面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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彼女の眼帯 ~伍~

天龍型軽巡洋艦一番艦『天龍』

 

 日本海軍初の軽巡洋艦として、1915年に建造計画が立案。完成当時は、世界水準を越えた高性能艦として大いに期待され、戦場である大海原へと進水した。

 

 しかし、小柄な船体が災いしたのかそれ以降は改装の余地もなく、良くも悪くも最古参の軽巡洋艦であった彼女は、新たに建造されていく後輩艦らにその自慢の性能を越され、そして1942年12月18日。ニューギニア島東海岸にて敵潜水艦の雷撃を受け沈没。

 

 何の因果か…日本海軍初の潜水艦による軽巡洋艦喪失という、無念でならない結果でその一生を終えた。

 

 それから数十年後…。天龍は、佐世保鎮守府の工廠内で再び覚醒する。艦艇から艦娘へと姿形を変え、深海棲艦という新たな存在と相対する。

 

『天龍様の攻撃だ!うっしゃぁっ!』

 

 ひとたび海へと出撃すれば、最前線にて交戦を開始。砲術戦もさることながら、速度を生かした戦術も天龍の得意とするものだった。そして何より、天龍の代名詞とも言える刀。それによる斬撃は、より一層彼女の強さを引き立たせる。自他ともに認める話だが、敵戦艦を真っ二つにしたとの話題が時折鎮守府内で挙がる程度には、彼女の強さが伺える。

 

 そんな天龍だが、外見の特徴としてまず挙げられるのが左目の『眼帯』だろうか。

怪我のためか、はたまたそういう趣味か。

妹の龍田を除き、佐世保の提督やその他の艦娘も、天龍が眼帯をする理由を知らないでいた。

 

 ただ史実として、軽巡洋艦『天龍』はソロモン海戦にて照明灯の片方を破損してしまったというエピソードがある。これが眼帯をする理由と繋がるのかは定かではないが、この説が広まって以降、本人の前ではこの話題を一切出してはいけないなどの暗黙のルールが鎮守府内で出来上がったそうな。

 

しかし、中には興味本位で話し掛ける艦娘もいた。

 

『すみませんっ!天龍さん、ですよね!』

『ぅうおっ!!』

 

いつものようにボーッと廊下を歩いていると、突然背後から声を掛けられた。

 

『おっと、これは失礼しました!ども、恐縮です!青葉ですぅ!』

 

『なんだよ~!青葉さんか』

 

元気の良い挨拶と共にビシッとした敬礼を見せるのは、つい先日着任したばかりの重巡洋艦青葉だ。

 

『いや〜!驚かせるつもりは全く無かったのですけど、気になる人物が目の前に居れば声を掛けずにはいられない性格でして…ついつい』

 

『ったく、あまり驚かせるんじゃねーぞ?思わず心臓が飛び出るところだったぜ?』

 

『はいっ!以後、気を付けますので!…それで〜少しお時間よろしいですか?』

 

『時間…?まぁ、丁度朝の近海警備も終わったところだし、次の訓練の時間までなら空いてるが…オレに何か用か?』

 

『ありがとうございます!え~っと、此処ではなんですから、青葉のお部屋までよろしいですか?』

 

『話なら別にここでもって…オイ!』

 

 先程までの出来事に対して、反省をしているのかしていないのか。あまりの切り替えの速さにこれまた驚く天龍であったが、そんな事もお構いなしにと重巡寮まで案内をする青葉。抵抗はしてみたものの、凄まじい勢いと熱量に負けてしまいそのまま青葉の部屋まで連れられていくのであった。

 

******

 

『それで話ってのはなんだ?』

 

振り回されながら部屋まで辿り着いた天龍。目の前では、青葉がお茶を注いでいた。

 

『えぇ実はですね。今、この佐世保鎮守府の皆さんに取材でお話と言いますか、それぞれご紹介をして頂いている所でして…』

 

『あー自己紹介ってやつか?』

 

『はい!その通りです。青葉は先日この佐世保鎮守府に着任したばかりですので、ぜひ皆さんのことを知っておきたいなと思いまして。今回、このような形でお時間を取らせて頂いております!あぁ、提督には事前に許可を貰っていますのでご安心を!』

 

