面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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彼との再会

提督はいつからあのような感じになってしまったのだろうか…。

 

それも今では記憶が曖昧になって忘れてしまった。…いや、私自身、嫌な記憶を無理矢理消し去ろうとしているのかもしれない。

 

しれ…提督と初めて会ったのは、私が建造された直後の時だった。

当時の提督の印象を一言で表すと『おおらかな人』。

 

私たちと接する時はいつも笑顔で、とにかく穏やかな人だった。…帰還後は、一緒に食堂へ行き、温かくて美味しいご飯を共に噛み締めた。その後は、泊地内の皆と間宮さんの特製デザートを食しながら、たわいもない話で盛り上がった。

 

それと、提督は少し面倒臭がりな性格をしていた。

 

そこも含めて、私達は提督を好いていた。

ある者は、上司として尊敬の眼差しを向け。

ある者は、友達として信頼し。

ある者は、恋愛感情を抱いていた。

 

それが、いつの日だろうか。記憶が曖昧で分からないが、一年半前だっただろうか。急に人が変わったかのように態度や行動を変えた。

…果たして信じられるだろうか。共に信頼し合い、共に深海棲艦を倒すと誓い合い、共に戦った人がある日を境に別人になるなんて…。…まるで何者かが提督に()()しているかのようだった…。

 

当時の私達は何が起こったのかも分からないままに、提督の無理筋な命令に従っていた。

私達艦娘のこの力は、提督という存在が着任し命令することで、初めてその力を発揮することが出来る。

艤装を展開するにしても、進撃や撤退をするにしても、提督の命令がなければ何も出来ない。

 

その逆もまた然り、提督からの命令は逆らえない。

艦娘とはそのように出来ている。

 

だから戦艦の先輩方や正規空母…赤城さん達は夜の相手を良くさせられていた。前の提督は、そんな事をする素振りさえ見せなかったのに。

 

 

…毎日、誰かの泣き叫ぶ声や提督の怒号が聞こえた。

優しかったあの提督はもういない。

 

「お前達二人のせいだ!お前らのせいで作戦が失敗し、敵の殲滅はおろか!損害は此方の方が上!…どう責任を取ってくれるんだ!」

 

提督はそう言うと、五航戦の翔鶴さんと瑞鶴さんの頬を殴った。

翔鶴さんは目を瞑り痛みに耐えていた。その後も何度も、何度も叩かれ蹴られた。

 

そして瑞鶴さんは、提督が頬を殴ろうとすると腕を掴み必死に抵抗した。

しかし、相手は男である。

提督に逆らえない私達艦娘は、あの場ではただの少女だ。力は圧倒的に提督が上。

 

「…やめ、って!」

 

瑞鶴さんは少しでも提督から逃れようと足蹴りで股間を狙おうとするが、提督はすぐさまそれに反応し、瑞鶴さんの足を素手で受け止めた。

そして、この行為が提督をさらに激怒させる結果となった。

提督は瑞鶴さんの髪を掴み、腹部を思いっきり殴ると壁に向かって体を投げ付ける。

 

「…っかはぁ!」

 

壁にぶつかったその反動で瑞鶴さんは床へ倒れ込み、痛みで腹部を抑え口から少しの吐血も確認できた。

しかし、その後も提督は殴る、蹴ることをやめなかった。

 

あの時、執務室にいたのは旗艦の長門さん、五航戦の翔鶴さんと瑞鶴さん、そして駆逐艦の私と、荒潮ちゃんと夕立ちゃんだった。

 

皆、目に涙を浮かべ、終わるその時を待っていた。

長門さんは自身の唇を血が滲み出すほど噛み締めていた。

 

私達艦娘は、提督に対して危害を加えないようにリミッター制御装置というものが備わっている。これは、提督が命令をした時点で発動される仕組みとなっており、そのため長門さんは提督に対しての対抗手段がなくとても悔しかったのであろう。

 

怒りの矛先を何処へ向ければいい。この悔しさはどうすれば晴らす事が出来る。

 

あの時の長門さんの顔は今でも忘れられないーー。

 

私はあの場面で、一体何ができたのであろう。

否、何も出来ない。

何度も言うが、艦娘は提督という存在に対して絶対に逆らえない。

逆らえば罵声を浴びせられ、暴力によって抑え込まれる。いわば、奴隷。

 

最初から私達に自由なんてものは無かったのだ。

道具として使われ、欠陥品となったら捨てられる。それが私達、艦娘という存在なのだと今、身を持って知ることとなった。

 

 

 

提督は正規空母の先輩方を主に標的としていた。それは身体が目的であるというのは、提督の眼を見て理解した。…獣のような飢えた眼。今思い出しただけでも恐ろしい。

 

特に赤城さんと同じ一航戦の加賀さんは、提督に対しての反抗的な態度が目立った為、完全にマークされているようだった。

加賀さんは、その冷静沈着な性格を持ちながらも提督に対して反抗的な態度を示していた。それは、私達を守るため。

そのため私達、駆逐艦や潜水艦の子達にとって加賀さんは、提督から守ってくれる唯一無二の存在となっていた。

 

しかし、加賀さんはある日から提督に対して反抗的な態度を取らなくなった。

 

原因は分からない。

ただ、私達の知らない所で加賀さんは提督に何かされていたのは間違いないだろう。

 

…助けたかった。

…でも私達にはどうすることも出来ない。

思うだけで何も出来ない。何も変わらない。

 

だから殆どの艦娘は諦めた。

もうどうしようもないとーー。

 

