皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
────あの戦いで【ロキ・ファミリア】に死者は出なかった。
それを知った時、私は浅ましくも安堵してしまった。
他でもない私が殺意すらもって襲った彼らが生きていることに、私は心の底から安堵したのだ。
嗚呼、なんて愚かなのだろう。
あのときは全て殺す気でいたくせに、いざ殺さなかった事実を前にしてほっと息を吐いてしまった。
レヴィスの魔石を喰らい、完全に怪物となり果てたにも関わらず、まだ妖精としての自分を失いたくないとでもいうのだろうか?
自分のことなのに分からない。何もかもが理解できない。
·······それでも一つだけ確かなことがある。
もう、私にクラネルやレフィーヤと同じ場所にいることはできない、許されない。
本当に怪物になってしまった以上、これから先も誰かを傷つけ続けることになるだろう。
穢れきったこの身では、彼らの隣にいる資格など無い。
既にわかりきっていたことだ。
だから、これは当然の末路なのだ。
最後に残った未練だけでも断ち切ろう。
だが、それでも、もう一度········。
ギルド本部。そのロビーでは依頼達成の報告をする冒険者やドロップアイテムなどの収得物の換金をしに来ている冒険者で賑わっている。
職員達が忙しく働いている他、多くの冒険者が掲示板の前で依頼を吟味している。
冒険者の人混みにはなぜか、普段よりもエルフの者が多く見られた。
その様に山吹色の髪をしたエルフの少女、レフィーヤは僅かに怪訝な表情を浮かべる。
「(同胞の人ばかり······?)」
アルとの深層遠征鍛錬から数日、再度ダンジョンに潜る前に手頃な冒険者依頼でもないかとギルドに足を運んだのだが、何故か今日に限って同胞の姿が多い気がする。
「エルフばっかだな」
アルも同意見だったのかそう呟く。二人がなんだろうかと顔を見合わせていると背後で何かが落ちる音が聞こえた。
振り返るとそこには呆然として手からポーチを落としたエルフの少女がいた。
濡れたような黒髪に紅玉のような瞳、そして神に仕える巫女を思わせる白い意匠が施された瀟洒な戦闘衣に身を包んだ妙齢のエルフの女性───フィルヴィス・シャリアである。
彼女の視線の先にはアルとレフィーヤがいる。
「レフィーヤ·········クラネル·········」
硝子細工のような美麗な容貌を驚愕の色に染めて二人の名を呟いた後、フィルヴィスはその整った柳眉を寄せて顔を伏せる。
「フィルヴィスさん········?」
暗鬱とした雰囲気を放つフィルヴィスの様子にレフィーヤは戸惑うように声を上げる。
「······っ、すまない」
「待ってくださいっ!!」
逃げるように踵を返すフィルヴィスにレフィーヤは咄嵯に手を伸ばし、その手首を掴む。
一瞬だけ身を強張らせたフィルヴィスだったがすぐに力を抜いて立ち止まった。しかし俯き加減のまま振り向こうとはしない。
そんなフィルヴィスの態度にレフィーヤは困惑しながらも離してはいけないと本能的に感じてぎゅっと力を込める。
この手を離したら二度と話せないような予感があったからだ。だがどうすればいいのか分からず口籠ってしまう。
「············」
アルにレフィーヤは助け舟を求めるような視線を向ける。
いくら親しくなったとはいえフィルヴィスと知り合ったばかりの自分よりは数年来の付き合いであるアルの方が会話しやすいだろうと判断したのだ。
したのだが────
「あー、俺帰るから二人で話しな」
「へ?」
「は?」
そのまま出口に向かって歩き出すアルにレフィーヤどころか意気消沈していたフィルヴィスですら間の抜けた声を出してしまう。
今日は訓練休みなー、と気の抜けた声で言い残してそそくさと去って行くアル。ぽつん、と取り残された二人はお互いに気まずい沈黙が流れた。
本来なら曇ってるフィルヴィスを放置するとか言うもったいないことはしたくないんだけどレフィーヤがフィルヴィスに突き放されて想像以上にショック受けてるっぽいんだよな。
そのケアは俺にはできん。決戦前に参られても困るし、ここは二人きりにして二人に話してもらおう。
拗れたらフォロー入れるけど光属性極まってるレフィーヤならフィルヴィスのこともなんとかできるだろ。
「ねぇねぇ、この髪飾りどうかな?似合う?」
「似合わねぇ」
人混みにあふれた露天街。頬を膨らませて怒っている風な態度を取るレナにベートは辟易していた。
結局、ベートはあの後すぐにレナを振り払えずに連れ回されていた。下手に騒がれても困るので仕方なくレナの要求に応えることにしたのだ。