『そういえば龍田もそんなこと言ってたな〜。まぁ、別にオレは良いんだけどよ~龍田が少し不機嫌みたいだったんだが、間で何かあったのか?』

 

『あ〜、いえ。別に…』

 

 一瞬動揺した様子を見せた青葉だったが、切り替えの早さは抜群のようで、すぐさま何処からか取り出した一台のカメラにペンとメモ用紙を座卓の上へと用意する。

 

『で、では早速本題ですが!天龍さんの方から自己紹介をして頂いてもよろしいでしょうか?』

 

『…?あぁ、分かった!改めて天龍型軽巡洋艦一番艦の天龍だ。ここでは水雷戦隊の旗艦をしている。夜戦ってんならオレに任せとけ!あの夜戦忍者にも引けを取らねぇぜ?これからよろしく頼む!』

 

『なるほどなるほど~。水雷戦隊の旗艦とは、やはり優秀な様で…。流石、『戦艦斬り』の名は伊達ではないようですね!』

 

『フフフ、怖いか?…オレの刀は、あの戦艦ル級の身体すら真っ二つに出来る代物だぜ?自慢じゃあないが、こういう事が出来るのはこの天龍さましかー…いや、龍田。アイツも確かヲ級を斬ってたような?』

 

『ひ、ひぃぃ…』

 

『ん?どうしたんだ?』

 

龍田の話題が出る度に、どうも様子がおかしくなる青葉に若干の疑問を抱きながらも、そのまま取材は続いていく。

 

『ご、ごほん。では、次に天龍さんの艤装について教えて頂きませんか?』

 

『艤装…?まぁ、いいけどよ。フッ…聞いて驚くなよ?この天龍さまは、世界水準を軽く越えてっからよ〜!敵の軽巡ぐらいじゃ、相手にもなんねぇ!』

 

いかにも自慢げにそう語る天龍は、そのままの勢いに注がれたお茶を一気飲みする。

 

『ゲホッ、ゴホッゴホッ…』

 

『だ、大丈夫ですかっ!』

 

『あ、あぁ…これくらい…ゴホッ…じゃ、なんの…ケホッ問題にも…』

 

 青葉は急いで駆け寄り、天龍の背中を摩る。少しすれば落ち着いたのか、『すまねぇ…助かったぜ』と言い青葉に向かって申し訳なさそうな表情を見せた。

 

その時、ふと天龍の顔に注目する。

 

『あの、つかぬ事をお聞きしますが…天龍さんのその眼帯って何か理由があって付けているのですか?』

 

 青葉本人は至って普通に質問をしたつもりだった。そこに不純な動機などは一切なく、只々気になったことをそのままにしておきたくないという青葉の取材魂なる興味本位が、天龍の眼帯を身に付ける理由へと向けられた。唯、それだけの事だったのだが…

 

『これか?…んーそうだな。別に特別な理由があるってわけじゃないんだけどよォー。教えるのはちょい難しいっつーか…』

 

『そこをなんとか!この話は誰にも教えませんので、ここだけの秘密にしますから!』

 

『ちょ、ちょっと勘弁してくれよ青葉さん!』

『フンー!フンー!』

 

 鼻息を荒くして近づいてくる青葉。天龍はそんな青葉をどうにかして落ち着かせようと試みたが、いまいち効果はないようだ。

 

『眼帯を付けているということは、過去に何かしら怪我の経験でもして…いや、最近はそういうファッションが巷では有名になっていると噂で聞いたことが。天龍さんはその流行りの最先t――』

 

『あらあら~。わたしの天龍ちゃんを虐めている悪い子は誰かしら~』

『あ…』

 

『おー龍田じゃねーか。お前も青葉さんにって…おいおいオイ!その薙刀をどうする気だ龍田っ!!』

 

 背後からいきなり龍田の声が聞こえたかと思いきや、いつの間にか首元に刃物が向けられていた事に気付く青葉。その余りの恐怖から徐々に顔は真っ青になっていきそのまま白目を剥いて失神してしまった。

 

『あーこりゃ、完全に気を失ってるみてーだな?どうすんだよ龍田~』

 

『あら~どうしましょう。天龍ちゃんに凄い勢いで迫ってるからつい、ね?』

 

