皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている   作:マタタビネガー

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進路関係と体調不良で投稿が途切れてしまいました、すみません。




七十三話 私が癒す

 

 

 

カビ臭い部屋に所狭しと積まれた分厚い本。その山は、さながら巨大な壁のようだ。

 

書物の山に覆われた書庫にただ一人いる僕はゆっくりと顔を上げる。そして、手にしていた本をパタンと閉じると目線だけで部屋の中を見渡す。

 

目についたのはとある英雄譚。古い黄ばんだ紙の上に、掠れたインクで記された物語だ。何度も読まれたせいか、すっかりボロボロになっている。

 

開いていたページにはかすれた挿絵が描かれていた。

 

『淫売のバビロンめ!!』

 

 そう言って、主人公である英雄が剣を女に向けている絵だ。少年は怒りに満ちた表情を浮かべているが、一方の女は媚びるような諂いの笑みを浮かべて英雄へと手を伸ばしていた。

 

『貴様が犯した悪行の数を! 一体何人の男を誘惑し、陥れ、悲惨な末路へと導いた!! 恥を知るがいい、妖婦め!!』

 

 娼婦の背後には倒れ伏した幾人にも及ぶ男達の姿があった。娼婦に拐かされ、破滅していった哀れな犠牲者たちなのだろう。

 

英雄の糾弾は正しいものだ。けれど……。

 

『英雄にとって娼婦は破滅の象徴です』

 

 先日、【イシュタル・ファミリア】に追われて逃げた先の娼館で出会った狐人の娼婦、春姫さんの言葉を思い出す。確かに、英雄の物語において娼婦は悲劇や災厄をもたらす存在として描かれていることが多い。

 

あらゆる英雄譚の中に登場する娼婦達は、男性の英雄たちを破滅させていく。それはまるで呪いのように。

 

破滅を呼び込む忌むべき存在。だからこそ、英雄譚の中に描かれる娼婦達は総じて醜く描かれているのだ。

 

けして救えない者。決して救われてはいけない者。そんな者として。

 

英雄の隣に娼婦は立つことを許されていない。それが英雄譚の決まり事だった。

 

破滅を呼ぶ娼婦と英雄は決して相容れない。

 

「でも······」

 

 ポツリと呟き、僕は手元にある英雄譚に再び目を落とす。娼婦を糾弾する英雄の絵を見て、僕の脳裏に浮かんでくるのは一人の女性の顔。

 

あんな悲しそうな顔を浮かべる人が、本当に救いようのない人間だろうか? あれだけ綺麗な笑顔を浮かべられる女性が、どうして娼婦なんてしているのか。

 

······いや、そんなことはどうだっていいんだ。

 

湧き上がる無力感を振り払うように頭を振るう。こんな気持ちになるくらいなら出会わなければよかったのだろうか。

 

【イシュタル・ファミリア】はオラリオでも有数の大派閥。僕と同じ第二級冒険者を多く抱える実力者揃いの派閥。そしてその中にはベートさんや兄さんと同じ第一級冒険者すら所属している。

 

所属している冒険者の強さだけではなく、オラリオの歓楽街を管理している権力や影響力は【アポロン・ファミリア】とは比較にもならないほど巨大だ。

 

目をつけられてしまえば新興派閥である【ヘスティア・ファミリア】など簡単に潰されてしまうだろう。

 

兄さん達【ロキ・ファミリア】にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

第一級冒険者すら所属する大派閥を相手に僕なんかでは太刀打ちできるはずもない。だから諦めろと心の中でもう一人の自分が囁いている。

 

見なかったことに、出会わなかったことにするのは酷く簡単だ。このまま部屋に戻って布団を被って寝てしまえばいい。

 

だけど、脳裏に浮かぶ優しい微笑み。その笑みを思い出した瞬間、ズキリと胸が痛む。

 

こんなことなら出会わなければよかった。あの時、彼女に関わらなければ、こんな想いをしなくて済んだはずだ。

 

「いや、そうじゃないだろ───ッ!!」

 

 違う。そんなはずはない、出会わなければよかったなんて思っていない。出会いは何よりも大切なものなのだから。

 

こんな時、兄ならば、僕にとって始まりの憧憬である英雄ならばどんな選択をするだろうか。

 

