面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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彼女の眼帯

ヒトサンサンマル

 

この日は異常に暑い日だった。

 

壁に掛けられた気温計は今にも36℃に迫ろうかとしていた。

窓から射し込む陽の光が俺の背中を燃やし、執務室の机に陽炎のようなユラユラとした薄い影を作る。そんな暑さに耐えながらも、俺はひたすらに筆を進めていた。

 

じわりと額から滲み出た汗は徐々に目元へと移動し、顎に差し掛かったところで遂に滴り落ちた。

 

「暑い」

 

「…」

 

俺の口から無意識に出たその言葉は、さらに俺自身を苦しめる結果になる事を自覚しながらも、最早口癖となっていた。

 

ふと喉が乾いたのを感じ、机の隅に置かれた茶飲みに手をかける。

暑い時には、キンキンに冷えた緑茶が一番だという事を俺は知っている。

 

…だが、触れた瞬間悟ってしまった。

 

「大淀、熱いよ」

 

「…提督は温かい緑茶がお好きでした、よね?」

 

「…」

 

若干大淀から圧を感じる気もするが、温もりを感じる茶飲みを手に持ち、少し間を置いてから背に腹は変えられないと一気に喉を潤していく。

喉の奥が煮えたぎるような感覚を覚えながらも、なんとか飲み干した。

 

「余計に暑い」

 

「…ええ、そうですね」

 

そんな俺を他所に、秘書官の大淀は汗ひとつ浮かべずに黙々と机に並べられた数え切れない程の書類に目を向けていた。

 

(艦娘も人間と同様に暑さを感じるらしいが、大淀は凄いな。

というか、この気温で汗をかかないのは逆に心配なのだが。そこら辺は、人間とまた違うのだろうか?)

 

「提督…、先程から筆が止まっていますが?」

 

「あっはい」

 

大淀からの圧が先程よりも増し、とてつもなく鋭い眼光で此方を睨みつけた。

 

『蛇に見込まれた蛙』改め『大淀に見込まれた提督』とはこの事か…と、萎縮した俺は直ぐに返事を返して、目の前にある書類の山を片付ける為に「…よし」と一言呟き、執務に取り掛かる。

 

 

******

 

ヒトハチマルマル

 

あれから四時間半が経過した。

俺が彼女に対して尊敬の念を抱いたのは言うまでもないだろう。

山のように積まれた書類は、大淀にかかれば朝飯前のようだ。

 

(これからも仲良くしましょうね、大淀さん…)

 

 

…さて、執務が終了した俺は休憩がてら緑茶を嗜みつつ、机に置かれたひとつの書類に目を向ける。

 

大本営から近々、大規模作戦を展開すると言った通達を受けた。

既に決定事項であり、今回は日本国内にある全ての鎮守府や泊地に対してこの通達書が送られた。

 

「ふむ…。レイテ沖海戦…か」

 

「そうだ」

 

 

レイテ沖海戦…

史実でも、史上最大の海戦なり日本海軍の終焉を告げる戦いだとか言われているが…

敵味方合わせて一万を超える死者を出し、数多の艦艇を海の底に沈めた海戦であると言う事は周知の事実。

 

(日本と米国…国同士の争いが終結したと思えば、今度は未知の存在である深海棲艦との争い…ね。今でも、国同士で争っている所はあるが、実際そんな事をしている場合じゃないんだけどなぁ…

『一致団結』…簡単そうに見えて非常に難しいものだ。)

 

「…って、長門…なんで執務室に居るんだ?」

 

「…?なんだ提督、先程から話しかけていたでは無いか」

 

(あれ、おかしいな。

…いつから長門は執務室に居たんだ?