 畳に突っ伏す青葉を気にしながら、これからどうするかと悩む天龍。龍田は相変わらず薙刀を片手に不気味な笑顔をしていた。

 

『それで~天龍ちゃん。青葉さんになんて聞かれてたの~?』

 

『ん、あーいや。別になんも聞かれてねーけど』

 

『ふーん…天龍ちゃんが眼帯を触っている時は、大抵嘘をついているか何か隠したいことがあるかのどちらかなのだけれど~』

 

『ギ、ギクっ…龍田には全て御見通しってわけか。はぁ…そうだよ、眼帯のことを聞かれた』

 

『やっぱり、ね~。そうだと思ったもの~』

 

『やっぱりって…。もしかして青葉さんの取材の時に不機嫌だったのは、このためか?』

 

そう言って天龍は自身の左目を指差す。

 

『それ以外に何があるのかしら~?天龍ちゃんが左目の事を隠しておきたいというのなら、私はいつだって手を貸すわ~。姉妹だもの』

 

『龍田…いつもすまねぇな。毎度お前に助けて貰ってばかりで、姉として少し不甲斐ないぜ』

 

『ふふっ、それも含めて素敵よ?天龍ちゃんは♪』

 

 そんなことを言われ思わず顔を赤くする天龍。それを見た龍田は柔らかい表情で『それに~』と言葉をつむぐ。

 

『天龍ちゃんの秘密を私だけが知ってるのって、何だか特別な気分になれるもの~』

 

『…へっ!なんだそれ…不純なこった』

『フフっ、そうね~♪』

 

 この一件以降、青葉の天龍姉妹に対する対応が少し変わったのだが、特に龍田に対しての異常な程のビビり具合には当時の佐世保提督含め、艦娘の皆は首をかしげる一方だった。

 

『あ、青葉は…諦めていませんよ!天龍さんの眼帯の秘密を解き明かすまでは絶対に沈まないと、心に決めてますから!』

 

果たして、青葉がその秘密を知る時は来るのだろうか――。

 

/佐世保鎮守府 作戦指令室

 

 時は龍田率いる第二艦隊が支援要請を出してすぐ。それは彼女達の拠点でもある佐世保鎮守府にも届いていた。

 

『提督!!第二艦隊より支援要請の受信を確認しました!!どうされますか??』

 

『…そのまま現状を維持しろ。第二艦隊が敵の大元を引き付けている間に、第一艦隊による総攻撃で何とかなるだろ』

 

『し、しかし・‥それでは、第二艦隊が全滅してしまいます!!旗艦であった那智さんや天龍さんは行方が分からないとの報告が来ていますが、提督は残りの四名をこのまま見捨てるおつもりなのですか!!』

『黙れっ!!なんなんだ貴様は!?この私に命令か?たかが艦娘風情が口答えをするな!!』

 

『っ…も、申し訳ございません。が、しかし、、、』

『あーそうだな…。もうこの際、お前も戦場に出てみるか?大淀?』

 

『うぐっ…。そ、それは』

 

『出来ないのなら黙って私の命令に従え。それすらも出来ないのであれば大淀。…貴様も沈む覚悟くらいは出来ているな?』

 

見下した顔で此方を覗く提督。

『少し外すぞ』と言って、作戦指令室から退出した。おそらくトイレか一服するためだろう。

 

作戦開始から既に2時間が経過している。

戦況は一言でいえば『最悪』と言ったところか。第二艦隊による支援要請も、現状では承認できないだろう。そもそもこの提督が追加の艦隊を編成するとは到底思えない。

 

何故こうなった――?

 

いつから提督は私達艦娘を無下に扱うようになった?これではまるで――兵器だ。

 

いや、元は戦う為に造られた私達は兵器だった。

人を殺す為に造られ、人を苦しめる為に造られた。当時の私達に人の心などは無かった。

 

それでも、この国を守りたいという思いは船であった私達も皆一緒だった。

こうして艦娘となり五感という機能も持ち合わせ共に笑い、共に泣いて…そして――。

 

『どうして…』

 

 私達艦娘は人でもなく兵器でもないと、とある研究者は言った。

その正体はどちらにも属せぬ『艦娘』という新しい存在。人という面を持ち合わせる一方、兵器としての一面も持っている。だから私はこう思う。

 

絶対にどちらにも属する事ができない。そんな中途半端な存在なのだと――。

 

