皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
流石に改訂だけじゃあれなんで区切りいいところで新しい話差し込もうかしら
レフィーヤ・ウィリディスは目の前で繰り広げられている戦いのレベルの違いに目を見開く。知ってはいた、聞いてはいた、【ロキファミリア】最強たる現代の英雄の実力は師であるリヴェリア・リヨス・アールヴをも凌ぐのだと。
それでも、信じられなかった。自分はおろか第一級冒険者であるアイズですら敗北した赤髪の女がこうもたやすく圧倒されていることが。
その女の両腕がたった今、切断されたことが。
被害者の正体が十名以上の第一級冒険者を抱えるオラリオにおいて指折りの大派閥【ガネーシャ・ファミリア】に所属するLv4の第二級冒険者。ハシャーナ・ドルリアであると判明し、それを受けてフィンはアイズ達をハシャーナから離れた部屋の一角に寄せ、ハシャーナの亡骸に手を伸ばした。
「死因は頭部の破壊············いや、どうやら最初に首の骨が折られているな」
「首を折って殺害した後に頭を潰したということか?」
「恐らくはね」
仰向けに倒れるハシャーナの頭は原型がないほどひしゃげており、その死に様は凄惨なものとなっていた。リヴェリアはその遺体を見て、先程まで生きていたとは到底思えないほど無残な有様に眉根を寄せた。
そんなリヴェリアの問いにフィンは頷く。周囲や布をかけられた遺体には戦闘による切り傷や激しく争った形跡はないように見える。つまり、これは犯人によって殺害された後で遺体を損壊されたことになる。
Lv4の冒険者の実力者を抵抗すらゆるさずに殺し、さらに頭をふみつぶすなど並大抵の実力と精神ではない。怨恨によるものならばまだ良いが、場合よっては第一級冒険者並の実力を持った精神破綻者が今もこの街にいる可能性がある。そう考えるだけで冒険者たちに緊張が走った。
「何か目的があったのか·······それとも」
そう言うとフィンは 死体から目をそらし、室内の隅に置いてある強引に引き裂かれたようなリュックサックに目を向ける。 他にも残された荷物も軽く確かめる。中には保存食等の食料以外に、衣服、ポーションなどの薬類などが入っており、どれもこれも使いかけで物色された跡のあるリュックサックは派手に荒らされていた。
「そのローブの女は、特定の荷物を狙ってハシャーナに近付いたのかもしれないね」
「おー、わかりやすくていいなぁ。それでまんまと色仕掛けに乗って、ハシャーナの野郎は殺されちまったってわけだ」
フィンの言葉にボールスは納得したように相槌を打つ。しかしフィンは別の考えを持っていた。
「(この女の目的は金品やアイテムだった? ···········だが、少なくとも金品ではない、か?)」
怨恨ではなく、利害による殺人。だが、普通に考えて到底釣り合わないリスクを負うこととなる。ましてや相手が大派閥【ガネーシャ・ファミリア】所属の第二級冒険者となればなおさらのこと。誰であれ目先の欲のためだけにここまでの蛮行をするとは考えづらい。なら一体何のために、と考えたところでフィンは思考を打ち切った。
今考えても仕方のないことだ。今は他に優先すべきことがある。フィンは立ち上がり、ハシャーナのリュックサックから一枚の血塗れの羊皮紙を引っ張り出した。血にぬれていることを除けばそれはフィンたちにも馴染みのある形式の文書であった。
「冒険者依頼の依頼書ですか?」
見守っていたアイズの横から、レフィーヤが顔を出す。ギルドの文字は血によって汚れたうえに掠れており、まともに読むことはかなわなかった。しかし、辛うじて読める部分はいくつかあり、その文字を読み上げる。
「内密で、探索、30階層に··············?」
「犯人に狙われる『何か』をハシャーナは依頼を受けて30階層に取りに行っていたってこと·················?」
部屋に静寂が訪れ、ティオネの呟きに険しい表情を浮かべたフィンは羊皮紙を見るのを止めて立ちあがり、 側にいるボールスの顔を見上げて尋ねる。
「ハシャーナが身に付けていた装備品に、覚えはあるかい?」
「ん? ん〜〜、ちょっと待てよ。あいつの名は有名だが、街の中じゃあんま見かけたことがないしなぁ、少なくともこんなフルプレートは身に付けてなかった、これは間違いねえよ」