記憶が…少し曖昧だ。)

 

「そうだっけ?」

 

「…?提督…?大丈夫ですか?…きっと執務でお疲れになったのでしょう。夕食は此方でお食べになって、今日はもうお休みになられた方がいいかと」

 

「いや、しかし…」

 

「提督よ、あまり無理をし過ぎない方が良い。以前もありもしない事を発言していたと大淀が心配していたぞ」

 

(確かに、ここ最近記憶が曖昧になることが多い気がするし…

おそらく日頃の疲れが溜まっているんだろう。

…ここはひとつ、甘えさせて頂くとするか。)

 

「分かった。それじゃあ大淀、後は頼んだ」

 

「はい」

 

そう言って大淀は食堂へと向かって行った。

 

 

「それにしても提督よ、大本営からのその通達書。そこに記述してある内容。…恐らく今回は予想以上に厳しい戦いとなるだろう」

 

長門からそう言われ、改めて書類に目を通す。

 

フィリピン周辺の広大な海域を舞台に、今回の大規模作戦は展開される。

ここら一体は数多くの群島で構成された場所であり、別紙の報告書によると数年前から深海棲艦の目撃情報が増えていると報告があった。

 

原因としては、無人島などの島から湧き出す無尽蔵の資源。

その資源を狙って深海棲艦がフィリピン海周辺に出現したのだが…

 

(なるほど、新種の姫が出た可能性がある…と。

確かに、これは一筋縄では行かないようだ。)

 

 

その後もスラスラと通達書やら報告書を読んでいると、一つの項目に目が行った。

 

 

(…ん?今回のレイテ沖海戦は横須賀鎮守府の主導なのか。

…あそこは良い評判を聞いたことがないが、果たして大丈夫なのか?)

 

 

横須賀鎮守府の提督である霜田傑提督。

彼は所謂ブラック提督として海軍内では噂されている。

 

艦娘に対して非道な行いをしているだとか、駆逐艦を盾や囮として突貫させ、敵が気を取られている間に戦艦で戦力を一気に落とす作戦『盾艦作戦』なんてものを実施したとか…

 

まぁ、それはそれは恐ろしい噂があるようだ。

 

これは大本営で小耳に挟んだ話だが、海軍上層部は現在、二つの派閥で争っているという。

 

艦娘を人間または艦娘と言う存在そのものとして接する穏健派

それに対し…

艦娘を兵器または道具として扱う強硬派

 

対立する二つの派閥は、これから先の海軍の在り方について双方譲らない思想を押し付け合っているような話を聞いた。

そして、これらの対立は海軍内部では大きな問題となっており、いずれは海軍に留まらず、国内の問題にまで発展するなんて話も出ているようだ。

 

実際、艦娘と言う存在に対して世間はあまり良く思っていないらしい。

 

未知の存在である深海棲艦が出現してから早数十年。

第二次世界大戦が終結し、戦後の日本は高度経済成長期を迎え、平和な世の中へと徐々に向かっていたはずだった。そんな日本、世界に突如として終わりが告げられた。

 

人々は絶望し、全てが奪われる恐怖に苦しみながらも一つの奇跡を願い、信じて抗い続けていた。

 

そしてその願いは遂に叶った。

深海棲艦に対抗するために現れた存在。

 

…そう、艦娘である。

 

艦娘が人類の味方であると言うのは、一目で理解した。

俺達人間と同じように言葉を介し、喜怒哀楽という感情を持っている。

そして何よりも…俺達人間が付けた名を、彼女艦娘達は自ら名乗った。

 

ーこれで人類は救われる。

ーもう大丈夫だ、艦娘が居てくれる。

ー神様、仏様、艦娘様。

 

人々は、歓喜した。

 

人間と艦娘は共存できる。

一致団結して、深海棲艦を倒そう。

 

 

…そんな中、ある日から否定的な声が薄らと聞こえるようになった。

 

ー艦娘は深海棲艦の刺客では?

ー今は味方でも、いつかは裏切ってくるのよ。

ーアイツら人間じゃねぇもんな。

 

これらの声が出てきた原因として、マスコミの偏向報道やSNS上での嘘の書き込みなどが挙げられる。

 

…だが、俺はこう思う。

 

人は未知の存在に恐怖する生き物であると。

 

人としては頑丈過ぎるその身体。

幼い外見をした少女でさえ、屈強な男ら数人がやっとの思いで持ち上げた装備をいとも簡単に背負い…そして海上を舞うように駆け抜ける。

 

そして何よりも、兵器としての名残を残したその風貌。

 

この光景を目の当たりにして、果たして艦娘という存在を人として定義出来るのか?