ふらりと立ち上がり、僕は本棚へと向かう。そこには様々な種類の本が並べられている。様々な英雄譚も置かれている。

 

「··········こんな時、兄さんなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カーリー・ファミリア】

 

世界の中心と言われるオラリオからはるか東に離れた絶海の孤島テルスキュラ。世界から切り離されたように外交を持たない女戦士、アマゾネスの国。

 

巨大な世界勢力の一つであり、戦の女神カーリーを主神とした国家系ファミリア。アマゾネスの聖地とも呼ばれるその国は支配体制が敷かれており、力こそ正義という実力主義社会だ。

 

それゆえに弱者には容赦がなく、弱き者は虐げられ搾取されるだけの存在でしかない。テルスキュラに生まれついたアマゾネスは物心つく前にカーリーによって恩恵を授けられ、ファミリアの末席として眷属に迎えられる。

 

喋り方よりも先に武器の持ち方を、文字の読み書きよりも先に命の奪い方を学ぶ。弱いままでは生きていけない。強い者こそが正義であり、強ければ何をしても許される。

 

蠱毒とすら称される幼子とモンスターとの、そしてアマゾネスの同胞同士の殺し合い。

 

儀式という名の際限のない命の奪い合いによってダンジョンがないにも関わらずオラリオの有力派閥と比べても高レベルな眷属が多数存在する。

 

そんな戦力に目をつけたイシュタルによってメレンに招かれ、フレイヤとの戦いの前にかつての眷属であるティオネとティオナとカリフ姉妹を殺し合わせることで最強の戦士を作ろうとし、あわよくば最新の英雄であるアルとの闘争を望んでいた。

 

レフィーヤをはじめとした【ロキ・ファミリア】の団員を人質にとることでティオネとティオナをカリフ姉妹と戦わせることには成功したものの船で戦っていたアルガナはフィンによって打ち倒され、『階位昇華』を受けてLv.7相当まで強化されたバーチェはLv.8になっていたアルに倒されることで儀式は失敗。

 

更に他のアマゾネス達もLv8のバケモノに打ちのめされたことで、殆どが恋する乙女状態になってしまい、腑抜けになってしまった。

 

戦いを何よりも尊ぶカーリーとしては情けない話だが、腑抜けてしまった彼女達はもはや使い物にならないと見切りをつけ、無理に戦わせるよりは『次代』に賭けたほうが良いとアルやフィンに目をつけたカーリーの赦しの下、団長姉妹を筆頭に少なくない数のアマゾネスがオラリオに移住することとなった。

 

腑抜けたとはいえ、団長姉妹はオラリオにも数名しかいないLv6の第一級冒険者相当、その他のカーリーに逗留を許された精鋭たちはいずれもがLv3以上の第二級冒険者級の実力者なのだ。

 

そのような実力者達の流入をギルドが拒むわけもなく、ある程度の条件はついたが彼女達の移住は認められた。

 

国家系ファミリアという規模の大きさから全員が全員、来れるわけもなく、オラリオにいるのは百にも満たない精鋭達。

 

カーリー自体唯一の主神として長らく国を離れられないがゆえにオラリオに移住したアマゾネス達の監視は【ロキ・ファミリア】ひいては主神ロキにギルド直々に委ねられ、実質的な傘下ファミリアとなっていた。

 

此度の人造迷宮探索においては下手に連携が取れない別勢力を大量に投入するよりは精鋭のほうが良いと考えたフィンの元、カリフ姉妹のみがフィン達に同行し、その他の第二級相当のアマゾネス達はリヴェリア達、待機組の護衛兼予備戦力として待機している。

 

闇派閥残党の拠点と思われる人工迷宮、その中に侵入するのは第一級冒険者を筆頭とした【ロキ・ファミリア】の主力とカリフ姉妹、そして外部協力者であるフィルヴィスとアミッドだった。

 

致死性の罠が貼ってあってもまあ大丈夫そうなアルが先陣を切って突入する。ヒーラーであるアミッドを守るような布陣で進みながら、彼らは迷宮内を探索し始める。

 

オリハルコンの扉を抜けた先は代わり映えのない石畳と地下故に窓のない石の壁が続く道程だったがしばらくすると一本道が幾重にも別れ、それこそ迷路のような構造に変化する。

 

