面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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後悔ばかりの日々

「いらっしゃいませ!甘味処『間宮』へようこそ!…提督!」

 

暖簾をくぐると、そこにはあの時と変わらない表情をした間宮が立っていた。

 

「あ、あぁ。…よう間宮、()()()()だな」

 

確かに、実際こうして会うのは二ヶ月ぶりか…。

怪我が殆ど治り、俺が執務を再開しだした頃から間宮が食事を作ってくれるようになった。

 

「えぇ…()()()()()、ですね」

 

そう言って間宮は、俺の事を懐かしそうに見ながら微笑んだ。

 

「「…」」

 

両者に流れる、沈黙

 

 

俺は少し気まずくなり、視線をあちこちへ移しながら下を向いた。

対して間宮は、じっとコチラを見ながら少し間を置き「ほっ…」と息をついて安堵の表情を見せた。

俺もその姿を見て、体中の緊張が一気に解けたような気がした。

 

そうして俺たちは、間宮の「少しお話しをしませんか?」という案で、これまでに起きたことや俺自身の事について話をすることになった。

 

 

******

 

「そう…記憶が」

 

間宮との会話の中で、まず俺の記憶の事について話をした。

 

一年半前からの記憶が全く無いこと。

佐伯湾泊地が所謂、ブラック鎮守府になっていたこと。

そして…

 

それは、俺自身が原因であるということ。

 

何度思い返しても、俺には笑顔が絶えないあの頃の佐伯湾泊地での記憶しかないのだ。

毎日…四六時中思い返しては、やはり戻らない記憶に歯痒い気持ちでいっぱいになる。

ここ最近、睡眠もろくに出来ず、睡眠薬を服用しなければ寝られない日々が続いていた。

目の下にはくっきりとクマが出来ており、髪もボサボサとして無精髭を伸ばしていた。

到底、艦娘を指揮できるような状況ではないと言う事は、俺自身理解していた。このまま艦隊指揮をしたとしても、最悪沈めてしまう可能性だって十二分にある。

 

幸い、ここ最近は深海棲艦の活動も減少傾向にあり、鎮守府正面海域での近海警備を実施してはいるが、イ級数体と主力艦隊らしき姿は目撃されない。

 

「…」

 

俺が話を終えた後、少し考えたような仕草をして間宮がこう呟いた。

 

「…そうですね。確かに、今の状態では艦隊の指揮を執ることは厳しいでしょうね。提督がそのような様相を帯びていれば、私達艦娘は作戦に専念する事が出来ない。そして、提督自身も艦娘との間にできた壁によってコミュニケーションを怠る。結果、戦況の把握から進撃か撤退か…その選択を誤る可能性だって有り得ますから」

 

…やはりそうか。

では、どうするべきか。これ以上、何も行動を起こさないというのは艦娘にとっても、俺自身にとっても良い事とは思えない。

それは、提督と艦娘という関係に更なる亀裂を生じてしまう恐れがある。

 

「…ですが提督、今はそれでも良いのではないでしょうか?もちろん、私達艦娘のケアは必要不可欠、優先的に行ってください。ですが、艦隊の指揮を執るのはその後でも遅くはないでしょう。先程の話でも出ましたが現在、深海棲艦による侵攻も確認されていませんし、近海での活動も減少傾向にあります。ですので、それよりも今はこの泊地の現状を変えていきましょう。少しずつ、でも着実にやっていきましょう」

 

間宮は「ふぅ…」と、一息つきながら此方を向き、真剣な眼差しで話を続けた。

 

「先程の提督が仰っていた事が事実なのであれば、提督のその『記憶』というものは、いくら思い返しても取り戻す事は不可能なのではないか、と私はそう感じています。…断言は出来ないですけれどね?」

 

記憶を思い返すことは不可能…?

 

「これは私の勝手な考え、予断のようなものだと捉えていただいても構いません。…宜しいですね?」

 

そう言って、間宮は話を始めた。

 

 

******

 

 

…提督の様子がおかしくなったのは一年半前、私はそれまでの提督とはこうして、よくお話をする仲でした。…しかし、私がその時に感じ取った提督の雰囲気はまるで別人が乗り移ったような、そんな気がしました。

 

いつも面倒くさそうにしている提督。でもそれ以上に優しくて、近くにいるだけで心が温まる。そんな提督が一変、冷酷かつ残虐な性格となり、この泊地に所属する半数以上の艦娘を沈めて行った。

 

私は給糧艦であるため、非戦闘員として日々この佐伯湾泊地を影ながら支えて来た。私はその役目に一つの誇りを持っていた。

 

しかし、ある日から全てが変わった。

毎日誰かの泣き叫ぶ声…。それはもはや声とは思えないような呻き声など…果たしてここは本当に佐伯湾泊地、この国を守護するという目的の為に置かれた場所なのかどうかさえ判別することが出来ない。まさに地獄という言葉がお似合いの場所へと置き変わっていた。

 

さて、そんな様変わりしたこの泊地の、私達の指揮官である提督。『神永隼人』は、一つの癖?提督によると「俺独自の深呼吸の仕方」という仕草がよく見られた。

 