人でないのならば奴らは、彼女らは一体何者なのか?

 

その疑問こそが、人間が最も恐れるものなのではないのか…と。

 

「…提督、どうかしたのか?」

 

「いや、少し考え事をしていただけだ。…気にするな」

 

「…そうか」

 

(あまり考え過ぎても、疲れるだけだ。

ゆっくり休んで、明日に備えよう。)

 

 

******

 

 

マルハチマルマル

 

今日も寝坊をかましてしまった。

大淀に叩き起されてから数分後、二度寝を決行しようとした俺の腹に、夕立アタックが炸裂して数分その場から動けなくなった。

 

…今日もいい目覚めだ。

 

 

(はてさて、いい目覚めなのはいいが…)

 

「こらー!夕立!提督さんに引っ付いてばっかり!提督さんが困っとるじゃろ!」

 

「ぽーい!提督さんのお膝は夕立の特等席っぽーい!」

 

「うー…、夕立だけズルいよ。あたしもしれぇになでなでして貰いたーい」

 

「雪風もしれぇの隣がいいです!」

 

(うーむ…これは困った。)

 

朝食を摂るため、ひっつき虫のようについて回る夕立と共に食堂へと向かったのはいいが、丁度陽炎型姉妹が食事をしていたのだ。

 

その他にも数人艦娘が居たのだが、雪風を始め時津風が俺の袖を引っ張りそのまま席に座らされた。

 

「あ〜はいはい。よしよし」

 

「えへへ!しれぇのなでなで好きー」

 

「しれぇ!雪風もなでなでして下さい!」

 

(こうしていると、昔飼っていた犬のポチを思い出すな。)

 

アイツもこうして撫でてやると、しっぽを大きく振って喜んでいたものだ。

 

「いいわね〜、若いって」

 

「…陽炎姉さん、姉さんも十分若いだろう?…なぁ、浜風」

 

「磯風…多分そういう事じゃないと思うぞ」

 

「…そうなのか?」

 

相変わらず磯風は天然なところがあるが、そこも含めて彼女の魅力だと思っている。

いつも暴走した時は、浜風がストッパーとなっているのはお約束。

 

「よっ!提督は皆から人気だねぇ!」

 

「谷風ー!あたしも提督とお話がしたい〜!」

 

(谷風と早潮は毎日元気だなぁ〜。)

 

「落ち着きなさいな早潮……まぁ、でも確かに羨ましいわね」

 

「天津風もたまには司令に甘えてみるのもいいと思いますよ?」

 

「…うぅ。そ、そういう親潮はどうなのよ…」

 

「私は、司令に褒めていただけるのならそれで十分です」

 

ふと天津風がこっちを見たと思えば、直ぐに視線を逸らして下を向いた。

 

(…俺のことがそんなに嫌いだったのか天津風。

一体俺の何処がいけなかったんだろうか。…今度、話にでも誘ってみるか。

お悩み相談会なんてものも面白そうだしな。)

 

 

******

 

 

さて、話題は一転するが、ここでひとつ気になる事がある。

それは最近天龍を見かけない事だ。

この時間帯であれば、駆逐艦を引き連れて朝食を摂っていたはずだが…

 

「なぁ、最近天龍はどうしているんだ?この時間にいつも朝食を摂っていただろう?」

 

「天龍さん?…あー最近、屋内演習場に入り浸っているみたいね」

 

「屋内演習場?」

 

(確かにこの泊地には屋内専用の演習場があるが、それにしても唐突すぎやしないか?

まぁ、天龍も更に強くなりたいとか意気込んでいたから、納得だけど。)

 

そういえば…以前こんな事があったな。

 

中破に追い込んでいたとは言え、戦艦ル級を刀で真っ二つにしたと報告を受けた。

その時は思わず緑茶を吹き出したものだ。

その話題を本人に振ったところ、「フフフ、怖いか…」と何処か自慢げに呟き、俺は思わず首を縦に振ってしまった。

その際に、周囲で本を読んでいた駆逐艦の数人が泣いてしまい、数日間本気で怖がられていた時は流石のアイツも参っていたな。

 

(…あまりのショックで天龍が号泣して、妹の龍田に膝枕で慰めて貰っていたのはここだけの話。)

 

「不知火は確か、以前天龍と一緒に近接戦の鍛錬をしていたよな?」

 

「…はい、天龍さんからお誘いを頂きまして」

 

不知火も何気に近接戦が得意らしく、天龍と共に敵の駆逐艦を殴り殺していた気がする。…その真顔で殴られたらどれだけ恐ろしいのか。

 

 

(…ん?というか、以前は一緒にやってたけど今はどうなんだろうか?)

