面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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彼女の眼帯 ~参~

進路を変えて進み出した姉の天龍。そして敵の砲弾が飛び交う中、必死で追跡を行う重巡洋艦那智。もう既に二人の影は無く、受信機からも砂嵐のような音が聞こえるばかりで二人の安否を確認出来るものは何一つ無かった。その上、こちら側からの救援要請も不可能という状況。

龍田は本当にこれで良かったのかと一瞬悩むが、旗艦に任命された以上、まずは後ろに居る駆逐艦らの安全の確保を第一に優先。そして、この赤い靄から抜け出すことを目標に進んでいた。

 

肌がひりつくような感覚を覚えながらも、ひたすらに駆け続ける。あれから大分進んだのだろう。振り返ってみると、深海棲艦の姿は見受けられなかった。

 

『なんとか逃げ切れたみたいだわ…。皆、大丈夫かしら〜?』

 

『…』

 

周囲を警戒しながら声を掛けてみたのだが、後ろの様子がどうにもおかしい。確認の為に後方へ視線を向けてみる。と、駆逐艦の一人である望月が頭を抱えもがき苦しんでいた。何事かと心配をしてみるが、彼女からの返答は無かった。

 

『望月ちゃん!?頑張って耐えるのよ…!』

 

『…っう』

 

急いで駆け寄り、優しく背中を擦りながら語り掛ける。が、彼女は変わらず苦しそうに顔を顰めていた。他の二人にしても、表情に疲れが見える。

 

『…にゃしぃ~。な、なんかさっきよりも呼吸がしづらいような』

 

『はぁ、はぁ…これは流石に…この深雪さまでもキツイな』

 

赤い靄による悪影響。それは想像以上だった。負の感情が多い者ほど、その影響を受けやすい傾向にある。それは知っていたのだが、これ程までとは想像が付かなかった。

駆逐艦は心身共に幼い子が多いため、精神的に不安定な状態に陥りやすいようだ。時間が経てば経つほどに、この靄は駆逐艦三人の心を蝕んでいく。

 

それは龍田の心も例外なく…。

 

(天龍ちゃんは無事?…私も那智さんに着いて行った方が良かったかしら?…いや、それではこの子達を危険に晒してしまう。…ど、どうすれば…)

 

『龍田さん?…大丈夫?』

 

『はぁ、はぁ…っ!…私が皆を守る…からっ』

 

『おい!…龍田!』

 

一瞬、視界が真っ黒に染まると龍田の身体から一気に力が抜けていく。ストンッとその場に座り込んでしまった龍田は、駆け寄ってきた睦月と深雪に肩を支えられながら何とか立ち上がる。

 

『ごめんなさい。少し目眩がしただけ。…本当に大丈夫だから』

 

(…そうよ、きっと那智さんが天龍ちゃんを助けてくれるはず。…私は、私のやるべき事をやる。…ただ、それだけよ)

 

『龍田さん…本当に大丈夫かにゃ?』

 

『えぇ…。ありがとうね〜睦月ちゃん♪』

 

そう言って睦月の頭を優しく撫でる。撫でられた睦月はニコッと微笑むと、そのまま隣で息苦しそうにする望月の背中を摩り『大丈夫だよ?安心して望月ちゃん』と、落ち着かせるように声を掛けていた。

 

『まぁ、龍田がそう言うのなら良いが…。あまり無理はするなよ。駆逐艦3人もそうだが、お前も相当この靄の影響を受けてるようだぜ?』

 

『…そうね。気を付けるわ』

 

『…それで、これからどうする?このまま航行し続けていても、燃料が尽きていつか奴らに見つかる。それ以前に望月がもう限界だ。これ以上の移動は危険だぜ』

『ええ、そうね~。望月ちゃんの事もそうだけれど。現状、この靄の中から抜け出すことが出来なければ、救援を求める事さえ出来ないわ。作戦本部との連絡手段もない上に、本来この第二艦隊の旗艦である那智さんも、天龍ちゃんを追跡していて受信機にも全く応答がないわ…』

 

ここから助かる方法をいくら探せど、何も見つからない事に龍田の心は徐々に黒く染色されていく。腹の底からドス黒い感情が湧き上がってくるのを感じる気がして、龍田はどうにか冷静になろうと深呼吸をする。