ベートにしつこく纏わりつくレナは終始ご機嫌であり、ベートが無視を決め込んでも全く意に介していない。それどころか、ベートに話しかける口実ができたとばかりに楽しげに話し掛けてくる。
このアマゾネス、メンタルが強すぎる。
「···············はぁ」
ベートはレナを横目に見てため息をつく。レナはベートに好意を寄せているらしいが、ベートにはそれが理解できない。
きゃいきゃいと騒ぎ立てるアマゾネスの少女はベートが今まで出会ったことのない人種だ。
他人の意見に左右されず、己の意思を貫き通す。ある意味、ベートが他の者たちに求めていることを体現している。だからこそ、ベートは彼女を苦手としていた。
「もー、そんなにつんけんしてたら女の子にモテないよ?」
「·········うるせぇ」
もう怒鳴る気力さえ失せたベートは投げやりに返す。ぴょんぴょんとベートの後ろを飛び回りながらついてくるレナはころころと表情を変えながら話す。
明朗快活、天真爛漫。
まるで子供のようなアマゾネスの少女はベートにとっては未知の存在。いくら罵倒しても一向に堪える気配がない。
その未知に対する恐怖心からベートはレナを避けようとするのだが、レナはそれを許さない。底なしの明るさでベートを強引に引っ張り回す。
「───チッ、『鍵』の心当たりってのをいい加減教えろ」
「そうしたら私とのデート切り上げちゃうでしょ? 」
「当たり前だろうが」
きっぱりと否定するベート。レナはつまらなさそうに唇を尖らせる。
──────『心当たり』。
数日前、【ロキ・ファミリア】と闇派閥残党の戦いの場となった人造迷宮クノッソス。迷宮内のいたるところに設置されたオリハルコンの扉を開くのに必須である『鍵』。
闇派閥と密通しており、『鍵』を持っていたと思われる美神イシュタルの元眷属であるレナはその『鍵』に心当たりがあるというのだ。
そうでなければベートもレナに付き合ってデートまがいの買い物などするはずもない。
綺羅びやかなアクセサリーや魔石製品を扱う店々が立ち並ぶ露天街。男勝りな部分が多いアマゾネスではあるが、年頃の少女であることには変わらぬようでレナは目についたものを手に取り、嬉しそうな顔をしてベートに似合うかを聞いてきたりする。
正直、ベートとしては面倒なことこの上ない。
「ベート・ローガって本当に連れないよね~。少しくらい私に付き合ってくれてもいいじゃんか」
「テメェと話してる暇なんざねぇんだよ。さっさと『鍵』の在処を教えろ」
頬を膨らましながら文句を言うレナに対し、ベートは苛立ち混じりに吐き捨てるが、レナは気にした様子もなくベートにじゃれついてくる。
「あ、お花屋さんだ! 」
レナはベートの言葉を無視して露天街の一角にある色とりどりの花が咲き誇る花屋に目を輝かせてベートの腕を引っ張る。
「ねぇねぇ、寄ろうよ! ベート・ローガも何か買おう!」
もはや抵抗すら諦めたベートはため息をつき、腕を引かれるままにレナの後に続く。
様々な種類、大きさの鉢植えが並ぶ露店の中、レナは青と空色の鮮やかな花弁を持つ鉢植えの前で足を止めた。鉢の中には小さく可憐な淡青色の花の群生が咲いており、それをじっと見つめていたレナはベートに向き直った。
「ねぇねぇ、ベート・ローガ。私の好きな花がなにか聞きたい?聞きたいよねぇ?」
「どうでもいい」
「なら、教えてあげるね!!私ね、ミオソティスの花が大好きで貰えたらすごく嬉しいなぁ。もう一度惚れ直しちゃうなあ!!」
ちらっちらっ、と見上げてくるレナに嫌気が差したベートは何度目かもわからないため息をついた。このアマゾネスはいちいち行動がウザい。
そんなベートの内心を他所に、レナは満面の笑みを浮かべて期待した眼差を向けてくる。
「何やってんだ? ベート」
そんなやり取りをしていると不意に背後から声を掛けられた。
ティオナやアキなどの女性陣よりも、或いはアイズ以上にこのザマを見られたくない相手とまったく同じ声に油のささっていない歯車のようにぎこちなく振り返る。
振り返るとそこには配達から帰ってきたのか、神に見初められてもおかしくないほどの美しい花屋の制服を着た『アンナ』という名札をつけたヒューマンの少女と無駄にセンスのいい衣服に身を包んだ美丈夫がいた。
「ア、ル·········」
「そっちは········彼女か?」
「はいッ!! ベート・ローガの彼女のレナちゃんでーすッ!!」
「へぇ、ベートに相手がいるとは初耳だな」
────何だ、これ、地獄か?