指と指を合わせながら深く深呼吸をする。

その動作を何度も行うことによって、心の乱れを無くしていく事が可能になるのだと言う。いつも、指揮を執る前はこの仕草をして心を落ち着かせていた。

確か特型駆逐艦の吹雪ちゃんも提督から教えて貰い、とっても嬉しそうに同じ事をしていたのを微笑ましく見ていたものだ。

 

そんな提督の仕草は、私が見たところ一年半前から()()までは一切行われていなかった。これは断言出来る。

 

そして、今目の前の光景で確信した。

その仕草を今、現在進行形でやっているということ。

 

…そう、つまり。

 

「提督…やはり戻ってきて下さったのですね」

 

 

******

 

 

俺は無意識のうちに、いつもの深呼吸をしていた。

 

「はぁ…はっ、あぁ」

 

間宮が俺の背中を優しく擦りながら、湯気がユラユラと立ちのぼる緑茶を差し出した。

俺はその緑茶を何分、何十分もかけて飲み干していった。

 

「…ふぅ、…すまんな、間宮。大分落ち着いたよ」

 

間宮のおかげもあり、先程までの焦りや不安などという感情は徐々に消え去っていった。

 

「提督は昔から、温かい緑茶がお好きでしたよね?」

 

「…あぁ、そうだな」

 

そう呟きながら、間宮は間を置いて「では、話を続けますね」と、先程の話の結論を述べた。

 

「私はこう思うのです。…今の提督と、一年半前の提督は…全くの別人。もしくは、二重人格のような提督の裏側にある者なのでは無いか?…と」

 

…俺が二重人格?

信じたくは無いが、実際このような現状でそれを否定するのは烏滸がましい。

俺の中にあるもうひとつの人格。それがもし、本当に存在しているのであれば、またこの泊地の艦娘に危害を加えるだろう。

そうなった時、俺は…今の俺はまたやり直せるだろうか。

艦娘は、…目の前にいる間宮は、俺をどう思うのだろうか。

 

「…間宮、その。…間宮は今の俺をどう思っているんだ?」

 

俺は飲み干して空になったコップを見つめながら、そんなことを聞いた。

間宮が言う俺の二重人格に対して、今のところ対抗策はゼロだ。

この泊地の現状を見ても、未だ艦娘達には信用どころか話すら聞いて貰えない。

そんな俺を見て、目の前の間宮は…、吹雪、潮や夕立…加賀は。

 

…どう思うのだろうか?

 

 

「…提督。私は、今の提督が好きです。…寝坊は当たり前ですし、書類も面倒くさがって結局大淀さんに怒られて…ふふっ」

 

そう言い、微笑みながら間宮は俺の手を握った

 

「…でも、提督。私は、私達艦娘は…そんな提督が大好きだったのですよ?いつもにこやかに笑って、とっっても優しくて暖かくて。…瑞鶴さんとの何気ないケンカは、私の心を穏やかにしてくれます。瑞鶴さんも、いつもキラキラしながら提督の話をしてくれるのですよ?ふふっ…きっと、周りの皆さんもそうだったのではないかと、…そして、そんな提督を見て天龍さん、雪風ちゃんも…。よく笑っていたのですけれどもね…」

 

「そう…か」

 

俺の想い出には…いつも元気な艦娘の姿が見える。

 

「提督!?いつまで寝ているのですか?書類もこんなに…!」と、いつも怒鳴りながらも深夜遅くまで手伝ってくれる、とても頼りになる彼女。

 

「爆撃するわよ!?」と怒ったようで、何処か楽しげにしている彼女。

 

「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」と、その手に持つ刀でル級を真っ二つにする彼女。

 

…いつもキラキラした笑顔を周囲に振りまき「絶対、大丈夫!」と、幾つもの幸運も見せた彼女…。

 

そして、そんな幸運艦である彼女の姉妹達。

…10人。

 

もう過去へは戻れない。

沈んでいった彼女達、解体によってこの世から消えた大切な家族。

 

紛れもなく、俺自身がやった事だ。

 

提督として、上司として、そして父親として。

俺は、この佐伯湾泊地の艦娘を導いていくと決めた。

面倒臭がりな性格故、至らぬ所が多々あったとは思うが、俺なりに頑張ってきたつもりだ。

 

そんな俺が…彼女達に…。

 

「なぁ、間宮。俺は…これからどうすればいいと思う?また今の俺とは違う人格が出てきて、お前達に危害を加えるかもしれない。…今でさえこんな窶れた姿。そんな提督を見てお前達は、どう思う。…憎いやつか?怖いやつか?…もう俺は…お前たちのかぞっ…」

 

『お前達の家族では無い』と言おうとした時、俺の頬にガツンと来るような衝撃と共に痛みが走った。だが、その中に感じた温もりは一体。

 

「提督!!…何故そのようなことを仰るのですか!!…先程も言いましたが、提督はここの泊地の指揮官です!!上司です!!父親です!!それは変わりません!…例え、貴方が大淀さんを殴り、そのまま海に沈めた人でも!雪風ちゃんの姉妹を全員解体した人でも!長門さんやこの泊地に居た艦娘を轟沈させた人でも…!」