最低でも第一級相当だと思われる使い手が冒険者の殺害を手段の一つとしてでも付け狙うようなものを探す依頼だ、要求される隠匿度も相当に高かったはずであり、ハシャーナは引き受けたその依頼のために素性を─────都市有数派閥【ガネーシャ・ファミリア】の所属であるということを隠していたということだ。
今回のためだけに用意されたであろうフルプレートメイルには【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムも刻まれていない。
リヴィラの中でこれほど騒ぎになっているにもかかわらず、【ガネーシャ・ファミリア】の者が何も行動を起こしていないところを見るに、やはりハシャーナは一人で個人的に依頼人から依頼を受けたのだろう。
つまり、ハシャーナを殺めたものはそこまでして隠された依頼について嗅ぎつけ、彼を殺すつもりで近づいて殺したのだろう。
フィンは最後に遺体に向かって手を合わせると、部屋の出口へと歩き出す。
「·················ボールス、一度、街を封鎖してくれ。リヴィラに残っている冒険者達を出さないでほしい」
「ハシャーナほどの人物が極秘に当たる依頼·····犯人が探していたものは、よほどの代物だった筈だ。殺人まで犯してる。もしまだ確保できていないとしたら、手ぶらでは帰れないだろう」
「まだいるよ、犯人はこの町に」
圧倒的な冴えで完璧に近い形で状況を看破したフィンだったが、ハシャーナの亡骸と犯人に注目するあまり見落としていた───────漸くか、と口元に弧を描くアルの姿を。
リヴィラの街の中央地、水晶広場。街中でも最も広い空間は見通しが良く、開けている。白水晶と青水晶の柱が双子のように広場中央に寄り添うように屹立している。その広場には破かれたハシャーナのリュックサックや血塗れのフルプレートメイルなどの遺品も運び込まれている。
「随分と集まるのが早かったね」
「呼びかけに応じねえ奴は、街の要注意人物一覧に載せるとも脅したからな。そうなりゃどこの店でも叩き出しだ。この要所を今後も利用してえ奴等は、嫌嫌でも従うってもんよ」
「それに、一人でいるのは恐ろしいか」
「ああ、そういうこったな」
フィンの呟きにボールスは頷く。彼等の視線の先に集まっている冒険者たちは程度の違いはあれその顔に不安と恐怖を抱えており、互いを警戒するように距離をとっている。
既にフィン達の口から大派閥【ガネーシャ・ファミリア】に所属する第二級冒険者が殺害されたことは伝えられている。【ガネーシャ・ファミリア】を敵に回すことも恐れない第一級冒険者に相当するであろう殺人鬼を恐れない者は血気盛んな冒険者といえどいない。
故に、集まった冒険者達は【ファミリア】の冒険者の傍を離れようとしない。
「ステイタスを見せてもらうのが一番手っ取り早いが、流石にそれは情報隠匿の規則に違反する、か」
他派閥の者達に我が物顔でそのような強引な手に出ればいかに都市内でトップクラスの力を持つ【ロキファミリア】といえど反感を買い、作らなくていい敵を増やすこととなってしまう。
フィンの指示で冒険者達は犯人とされるローブの女を探すために男性と女性に分けられていく。元々いた五百人ほどの冒険者達は二百名ほどになり、女性の冒険者は一箇所に集められ、多くの男達に取り囲まれる。
「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」
「うひひっ、そういうことなら··············」
フィンの言葉に厳つい顔を歪ませて嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。
「ようし、女どもッ!体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
女性冒険者から非難と顰蹙の声が飛ぶ。不満を隠さない女性たちと対照的に男性冒険者から歓声が上がる。
女性陣の非難は当然だが、その反応は予想していたものだ。これで少しでも怯える素振りがあれば、すぐにでも行動に移ることが出来るのだが、と考えるフィンは女性陣たちを注意深く観察する。
