面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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彼女の艦隊

『良かった~!なんとか間に合ったみたいね!!…………うっぷ』

 

第一艦隊が目標海域に到達してすぐ、予め発艦させていた艦上戦闘機『零式艦戦52型』を始め、その他『天山』や『彗星』が支援要請のあった地点へと到達した。第一次攻撃隊及び爆撃隊の地上攻撃により、第二艦隊に迫る敵機動部隊の殲滅には成功したが、未だ敵の数は此方を上回っている。

 

妖精の視界を介して映し出される景色は、どこまでも続くような赤い靄。視界が非常に悪く、余計に神経をすり減らしてしまったのか、瑞鶴は軽い船酔い状態へと陥っていた。

 

『瑞鶴、大丈夫?あまり無理はしないでね?』

 

『う、うん…ありがとう翔鶴姉』

 

『まぁ、仕方ないんとちゃうか?慣れない視界の中、それも長時間となると体の平衡感覚が狂うのも当然や。数十機の航空機を飛ばし続けるだけでも凄いもんやで?…おおっとと、ウチも少しフラフラするわ』

 

『瑞鶴さん、具合が悪いようでしたら私達が支えましょうか?夕雲と巻雲の二人であれば、空母くらいは牽引できますよ?』

 

『こ、ここれくらい大したことないわわよよよ!?………うげっ!!』

 

『瑞鶴!?』

 

『あーあ、ホンマに大丈夫かいな?…ほれ、ウチの手に掴りや』

 

海面へとズッコケる瑞鶴に、急いで駆け寄る翔鶴。対する龍驤はというと、額を押えて呆れた表情をしていた。

 

『あ、ありがとう…』

 

瑞鶴は差し出された手を掴んで何とか立ち上がる。

 

『ホンマに無理や思うんなら、翔鶴かウチにしっかり報告するんやで?こ〜んな戦場のド真ん中で倒れられたら、それこそ大丈夫じゃ済まされへんからなー?』

 

龍驤からの忠告に対して、口元を抑えて首を縦に振る瑞鶴。周りからすればどう見ても吐く寸前のそれであった。

後ろを走る駆逐艦の3人も、前の瑞鶴から少し距離を取るような速度で追従していた。

 

『瑞鶴?龍驤さんの言う通り、体調が優れないのなら私に言いなさいね?視界が悪いことも要因の一つだけれど、あの赤い靄の悪影響を受けている可能性も捨てきれないわ…。噂通りであれば,幻聴や幻覚といった症状を引き起こすらしいわよ?他の皆も、少しでも自分の体調の変化に気付いた時は、私や龍驤さんに報告をお願いします』

 

『『『はーい!』』』

 

顔を青くする瑞鶴に対して、駆逐艦の三人衆は元気そのものであった。

 

******

 

『それにしても、青葉のやつ…。ホンマに大丈夫かいな?ウチらの援護がある言うても、単独であの中に突っ込むとは…。頭のネジが一本外れとるんやないか?』

 

『あまり青葉さんを貶すような言動はやめてください龍驤さん。…青葉さんも、それ相応の覚悟を持って第二艦隊の救出に出向いたのですから。それに、青葉さん本人からこれを託されているのをお忘れですか?』

 

そう言って翔鶴が取り出したのは一台のカメラ。

青葉が一時も肌身離さずに持ち歩いていたカメラだ。佐世保鎮守府でこれの価値を知らない者は誰一人として居ない。本人にとっては命と同じくらいか、それ以上に大切な物だと皆が認識していた。

 

それだけ大切な物を他人へと託した。

それがどれほどの覚悟を意味するのかは翔鶴を始め、龍驤や瑞鶴は少なからず理解しているつもりだった。勿論、駆逐艦の三人も同様。青葉のその想いに応えるつもりで任務に当たっていた。

 

『せやな…せやったわ。…すまん、ウチは少し青葉の事を舐めとったみたいや。確かに、あれだけの覚悟を持っとるやつは、そうそう居らへん。…アイツは強いで。間違いなく。佐世保鎮守府で一番に強いもんを持っとる』

 

『えぇ、そしてそれを実行に移すまでの行動力。相手が誰であろうとも恐れず突き進む勇気。…私にとって青葉さんは、尊敬に値する人物であると確信しています』

 