 

「不知火、今は天龍と一緒にやっていないのか?」

 

「…」

 

俺が一言言うと、不知火は備え付けの人参をモソモソと食べだして、そのまま黙りこくってしまった。

 

(…まずい、怒らせてしまったか?

不知火って怒ると怖いイメージがあるからなぁ。)

 

「…あーその事なんじゃけどね?…実は天龍さんが一人で鍛錬したいみたいで…断られたみたいじゃね」

 

「…なるほど」

 

(これは、その…

なんと言うか…)

 

「…不知火」

 

すると、いつもポーカーフェイスで余り感情を表に出さない不知火の表情に変化が表れ始め、遂にはしかめっ面になったかと思えば、瞳から涙が零れ落ちた。

 

「…司令…し、不知火に落ち度でも?」

 

(やばい、不知火を泣かせてしまった。

こ、こういう時はどうすればばばば…)

 

「あ〜!しれぇが泣かせたー」

 

「しれぇ!酷いです!」

 

「提督さんが不知火を泣かせたっぽーい!」

 

(うげぇ…!?

もしかして地雷を踏んでしまったのか?

まさか泣いてしまうとは思わなかった…)

 

「司令…この磯風、流石に失望したぞ」

 

磯風からの追い討ちによってさらに焦ってしまう。

 

(…あ、焦るな俺…こういう時は深呼吸だ。一旦落ち着こう。)

 

「すぅ〜…はぁー」

 

(よし、大丈夫だ俺。

きちんと謝って、しっかり慰めよう。)

 

「すまない不知火…お前を傷付けてしまった…この通りだ。…許してくれ」

 

不知火に何をされるかたまったもんじゃないと、少しの恐怖心を抱きながらも、俺は机に額を擦り付けて謝罪をした。

 

「…ぐ、ぐすっ…い、いえ…此方こそすみません」

 

(一応、許されたのか…?

それなら良いが…)

 

「そ、そうか……まあ、なんだ。…それで、恐らくだが天龍も不知火を嫌って一人で鍛錬をしたいって訳ではないと思うんだ」

 

あの天龍が、なんの理由もなしに仲間を傷付けるなんて事をするはずがない。

俺はそう確信している。

 

(…恐らく、一人でやらなければならない理由があるのだろう。)

 

「今日中にでも天龍と話してみるよ。アイツにも悩みの一つや二つあるだろうし」

 

「…分かりました。すみません、司令」

 

「いや、これも父親としての責務だろう。お前らは俺の大切な家族だからな」

 

そう言って不知火の頭を少し乱雑に撫でてやると、目を細めて恥ずかしそうに下を向いた。

 

(…意外と素直なんだな。

てっきり嫌がると思ったが、不知火ほどのお年頃はまだまだ甘えたい時期なのだろうか。)

 

ー不知火に対しての印象が変わったひと時であった。

 

/

 

その後、朝食を食べ終えた俺は未だ引っ付いてくる夕立に加え、何故か鼻歌を歌いながらスキップをして追いかけてくる時津風、雪風を横目に執務室へと戻って行った。

 

その道中、何処か寂しげに佇んでいる龍田を見つけ話しかけてみた。

 

「よう、龍田。どうしたんだ?そんな寂しい顔をして」

 

「提督…、私はもう必要ないのかしら。わ、私は…天龍ちゃんに…」

 

(これはこれは…。…何か訳ありって感じだよなぁ。まぁ、何となく見当はついているが)

 

「…天龍と何かあったのか?」

 

「…!…え、えぇ…実はそうなのよ」

 

そう言って龍田は、事の発端を話し始めた。

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