侵入者を迷わせる意図的な造りは普段ダンジョンを探索している冒険者の感覚をもってしても面倒なものだった。

 

幾重にも分かれた道の先は大半が行き止まりとなっており、無為に時間だけが過ぎていく。

 

密閉した空間故のカビ臭さと隠しきれない腐臭の混じった血の匂いがうっすらと漂う中、冒険者達は地道にマッピングをしながら進むことを余儀なくされる。

 

「········進路が限定されてる?」

 

 そんな中、少しずつ進路が限定されていっていることに気づいたアイズが声を上げる。

 

これまた人為的に誘導されていってるような気がする構造。罠がある可能性も高い。

 

「いざとなったら壁を壊せばいいし、大丈夫だって!!」

 

 警戒を浮かべる団員たちにアマゾネスらしい大雑把な考えを口にしたのはティオナだ。

 

「いや、それも難しいだろうよ」

 

 しかしそれに水を差すように言ったのはアルであった。彼はその長い腕を伸ばして近くの壁に指揮棒を振るかのような軽さで拳をスナップさせる。

 

それだけの動作だというのに、バキリという音と共に彼の拳を中心に放射状に亀裂が入った。

 

破砕音にびくりと体を震わせたレフィーヤ達はまるで巨大な鉄槌でも振り下ろしたかのように陥没した壁を見て目を丸くする。

 

「これ、もしかして········アダマンタイトですか?」

 

 ボロボロと崩れる石壁の奥で鈍い輝光を放つ金属の正体を見抜いたレフィーヤの言葉にアルはこくりと首肯してみせた。

 

表面こそ石で覆われているもののその中身はダンジョンで発掘される天然の金属としては最も硬いとされる鉱石であるアダマンタイトで構成されていたのだ。

 

上層や中層で発掘されたものならまだしもその輝きは深層のものに近い。物理的破壊はもちろんのこと魔法攻撃による破壊も困難を極める代物だ。

 

そんな金属で経路全体を構築されているとなると例え第一級冒険者の力をもってしてもティオナの言ったように壁に穴を開けて移動することは至難と言えるだろう。

 

「オリハルコンの扉に加えてアダマンタイトの通路か,こんなものとてもじゃないが数年足らずで築けるものではないね」

 

 どちらも武器に使用する少量でも莫大な価値を持った金属であり、【ロキ・ファミリア】の全資金を費やしてもこれまで見た扉の半分も作れないはずだ。

 

そんな莫大な金額をギルドに露見させずに動かし、ダンジョンと見間違うほどの大規模な工事をしていたとなるとそれにかかる時間は数年では済まないはず。

 

もしこれが闇派閥残党の仕業だとしたら相当前から準備されていたことになる。

 

10年や20年では到底作れるものではなく、50年、100年、200年あるいはそれ以上の歳月をかけて計画されてきたものだとしても不思議ではない。そう考えると自然と一同の顔には緊張の色が浮かぶ。

 

いつから建築されていたのかは不明だが、今ここにいる全員が闇派閥の底知れなさの一端を垣間見た気がした。

 

自分たちの普段生活する地面の下にこんなものを造っていたなんて思いもしなかった。しかもこれだけの規模のものが何年も気付かれずに隠匿され続けていたことに寒気すら覚えてしまう。

 

「───この先に階段があります。 下へと続いているようです」

 

 戻ってきた斥侯の冒険者の報告を受けた一行の目の前には二つに分かれた Tの字をした道が現れた。どちらの道も同じくらいの道幅であり、一見して違いがあるようには見えない。

 

「分かれ道、か」

 

「············二手に分かれよう、どちらか片方を進んで行き止まりでも困るし大所帯では小回りが利かないからね」

 

 左へはフィン自身にベート、カリフ姉妹、レフィーヤとフィルヴィス、アミッド。右にはアルとアイズ、ヒリュテ姉妹を振り分ける。

 

一塊になって少しずつ進むよりはそれぞれで別行動をとった方が効率的だろうとの判断だった。均等に戦力を分配できるという利点もある。

 

もとより過剰戦力ぎみであり、第一級冒険者が複数いるのなら襲われても迎撃できるはずだ。

 

「後は頼んだ、アル」

 

「ああ」

 

 

─────·········

 

 