ベートは冷や汗を流しながら、何とかこの状況を打破する方法を考えるが、何も思い浮かばなかった。
「··········」
「··········」
普段は快活なレフィーヤまで黙りこくってしまっているため、二人の間に流れる空気は重く、張り詰めていた。
お互いが無言で見つめ合うこと数分。悪目立ちこそしていないがそれでも見目麗しいエルフ二人が暗い顔で向き合っている様子は他の冒険者達の注目を集めている。
気まずさに耐えかねたレフィーヤが意を決して口を開こうとしたが、それより早くフィルヴィスが重々しく口を開いた。
「そろそろ、放してくれないか·········?」
「え?あっ!?ごめんなさい!」
言われてようやく自分がずっとフィルヴィスの手を握っていたことを思い出したレフィーヤは慌てて謝る。
そしておずおずと掴んでいた手を離すとフィルヴィスは少し躊躇った後、ゆっくりとレフィーヤを見た。
レフィーヤはびくりと肩を震わせる。以前にもまして暗鬱とした表情を浮かべているフィルヴィスの双眼には強い負の色がありありと浮かんでいるように見えたからだ。
思わず息を飲むレフィーヤに対し、フィルヴィスは小さく唇を噛み締めた後、悲痛な面持ちで告げた。
「すまないが理由は話せない。だが、もう、私と関わらないでくれ」
拒絶と取れる言葉と態度。そのことにレフィーヤは心臓を引き裂かれたかのような錯覚に陥る。
友人と思っていた相手に突き放されれば誰だってショックを受けるのは当然だ。レフィーヤの目尻には涙すら滲む。
「なんで、ですか·········どうして急にそんなことを·········」
掠れた声音で問い掛けるレフィーヤ。クノッソスでの戦いが終わって以来、避けるような素振りは見せていたがここまではっきりと拒絶されるとは思っていなかった。
やはり、あの人造迷宮でなにかあったのだろうか。
「なにかあったのなら相談に乗ります!だから、そんな悲しいこと言うなんてやめてください·········っ」
「·········」
レフィーヤの言葉にフィルヴィスは一瞬だけ瞳を揺らしたがすぐに視線を落とす。
「私の「私はっ、フィルヴィスさんともっと一緒にいたいんです······!!」」
フィルヴィスの声を遮って叫ぶように言ったレフィーヤの顔はくしゃりと歪んでいて今にも泣き出しそうだった。
しかし、それは悲しみではない。むしろ逆だ。その証拠にレフィーヤの頬は紅潮し、胸元では小さな拳が強く握られている。
これは怒りによるものだ。
ムキになっていると言い換えても差し支えないだろう。レフィーヤはフィルヴィスに対して怒っていた。
レフィーヤは未だにフィルヴィスのことをよく知らない。彼女がどのような過去を背負っているのかもその表面しか分からない。
だがそれでも分かることがある。
フィルヴィスは何かに苦しんでいる。それもとても辛く苦しいものに囚われて動けなくなっている。そしてその苦しみを誰にも打ち明けられずに抱え込んでいる。
それがレフィーヤには許せなかった。
レフィーヤにとってフィルヴィスは頼れる先達であると同時に対等な同胞の友人なのだ。
その友が助けを求めることすらせず一人で悩み続けていることがレフィーヤは悔しかった。
「何があったのか話したくないなら無理に聞きません·········でも、もし、本当に困っていることがあったら力になりたいです·········!!」
レフィーヤの強い意志が込められた真っ直ぐな眼差しを受け、フィルヴィスは僅かに顔を伏せる。
後ろめたさと罪悪感、そして己に対する嫌悪が入り混じった複雑な感情が心の中で渦巻いて赤緋の瞳は迷うように揺蕩う。
狼狽するフィルヴィスを見てレフィーヤは柔らかく微笑んだ。
どうすればいいか分からず途方に暮れているフィルヴィスにレフィーヤは手を差し伸べる。
大丈夫だと安心させるような優しい笑みと共に。
「フィルヴィスさんが何を抱えているか分かりません。けど、わたしもアルさんもいますから大丈夫です!」
根拠も保証もないただの気休めの言葉、理屈もない感情論。しかし、不思議とレフィーヤの口から発せられると説得力があるような気がしてフィルヴィスは目を見開く。