 

と、その時。

 

『ううウっ!!があッ!!!』

 

突然、狂ったように望月が雄叫び上げ始めた。隣で介抱していた睦月があまりの出来事に驚いて動けずにいると、どこからともなくあの声が聞こえてくる。

 

『アイアン…ボトム…サウンドニ…シズミナサイ…』

 

『…っ!?』

 

龍田が急いで周囲を確認するが、深海棲艦の姿は見えず。電探にも敵影はない。

 

『な、なんでアイツの声が…!?』

 

『皆!周囲への警戒を怠らないで!!』

 

『どうする?望月はこれ以上動けないし、この中の誰かが背負うにしても、もう追いつかれるぜ!』

 

『と、とにかく睦月ちゃん!望月ちゃんを落ち着かせるよう頼めるかしら!』

 

『分かったよ!』

 

ドクンッ、ドクンッ…

 

脈拍が急激に早くなるのを感じる。息が詰まるような気配とキリキリと張り詰めたような冷たい空気が、全身を包み込むかの如く龍田に襲い掛かる。

 

『ぅう…嫌ダ!誰か助けテ!!』

 

『望月ちゃん大丈夫!私達がついてるよ!…必ず助けるから落ち着いて、望月ちゃん!』

 

『嫌…!!いや…。いゃ……』

 

『望月ちゃん!?』

 

睦月による懸命な声掛けも虚しく、望月は糸が切れたかのようにコクッと首を垂らして意識を失ってしまった。

 

『不味いわね…』

 

赤い靄の中を駆け回ること三十分。追手の姿が見えなくなったことでひと安心していたが、深海棲艦の声と共に望月が限界を迎えてしまった。これではもう逃げる事は不可能。望月を無理にでも背負って逃げることも考えたが、どちらにせよ発見されたら全滅は避けられないだろう。

 

『龍田…どうする?』

 

『…』

 

『龍田…?』

 

『…っふふ』

 

龍田は思わず笑を零した。これ程までの大艦隊を率いる相手がどれほどの相手なのかを初めから理解していたつもりだ。だが、完全に油断していた。心のどこかで『もう大丈夫。これで助かった』と…。

 

油断が招いた結果だ。

 

『…はぁ、してやられたわね』

 

(…ここで私達、沈むなのかしら?何も戦果を残せないまま?…他の艦隊の子にも、この子達にも申し訳ないわね。ホント。ごめんなさいね…)

 

『…あら?』

 

すると、いつの間にかポロポロと涙が流れていた事に龍田は気付く。急いで涙を拭おうと考えたが、身体が動くことはなかった。へし折れた艤装。ビリビリに破れた制服。妖精達も半数近くが倒れ込んでいる。まさに満身創痍。龍田の心はもう限界に達していた。

 

『天龍ちゃん…どうか無事でいてね』

 

 

龍田は視線を下へと向けて、辛い出来事を思い出したかのように険しい表情をした。

 

「龍田、大丈夫か?辛いようなら、これ以上は無理しなくていいんだぞ?」

 

「い、いえ…大丈夫よ。少し、あの子達の表情を思い出してしまっただけ」

 

「…そうか。よし、少し休憩しよう。龍田も長く話し疲れただろう。茶を入れるが、飲むか?」

 

「…えぇ。お願いするわ〜」

 

提督は席を立つと急須に茶葉を入れ、そこに給湯器の湯を注ぎ込み、1分間待つ。その間に自作だという湯呑みを2つ用意し、出来上がった緑茶をじっくりと淹れる。

 

「ほら、これを飲め。落ち着くぞ」

 

「ありがとう〜」

 

頂いた緑茶を一口飲むと、先程までの氷のように冷たくなってしまった指先。そして心が徐々にポカポカと温まるのを感じた。

 

「ふぅ…、少しは楽になったか?」

 

「えぇ、大分マシになったわね。ありがとう〜」

 

「どういたしまして」

 

提督は席に着くと、自身が淹れた緑茶をチビチビと飲んでいく。龍田はそんな提督の姿を見て笑ってしまった。

 

「ふふっ…」

 

「…?どうしたんだ?な、何がそんなに可笑しいんだ?…まさか茶を淹れる俺がそんなに変だったか?…べ、別に俺だって茶くらい淹れるわい!!」

 