左へ進んだフィン達は石畳の通路を歩いていく。人の気配のない不気味な静寂に満ちた場所だ。

 

「(ダンジョンの上層に少し構造が似ている気がするな)」

 

 おそらく地上から深さも同程度だろう。迷宮と違ってここはモンスターの影すらない。それが不気味さを増していた。

 

通路の幅や天井の高さからダンジョンの一階層から二階層に相当する空間であることがわかる。

 

マッピングをさせながら慎重に進んでいくと曲がり角の向こう側に広間のような部屋を発見した。

 

より強まる腐臭に顔をしかめつつ中の様子を伺う。そこは今までとは違った雰囲気の部屋だった。

 

オリハルコンの扉が左右の出口を完全に塞いでいるのだ。そしてその前には────

 

「フィ~~~ン~~~~ッ!! 会いたかったぜぇ、クソすかした勇者様ぁ!!」

 

 凶声。くすんだ血の色にも見える桃色の髪の女がそこにいた。彼女は禍々しく捻じくれた大剣を担ぎ、手を広げて叫ぶ。

 

「あぁ、やっぱり生きていたか·········ヴァレッタ」

 

 それはまるで恋人との再会を果たしたかのような熱烈ぶりだったが、フィンはそんな仇敵との再会すら取るに足らない親指の疼きが感じられた。

 

「察してるみてぇだから言っとくがテメェの相手は私じゃねェ······怪物同士、存分に殺し合いなァ!」

 

 女の声とともに部屋の奥からオリハルコンの扉が開く重厚な音が鳴る。第一級冒険者として長年培ってきたフィンの危機感知能力と勘が告げている。

 

アレは駄目だ。絶対に勝てるはずがない。そう判断するのに時間はいらなかった。ゆっくりと開かれた扉の先から人型の何かが出てくる。

 

赤色。血液を思わせる赤い頭髪に肢体に起伏に富んだ体つきをしている。こちらをとらえる瞳は爬虫類のそれを思わせる黄緑色の輝きを放っていた。

 

美しい女性の姿をしているが、そこから放たれる圧力は竜種ですら裸足で逃げ出すほどの凄まじさだ。

 

即座にフィン達の脳裏に警鐘が鳴り響く。

 

だが、もう遅い。

 

扉が完全に開ききり、現れた女性は一歩を踏み出した瞬間に既に動き出していた。

 

「っっ?!」

 

「また会ったな。 小人族」

 

 一瞬にして距離を詰められ、振るわれた禍々しい漆黒の剣を間一髪で

避けたフィンは冷や汗を流しながらも反撃するべく槍を突き出す。しかしそれも紙一重で避けられてしまう。

 

速い。それも圧倒的に。レベル6の冒険者であるフィンよりも上の領域にいる。以前戦った時よりもはるかに鋭く、重い斬撃。

 

振るわれるベヒーモスの黒剣を凌ぐこと三回。たったの三合でフィンは相手の力量を理解してしまった。

 

崩れる体勢、揺れる視界、乱れる呼吸。

 

「先日の借りを返しておくぞ」

 

 強化種。どれほどの量の魔石を喰らってきたのか、ありえないほどの戦闘力の向上を遂げた怪物がそこには立っていた。

 

魔法を、凶猛の魔槍を使わなくては殺される。しかし、あの魔法は正気を失う代わりに絶大な戦闘能力を獲得する諸刃の刃。今この場で指揮能力を失うことは統率を失うことを意味する。

 

一瞬の気の迷い。一秒にも満たない思考の空白。

 

「死ね」

 

 致命的な隙を見せたフィンに、赤髪の怪人が剣を振り下ろす。防御は不可能。回避も間に合わない。

 

黒い軌跡を描いて漆黒の呪剣が振り下ろされる。

 

矮小な身に刻まれた深過ぎる傷とともにながし込まれた英雄殺し。その一撃は、フィンの命を容易く刈り取っ───

 

三百と六十と五の調べ(癒しの滴、光の涙)癒しの暦は万物を救う(永久の聖域。薬奏をここに)

 

呪いは彼方に(そして至れ)光の枢機へ(破邪となれ)聖想の名をもって(傷の埋葬、病の操斂)

 

─────ディア・フラーテル(私が癒す)

 





アル「よかった、アミッドと違うルートで良かった」

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