『大淀さん、大丈夫ですか…?』

 

大淀があれやこれやと思いを馳せていると、隣から声を掛けられた。

 

『青葉…さん』

 

今回のソロモン諸島近海調査では、前線艦隊指揮の大淀の他に記録係として青葉が一任されていた。提督からの伝令内容を纏めそれを隣に座る大淀へと渡したり、艦隊の戦果を記録し大本営へと送る為の書類作りと忙しない作業の中、先ほどの件で大淀を心配する青葉。

 

『すみません…もう大丈夫ですから』

 

それを聞いて少しホッとする青葉だが、すぐに沈んだ表情をする。

 

『あの、大淀さん。こんな時になんですけど、青葉達は何の為に戦っているのですかね…』

『…』

 

『あぁ、すみません!余計な話でしたね…。こんな戦いの真っ最中に』

 

『い、いえ。そうですね…私達は一体何の為に…私もその答えを出せずにいた所です』

 

狭い作戦指令室には、多数の無機質な機器と書類の山が出来上がっているだけであり、そこには窓もなく電球すら一つだけという何とも重苦しい空間だった。そんな中でも二人は必死に考えを巡らせていた。

 

どうすれば現状を打破できるのか。第二艦隊を助ける為にはどうすれば良いのか。

 

『大淀さん。青葉がこの佐世保鎮守府に着任して早々、何をしたか覚えていますか?』

 

『…それはもちろん。懐かしいですね。皆さんへの取材…でしたっけ?』

 

『正解です。初めこそ鎮守府の皆さんの事を知りたい。もっと知識を深めていきたい。といったような個人的なものでした。でも、毎日このカメラを通して佐世保鎮守府の様子を見ていると、皆さんとっても楽しそうで…』

 

一台のカメラを優しく撫でながら、青葉はいつしかの懐かしい想い出と共に語っていく。

 

『そんな充実した日々を送っていると、もっとこの鎮守府の良い所を皆さん自身に知ってもらいたいという気持ちが芽生えて、いつしか【青葉新聞】と題して記事を出す程に大きなものとなりました。…とは言っても毎回くだらない内容でしたけど…ふふっ』

 

『えぇ、青葉さんの記事は毎日読ませて頂いておりましたよ。天龍さんと駆逐艦の子達が虫採りで大騒ぎになった記事は、今でも読み返してしまう程ですしね?…あぁ、そういえば天龍さんの件については、もう終わったのですか?』

 

『い、いえ。あの件は未だ達成できずにいますので、いつか必ず…。とは言っても、天龍さんにも隠しておきたい秘密くらいはあるでしょうし。それにズカズカと踏み込むのは、青葉にも少々問題がありましたから。今では反省してます…』

 

しゅんとしたような雰囲気で下を向いた青葉は溜息をつき、大淀に向かって一つ質問をする。

 

『はぁ、それでも秘密を知りたいというのは、青葉の我儘なのでしょうか…?』

 

青葉の質問に対して大淀は思わずクスッと笑ってしまった。

決して彼女を馬鹿にしているわけではない。その逆、とても正直であり真っすぐな彼女がとても眩しく見えて仕方がなかったからである。そしてそれに対する自分の不甲斐なさに思わず笑ってしまったのだ。

 

『フフっ、いいんじゃないですか?…きっと青葉さんは、その秘密というものを本心から知りたいというだけで、それを記事にしてばら撒くなんて思えませんから。何かに興味を持つことは、決して悪いことではないと私は思いますよ?』

 

『ほ、本当ですか…!』

 

『えぇ、本当です。それに、私はそんな青葉さんを羨ましくも見ています。私にはそれほどの探求心も解き明かそうとする意欲も、今ではもうありませんから…。だから、青葉さん。私のためにも自信を持って下さい。貴女のその気持ちは間違いではありませんから』

 

大淀からの返答に青葉は静かに目を瞑ると、これまでの迷いを全て払拭させたかのように席からグッと立ち上がる。そして、大淀に対してキレイな敬礼を見せて自分の思いを伝える。

 

『大淀さん…青葉は、青葉は!』

 

――天龍さんの眼帯の奥にある秘密が知りたいです!

