皆の傷になって死にたい転生者がベルの兄で才禍の怪物なのは間違っている 作:マタタビネガー
今後、アルテミス関連をやるとしたら本編完結後のベル編かな········
リヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスの心中を一言で表すとすれば『そんなつもりじゃなかった』、だろう。
リヴェリアが、そしてレフィーヤが気がついたときには全てが遅く、もはや【ロキ・ファミリア】の力を持ってしても収集をつけることは不可能だった。
「「どうすれば·············」」
「─────リヴェリア?」
「ッ!! アイズ、戻ってきたのか!!」
「アイズさん!!」
参りきった二人の元へ幽鬼の如く現れたのは二人もよく知る金髪の美少女、アイズ・ヴァレンシュタインだったが、その様子はいつもとは違かった。
「なんで············なんで、教えてくれなかったの? リヴェリア?」
「はー、なるほどなるほど把握把握」
ゾンビのごとく襲いかかってくるエルフ達を適当にあしらいながら、ヘディンの話を聞いてアルは納得したようにうんうんと首を縦に振る。
ヘディンとしてはリヴェリアとアルが本当に恋仲であるのか、そうでないのかという疑問は酷くどうでもいい。
騒動の発端である【ロキ・ファミリア】の首脳陣が匙を投げた以上、他でもない自分が女神フレイヤに余計な危害が及ぶ前に事態を抑制しなければならない、とヘディンは手を尽していた。
だが、流石のヘディンといえどハイエルフ関連のことで暴走するエルフたちを抑えるのもいい加減限界にきていた。
いくらその勇名をオラリオ中に轟かせている第一級冒険者であろうとハイエルフでない以上、騒動の根本的な鎮圧は不可能。
「まさか俺とリヴェリアが付き合ってるなんて噂が流れるとはなぁ」
エルフ達をあらかた気絶させ終えたところで、ヘディンの隣に腰を下ろしたアルはそうぼやく。
くだらねぇ、と言わんばかりの態度だが、巻き込まれて事態の抑制に奔走させられたヘディンからすればたまったものではない。
この男のせいで···········いや、珍しくこの男に非はないが個人的悪感情は抑えきれない。
公言こそしていないがヘディンはアル・クラネルを冒険者としては認めている代わりに一個人としては反吐が出るほど嫌いだ。
そんな男が外で遊んでいたがために自分がこれほどまでに苦労したという事実そのものが腸が煮えくり返るほど苛立たしい。
「では、そのような事実はない、ということだな」
「あたりまえだろ」
そんなヘディンの内心などつゆ知らずといった様子でアルはあっさりと答える。ヘディンはその言葉に内心で安堵のため息をついた。
これで、ひとまずは騒動を落ち着ける材料は揃った。
エルフではないフィンや何を言っても照れ隠しとしか受け取られないリヴェリアでは何もできなかったが、もう一人の張本人であるアルも揃ってそれを否定すれば多少なりともエルフたちの熱も冷めるだろう。
しかし、そんなヘディンの考えとは裏腹にアルはあっけらかんとした様子で──────
「じゃあ俺はほとぼりが冷めるまで逃げるからあとよろしく」
「は?」
「じゃあな」
そんなことを言い残してアルはそのまま立ち去ってしまった。残像すら残さないその速度はやはり異常の一言に尽きるが、今はそれどころではない。
あまりにあんまりな逃げっぷりにその怜悧な美貌を唖然に染めたヘディンは、数秒後、我に返り慌ててその後を追いかけ出す。
しかし、すでにアルの姿は遥か遠くにある。曲がりなりにも都市最速を誇る男の速度に追い縋れるのはそれこそ魔法を使用したアレンくらいのものだ。
都市最強の片割れでありながら他の第一級冒険者にありがちなプライドというモノが一切ないアルの厚顔無恥な逃げぶりにヘディンは忌々しげに舌打ちを漏らし、 そして、呟いた。
先程までの疲れ切った顔からは想像できないほどの鬼の形相を浮かべながら。