『そうね!青葉さんが懸命に立ち向かっている今、こんな所でへばってる私じゃないわ!!…それを五航戦としてのプライドが許さない!!…よし、大丈夫。行けるわ翔鶴姉!!』

 

『ふふっ…いつにも増して気合いが入っているわね瑞鶴』

 

弓を片手に気合いを入れる瑞鶴。その表情は相変わらず苦しそうだが、瞳の奥に燃えるモノは決してそうではなかった。

 

翔鶴も同じく、心は既に決まっていた。

青葉からの託し物。それは彼女の意志そのものであると。

これまで一緒に戦ってきた戦友として、その意志を守るべく必死で戦うと心に決めた。

 

『これより、敵主力艦隊への総攻撃を開始します!!全空母は航空機の整備が完了次第、攻撃隊から順次発艦。同時に、爆撃隊の準備を進めて下さい!!駆逐艦の三名は引き続き、周囲への警戒をお願いします!!』

 

『さぁ仕切るで!第二次攻撃隊、発進!』

 

『翔鶴姉、やるよ!艦首風上、第二次攻撃隊…発艦、始め!』

 

『青葉さん。…貴女のその意志を必ず守って見せます!!全航空隊、発艦始め!!』

 

——その想いが、彼女の力となれるのなら。

 

 

/???

 

とある一室に、男が一人座していた。

その向かい側には、女性一人と幼い見た目の女の子が一人。同じく椅子に座って机を睨みつけている。机にはでかでかと広げられた一枚の地図。内容からして、海図とその航路を示すものであり、記号や文字が描かれていた。

 

『ソロモン海域、か』

 

彼らが見ているのは南方海域の一部と見られる海図。それをじっくりと見つめながら、ポイントとなる箇所を適宜印を付けて話を進めていた。

 

『…間違いはないのか?』

 

『はい、間違いはありません。先程、遠征に出ていた第四艦隊より報告を受けました』

 

『うーむ』

 

男は髭の生えた顎をなぞって、暫く考え込むような仕草をした。

 

その目元には深い皺が刻まれており、オールバックの髪には所々白髪が目立っていた。しかし、身体を見れば軍服の上からでも分かるような鍛えに鍛え上げられた肉体美が浮き上がっており、彼が俗にいう軍人である証拠でもあった。

 

『ハァ~佐世保鎮守府は一体何を考えているんだ?先の会議では、特に変わった様子はなかったが…。奴め、新種の深海棲艦と聞いてとち狂ったか?』

 

ため息混じりに愚痴を漏らす男。彼こそが、この宿毛湾泊地の提督である佐藤茂少将である。

 

『アイツとは訓練校時代からの付き合いだが、前々からしくじるのではないかとは思っていたのだ。……だがまぁ、ここまで来ると呆れるしかあるまいて。昔からアイツは物静かな性格だった故にいつも何を考えているのか理解出来んやつだった。だから精々大佐止まりが良い所…と考えていたのだが、それが今ではアイツが中将で私は少将…。立場的な面で言えば、アイツの方が上ときた。私はそれが一番気に食わんのだよ。果たして大本営ひいては元帥閣下。あの方は何をお考えか…。お前もそう思うだろ?羽黒よ』

 

『すみません司令官さん。羽黒にはそういった裏の事情はわかりかねます。…ですが、司令官さんがこれまでに歩んできた道のりは、決して無駄なものではなかったはずです。その結果が今こうして少将という位にまで結びついているのは、何よりも司令官さん自身の弛まぬ努力の結晶だと羽黒は思います』

 

『電もそう思うのです。司令官さんはいつだって私達の事を第一に考えてくれる素晴らしい方です。きっと上の方達も、そんな司令官さんの活躍をちゃんと評価して下さると電は思うのです!』

 

『…ぐすっ。ありがとうお前達!!私は良い部下を持ったな……』

 

『相変わらず司令官さんは泣き虫なのです~』

『そうですねっふふ』

 

『ハハッ、もう私もいい歳をした只のおっさんだ。そりゃ涙もろくもなる。それに、お前達は私からしてみれば孫娘みたいな存在だからな。余計に自分の家族と重ねてしまうのだよ』

 

