面倒臭がりな提督   作:にんじん元帥

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懐かしの泊地

俺は今、夢幻の中に居るのだろうか。

であれば、直ぐにこの夢も泡沫の如く消え去るはず…。

何故なら、俺はさっきまでアパートに…。一人で…。

 

…だがいくら時間が過ぎようと、自分の瞳に映る景色、そして目の前の少女は此方を見つめたまま動かない。そして、俺も動けない。

そんな状況が数分続いた。

 

「あっ…、あの、提督…話、とは…」

 

目の前の少女が言葉を発した瞬間、俺の全身から冷や汗が止まらなくなった。

おかしい。有り得ない。

 

な、何故、俺はこの光景を懐かしく感じているんだ…?

俺は、ここに来たことが…いや…、絶対にない!ある筈がない!…夢だ…。

そうだよ!これは夢だ!じゃなきゃ、目の前に映る光景は一体なんだと言うんだ。

 

俺はこの光景に、自分が置かれている状況に…思わず可笑しくなり、笑ってしまった。いや、…笑うしかなかった。

 

「…あ、あは…ははは…」

 

そして頭の中が真っ白になり、呼吸が上手く出来なくなる。

 

「…はぁっ、…はあっ…、はっあ」

 

こ、こういう時は深呼吸、深呼吸だ。

すぅー…はぁー、すぅーはぁ…

 

「あっ…」

 

俺が深呼吸をすると、目の前の少女が此方に向けて一歩前へと足を出す。

俺はその光景を見てさらに過呼吸になる。

 

「はっあ!…あっ!…はっ…」

 

もうダメだ。息が…出来ない。頭が、いだいっ…!汗が…止まらない。…目の前がぼやけてきた。体が…熱い。

 

体の内側から燃えたぎるような熱さが湧き上がり、その熱が全身に行き渡る。

そうして俺は机にもたれかかった後、力が入らず、そのまま床に倒れ込んでしまう。

 

「っし!…て、提督!」

 

すると、机の前に立っていた少女が俺の傍に駆け寄ってくる。

そして駆け寄ってきた少女は、俺の体を優しく揺さぶる。

 

一体、何が起きたというのか。これは夢では無いのか?

 

そんな事を考えた後、俺の意識は徐々に遠のいていく。

 

「て、提督!…だ、大丈夫…ですか!」

 

少女が俺の体を揺さぶった後、その小さな手で、俺の頬を優しく撫でる。

その瞬間、とても懐かしい匂いが鼻腔をくすぐり、そうして俺の意識は完全に暗闇の中へと飲み込まれて行った。

 

…吹雪。

 

 

………。

 

「…て、く…てい…く」

 

懐かしい声がするーー。

いつも俺の傍に駆け寄ってきては、明るく。そして元気いっぱいに話しかけてくれる。…少しドジっ子だが、そんな所もアイツらしい。

 

懐かしい匂いがするーー。

アイツはよく膝枕をしてくれた。その時にほのかに香る、あの時の匂いだ。

俺のワガママによく付き合ってくれた。

 

頬に少し冷たい感触。

しかし、何故か心地よい。不思議と心が落ち着いてくる。

 

「し、『司令官』…大丈夫ですか?」

 

先程まであった、燃えたぎるような熱はすっかり冷め、湧き出てきた汗は、俺の体をさらに冷ました。頭痛も収まり今は絶好調だ。

そして、俺は目を開ける。目眩もなくなり目の前の少女…

 

…吹雪が俺の頬を撫でながら、こちらを心配そうに覗いてくる。

俺は少し笑って見せた。吹雪に笑って欲しくて。…ただ、それだけなのに…。

 

…何故か涙が止まらない。

 

「…!しっ司令官!」

 

俺とした事が、いけないなっ。…これ以上、吹雪に心配を掛けさせるわけにはいかない。だから、俺は自分の袖で涙を拭い、もう一度笑って見せた。

先程よりもさらに、とびっきりの笑顔で。

 

「…!っひ、ひぐっ…し、しれい…がん…っ」

 

泣くなよ吹雪っ。いつもの笑顔はどうした!