「·············貴様という男はどこまで私の··············俺の手を煩わせれば気が済むというのだッ!!」
ダンジョン中層域。
出現するモンスターの強さは一気に跳ね上がり、その数も質も上層までとは比べ物にならないほどに上昇する。
その19階層から24階層に渡って緑の森林が広がるエリア、『大樹の迷宮』。
床や壁そのものが硬質な木皮に覆われており、枝葉が生い茂って陽光の代わりに発光する青緑色の苔が辺りを照らす。
地上にはありえない奇っ怪な様相をしたシダ植物が至る所に生え揃い、様々な輝きを湛えた花弁を持つ花々が幻想的な空間を作り出していた。
ランクアップを果たしたLv.2の上級冒険者パーティーでなければとてもではないが踏破できないような危険地帯だ。
そんな樹海の中を駆け抜ける小さな影が一つ。
はぁはぁと息を切らし、時折後ろを振り向いては追手の姿がないか確認しながら、その人物は必死になって逃げ回っていた。
少女のようにも見える華奢で小柄な体躯だがその瑞瑞しい肢体は不気味なほどに蒼白であり、まるで幽鬼のような雰囲気さえ醸し出している。
腰元まである長く美しい長髪に隠れるように全身にまばらに生えた爬虫類らしい鱗と背中に生える翼膜の張った大きな羽。
額には美しい紅石が埋め込まれており、彼女が人間ではないことを如実に物語っている。
人から外れた怪物らしい異形でありながらもその美貌は人間の幼子のようなあどけなさを残しており、見る者にある種の背徳感すら感じさせる。
そんな彼女の身体はいずれも浅くない裂傷がいくつも刻まされており、そこから絶え間なく血が流れ出していた。
琥珀のような瞳からは涙が零れ落ち、口から漏れ出る荒い吐息にも苦痛の色が強く滲んでいる。
「はぁはぁ···········!くぅッ!」
痛みに耐えながら彼女は走る。血塗れた地面を踏みしめ、傷ついた身体を引き摺りながらも懸命にひたすら前へ前へと足を踏み出し続ける。
やがて体力の限界を迎えたのか彼女は足をもつれさせ、そのまま勢いよく転倒してしまった。
「あぅ!?」
転んだ拍子に背中を強く打ちつけてしまい、一瞬呼吸が出来なくなるほどの激痛に襲われる。
なんでこんなことに、と涙で歪む視界の中で彼女は思う。
「なんで?」
誰に対してでもない呟きは虚しく宙に消えていく。人間のような感情など持ち合わせていないはずの怪物でありながら涙を流す。
無垢な幼児のように泣きじゃくる彼女の瞳には哀しみとも、戸惑いとも取れる色が浮かんでいた。か細い声を上げ、子供のようにただただ泣き喚く彼女はとても怪物のようとは思えない弱々しい存在だった。
琥珀の瞳から流れ落ちる大粒の涙は地面に落ちて弾ける度に滴を放って消える。
肩を震わせてすすり泣く彼女は今まさに自分の身に何が起きたのか理解出来ていなかった。
「なんでっ、どうしてっ··············」
彼女はこの広大な迷宮で一人ぼっちだった。他のモンスターと同じように迷宮の壁面から産み落ちたはずの彼女は産まれながらに排斥されていた。
理由は分からない。
知らない光景の記憶がある。それは自分が見たことのない景色なのに不思議と見覚えのどこかの場所の風景。
その記憶の代償であるかのように同胞であるはずのモンスターたちから仲間外れにされ、孤独という恐怖を味わい続けた彼女にとって世界は自分の敵しかいないように思えてしまう。
産まれて初めて出会った自分以外の生き物である熊型のモンスター─────バクベアーに襲われた時もそうだ。
最初は何をされているのか分からなかった。気が付いた時には肩に大きな爪痕が刻まれていて大量の血液が噴き出した。
最初は自らと同じ存在だと安堵して「ここはどこ」と問いかけた彼女に返ってきたのは無慈悲な一撃。
振り下ろされた剛腕に容赦はなく、命からがら逃げ出してからも幾度も多種多様なモンスターたちに襲われ続けた。