佐藤茂少将は、若き頃からありとあらゆる面で恵まれていた。海軍の訓練校に入学した彼は、その並外れた身体能力で常にトップを争い続け、勉学に関しても上位層の一員として名を馳せていた。

 

教官からは一目置かれ、周囲の同期達からも羨望の眼差しを向けられる毎日。そんな彼でも、唯一の欠点があった。

 

『まぁでも提督のそのバカ真面目な所は、流石に治した方がいいと思うけどねー?』

 

突然、背後から声が聞こえたかと思い振り返ると、そこには夜戦夜戦と毎度の如く執務室へとやってくる夜戦忍者こと川内型軽巡洋艦の一番艦『川内』が、提督椅子にもたれ掛かってニコッと微笑んでいた。

 

『なんだ川内、まだ夜戦には早すぎる時間帯だが…どうしたんだ?』

 

『むっ、失礼な!私だって別に夜戦目的でここに来てるわけじゃないからね!?』

 

『そうか、それはすまない。つい先日も、私の寝室にまで夜戦と叫んでくるからついな』

 

『ちょ、ちょっと!!その話はしないって約束でしょ!?』

 

『せ、川内さんって結構大胆な方だったのですね。…羽黒、驚きました』

『…なのです』

 

『ち、違うから!!夜戦ってそういう意味じゃないから!!あーもう!提督のせいだよ!?』

 

『…そうか、すまない』

 

『ァガッ…ほ、本当に真面目だね…提督は。…ごほん!そ、それよりも聞いたよ!佐世保鎮守府の艦娘がピンチなんだって?なら、私に行かせてよ!!』

 

『何故川内がそれを…?』

 

『ん?あーいや、たまたま耳に入ったというか何というか。あれは、それで…えーっと、ととと兎に角!いいでしょ!?ね?ね?』

 

しどろもどろになりつつも、椅子に座る提督の肩を揺らして駄々をこねまくる川内。

面白そうな事は起きないかな~と小一時間ほど前から天井裏に潜んでいたのは、もちろん皆には内緒である。

 

そんな川内に対して、羽黒も電も落ち着かせるように止めようとはしたものの、それで留まる彼女ではなかった。

 

『行きたい行きたい行きたい行きたーーーーいっ!!』

 

『分かった。分かったから肩を揺するのはやめてくれんか。…最近、体からギシギシ音が鳴って特に肩から背中にかけてが痛むのだよ』

 

『だったら私がマッサージでもしてあげようか?そしたら今度の夜戦も許可してくれるよね!?』

 

『それはまた今度の機会にしてくれ。今は、目の前の仕事を片付けなければ』

 

『むー…分かったよ』

 

口を尖らせて拗ねる川内をよそに、佐世保鎮守府の件について目を向ける。

事の発端は、南方海域へと遠征に出ていた第四艦隊。その旗艦である伊168からの報告だった。

 

<今すぐに報告したいことがあるの!!>

 

焦った様子で無線に呼びかけるイムヤ。

初めは敵艦隊に遭遇したのかと思っていたがそうではなかった。

 

<さっきから何処かの艦隊が支援要請を出しっぱなしなのよ!!艦隊のみんなもそれに気を取られちゃって今は遠征どころじゃないかも!!>

 

話を纏めると、第四艦隊は南方海域の遠洋潜水艦作戦中に別艦隊による支援要請を数回にわたって受信し続けているという。聞いた内容によれば、すぐに駆け付けなければ全滅の可能性が高いとの事だった。

 

『急ぎ作戦を実施する。編成については第一艦隊の旗艦を川内。以下駆逐艦『暁』『雷』『電』『響』『島風』。そして、第二艦隊の旗艦を神通。以下駆逐艦『朧』『曙』『漣』『潮』『薄雲』とする。…皆、任せたぞ』

 

以上の12名が執務室へと召集された。

 

『提督!この作戦が終わったら絶対や・せ・ん!してよね…約束よ!』

『川内姉さん…。()()、とは何をやられているのですか?』

『や、夜戦は…夜戦よ?…うんっ!』

 

『やっと暁の出番なのね?レディとして胸が鳴るわね!!』

『暁ちゃん…そこは腕が鳴る、なのです…』

『そ、そうとも言うわね!?』

 