 

目を輝かせてそう言い放つ青葉に、大淀は頷くしかなかった。

青葉をそこまで突き動かす動機も、天龍が身に付ける眼帯の秘密について知りたいから。という周囲から見れば本当に些細なものなのかもしれない。しかし本人にとっては、その理由だけで十分なのだ。

 

作戦開始以降、突如として提督による蛮行が行われた。以前までは、大人しい性格でありながらも彼は佐世保鎮守を代表する提督として、艦娘の皆から慕われていた。

そんなある日、目を覚ました提督はまるで人が変わったかのように口調や性格までもが激しいものとなった。原因は今でも不明だ。

 

あの日から、青葉の知りたいという気持ちは溢れ返るばかりだった。それを抑えて今日まで来たのだ。

だから、止められなかった。海上へと艤装を展開し、単独でソロモン諸島へと抜錨する青葉。

部屋から勢い良く出ていくその後ろ姿を見届けた後、一人となった室内で大淀は小さく呟く。

 

『私達は、何の為に戦うのでしょうね…』

 

 

/ソロモン諸島近海

 

支援要請を送る事が出来たはいいものの、龍田含め駆逐艦の三人は燃料が尽きかけていた。61cm四連装魚雷を放った事で、注意を逸らすことには成功したがそれも数秒。此方に向けて敵の大艦隊が向かってきていた。

 

『ど、どうしよう龍田さん!このままじゃ何も出来ずに全滅にゃしぃ!!』

 

『不味いわね~…。燃料も戦える武器も…』

 

『望月!おい、しっかりしろ!』

『う、うぅーん…ここ、は』

 

龍田の思惑通り敵の本隊。戦艦棲姫を中心として靄は渦巻いていた。

その目の中に入った事で悪影響による問題自体は無くなったのだが、それは同時にここから抜け出せないことを意味していた。

 

『深雪ちゃんはそのまま望月ちゃんの傍に居てあげて~?睦月ちゃんは引き続き支援要請を送り続けるのよ~?』

 

旗艦として冷静に指示を下したが、龍田自身もこれ以上の戦闘を行えば体が壊れてしまうと薄々勘づいていた。

ふと敵の大艦隊の方へと視線を向ければ、陣形を成して一斉に砲身を制御する深海棲艦の姿。どう見ても間に合わない。移動するのは駆逐艦の三人が持たないと判断した龍田は一人。

 

――薙刀を握りしめて立ち向かう。

 

『シズメシズメ…!!!』

 

心の奥底に響くような唸り声とともに、中心に居座る戦艦棲姫はその腕を振り上げた。

ニヤリと不気味な笑みを見せ、背後に佇む肥大化した艤装をひと撫でした後、第二艦隊へと照準を定める。

 

『た、龍田さん…』

 

『っくそ!ここまでかっ!!!』

 

赤く染められた空に向けて腕を掲げたまま、戦艦棲姫は一言。

 

『アイアン…ボトム…サウンドニ…シズミナサイ』

 

そしてその腕が振り下ろされる瞬間――

 

『待つんだ天龍っっ!!!』

 

聞き覚えのある声に、見覚えのある姿が視界の端に映った。

 

『な、ち…さん!?それに…天龍ちゃん!!!!』

 

二人の姿を確認してすぐ。龍田は考える前に体が一歩前へと動いていた。

燃料もほぼ空だというのに、何かが龍田の背中を押し出すかのように前へ前へと突き進む。

 

『ッ――!?』

 

突然の事に慌てふためく戦艦棲姫は、再度照準を合わせるように巨大な艤装を転回させる。深海棲艦側もこの事態は予測していなかったようだ。

 

『天龍ちゃんっ!!!戻ってきて!!!お願いよ!!』

 

天龍は相変わらず俯いたまま、敵の本隊へと向かっていく。

これでは追いつけないと考えた龍田は、必要のない艤装を取り外し少しでも速度を上げるために重量を軽くする。

 

『龍田!!私の速度では天龍には追いつけない!!敵の注意は私が引き付ける!!その間にお前は天龍を正気に戻せ!!出来るな!?』

 

『え、えぇ!!必ず戻すわ!!だから那智さんも気を付けて!!駆逐艦の子達をお願いね~!!』

 

