ロボット作ってたのに気づいたらパイロットしてた 作:なー02
初小説書いてみました。
とある二次小説の影響を受けて書いてみました。
ぶっちゃけ細かい設定やセリフ何か覚えてないのでWikiなど見ながらゆっくりとしたペースで書いていく予定です。
文章構成もクソもないので駄文になるかと思いますが温かい目で見てやってください。
文字数は多くない予定ですが
更新頻度はかなり遅めとなります。
開始は原作前からになります。
自分がこの道に進んだきっかけは何だったかと思い返してみた。
小さい頃に見た災害救助のロボットを見たときだ。
不格好ながらも人が入れない場所に入り、救助活動する姿に一目惚れし、この道に進むことを決めた。
ロボットを作るには頭が良くなけれはならない。
そんな固定概念からか勉強ばかりしていた。
小学校、中学校は勉強ばかりで遊ぶことはほとんどしなかった。
そのおかげが国の中でもトップクラスの機械関係の高校に入学することが出来た。
それからは自分で機械を作ることに没頭するようになった。
そこで初めて部活動に参加することにした。
ロボット部
両親以外とコミュニケーションを取るのは不安であったがそこは同じ趣味思考の人達だったのだろう。
すぐに打ち解けることができた。
放課後は毎日部室に入り浸りロボット談義をしながら動かせるロボットを作る。
一人では出てこなかったであろうアイデアを出し合い、皆でロボットを作り上げた。
うまく行かない事の方が多かったが充実した時間を過ごした。
今まで一人で何かをしていた反動からか他の人と一緒にロボットを作り上げるのは楽しかった。
さらに時が過ぎ工学系の大学に進学した。
そこでも変わらず勉強に明け暮れていたたが高校の時のようにサークルに所属していた。
もちろんロボット関係のサークルだ。
高校の時と変わらず講義が終わればサークルに顔を出し他の人とロボット談義、作成と充実した日々を送っている。
サークルに入ってから数カ月後、先輩から今度行われるロボコンに出場するロボットを作らないかと誘われた。
ロボコンとは通称であり正式名称はロボットコンテスト。
自作のロボットで競技を競うという大会である。
参加しますと返事をしてからはサークルメンバー達と毎日あーでもない、こーでもないとロボットを作成する日々を送った。
コンセプトは競技に合わせたロボットを作るだけなのだが皆の意見を取り入れながら作るとハチャメチャなロボットが出来上がってしまった。
ちなみにロボコンの事を調べてみたら小中高とそれぞれの年代別の大会が有ることをこのとき知った。
もっと早くから参加できていれば良かったなと思った。
最終的に皆の意見を取り入れつつ無駄な部分を省いたロボットが完成した。
これなら優勝は無理でも入賞ぐらいは出来るだろうと思っていたが現実は甘くなかった。
予選すら突破することなく初めてのコンテストは幕を閉じた。
悔しくてその日は眠れなかった。
以降はロボコンで優勝するためにロボットを作ることにした。
あーでもないこーでもないと話し合いながら翌年に挑んだロボコンでは予選突破するも本戦一回戦で負けてしまった。
更に翌年には5位入賞
大学最後の年には優勝をと意気込んだが3位入賞で終わってしまった。
3位になった時にコントローラーを握っていたのは俺であった。
どうにもそちらの方の技術の才があったらしい。
今更な話だ。
次の年からは一般の部で出るようになるので今から操縦技術と開発両方に力を入れていこう。
大学院に行くことも考えたが早めに自分が関わった災害用の救助ロボを作りたくて卒業と同時に民間の災害ロボ開発会社へと入社した。
ロボコン3位の実績もありある程度期待もされつつロボコンに向けての作成と操縦技術の向上
更には会社での開発と休みの日も忙しい毎日であったが自分的にはとても充実していた。
両親からは結婚を、孫をと言われているがそこは妹と弟に任せることにした。
どうにも家の家系は容姿に恵まれていたらしく何回か告白されたこともある。
当時は開発に夢中だったので断りを入れていたが今考えてみたら少しぐらいはそういう経験もしておくべきでは?と思い返したが今更だな。