『はーい司令官!!行っきますよー!!』

『了解、響、出撃する…』

『雷、響!島風があっという間に敵を片付けるんだから!提督も見ててね!』

『雷達も負けていられないわね!ね?響』

『Я не проиграю…。不死鳥の名は伊達じゃないからね』

 

『ワイ…この作戦が終わったらご主人様とケッコンすr——ヘブしっ!!って、ぼのたん何!?…まさかの嫉妬ですかい!?』

『なぁ〜に、馬鹿なこと言ってんのよ!!けっ、ケッコンなんて…私が…クソ提督と…結婚』

『最後のケッコンは割と本気のやつだったね…これは』

『潮も…そう思います』

『薄雲もそう思います!』

 

作戦にあたって編成された12名。

各々が高練度かつ信頼できる関係で編成されている。

水雷戦隊としてはこのメンバーが現状最強であり、紛れもなくここ宿毛湾泊地を支えている艦娘達なのだ。

 

『ではこれより、作戦概要を説明する。目標地点は支援要請のあるソロモン海域。以前から伝えてはいたが、その海域にて新たな深海棲艦の目撃情報が多発している。恐らく姫級であると私は推測するが、万が一に備えて遭遇した際はすぐにその海域から離脱して欲しい。現状、佐世保鎮守府の艦娘がどうなっているのかは不明のままだ。向かった先で全滅している可能性もありうる。十分に警戒を行い、生存の有無を確認してくれ』

 

『『『了解!!』』』

 

『あー川内、もし佐世保の艦娘が生きているのであれば…』

 

『分かってるよ提督。絶対に救ってみせるから!』

 

『あぁ、任せたぞ』

 

宿毛湾泊地は提督と艦娘との間にある、絶対的な信頼のもと成り立っていた。

馬鹿真面目な提督とそれに付いていく艦娘達。彼らがこれから成すであろう偉業は、とある一人の男にとって目指すべき理想となるのだが…。

 

――それはまた、別の機会に話すとしよう。

 

 

/ソロモン海域 

 

天龍は立ち尽くすしかなかった。

燃料は尽き、武器と言えるものも左手に握る刀のみ。隣に座り込む妹の龍田は、さらに酷い状態であった。パッと見ただけでも中破か、もしくは大破寸前であるのは間違いない。

 

『龍田、大丈夫か』

 

『えぇ、天龍ちゃんこそ怪我はないかしら~?』

 

こんな時でも姉の心配を第一に考える龍田。

姉妹として、これまで支え合ってきたからこそお互いを気にかけるというのは当たり前の事だった。

 

『オイ、あまり動くな龍田。…つっても、もう動けねーか?』

 

『そうね~これ以上動いたら、本当に体がバラバラになっちゃうかもぉ~』

 

『オイオイ冗談きついぜ。お前の事はぜってーオレが守る!!だから、安心して背中に掴まっていろ』

 

そういうと天龍は自身の背中を差し出し、龍田に掴まるように指示を出した。

冗談を言える余裕こそあるが、無理に体を動かしてしまうと全身に痛みが広がってしまう程度には、龍田の体は限界を迎えていた。

 

『ごめんなさいね天龍ちゃん。情けない妹で…』

 

天龍の背中に体を預けながら、涙を流す龍田。

その様子を天龍は背中越しに感じ取っていた。

 

『何言ってんだ龍田。お前が助けてくれなきゃ、オレは今頃魚の餌にでもなってたろうよ?感謝してもしきれねぇ…ありがとな?』

 

穏やかな表情で語る天龍。しかし、その目は常に敵の戦艦棲姫の方へと向けられていた。

左手に籠る力が徐々に増していく。刀はカタカタと音を立てて小刻みに揺れていた。

 

『オレがアイツをぜってー撃ち殺す。

――いや、"斬り殺す"が合ってるか?』

 

歯を食いしばり、戦艦棲姫を睨みつける天龍。

その殺意に満ちた目は、憎悪や怨念といった深い闇を根源とする深海棲艦に対しても、冷たい恐怖を抱かせるほどだった。

 

『ウシロ…?』

 

戦艦棲姫は背後から向けられる殺意を感じ取り、意識をそちらの方へと向ける。

視界に映るのは、血の海と化した水面にポツンと浮かぶ一人の艦娘。その背後には、先ほどまで我々がシズメようと狙っていた獲物も居た。

 

『アナタタチ…マダ、シズンデイナカッタノネ…』

 