「ふふっ…い、いえ…何処と無く緑茶を飲むその仕草が似てるなぁ〜と思って♪」

 

「誰に?」

 

「天龍ちゃんにね〜♪」

 

「…そうか?…ふむ」

 

「あら…?否定はしないのね〜?」

 

「そうだな。仕草云々は置いておいて、俺も天龍も…弟妹がいるという点では同じなのかもしれん」

 

「へぇ~、提督にも居たのね。初耳だわ~」

 

「あぁ、4歳下の弟だ」

 

「弟さんは元気?」

 

何気なく質問をした龍田であったが、提督は暗い顔をしてそのまま俯いてしまった。もしかすると聞いてはいけないことを質問してしまったのかと龍田は内心焦る。

 

「まぁ、なんだ。…運が無かったってやつだ」

 

「それって…?」

 

「…龍田は6年前の横須賀鎮守府襲撃事件の事は知っているか?」

 

「え、えぇ。それは勿論よ。あの事件は凄惨なものだったわね。突然の深海棲艦の襲撃。それも単に鎮守府だけを狙ったものではなく、無差別的に行われたもの。…周辺地域にも多大な被害が出たはずだわ」

 

「その襲撃事件に弟が巻き込まれた。ただそれだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。本当に運が無かっただけだ」

 

「…」

 

話し終えた提督はスッと立ち上がると、飲み終えた湯呑みを洗い始める。そんな提督の背中は何処か寂しそうだった。

 

「…提督、少し質問しても良いかしら?」

 

「ん?あぁ、いいぞ」

 

「提督にとって、その弟さんはどんな人だったの?」

 

「俺にとって、かぁ…。そうだな。良くも悪くも、俺とは真逆の性格をしていた。…少し面倒臭いやつだったよ。ああしろ、こうしろ。真面目なあいつはいつも母親みたいに説教してきた。一応、これでも俺はあいつの兄なんだけどな?それにあいつはなぁ——」

 

ケラケラと笑いながら話す提督は表情こそ見えないが、弟さんの話をする時の提督の声色は普段よりも楽しそうな印象を受けた。それだけで、彼にとってとても大切な存在だった事が分かる。

 

「…さて、これくらいで俺の話は終わりだ。龍田も少しは落ち着いてきたか?」

 

「そうね〜。提督が弟さんの事が大好きなブラコンだったって事は十分理解出来たわぁ〜♪」

 

「…へいへい、そうですかい。…はぁ、よりにもよって龍田にそれを言われるとはねぇ」

 

「フフっごめんなさい♪」

 

呆れた表情をした提督に少しからかい過ぎたかしら?と思い手のひらを合わせて謝る龍田であったが、それを見た瞬間諦めたかのように苦笑する提督。

 

「さて、俺をからかうのはそのくらいにして先程までの続きを聞かせてくれるか?」

 

「…えぇ、分かったわ」

 

「ふぅ~」と一息ついて、龍田はゆっくりと語り始めた。

 

******

 

力なく上を見上げれば、どこまでも続くような曇天。陽の光は一切届かず、海面は血のように赤黒く染まっていた。

 

耳を澄ませば、微かに聞こえる。

 

『コッチニオイデヨ…ネェ』『イ、イタイョ…助ケテ』『フフッ…ネェ遊ボウ?』

 

此方を誘う声に、手招きをする人影。龍田の中にある負の感情が、靄の影響により倍増し、心の堤防は既に決壊寸前だった。

 

『…2人とも。本当にごめんなさい。…私が不甲斐ないせいで——』

 

『そんな事言わないでよ龍田さん…!まだここから、まだ…』

 

『…最悪、私が囮になるわ。深海棲艦が私を追っている隙に、二人は望月ちゃんを背負って逃げてちょうだい…』

 

龍田は俯き、波の音で掻き消されてしまうほどの小さな声を出す。その覇気のない声と表情によって、望月を支えていた睦月は更に不安な顔を見せる。そんな中、深雪だけが龍田を叱咤する。

 

『っそんなん出来るかよ!お前が那智から旗艦を任された以上、この場の司令塔はお前なんだよ!提督にも指示を仰ぐことが出来ない今、お前の指示だけが頼りなんだ!睦月も望月も、そして深雪も…!龍田が居なきゃ何も出来ねぇ!…兎に角、一旦落ち着け。天龍の事も心配だろうが、いいか?…まずは全員でここから抜け出す作戦を考えようぜ?』

