私は大型航空母艦、加賀…。
栄光の第一航空戦隊、その主力を担う。…はずだった。
私と神永提督が出会ったのは、4年前の春。
前任の杉原提督が階級昇進の為、日本における四大鎮守府の一つに数えられる佐世保鎮守府に異動した後、彼はその後任として佐伯湾泊地へと着任した。
着任時での挨拶は、私達艦娘にとって様々な印象を与えた。
『まぁ〜、なんだ?肩苦しい挨拶は抜きにしよう。俺はそういうの、あまり得意ではないからな。…とにかく!』
『——俺は、この佐伯湾泊地を笑顔溢れる場所にしたい』
まず…彼は、威厳というものが全くなかった。
他の提督と比べるのも烏滸がましいとは思うが、彼は若すぎた。
日本の鎮守府、泊地を運営している大体の提督が若くても40歳や50歳の威厳ある者が多い印象の中。
彼は、当時26歳だった。
20代で提督になるというのは、極めて異例な事。
私達は戸惑いを隠せなかった。
彼の話によると、我が日本は年々提督の素質を持っている人間の数が減少傾向にあり、日本の各鎮守府を纏めている大本営が緊急招集を行い、人手不足となった泊地などに若者を含め、着任させている。との事だった。
それほどまでに、日本の海軍は追い詰められていた。
元々、提督の素質を持つ者はさほど多くはなかった。
提督の素質というのは、まず第一条件として、妖精が視認できること。
次に、指揮系統が優秀であること。
そして、艦娘とのコミュニケーションが十分にこなせること。
私達艦娘とのコミュニケーションはとても大事である。
コミュニケーションが上手くできない場合、いざと言う時に命令を出せなかったり、艦娘との信頼関係を築く事もできない為、コミュニケーション能力は必須であると言える。
…話を戻そう。
そうして着任してきた提督は、私達の事を『大切な家族』だと言っていた。
当時の私は、彼の発言の意味が全く理解出来なかった。
艦娘というのは、かつて軍艦として国を守護していた物が魂を宿し、深海棲艦という未知の存在に対して対抗する為、再度この世に生まれてきた。
いわば、兵器だ。
その艦娘に対して『大切な家族』と言うのは、甚だおかしな話だった。
しかし、彼はこうも言った。
私達を何一つ不自由のない生活、将来へと導いていく。それが提督の仕事であり、上司として、家族としての役目だと…。
私は何故か、この発言に納得してしまった。
この世から深海棲艦という存在が居なくなったとして、私達艦娘はどうなると思う。そのまま艦娘として存在するのか…?それとも役目を終えて、深海棲艦のように消え去るのか…?
それは分からない。
だから、提督が言っている『将来』というのがいつなのかは不明だが、私の勝手な解釈では、きっと彼は私達にこう言いたいのだろう。
「お前達が戦っていない時間はせめて、何一つ不自由のない生活を送って欲しい」…と。
それが、上司として、家族として。艦娘に対して与えられる俺なりのお礼だ…と。
だから、私は彼…提督を、上司として信頼することにした。
彼が着任してきて一年が経過した頃、佐伯湾泊地の艦娘達は以前よりも活気に満ち溢れていた。
ある者は、鎮守府内で追いかけっこをしていたり、ある者は酒を嗜んでいた。
果たして、これは軍隊としていい事なのか…?