『あぁ、オレも自分の生命力にビックリしているところだ。…まぁそれもこれも、龍田。コイツのおかげなんだがよ?』

 

『ソウ…ナラ、イマココデ…――シズミナサイ!!!!』

 

『フフフ、そうはいかねーな…。お前をぶっ殺すまでは――オレは何度でも立ち上がって見せるぜ?』

 

『…シズメッ!!!!』

 

戦艦棲姫から放たれる砲弾は、キレイな放物線を描きながら天龍が立っていた地点へと吸い込まれるように着弾した。

雷鳴の如く鳴り響く砲撃音は、数十秒経った今でも残響として周囲を包み込む。と同時に、凄まじい程の衝撃により膝下ほどの波を発生させていた。

 

『フフ…ナントモ…アッケナイ…』

 

戦艦棲姫からしてみれば、たった一発の砲撃で沈む相手。

あれだけの威勢を張っていた奴が、こんなにも簡単に沈むとは。怒りを通り越して呆れるほどだった。

 

着弾した地点を眺めると、未だ水飛沫が上がっていた。

戦艦棲姫は獲物の生死を確認することなく、再度重巡洋艦の方へと視線を移す。

 

『アナタモ…アイアン…ボトム…サウンドニ…シズメテ…アゲル』

 

動き回る重巡洋艦へと狙いを定めて静かに腕を掲げる。

肥大化した艤装からはガゴンッと大きな音が聞こえ、次発装填が完了したことを知らせていた。

そして、腕を前へと振りかざすその瞬間。

 

――聞こえるはずのない声が後方から聞こえてきた。

 

『何が呆気ないって?オレはまだ…沈んじゃいねぇよ?アッ?』

 

ありえない…ありエない…アりエなイ…。

 

『――アリエナイッ!!!!』

 

戦艦棲姫は振り向きざまに、沈んだはずの相手へと砲弾を飛ばす。

狙いこそしっかりと定まっていなかったが、命中せずとも爆風だけで沈むはずだ。

 

『…ヤッタ…ワ』

 

今度こそ本当に海の藻屑と成り果てたであろう艦娘の姿を拝む為に、戦艦棲姫は目標地点へと距離を詰める。後ろから聞こえる重巡洋艦の罵声も今はどうでもいい。水飛沫により霞む視界の中、アイツの死体はどこだと血眼になって探す。

 

『――オイオイ、どこ見てんだ?オレはここだぜ?』

 

ふいに声が聞こえたかと思いきや、冷たい感触と共に背中に激痛が走る。

 

『…ッグ!!』

 

急いで振り向くと、そこには一つの人影があった。

左手に一本の刀を握り締めて、此方を睨みつけるその黄金の瞳はまさに"龍の目"そのものだった。

 

戦艦棲姫は思わず一歩後方へと下がる。

 

『オイオイ、まさか軽巡のオレさまに戦艦のお前がびびってんのか?』

 

『――ナメルナァァァァァァ!!!!』

 

挑発された怒りからグッと拳に力を入れ、コロスつもりで殴りかかる。

美しく細長い彼女の腕と連動して、艤装による巨大な腕が目の前の軽巡を思いっきり吹き飛ばした。――かのようにも見えたが、当たる寸前で刀によっていなされる。

 

たかが軽巡…それも大破寸前の死に損ないである相手に、このワタシが押されている――?

 

戦艦棲姫はその信じられない光景に唖然とした。

相手は一歩もその場から動いていない。恐らく燃料が尽きているのだろう。

 

それでもコイツは、刀一本でワタシに立ち向かっている――。

 

まさか、このワタシが軽巡相手に負けてしまうのか――?