 

深雪は龍田の両肩を掴み、真っ直ぐな瞳で語り掛ける。

 

『あっ、う…。ご、ごめんなさい…。私ったら、こんなにも弱音を吐いて…。三人にも迷惑をかけて…。私はここまで弱い艦娘だったのね——』

 

『違う!龍田は決して弱くない!…お前がそうなったのはこの靄の影響だ。断じて違う。…お前は天龍と共にどれほどの深海棲艦を沈めてきた?…どれほど深雪達の事を助けてくれた?…それを一番知っているのはお前なんだよ。…龍田!』

 

『…っ!』

 

深雪からの叱咤を受け、龍田の瞳に少しずつ光が戻っていく。俯いた状態だった顔をゆっくりと持ち上げ、深雪に睦月、そして気を失った望月を順に見る。

 

『…ふぅ』

 

(私がこれまでにどれだけの死地を抜けてきたか…。どれほどの苦痛を味わってきたか…。それに比べれば、確かにこの戦場はどうって事ないわね。天龍ちゃんと一緒に格上相手でも通用してみせた事だってある。今、天龍ちゃんはこの場には居ないけど、私だって歴戦の軽巡洋艦よ?大丈夫…、何とかなるわ)

 

龍田は目を瞑り、自身の胸に手を当てて一呼吸する。そんな姿を見た深雪や睦月も同様、『はぁ〜』『ふぇ〜』と溜息を吐く。

 

『もう平気か?』

 

『えぇ、平気よ〜。…ありがとうね、深雪ちゃん!』

 

『あぁ、良いからいいから。お礼は母港に帰ってからだよ!』

 

感謝の言葉を伝えながら深雪を抱き締める龍田に睦月も一安心する。抱き締められた深雪は若干ウザそうにするが、表情は明るい。

 

『龍田さんから覇気が無くなった時は、睦月も凄く不安になりましたが、なんとかなって一安心です!』

 

『睦月ちゃんもありがとね〜♪』

 

そう言いながら今度は睦月を抱き締める龍田。深雪は『もういい加減にしろーっ!』とプンスカ怒鳴っていたが、抱きしめられていた睦月はとても幸せそうな顔をしていた。

 

『…さて、まずはここから抜け出す作戦だったわね』

 

『で、何か考えはあるか?幸い、まだお互い発見には至っていないが、こちら第二艦隊と深海棲艦との距離を考えるに、もう既に射程圏内には入ったと思うぜ?そう話している余裕はなさそうだ』

 

『そうね〜。…まず、私がこれまでに気付いた事を言っていくわね』

 

数秒考えた後、龍田は指をピンと立てながら説明を始めた。

 

『今でこそ気付いた事なんだけどね〜?先程から聞こえるこの声。深海棲艦の声でまず間違いないわね。でも恐らく、幻聴。靄の影響を受けているとも言えるのだけど、多分近くに深海棲艦は居ないわ〜』

 

『どうしてそう思ったんだ?』

 

『た、確かに気になるにゃ…』

 

『えぇ、そこも含めて皆で作戦を立てましょう〜?』

 

龍田の発見から紐付けて皆で作戦を立てて行く。その間に、気を失ったままの望月を運ぶ準備も同時進行で進める。

 

『これで望月ちゃんを運ぶ事が出来るわね〜』

 

『よいしょっと!龍田、これでいいか?』

 

『お、重い…けど、何とか大丈夫にゃ!』

 

一人が望月の背中側に周り、脇の下から手を入れて前腕を掴む。そして、もう1人が両足を重ねて掴んだ状態から上半身を先に持ち上げて運ぶ形にする。

 

艤装が装着されている事もあり、一般男性の数十倍もの重さを運ぶ事となるが、駆逐艦二隻であれば何とか持ち上げる事が可能である。

 

『それじゃあ、作戦通りに行きましょう』

 

『あぁ、任せたぜ。龍田…』

 

『私達は望月ちゃんを慎重に運びながら龍田さんに着いていくにゃ…!』

 

『よし、作戦開始よ』

 

そうして赤い靄からの脱出が今、開始された——。

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