「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査をするぞ」
興奮のまま、高らかに雄叫びを上げる男冒険者に蔑みの視線を向けたリヴェリアが女性陣の検査を受け持つため、アイズたちを連れて歩み出る。アイズ、レフィーヤ、ティオナ、ティオネは横一列に並び、それぞれの女性冒険者に対応しようとする。
「それじゃあ、こちらに並んで・・・・・」
自分の前に列を作るよう指示しようとしたレフィーヤの声があまりにあんまりな光景に途切れる。アイズやレフィーヤ達の前に並ぶ女性冒険者はぽつん、ぽつんと数えるほどで残りの女性冒険者達はレフィーヤ達を見向きもせず群がるように長蛇の列を作っていた。その列の先にいるのは【ロキファミリア】の男性冒険者――フィンとアルである。
【勇者】 フィン・ディムナ、【剣聖】アル・クラネル。オラリオにおける女性冒険者人気のツートップの第一級冒険者だ。フィンには少年趣味の者たちが、アルのもとには強い男を好く種族であるアマゾネスが濁流のように迫る。そのあまりの迫力に気圧されたレフィーヤ達は呆然と立ち尽くしてしまう。
「あ・の・アバズレども!!」
「ちょっとぉ、ティオネー!!」
「離しなさい!! 団長が変態どもに狙われているのよ!! アルはどうでもいいけど、団長!!」
フィンに殺到する女性陣を見てブチ切れるティオネ。暴走しようとする【ロキ・ファミリア】の誰よりもフィンを敬愛、もとい好いている姉を必死に羽交い締めするティオナは「鏡見てから言いなよ!!」と叫び散らす。
「わかってないのよ、あのにわか共はッ!!」
ティオネは中年ショタの良さをわかってないにわかに愛しのフィンが言い寄られるのが我慢できず怒り狂う。とうとう、妹の拘束を振り解き、暴れまわるティオネに街の広場は大混乱に陥った。フィンはそんな騒ぎなど我関せずに女性冒険者達の対応を行っていた。
フィンの前に並んだ女性冒険者は皆、緊張した面持ちでフィンの言葉を待つ。フィンは女性冒険者の顔を眺めながら一人一人の情報を頭の中で整理していく。
そんな中、声を上げる間もなくアマゾネスの濁流に飲み込まれたアルを助けるべきか困ったように視線をさまよわせていたアイズの瞳が、人込みの中から騒がしい人立ちの中で一人浮いている人物を捉える。
病気かと見紛うほど顔を青白く染めている犬人の少女だ。何かに怯えるようなその表情が、アイズは気になった。アイズがじっとその少女を見つめると、視線に気付いたのか、びくりと肩を震わせた。
────この子、なにか知ってる。
そう直感してじっと彼女を見るアイズの視線にレフィーヤも気付き人垣を掻き分けて進むアイズに続く。突然現れたアイズに驚き、集団の混乱を利用するように、素早く広場から逃げ出した。
「───行こう」
「は、はい!」
アイズとレフィーヤは道を開けてくれた人々の隙間を通り抜ける。
犬人の少女を追ってアイズたちが水晶広場を離れてしばらくたったあと。リヴィラの街をモンスターから守るために建設された高い街壁を乗り越えてきて街の至るところから吠声を上げる食人花のモンスター達に広場は騒然となっていた。冒険者達が集まるこの水晶広場を目指し、周囲からモンスターの群れが殺到してくる。
その巨大な花弁の奥には無数の牙を持った強烈な刺激臭を放つ口があり、その黄緑色の蛇のような身体は耐久に秀で、対打撃においては第一級冒険者の一撃ですら堪えない。
そんな凶悪なモンスターが数え切れないほどに集まり、水晶広場へ押し寄せる光景を見て、その脅威を知るがゆえに第一級冒険者も冷や汗を流していた。
そんな中、一際大きな巨体を持つ食人花が水晶広場の中心に現れて、その大顎を大きく開けると、周囲のモンスター達も一斉に冒険者ヘ襲いかかる。
だが───。
その大顎が冒険者へ向けて閉じられる前に、既にそこにいたモンスター達が両断されていた。そして次の瞬間、雷霆が水晶広場に奔り、一瞬にして辺り一面を焼き払う。
「ティオナ、ティオネ。彼等を守れ!」
「─────【サンダーボルト】」
ティオナとティオネがそれぞれ大双刃と湾短刀を手にフィンの指示とともに走り出し、食人花に斬りかかって敵の頭部、触手を切断する。アルによって展開された魔法円からは雷の砲撃が雨のように降り注ぎ食人花をまとめて焼き殺す。