 

否、そんな事はあってはならない。

 

『フフフフ…ソウ。…ソンナニ…シズミタイ、ノネ?』

 

『あ?』

 

『イイワ…。アナタガ…ソレヲ…ノゾムノデアレバ…!!』

 

ニヤリと不気味な表情を見せる戦艦棲姫は、数メートル先に立つ天龍に向けて躊躇いもなく砲弾を放った。己の身体ごと爆風にさらされてしまうが、戦艦の中でもタフな装甲を持ち合わせている彼女にとっては、さほど大した問題ではなかった。

 

『…くっ』

 

水飛沫が収まると、そこには膝をついて額から血を流す軽巡が居た。その無様な様子を見下す戦艦棲姫。

 

『フフフフ…マサカ、コノワタシガ…ココマデオイツメラレルトハ』

 

今の攻撃で沈まなかった事にも内心驚きを隠せないが、それも次で終わる。

 

『アナタホド…コノワタシニ、ココマデノキズヲ…アタエタモノハ…イナカッタ』

 

『フフフ、そうかよ。そりゃ光栄だぜ。――でもよォ、そんなにボーっと突っ立てて良いのか?』

 

突如として、そんな言葉を投げかける天龍。

コイツは何を言っているのだ?と疑問を呈する戦艦棲姫。

自分の気を逸らすための策略か、それとも死にたくないという気持ちでも芽生えたのか。

 

どちらにせよ、時間稼ぎには付き合いきれない。

 

『…シズミナサイ』

 

目の前の軽巡へと再度砲身を向ける。

背中の痛みに静かな怒りと恨みを抱きながらも、これで面倒臭い艦娘とはここでおさらば出来るという瞬間に、謎の高揚感を感じながら装填を終わらせる。

 

完全に勝ち誇った気でいる戦艦棲姫を睨みつける天龍。しかし、その表情は何処か余裕を持っていた。

 

『オイ戦艦、後ろを見てみろ』

 

『…ナニ?』

 

天龍から言われた通りに後ろを見てみると、そこには無数の死体が海面に浮かんでいた。

それはどれも、味方のイ級やホ級といった護衛艦隊の残骸だった。

 

――ふと気付く。

この一帯に無尽蔵に湧き出ていた味方が、いつ間にやら消えていたこと、自分以外には誰一人として残っていないことに。

 

そして何よりも、艦娘除けとして発生させていた赤い靄が知らぬ間に晴れていたことに。

 

『ドウシテ…?』

 

『長いことオレに夢中で気が付かなかったようだな?…さっき龍田から聞いたぜ?ウチの駆逐艦がこれまでに何回も周辺の鎮守府や泊地に支援要請を送り続けていたことによォ』

 

ニヤリと嫌な笑みを見せる天龍。

戦艦棲姫は全身から冷や汗のようなものを感じ、あり得ないと頭を左右に振る。

 

『マダ…マダオワッテイナイ!!ワタシハ…オマエヲ…ココデシズメルッ!!』

 

怒りに満ちた表情で攻撃を繰り出そうとした戦艦棲姫。

次の瞬間、頭上から聴き馴染みのある音と共に全身に激痛が走る。

 

『…ガァッ!?』

 

なんとか痛みに耐え、息を漏らして上を見ると…そこには数えきれない程の敵の艦載機が上空を占領していた。味方の空母は既に息絶えていたようだ。

 

『——ふぅ…』

 

片膝を付いた状態からゆっくりと立ち上がる天龍。

先程の総攻撃に乗じて、龍田を安全な場所へ移すために那智に対して無線で呼びかけていた。

 

『…ここからは、オレとオマエでの一騎打ちだ』

 

『ナゼ…アキラメナイ??ドウシテ、ワタシニ…タチムカウノダ?ワカラナイ…ナゼ、オマエハシズマナイッ!?』

 

『だから言ったろ?…オレはお前をここでぶっ殺すまで、ぜってー沈まねぇってよォ!!』

 

両者の咆哮が海面を揺らす。

 

『イイカゲンニ…シズメェェェェェェ!!!!』

『アァ?声がちっせーよっ!!!!怖くて声も出せねぇかァ?オラオラ!!!!』

 

遂に戦いは最終局面を迎える。

戦艦棲姫は攻撃を受けてなお、その圧倒的な火力で相手を叩き潰そうと全砲塔で迎え撃つ。

対する天龍も、動かぬ体を無理やり動かして刀の刃先を相手の首筋へと立てる。

 

――舞台は整った。後はどちらが先に海の底へと沈むのかを競うのみ。

 

『見てろよ龍田。…オレがコイツの首を取るトコをなァ!!!!』




2026/03/23
以下の内容を修正しました。
・宿毛湾泊地の出撃メンバー
第一艦隊のみ▶︎第一艦隊、第二艦隊で編成 へと修正。
(メンバーは内容の通りです)
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