それから更に月日が過ぎ、ついにロボコンで優勝することができた。
自分一人で作り上げ、自分で操縦し優勝できた事が大変嬉しい。
優勝後とある企業に誘われた。
なんでも人が乗れるロボットを開発している会社でそこの巨大プロジェクトに誘われた。
そのロボの目的はただ単純に科学技術の進歩として作るらしく、災害救助ロボを作りたい俺として魅力を感じなかった。
会社の上司などにこの話をしてみると
「君が今後も成長していきたいなら是非参加するべきだ」
先輩や同僚さらには後輩にまで同じようなことを言われてしまい、考えた結果そのプロジェクトに参加することにした。
その会社に転職することになったがプロジェクトの説明を聞くとどうもその会社は“ガンダム”というのを作りたいらしい。
その話を聞き周りは盛り上がっているが俺にはサッパリだった。
どんなものであれロボットを作るのであれば何でもいいか。
それから開発を進めていくのだが人が乗れるロボットという事でかなりの大きさがあり開発は難航した。
脚一つ作るのでさえ数年の時間を要した。
それと同時に技術者たちから完成した後の操縦者の募集が始まった。
年配の人以外はほとんど希望したみたいだが俺は開発だけがしたいので希望しなかったがロボコンの優勝者と言うことで強制参加させられた。
結果選ばれてしまった。
それからは操縦者としての訓練と開発の二足わらじであったが前とほとんど変わらなかったので特に苦になることはなかった。
しかし本格的に会社支援の元、操縦者になるべくG耐性の訓練など本物のパイロットが行う訓練をやらされてしまった。
操縦出来るだけじゃ駄目なんだろうか?
他にも反射速度を向上させる訓練や剣術、更には射的などなんで必要になるのか判らない訓練をやらされていた。
お陰様で細かった体がムキッとしてきてしまったが健康的なので良かったと思うことにした。
それから数十年の月日が流れついに人が乗れる巨大ロボットが完成した。
ここにたどり着くまでかなりの年月を有してしまったがそれだけの大きなロボットを作ると言うのは大変であるためある意味納得の行く年数だった。
ガンダムを作ると言っていたがどうみてもガンダムではない。
資料としてガンダムがどんなものなのか調べてみたが大きさだけで考えても生きているうちに開発は無理だろう。
あんな大きいロボットを動かせるようになるには後何年必要になるのだろう。
それはともかく完成したロボットに早速とばかりに乗り込まされ操縦することになった。
エンジンを起動しゆっくりと前足を動かす。
ズシンっとゆっくりと重い一歩を踏み出すと周りからは拍手喝采で歓声が上がった。
一歩を動かすのが大変ゆっくりであったがバランスを取るのでさえ非常に難しく一歩踏み出すだけでもかなり大変であった。
その日のうちにロボットの開発を世間に公表し連日連夜ニュースとして取り上げられることになった。
俺も操縦者として度々テレビに取り上げられるようになった。
ニュースを見た家族からは連絡が届き
「お兄ちゃんすごいじゃん!」
と妹と弟に称賛され
「夢が叶ったね。おめでとう」
と母さんから祝福を受け
「お前を誇らしく思う。おめでとう」
と父さんにも称賛された。
なんだかんだで家族からお祝いされたことが嬉しかった。
その年の正月に帰省すると近所は勿論ながら街ぐるみで称賛された。
「これでアンタも結婚してくれればね」
と母さんは言うがさすがにもう無理だろうと諦めた。
そのままのんびりと実家で過ごした後、会社に戻るために新幹線へ乗り込んだ。
窓の外には家族が揃って見送りに来てくれた。
新幹線が発車ししばらくすると俺は還らぬ人となった。
原因は覚えていない。
新幹線に乗り皆に見送られ、しばらくしたら目を閉じそれから先は覚えていない。
だが何故か今こうして生きている。
顔も体も別人となり若返った姿で今を生きている。
それも…
「ガンイージ1番機、ソウヤ・クルス出ます!」
何故かパイロットとして生きている。
主人公が開発に関わったロボットは作業用のモビルワーカーみたいなもんだと思ってください。
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