レフィーヤの紺碧色の瞳とフィルヴィスの赤緋の瞳が交差する。
若い妖精の強い意志を込めた視線を受けて、年長であるはずのフィルヴィスは気圧されたかのように一歩後退ってしまう。
自らを孤独に置こうとしているフィルヴィスにレフィーヤは言う。
自分を信じて、と。
フィルヴィスが抱える事情は確かに重いものなのかもしれない。
だけど、レフィーヤは知っている。
フィルヴィスが本当に優しい人であるということを。自分のことよりも他人のことを優先してしまうほど優しくて、とても、不器用だということを。
「(違う、違うんだ、レフィーヤ、私は·········)」
フィルヴィスは唇を噛み締めて俯いてしまう。レフィーヤの言葉は嬉しい。けれど、それに応えることはできない。
···············嗚呼、でも。
「なんて、頑なで·········なんて、困った奴なんだ、お前は·········」
絞り出すような声音で呟かれた言葉。それは目の前にいる少女に向けた言葉なのか。あるいは自分に言い聞かせるようなものだったのだろうか。
しかし、どちらにせよフィルヴィスの表情には苦悩の色はあれど先ほどまでの暗さはなく、どこか吹っ切れたような清々しさを感じさせる。
そしてフィルヴィスはレフィーヤの手を握り返すと静かに口を開いた。
「·········すまなかったな、レフィーヤ」
「! いえ、気にしないでください!」
レフィーヤは満面の笑顔で応える。その顔を見たフィルヴィスは少しだけ口元を緩めて苦笑いを浮かべた。
「·········ありがとう、レフィーヤ」
「えへへ·········」
フィルヴィスが礼を言うとレフィーヤは照れくさそうに笑って頬を掻いた。
「(レフィーヤ、お前だけは·········)」
穢れ切った自分はいつまでも一緒にはいられない、それでもレフィーヤだけは死なせない、とフィルヴィスは心の中で誓った。
砂埃の饐えた臭いと鉄錆のような血臭が充満している薄闇の中で啜り泣いているかのような耳障りな音が響いている。
貧民街にほど近い地下通路を大型級モンスターに匹敵する巨体が這いずっていた。二足歩行ではなく四つんばいで這うようにして進むそれは赤黒い体毛を血で染めた巨大なモンスターであった。
捻じくれた硬そうな角を持つ牛に似た頭部、長い牙は上顎から飛び出して口から覗くその牙は下手なナイフよりも鋭利そうに見える。
分厚い筋肉で覆われている胴体には所々毛皮がなく剥き出しになっている。四肢は太く短いながらも強靭さを感じさせる筋肉に包まれており、地面を掴む爪は鋭く尖っている。
何よりも特徴的なのはその二メートルを超える体高。人間など容易く踏み潰してしまうような巨体に、人間の子供程度なら丸呑みにしてしまえるような大きな口。
ダンジョンの深層域に出現する前衛系モンスター、バーバリアン。第二級冒険者ですら打ち勝てるかわからぬほどの強力なモンスターだ。
それが今、血まみれになりながら死に物狂いでなにかから逃げていた。
黄玉の瞳を人間のように歪めたその面頰には怪物らしからぬ
孤独、恐怖、絶望―――それらの負の感情によって生まれた表情。
『ドコだ······ココはどこダ······?』
悲嘆に暮れる獣の声に応えるものはいない。モンスターであるにも関わらず人語を操る異端の怪物。
『仲間タチはどこにイル·······?』
仲間とはぐれてしまった哀れな怪物はこの暗闇の中でも見える目を使い周囲を見回すも、周囲に動くものは────。
「ん? お前、異端児か?」
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クノッソスで思うようにいかなかったこともあってここ数日のアルは結構、悪質です(アマゾネス焚き付けなどを主に)。
あらゆる世界線で一番ましなアルはアミッド√のTSアルで一番悪質なのはフレイヤF√のTSアル。
アル苦手ランキング
一位、正論アミッド
二位、ミア
三位、ゼウス
四位、アポロン
五位、アリシア
六位、レフィーヤ NEW