 

 

そう言って、間宮は俺に少し冷めた緑茶を思い切り頭からかけた。

 

「貴方は提督(あなた)です…提督」

 

その時、俺はふと視線を感じた。

俺達の丁度後ろには、中の様子が見えるようにガラス張りになっている箇所があった。

俺が下を向いたまま、冷めた緑茶をかけられた姿を見て、その影は食堂の入口へと向かっていく。

 

そのまま、下を向いていると間宮がこう呟いた。

 

「…聞いていたのですね、夕立ちゃん」

 

…ぽいぃ。

と、小さな声で弱々しく返答する夕立がそこに居た。

入口の柱に身体半分を隠し、チャーミングポイントである跳ねた髪も今では「しゅん…」としたような垂れた様子で此方を伺っていた。

 

「提督さん…夕立、もう家族じゃないっぽい?」

 

夕立はそう呟くと、目に涙を浮かべながら柱に隠れた。

 

俺はそんな夕立の姿を見て、あの時に誓った言葉を思い出した。

 

『もう一度やり直そう』

 

吹雪と誓った言葉。

加賀に言われた言葉。

 

俺は未だ、その言葉を実行に移せていなかった。

 

「…夕立。…ごめんな!こんな提督で…。情けない提督で…父親で!」

 

俺は徐々に覚めてゆく頭の中で、ある想いが溢れ出ていた。

 

 

着任したての頃は、初めての実戦に緊張して上手く指揮ができず、近海であると言うのにも関わらず吹雪を大破にしてしまったこと。

 

もう慣れたと慢心しては、何回も道中で大破をさせ撤退を繰り返したこと。

 

ボスマスの戦艦ル級Flagshipに加賀を沈められそうになったこと。

 

いつも作戦が終了した後はこの場面はどうすれば良かったのか、どうすれば上手くいくのか。そんなことを一人考えていた。

 

そういう時はいつも後悔をしていた。

 

そして、そんな俺を傍で支えてくれていたのは紛れもなく彼女達、艦娘であった。

 

 

「…提督さん。…もう泣かないでっぽいぃ」

 

そんな後悔をしていると、いつの間にか俺の傍に駆け寄り、少し湿った俺の頭を優しく撫でている夕立の姿があった。

 

 

******

 

 

マルフタサンマル

 

外から聞こえる鈴虫の鳴き声は、俺の今の心情を映し出しているようだった。

 

厨房の傍らには間宮が置いたのであろうか、紫色のアネモネという1本の花が花瓶に添えられていた。

 

2人で抱き合い、俺は鼻をすすり夕立は赤ん坊のように泣きじゃくっていた。

それを見つめる間宮もまた、目に涙を浮かべ俺達の様子を眺めていた。

 

暫くして、夕立が泣き止み

 

「すんっ…ごめんな。夕立、でも…もう大丈夫だから」

 

夕立の髪の毛を解すように、優しく撫でていく。

 

「提督さん…。もう夕立を捨てないっぽい?…怒ったり、殴ったりしないっぽい?」

 

「あぁ、もう夕立や吹雪、みんなに辛い思いはさせないよ。…絶対だ!」

 

俺は力強く、夕立に向かってそう放った。

 

「じゃあ、約束!!…指出してっぽい!」

 

夕立は元気いっぱいに言って、俺に向かって小指を突き出す。

「間宮さんもやるっぽい!」と間宮も誘い、3人で指切りげんまんと言いながら絶対に破る事の出来ない約束をした。

 

「次にこんな事をしたら、夕立はもう提督さんと縁を切るっぽい!!約束は絶対っぽい!!」

 

あぁ、これは絶対破れない約束だな。

そんな事を思っていた、その矢先。

 

「じゃあ、オレもお前達に約束したいことがあるぜ?」

 

食堂の入口付近から聞き覚えのある声がした。

暗闇の中からこちらを見据えるその金色の瞳は、確実に俺の方へと向けられていた。

 

「…天龍」

 

こんな時間に何故…?

…いや、それは俺達も同じか。

 

「どうしたんだ…?何か用か…。っ!…天龍、あの時はすまなかった。ありが…「おっと」」

 

俺が一言、天龍にあの時のことについて謝意を述べようとしたのだが、

それを遮り、天龍はこう言い放った。

 

「感謝なんて要らねぇな…へっ!、どうせまたコロコロと変わる男だ。そんな奴に謝意を述べられたところで、ちっとも嬉しくなんかねぇよ」

 

そして続けざまに一言。

 

「オレが言いたい事はただ一つ。お前ら『こんな奴とはもう関わるな』…いいか?これが約束だ」

 

その一言で次の瞬間、俺の隣に居たはずの夕立は気付いた時には天龍に向かって飛びかかっていた。

そのスピードは、敵の深海棲艦に襲いかかるよりも速く、そして確実に殺意を持って殴りかかった。

 

 

 

まだまだ、夜は明けそうにない。

 

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