遭遇の度に浅くない傷とともに自らが孤独であるという絶望を刻み込まれてきた。
疲労と出血により意識が薄れゆく中、彼女はいかなるモンスターとも違う生き物の姿を目にした。
尖った耳が特徴的な二足歩行の雌雄。どちらもモンスターとは違い、装備を身に付けている。
互いを守るように寄り添いあう姿に言いしれぬ羨望と憧憬を覚え、彼らなら受け入れてくれると「助けて」と手を伸ばした。
しかし。
返ってきたのは彼女以上の恐怖と剣の一閃。知性あるが故に鮮烈な敵意と恐怖を向けられて拒絶された。
切られた傷を押さえながら必死に逃げ惑う彼女の瞳からは止めどなく涙が溢れ出る。
怖い。寂しい。誰か傍にいて。
そんな悲痛な願いを抱き、それでも彼女は死にたくない一心で進み続ける。
なぜこんなことになったのか。何故自分はここにいるのか。そもそも、自分とは一体なんなのか。何もかもが不明瞭なまま、それでも生きたいという本能だけで走り続ける。
その後も何度かモンスターと遭遇して傷を増やされながらも自問自答を繰り返す。
一度、彼女の美しい容姿に敵意でも嫌悪でもなく醜い劣情を瞳に浮かべた人間の集団に遭遇した時は死よりも恐ろしい思いを味わった。
欲望のままに伸ばされる手に身も凍るような恐怖を感じ、必死になって逃げ回った。
敵しかいない迷宮を彷徨いながら、彼女は次第に考えることをやめていった。考えれば考えるほどに怖くなるから。辛くて苦しくなるから。
そしてついに限界を迎え、行き倒れる。はぁはぁと浅い呼吸を繰り返しながら倒れたまま動こうとしない身体。
遠くから響いてくるモンスターの雄叫びに怯えながらも限界に近づきつつある身体は動いてくれない。
コツンコツンと明らかにこちらに近づいてくる足音に思わず身体がビクッと震える。近づいてくる気配は人間のそれ。
へたりこんで動けない彼女はガクガクと膝を震わせる。
涙で霞む視界の中、現れたのは──────
「····················ヴィーヴル?」
─────異端の少女は今日、運命に出会った。
ダンジョン下層域、25階層。
冒険者達に『水の迷都』と名付られた水辺の階層。瀑布や激流があちこちを流れており、そのせいか湿度も高く苔むした岩肌は滑りやすい。
階層を複数貫通する数百メートルもの蒼玉の滝が轟音と共に流れ落ちて膨大な量の水飛沫が霧のように浮かび上がって冒険者にとって致命的な視界不良を生みだしていた。
迷宮内とは到底思えない凄まじい水量、深い濃霧で見通しが悪く、滝の音で聴覚も頼りにならない。
そんな蒼い水面の奥に長い巨影が沈んでいた。
まるで海のように波打つ湖面が爆発的な速度で盛り上がり、その中から巨大な蛇のような魔物が飛び出してくる。
その全長は優に二十メートル以上、鱗の色は青く、全身には太い脈が浮かんで脈動しているかのように明滅を繰り返している。
蛇のような頭部は二股に裂けて二頭に分かれており、大きく開いた口の中には鋭い牙が生え揃っていた。
──────二頭竜の階層主、アンフィスバエナ。
湖底から姿を現した二頭竜はその双頭の瞳で周囲を睨みつけるように見渡しながらゆっくりと浮上する。
移動型の階層主であり、大型級モンスターですら比較にもならない巨体。ある種の荘厳さすら感じさせる白灰色の鱗、最強の怪物種である竜種としての威容。
大盾を思わせる巨大な鱗で全身を覆っているがための堅牢たる防御力とその巨体故の生命力、水上を滑るように移動する機動力。
そのどれをとっても怪物の王に相応しいポテンシャルであるが、この竜の最大の武器はそれらではない。
ドラゴンブレス。古今東西、あらゆる伝説において最強の怪物とされる竜種のもっとも有名な攻撃手段にして最大最強の一撃である。
それは強靭な顎門より放たれし灼熱の業火。陸上のみならずその極端な拒水性から水上でも変わらず燃え上がる蒼炎は一度燃え上がれば全てを焼き尽くすまで決して消えない。