彼女達の攻撃が有効打を与える一方で、周囲の冒険者達はモンスターの群れに蹴散らされていく。物理耐性を除いてもLv2〜Lv3上位程度の強さを持つ食人花の群れを相手にするにはリヴィラの街の住人では力不足だ。ティオナは大双刃を振り回し、ティオネは湾短刀を振るい、次々と食人花を切り刻んでいく。
しかし、それでも数の差は覆らない。敵わぬ敵と悟り、ばらばらに逃走する冒険者達。しかし、その背に向けて食人花は容赦なく襲い掛かる。
「(不味い、恐怖が伝播して統率がとれてないな)アル、スキルを使え!!」
「七分以内には諌めろよ、フィン」
スキル【英雄覇道《アルケイデス》】。魔法などの能動的行動へのチャージ権を得るスキルであり、チャージ中は聞いた者の恐怖を取り払い戦意を向上させる鐘の音が鳴り響く。
「狼狽えるな!! 五人一組をつくり対応に当たれ!! 時間稼ぎだけでいい、時間さえ稼げれば僕達が討伐する!!」
多少、冒険者達の恐怖が薄れたところにフィンが指示を出す。スキル【指揮戦声《コマンド・ハウル》】の効果で拡張された声は冒険者たちに冷静さを取り戻させ、再び剣を取らせる。
『英雄《アル》』が鼓舞し『勇者《フィン》』が指揮する。【ロキファミリア】の最高戦力二人が揃うことで真価を発揮される指揮能力は逃げ回る烏合の衆を覚悟を決めた戦士の軍勢へと変えた。
食人花の攻撃から生き延びた者は即座に体勢を整え、連携をとりながら一体ずつ確実に駆逐していく。
多少、状況はマシになったもののフィンの親指の疼きは消えず、歴代の冒険者たちによって築き上げられてきたダンジョン内の要塞でもあるこの街へ、フィン達に接近の予兆さえ感じさせず現れた大群に違和感を覚える。
作為的なまでにこの水晶広場へ押し寄せる食人花。 明らかに何者かの意図を感じさせるこの状況に、まさかと思い水辺のある崖下を見下ろしたフィンの碧眼が、その姿を捉える。
200メートル以上の高さの絶壁の下、底の見えない昏い湖の中から、水面を突き破ぶり夥しい数の食人花のモンスターが断崖を次々とよじのぼっている。
その数は、優に百を超えているだろう。水晶広場を包囲するモンスターの大群は、水晶広場を囲むように包囲陣形を組み上げる。その中央でフィン達は息を呑み、その光景を目に焼き付けた。
湖の中に群れをなして潜伏、そして一斉の包囲。モンスターの知恵がなければありえない行動にフィンは確信を得る。
食人花のモンスターによる戦略的行動。そして、未だわからぬハシャーナの殺害の犯人、それらの材料から導き出された答えを口にした。
「──────テイマー、か」
食人花のモンスターがフィンの指揮のもと殲滅されつつある中、アイズはハシャーナ殺しの犯人であり、食人花を使役する調教師だと思われる赤髪の女と相対していた。
「ほお、便利な風だな」
アイズに許された唯一無二の魔法。膂力、剣の切れ味、防御、そして速度を飛躍的に上昇させる万能の応用性を持つ風の付与魔法【エアリエル】を用いた連続斬撃すらも赤髪の女の圧倒的なまでのステイタスには通じず、逆に彼女の階層主じみた強撃をかろうじて弾き返すのがせいぜいだ。
「(強い···········)」
純粋なステイタスでは【エアリエル】による後押しを受けたアイズ以上。だが、引くわけにはいかなかった。
「『アリア』――その名前をどこで!!」
その名がアイズの母親のものであると知っているのはフィン、リヴェリア、ガレスの三人のみであり、風の付与魔法を見ただけでアイズをアリアと呼んだ赤髪の女に対してめったに見せない気迫で詰め寄る。しかし女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らすだけだ。
なぜ母の名を知っているのか? なぜ、ハシャーナを殺したのか? 答え次第によっては容赦しない。宝玉が食人花の死体に寄生することで発生した巨大な女性型はティオナたちの手によって討伐された。
残るはこの女だけである。そんなアイズの決意を知ってか知らずか、赤髪の女は不敵に笑う。まるで、お前など倒すのは容易いと言わんばかりに。
そしてその通りであった。