俺はその姿が少し可笑しくて、また笑ってしまった。

 

…。

吹雪…。

…俺も泣いてしまうだろうがっーー。

 

その後、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

俺は吹雪の涙を拭うと、吹雪は俺に抱きついてきた。

それが何故だろうなぁ。俺はとてつもなく懐かしく感じた。俺は吹雪と…

 

昨日も一緒に話を…

 

…あれ。

 

昨日、俺は何をしていたんだっけーー。

 

…何も思い出せない。

記憶が、ない。

 

「司令官…大丈夫ですか?」

 

吹雪がそう聞いてくる。

 

「ふっ…吹雪。…お、俺は昨日…な、何をして、いた…んだ?」

 

思い出せ、俺。

お前は何をしていたんだ。何を、…一体何を。

 

「…っ!…し、司令官は…な、何も…覚えて、いらっしゃらないのですか?」

 

俺…は。

吹雪は何故、そんなに怯えた顔をするんだ。

物怖じする小鹿のような表情を…。

 

あっ…。

そして俺は一つの考えに辿り着いた。

 

「吹雪…お、俺は、…俺が…お前達に何かしていたか…」

 

「…!っそ、それは…」

 

頼む、教えてくれ…吹雪。

俺はお前達に何かしたはずだ。…じゃなければ、お前の…その表情はなんだ!

他に何が思いつく!

 

それに…

 

お前の頬にある、その赤い傷跡はなんだ。

よく見るとそれ以外にも、青い痣が出来ているじゃないか。

その制服もどうした…。何故ボロボロなんだ!

入渠、は…?何故入渠していないんだ…。

 

「しっ…しれい、かん…こ、これは…その」

 

すると吹雪は目を逸らし、顔にある傷跡を手で覆い隠した。

まるで何も無かったかのように。隠したがっていた。

…。

俺…は、吹雪。

 

「…それは俺がやったんだろ?」

 

察しはついていた。…分かっていた。

全て俺が原因なのだと。

 

「…!っち、ちがっ…」

 

吹雪が何か言おうとした瞬間、扉がノックされた。何事かとそちらの方向を向くと…

 

「提督。航空母艦、加賀です。失礼します」

 

加賀…。

あいつなら何か、分かるはず。

一体何があったのかを…。

 

「はっ、入れ…」

 

「失礼します」

 

入室してきた加賀は…。…なにか違っていた。

俺の記憶の中にある加賀とは雰囲気が。以前の加賀であれば、もう少し明るかったはずだ。

俺には分かる。元々、加賀は感情を表に出さない。そういう性格をしていた。それ故、ぱっと見、表情が変わったのか分からない。しかし俺は、彼女と長年この泊地で過ごしてきた。

着任時の挨拶の時、作戦会議、昼食時、たまにではあったが大淀が忙しい時は秘書艦もしてくれた。

…暇な時は一緒に話もした。たわいもない話だったが、俺にとってはその時間はとても有意義で、とても楽しかった。

だから分かる。加賀はこんな表情ではなかった。

 

「提督…話とはなんですか」

 

話…?

何の話だ。き、記憶がないんだ。

あるはずの記憶が…俺には思い出せないんだ。

頭の中でいくら考えても、空白が出来ている。

だから、俺の身に一体何が起きていたのかを…俺自身が知らなくては。

 

「ふ、吹雪…お、落ち着いて聞いてくれ」

 

この答え次第で、俺はある一定期間の間だけ、完全に記憶がなくなっていると判断できる。

 

「…は、はい」

 

俺はいつから…

 

「俺がお前達に何かしたのは間違いないだろう。…その、俺はいつからおかしくなった?」

 

俺の記憶ではお前達と笑顔で話している所しか思い出せない。

一体、何があったんだ。この一定期間中、俺に…。お前達に…。

何が起きたんだ。

 

「し、司令官は…その、…やはり覚えていないのですね。…その、司令官がおかしくなったのは、私も記憶が曖昧でよく思い出せないのですが…、約一年半前から突然おかしくなりました…」

 

一年半…。

その期間中に俺は彼女らに…。

 

「提督…話とは何でしょうか?」

 

加賀…。

あぁ、俺はなんて…。なんて取り返しのつかない事をしてしまったのだろうか。彼女らは…俺の『大切な家族』なのに。

 

「提督…何故、涙を流していらっしゃるのでしょうか?」

 

加賀…すまん。すまん!加賀!