魔法を拡散するミストも合わせれば攻守ともに隙がなく、強力な魔法耐性を有する鱗に加えて圧倒的な火力を誇る蒼炎のブレスを持つ正真正銘の怪物の中の怪物。
第一級冒険者を含む大規模なパーティでなければ到底打ち勝てず、普段から下層を探索する第二級冒険者のパーティであっても少数で相対すれば全滅必至であろう下層域最強の竜。
その強さは泳ぐことの出来ない陸上であってもLv.5最上位に位置し、ギルドの指定した推定レベルは得意な水上戦に限って言えば深層の階層主ウダイオスと同等のLv.6。
『──────ォォオオオオオオオオオオオオ!!』
破鐘の如く響き渡る声なき雄叫びが階層全体に反響してビリビリと空気を震わせる。殺戮の予感に興奮したのかその口元からは青い炎がちろちろと漏れている。
凄まじい圧力を伴った殺意が辺り一帯に降り注ぎ、濃密な死の気配が充満していく。
だが、この竜には『運』がなかった。
よりにもよって··························。
「うるせえ」
これ以上ないほどに相性が悪く、なおかつ取り繕う必要のある相手が周囲にいない『剣の鬼』と遭遇してしまったのだから。
銀光一閃。竜体両断。
階層主のリスポーンキル。
インターバルが明けて新しい階層主が生まれるたびにドロップアイテム目当てで周回するなど本来ならば非常に困難かつ非現実的なことではあるが、この男にとってはそれほど難しいことでもなかった。
雷鳴の如く鳴り響いた斬撃音が階層中に木霊し、その竜体ごと核である魔石を両断されたアンフィスバエナは呆気なく絶命した。
ブレスの燃料を溜めていた龍胆も炸裂し、蒼炎が一瞬だけ激しく燃え上がりすぐに鎮火した。
暴れまわるモンスターがあらかた片付いた水面の岸。どこからか響く歌声。ダンジョンにそぐわない美声はどこか物悲しく、それでいて明るい響きを帯びている。
その歌声を頼りに水音を立てて進むアル。やがて視界に入ったのは蒼い水晶に腰掛ける人魚だった。白い肌を露出させた踊り子のような格好で、肩口までの翠髪と碧眼。
「アル!!」
「よ、マリィ」
怪物らしからぬ透き通るような美貌をぱぁっと輝かせて人魚の少女――マリィは両手を広げながら勢いよく抱きつく。
子供のようにじゃれついてくる彼女を受け止めつつアルは苦笑いを浮かべてマリィにいった。
「ちょっと、匿ってくんない?」
「匿ウ?」
「【ディアンケヒト・ファミリア】に行こうとしたけど怪我人でもないのに来るな、って追い出されちまったからな··············」
「追イ出サレ?」
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アルのリーヴ・ユグドラシルはオッタルの獣化やフィンの凶猛の魔槍に相当する奥の手だが瞬間的な爆発力で勝る代わりに継続性が皆無なため奥の手にはなりえても切り札にはなり得ない場面が多い。
加えてむちゃくちゃ威力が高い代わりに超長文詠唱で尚且つ今のアルでようやく御せるほどの出力なため下手に並行詠唱で使うと魔力暴発で自滅するレベル、アルが自己の戦力分析をする際には勘定に入れていない程度には使い勝手が悪い。
─────っていう、建前でアルは人前での第三魔法使用をできるだけ避けてる。
理由は主に詠唱式の後半(対エインでは全ては唱えきれずに途中で中断された)。
建前も間違ってはいないが前衛戦士の二人の切り札が極まった自己強化なのに対してアルはアルフィアのような一発限りの大技って感じなんでそもそもの想定が違く、刺さる場面ではとても刺さる切り札。
それでも使い勝手があんまり良くないのは事実なので使う機会そのものが少なく、これまでに人前で使ったのは三回。
内、二回は使った後に大聖女の世話になってる。
ちなみにアルの最適な運用方法は速度にものを言わせて敵陣に吶喊させて相手のリソースを散々食い破った挙句に敵陣の中央で第三魔法自爆させること(帰ってくる鉄砲玉)