今日は提督が私に話があると言って急遽、執務室に向かっている。

一体何の話だろうか。正直言って怖い。…何をされるのだろう。

また殴られるのかもしれない。しかし、私は艦娘。行くしか選択肢は無い。

 

執務室まであと少し、この先を左に曲がったらすぐそこにある。

 

夕立ちゃんは言っていたーー。

 

「提督さんはきっと悪魔に取り憑かれてるっぽい!だから私が提督さんのことを治してあげる!」…と。

 

果たして本当にそうなのかさえ分からない。

が、そうであって欲しい。あれが本当の提督の姿であって欲しくない。

 

潮ちゃんが言っていたーー。

 

「わ、私は今の提督がこっ、怖いです。…前の提督が良かったです。…だから、助けたいです!元の提督が戻ってきてくれるように!ほ、ホントです!」

 

この願いも無駄に終わるかもしれない。

でも、信じたい。元に戻ってきてくれるように。

…少しでも信じたい。…信じるしかない。

私達にはそれしか出来ないからーー。

 

私は執務室の前に立った。緊張して体が震える。

 

「…っあ…っ」

 

上手く声を出せない。でも、入るしかない。

…深呼吸だ。こういう時は深呼吸。

目を瞑り、頭を下げて、指と指を合わせる。そして深く吐いて、思いっきり吸う。そして吐く。

すぅー…はぁ…。すぅー…はぁ…。

 

優しかった時の提督がよくやっていた。

最初見た時は何をやっているのか分からなかった。

でも、提督が教えてくれた。

 

「これは俺独自の深呼吸の仕方だ。吹雪も深海棲艦との戦闘前はいつも緊張するだろ?」

 

「はい!…戦闘前は特に緊張しますね。あっでも、周りのみんなは〜あまり緊張してるようには見えませんが…特に夕立ちゃんとか…」

 

「あはは…!そうかそうか!まぁ…あいつはあいつなりに、周りの雰囲気を変えようとしているだろうなぁ」

 

「あはは…夕立ちゃんらしいですね…ふふっ」

 

「そ・こ・で・だ!吹雪!…お前だけにこの深呼吸の仕方を教えてやろう!特別だぞ!特別!」

 

「…!はい!司令官!ぜひ私に教えてください!」

 

「よし!…では〜〜」

 

この深呼吸をすると、私は凄く落ち着く。不思議と冷静になれる。

…とても安心する。

…優しい提督が教えてくれたから。

 

さぁ、次こそはーー。

 

私は執務室の扉をノックし、提督に声を掛ける。

 

「特型駆逐艦一番艦の吹雪です!失礼します!」

 

…しかしいくら待っても、提督からの返事はない。

もう一度ノックし、声を掛ける。

 

「あの…しっ、提督!吹雪です!…」

 

…やはり応答はない。何かあったのだろうか。

私は、扉の前で数分待機した後に「失礼します」と言って、中を覗いてみる。

まず視線に映ったのは、乱雑に置かれた書類の山。

これは前からそうだ。…提督はおかしくなってからというもの、書類を溜め込むようになった。前の提督であれば、書類はこまめに処理していた。

提督自身、面倒臭がりな性格だったが大淀さんが秘書艦をしていた為、書類だけはきちんと片付けていた。

 

こういう所も提督は変わってしまったーー。

 

そうして私は、もう一度「失礼します」と言って、執務室の中に入る。

恐る恐る提督に近づくと、提督は机にもたれかかっていた。

…寝ているのだろうか。そう思い、声を掛けてみる。

 

「提督…」

 

しかし提督は起きない。

声量をもう少し上げ、もう一度言ってみる。

 

「あの…提督!」

 

「…っん〜」

 

すると提督の体が少し跳ねる。

そしてゆっくりと顔を上げていく。怒られるのだろうか。はたまた殴られるのだろうか。

私は少し身構えて様子を伺った。

 

提督の顔を見ると、今にも怒り出しそうな顔をしていた。

あぁ、また怒られる。…そして殴られ、蹴られる。

期待はしてみたものの、やはり提督は提督。

何も変わらない。

…私も諦めるしか…。

 

私は目を瞑った。迫り来る衝撃に。

 

…。

…。

 

しかし、いくら待っても罵声はおろか頬に来るあの衝撃が来ない。

提督はいつも頬を殴ってくる。だから、反射的に目を瞑ってしまう。

…。

…来ない。

いくら待っても何も来ない。

数秒しか経っていないだろうが、この間が異様に長く感じられた。

 

「はぇ…?」

 

今の声は一体…?

恐る恐る片目を開ける。

この部屋には私と提督、二人しかいないはず。

ならば声の主は間違いなく提督だ。

私は提督の方を見る…と彼は自身の体を隅々まで見ていた。

何をしているのだろう。

提督は自身の肩を、絝を手袋を、軍帽を確認した後、私の方を見て驚いた表情を見せた。

 

そして固まった。

一体何が起きているのかわからず混乱した。

と、取り敢えず…

 

私は怯えながらも、声を掛けてみることにした。

 

「あの〜…て、ていと…く。だ、だいじょうぶ…です、か?」

 

しかし提督の表情は一向に変わらない。

口をあんぐりさせたまま動かない。

私も動けない。

またしても長い時間が流れる。沈黙が続く。

これは…

 

私はもう一度声を掛けてみる。

 

「あの〜…」

 

すると、提督は少し困った表情を見せた。

こんな表情を見せるのは、優しかった時の提督以来だ。

私の思考が止まりそうになる。

 

一体何が起きたというのか…。一向に理解が追いつかなかった。

 

そして提督の次の一言で、私は完全にフリーズした。

 

「お前…吹雪な、の…か?」

 

…。

…。

 

「…はぇ?」

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