 

「すまなかった!加賀!…俺は、俺はお前達に…取り返しのつかない事をしてしまった!…大切な家族なのに!…すま…ん加賀…吹雪…」

 

俺は加賀の傍に行き、土下座をした。

これで許してもらえるはずがない。分かっている。…しかし。

 

しかし、記憶が!俺にはきおくがぁぁ!

だから教えてくれ!

 

「俺に何があった加賀!一体俺は、お前達に…何を、何をしたんだ!教えてくれ!…加賀、…ひぐっ…っ…教えてください、お願い、します…」

 

「………………」

 

「加賀…」

 

俺は涙を流しながら加賀の返事を待った。

何秒。いや、何分も待ち続けた。

その返事が来るまでーー。

 

しかし、返事が来ることは無かった。

俺は加賀の顔を見るため頭を上げた。

…次の瞬間。

俺の頬にとてつもない程の衝撃が来た。

…一瞬何が起きたのか分からなかった。

しかし、考える暇もなく…次の衝撃が来た。

 

「…っかはぁ!」

 

胸、そして腹部を殴られた。

その衝撃で肋が折れ、肺の中にある空気が一気に押し出され、内蔵にダメージが入り、吐血した。

 

「…うっがぁぁあ!!」

 

「…!っちょっ!ちょっと加賀さん!やめてください!…司令官は!司令官は悪くないんです!記憶が無かっただけなんです!」

 

そう言って吹雪は加賀の腕を止めようとした。

しかし相手は空母。

駆逐艦と空母では力量の差は圧倒的に空母が上。

吹雪は加賀に押し出され、倒れ込んだ。

そして、加賀は縮こまった俺の背中を足蹴りした。

上からそのまま勢いをつけて蹴られた。

 

「っうがぁぁぁ!!」

 

その衝撃で、俺の背骨は折れた。そして痛みすら感じなくなるくらいに、動けなくなった俺を加賀は何度も踏みつけた。意識が遠のいていく。

 

「…もう、やめて。加賀さん…もう…」

 

吹雪…お前は、いつだって優しいなぁ。こんな取り返しのつかない事をした俺を庇ってくれるなんて。…だがなぁ、吹雪。

 

…これでいいんだ。…これでいい。

俺はお前達にこれ以上の苦痛を与えていたのだろう?身体的にも精神的にも…。

記憶はないが、それは間違いない。全ては俺が悪い。…お前達は被害者だ。

だから庇うな。お前も殴るなら殴れ。…覚悟は出来ている。

 

…あぁ、俺はなんて惨めでクソ野郎なんだっ!

…お前は着任時に言ってただろ?忘れたのか?

 

「今日からこの佐伯湾泊地に着任する事となった…名前は神永隼人だ。よろしく頼む。…まず初めに、俺はここで宣言する!」

 

言っただろ!?神永隼人!!

 

「俺はお前達の事を『大切な家族』だと思っている。いきなりどうしたこいつとは思うが、そこに一切の嘘偽りは無い!俺はお前達を何一つ不自由のない生活、そして将来へと導いていくつもりだ!それが俺ら提督の仕事であり、お前達の上司として、家族としての役目だと。…俺はそう思っている。これから迷惑をかけるとは思うが、よろしく頼む!」

 

言ったはずだろ!!

 

「はぁ…はぁ…、提督!あなたは…あなたはぁ…はぁ、はぁ…何処まで私たちを…悲しませる、つもりなの…」

 

か、が…すま、ん…。

意識がもう…。

 

「てい…とく…っひ、…うぅ…」

 

加賀はそう言って、糸が切れたかのように泣き出し、その場にへたり込んだ。

…。

…。

ごめん、な…。

か、が…。

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