敵の注意を引き付ける為に反転してきた那智と、すれ違いざまに会話を交わす。

龍田に照準を合わせていた戦艦棲姫もどちらを狙うか迷った挙句、此方に接近してくる重巡洋艦を優先して叩くべきと判断したのか、舌打ちをしながら龍田から照準を外す。

 

『天龍ちゃん!!』

 

艤装が軽くなったおかげか天龍との距離が縮まる一方で、相手の空母ヲ級を始めとした敵機動部隊が二人に向けて砲撃を開始する。

放たれる砲弾は龍田のすぐ後ろに着弾し、水飛沫に加えて凄まじい程の衝撃が襲い掛かる。

 

それでもめげずに突き進み、あと一歩…あと数メートルで届く距離にまで近づいた龍田は喉が千切れるほどの声量で天龍に呼びかける。

 

『天龍ちゃんっ!!もういい加減にして!!!私を置いていかないで!!!』

 

『――た、つ…た?』

 

最後の力を振り絞り、何とか天龍の肩を掴む事に成功した。

バッと天龍を此方側へ引き寄せて、敵航空機から放たれる機銃掃射を間一髪で躱す。

 

『ッドドドドド!!!!』

『――ッぅ!!』

 

あと数秒躱すのが遅ければ、天龍諸共海の底に沈んでいただろう。

 

『天龍ちゃん大丈夫!?目を覚まして!!』

『な、なんだ…オレは一体何を…』

 

龍田による必死の呼びかけのお陰か、それとも機銃掃射による衝撃で意識を取り戻したか。

どちらにせよ、天龍が目を覚ました事に変わりはなかった。

 

『うっ…よがった~!!天龍ちゃん!!』

『龍田…お前なんでそんなボロボロにって…そうか、オレを守ってくれたんだな』

 

艤装はどこも黒く焼け焦げて、砲身はあらぬ方向へと曲がっていた。

全速前進で動いたせいか燃料も完全に底を尽き、今や敵からしてみればこの二人は格好の獲物となっていた。

 

『クッソッ!!…すまねぇ龍田。艤装の一部が完全にイカれてやがる。…オレも全力じゃ動けねぇみてーだ』

 

『私もごめんなさい。もっと天龍ちゃんを気にかけていたら、きっとこんな風にはならなかったもの…』

 

二人でお互いの顔を見合わせる。

天龍は申し訳なさそうに眉を顰めると、龍田はいつもの柔らかい表情で微笑んだ。

 

上空を見れば、敵艦載機が此方を狙って魚雷を投下しようとする姿が映る。

 

――ここまでか。

 

と、両者が諦めかけていたその時。

 

『―ッドドドドドドドドド!!!!』

 

魚雷を放とうとした敵艦載機が突然大きな音を立てて爆散したかと思えば、見慣れた艦上戦闘機が体をなして敵航空機に襲い掛かる。気付けば何機もの機体が、入り乱れた空中戦を開始していた。

 

『な、なんだ…!?』

 

『も、もしかして~…支援要請が間に合ったの?』

 

周囲では味方の攻撃機や爆撃機による対地攻撃も行われており、二人を狙っていた敵機動部隊はヲ級を除いて全て海の底へと散っていた。

 

余りの出来事に何事かと困惑していると、無線からふいに声が聞こえた。

 

<天龍さん、龍田さん!ご無事ですか!!>

 

<<あ、青葉さんっ!?>>

 

<な、なんで青葉さんが!?>

 

<理由は後です!!すぐにそちらへ向かいますから!!>

 

――重巡洋艦青葉は決して沈まない。

 

<さぁ、ここから巻き返しますよ!!…そして、天龍さん。鎮守府へ帰ったら教えて下さいね?その眼帯にある秘密を!!…この青葉、それを知るまでは絶対に沈まないと。あの日からずっと心に決めてますから!!>

 

――彼女の知的好奇心は誰にも止められない。

 

<第一艦隊、旗艦翔鶴です!天龍さん、龍田さん…ご無事で何よりです。那智さんや他の駆逐艦の子達も大丈夫そうですね…。第二艦隊へ通告!!これより、敵主力艦隊への総攻撃を行います。皆さんは出来る限り、その海域から離脱して下さい!!>

 

――例え相手が、戦艦棲姫だとしても。

 

<青葉取材、…いえ出撃しまーっす!!>

 

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