているものの、その色は黒く染まっている。そして何より第一級冒険者の水準を優に超える怪物から向けられる感情を意に介さず平然と佇んでいることが異常なのだ。

 

Lv6の域を踏破し、純粋なステイタスでいえばLv7をも超えた怪人の激情を受けるのは同じく怪人である紫の外套に身をつつんだ仮面の怪人、エイン。

 

自らの魔法によりLv5下位相当にまで弱体化した身でありながらレヴィスの気迫に一切気圧されていない。

 

『···········クラネルハハナカラ狙イデハナイ。アクマデモクラネル以外ノ【ロキ・ファミリア】ノ削リニスギン』

 

 何かしらの魔導具による変声器を通したような、老成とも若輩ともつかない奇妙な声。男女の判別すらつかない不可思議な響きが地下に木霊する。

 

それを耳にして、レヴィスは奥歯を噛み締めながら眼前の相手を睨みつける。

 

「───ッ、それがバカげている!! こちらの狙いなど関係なしに食い破られるぞ?! 闇派閥の連中などいくら使い捨てたところで話にもなるまい!!」

 

 レヴィス、ひいては穢れた精霊の目的はアイズの獲得であり、そのための最大の障害がアルなのだ。それはエインの主であるエニュオの計画にとっても同じ。都市の、地上の破壊など英雄たるあの男が許さないだろう。

 

だが、物事には順序がある。59階層ではあそこまで準備を重ねたのにも関わらず殺せなかったのだ。

 

いかにクノッソスに招き入れたとしても今もレヴィスたちにアルを殺せるほどの準備はない。まして、ランクアップを果たした今、より一層難儀となった。

 

 

可能性があるとするならば完全な状態のエインとレヴィスで同時に襲うぐらいだろうか。

 

それすらも時期尚早だとレヴィスは判断している。アルのレベルは現在8、この短期間にレベルを上げること自体が不可能に近く。たとえアルであってもその成長速度には限界がある。

 

だが、怪人たるレヴィスとエインは違う。魔石さえ取り込めば制限なくステイタスを伸ばすことが可能だ。

 

来たる決戦の日まで、レヴィス達は加速度に強くなり続けることができる。

 

だからこそ、このタイミングでの接触は避けたかったのだが、エインはヴァレッタ達、闇派閥の幹部と協合してあろうことかクノッソスに【ロキ・ファミリア】を招き入れてしまった。

 

確かに、都市最強派閥の一角を崩す機会ではあるが、下手を打てば逆にこちらが壊滅してしまう。

 

そうでなくとも、闇派閥が本格的に動き出した以上、決戦の日までに戦力が削れるのは好ましくない。

 

最悪、レヴィスかエインのどちらかが命を落とすことすら有り得る。そうなれば来たる日の『剣聖』への勝機は著しく落ちてしまう。

 

「────駄目だよぉ、喧嘩しちゃ。········エインちゃん、それってエニュオの命令だったりするの?」

 

 言い合う二人を諌めるかのように一柱の邪神が口を挟む。闇派閥に残る唯一の邪神にして、最古参の神タナトス。

 

見た目は男神ながら美女のような艷やかな長い髪、濃紫色の瞳、白い肌。華奢な体躯も相まって一見すると麗人のような出で立ちだ。

 

しかし、彼の瞳の奥に宿るものはひどく不気味で歪なものだった。退廃的かつ享楽的で無責任な言動とは裏腹に、底知れぬ深淵を覗き込んだかのような恐怖を覚える有り様。

 

『······アア、エニュオノ命ダ。『剣姫』ヲココデ殺ス』

 

 死を司る神としての本質を垣間見せるタナトスに対し、エインは淡々と答える。変声器を通したような奇妙な声音にも臆すことなくタナトスはふぅん、と興味なさげに呟いた。

 

 

 

『オリヲ見テ、私モ『元』ニ戻ル。雑魚ノ間引キハ闇派閥ニ任セル』

 

 外套を翻し、その場から立ち去るエインと不承不承ながらそれに続くレヴィス、【ロキ・ファミリア】のもとへ死兵として向かう自らの信者たちを見送ったタナトスは誰もいなくなった暗闇でその唇の端を上げて嘲笑った。

 

自覚はないのかあるのか、いや、神たるタナトスが感じ取った以上は自覚はあるのだろうが、その考えから目を逸らしているのだろう。まるで()()()()であるかのような下界の仔らしい矛盾を嘲笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·······嘘はイケないなぁ、エインちゃん」

 

「『剣姫』は君が殺したいだけだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 







一日が30時間くらいあればいいのに

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