アイズは眉を逆立て風をよりかき集めて神速をもって赤髪の女へ斬りかかり、目にも止まらない速さで幾重もの銀刃を放つ。十をも超える銀閃の攻防が瞬きする間に両者の間で乱舞し、剣身と剣身があまりの衝撃に軋む。
アイズが繰り出すのは嵐の斬撃。周囲の空気を圧縮し、薙ぎ払うそれは普通ならば対処不可。それどころか並の冒険者なら防ぐことすらできない必殺の攻撃である。それを赤髪の女は平然と受け止めていた。
赤髪の女はその圧倒的なステイタスを駆使し、恐らくは「深層」のモンスターのドロップアイテムをそのまま武器にした大剣で力づくに風の猛撃を打ち破る。柄と剣身のみの野太刀のような大剣は薄闇に鈍い残光を何度も描きながら、アイズの愛剣と互角以上に打ち合う。
本来、人に対して使うことのない【エアリエル】を遠慮を思慮の果てに捨てて駆使しても、純粋な白兵戦でもってアイズの風を喰い破っては痛烈な反撃を与えてくる。
死にものぐるいで風の付与された愛剣を振るい、敵の破滅的な一撃を何度も何度も叩き落としたが、そのたびに纏った気流の鎧を超えて幾多もアイズの体をぐらつかせて体の奥に鈍い痛みを蓄えてゆく。
一進一退の攻防が続く中、アイズは歯を食い縛りながらも心の中で焦りを募らせていった。この女は明らかに異常だ。まるで人型の階層主のような恐ろしさが女にはある。
「─────人形のような顔をしていると思ったが」
踏み込みで大地が爆発した。箍が外れた嵐のような猛りによって致命的なスキを作ったアイズに振るわれるのは致死の一撃。呵責なく斬り下ろされた大剣は【デスペレート】の防御と風の気流を突き抜け、アイズの身を強かに打つ。
咄嵯に身をよじり直撃こそ避けたものの、アイズの腕から鮮血が飛び散る。赤髪の女はそんな隙だらけになったアイズを見据えると、容赦なく追撃を加えた。横なぎに大剣を振う。風を切り裂く轟音とともに放たれたのは強烈な斬撃。
かろうじて愛剣で受けながらも衝撃を殺せなかったアイズの身体は後方の瓦礫に決河の勢いで叩きつけられた。
「うっっ!」
錐揉みして激突した背中が瓦礫を盛大に砕く。肺から空気を引きずり出されたためか、神経が断線したかのようにアイズの体は言うことを聞かなくなる。意識が明滅し、視界がぼやけた。
それでもなお立ち上がろうとするが、全身に走る激痛のせいで膝が震えて力が入らない。
「やっと終わりだ」
持ち主の怪力に耐えられずに剣身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女は地面に膝をつくアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。
そしてアイズを刈り取ろうと、渾身の右ストレートを放った。
────対応できない、死ぬ。
「─────っ」
いざという時、助けを求めた時にどれだけ泣き叫ぼうと実際に助けが来るわけではない。母に読み聞かせてもらった英雄譚とは違い、現実は、世界はアイズ・ヴァレンシュタインに優しくない。
そうでなければ母は、父は、アイズのもとからいなくなることはなかっただろう。それ故にアイズは自らの手で剣を持ち、戦った。
しかし、それと同様にアイズは知っている──────
「何っ?!」
その場に女の岩をも砕くであろう鉄拳を防ぐ、激しい金属音が響き渡った。無骨ながら究極の機能美とも言える妖しさを持った漆黒の刃がアイズに止めを刺さんとする敵の鉄拳を寸前で止めていた。
「────アル!!」
──────どれだけ傷つこうと、どれだけの怪物が相手でも、血反吐を吐きながら、敗北の泥にまみれながら、歯を食いしばって立ち上がり最後には勝つ、そんな男がいることを。
そこにはアル・クラネル───アイズ・ヴァレンシュタインの英雄がいた。
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英雄()の視点は次です
わざわざメッセージで0評価つける予告はしないでもらえると精神的に助かります。
作品に対するコメント、評価、メッセージは随時ありがたく確認させて貰っていますが、批評でも意見でもない悪口はちょっとつらいです。
一応、早く元に戻せるようクオリティを下げずに改訂するつもりなので駄目な点があったら優しく批評してもらえるとこれから励みになります。
どうかよろしくおねがいします。