私は疑問に思い、提督へ問いかけてみる。
「提督…。貴方が言う『不自由のない生活』とは、一体何なのかしら?…私達艦娘は本来、深海棲艦に対抗し、この国を護るというのが役目だわ。けれど、今の泊地は明らかに軍としての意識が足りていないようにも思えるの…」
「——提督は、この泊地を。ここに居る艦娘をどうしたいのかしら?」
私の問いかけに対して、提督は静かに答え始めた。
「加賀…俺はな。お前達に『自由』というものを、もっっと実感して欲しいんだ。軍隊という規律の厳しい集団の中で、自由というのはあまり実感出来ない。それは勿論。加賀の言う”この国を護る為に戦う”。という前提があるのは俺も十分に理解しているつもりだ。——だからこそ!…せめて、戦闘前や緊急時以外の時は少しだけ羽目を外して生活してほしいんだよ。四六時中ずっと緊張状態のまま生活を送るなんて、こんな性格の俺には無理だからな?ハハッ!」
「んぅっ〜!てぇいとくぅー!!…千代田が飲み過ぎだってぇ…お酒を取ってくるぅ〜!!私はもっと飲みたいのにぃぃ〜」
「隼鷹さん!!飲み過ぎですってばぁ!!…空き瓶だけでも三本は転がってますよ!?…提督、なんとかして〜!!」
「っすー…まぁ、あいつは羽目を外しすぎだけどな?」
そう言って提督は、空瓶を片手に駄々をこねる軽空母『隼鷹』の所へ行った。
提督は私が思っている以上に、艦娘のことを第一に優先して考えてくれていた。
私は少しだが、それが嬉しく感じた。
******
そして、一年半前のレイテ沖海戦が開始される直前に…。
…それは突如として起きた。
その日、私は提督の秘書艦として執務室で彼の書類を纏めていた。
いつもは、艦隊旗艦である大淀が提督の秘書艦として彼の傍に居るのだが、今回は大規模作戦前という事で、別の任務を任されており、私は、提督が記入した書類を各項目に分けて纏める作業をしていた。
作戦前という事で、普段よりも書類の数が多く、休む暇もなく二人で処理していた…。その途中の出来事だった…ーー。
提督が気絶した。
私は突然の事に驚き、提督の傍に急いで向かおうとした、…が。
次の瞬間、提督は驚いたような表情で起き上がり、私に向かってこう言った。
「おい!…こ、ここはどこだっ!!」
…!?
私は何が起きたのか理解出来ずにいた。
そして、私は提督の異変に気付いた。
目の前に居る彼は先程まで、一緒に作業をしていた時の提督とは別の雰囲気を身に纏っていた。
提督は、何か…むしゃくしゃしていた。
顔の表情も先程とは異なり、眉間に皺を寄せて、明らかに怒っていた。
一体…何が起きたのだろう。と思い、提督に話しかけた。
「提督…どうかしましたか?」
すると、提督はいきなり私の事を殴った。
…っ!
…て、提督、に…殴られ、た?
私は、いきなりの事にわけも分からず頭が真っ白になった。
…痛い…。頬が痛い。ジリジリとした痛みが私の頭を更に混乱させる。
そして、提督はこう言った。
「…おい!立て!ここは何処だ!」
何処って…ここは…。
「…ここ、は…執務室…です、が…」
私は当たり前の事を言った。
私達が居るのは、執務室。それは間違いない。
しかし…
ドスッ
何故か、また殴られた。
次は腹部を…。
私は痛みで退き、その場に倒れ込んだ。
すると、執務室の扉がノックされた。
…誰?
「司令官!吹雪です!失礼します!」
特型駆逐艦の吹雪…!
駄目!今入ってき…
…間に合わなかった。
入ってきた彼女は、唖然としていた。
怒っている提督、そして腹部を抑えて倒れ込んでいる私。
彼女は苦笑いを浮かべ、こう言った。
「…あっ、あの〜…、こ、これは、一体…。し、司令官?…加賀、さん…?」
そして次の瞬間、彼女も殴られた。
…!
殴られた彼女は、執務室の扉に叩きつけられ、ドンッという大きな音を立てた。
そうして、提督は怒鳴り声を上げた。
「お前らっ!俺に向かって何だその態度は!?…連帯責任だ。戦場に行ってこい!」
…これが全ての始まりだった。
その日からというもの、提督は私達の事を道具として扱い始めた。
私達は何が起きているのかも分からないままレイテ沖海戦、大規模作戦が開始され、その時に提督が気に入らなかった艦娘は戦場に駆り出され、轟沈するまで何度も出撃させられた。
私達は皆、疲れ果てていた。
度重なる出撃、相手は深海棲姫。
その為、中破や大破をする艦娘は絶えなかった。
しかし、提督は入渠を許可しなかった。
その代わりに言われるのは…
「何故、負けた!…この役立たずどもめ!連帯責任だ!戦場に行ってこい!」
…その繰り返し。
そして、夜には…
「おい!加賀!…後で執務室に来い。これは命令だ」
提督は不気味な笑みを浮かべ、一言。
命令通りに執務室に向かうと…。
「お前さぁ…俺に対してちょっと反抗的すぎやしねぇか?…あ?なぁ、おい。…ふっ…、まぁいい。今から分からせてやるから感謝しろよ?」
そう言って、私は犯された。
何度も…何度も…。
それでも、私は提督に対して反抗的な態度を見せた。
それは、他の艦娘達を守るため。特に駆逐艦や潜水艦の子達なんかは提督に対して怯えきってしまって、一部の子は部屋から出てこなくなった。
だから、私が守る。
…そのはずだったーー。
いつの日か、私は提督に対して反抗できなくなった。
その原因は、提督に言われたこの一言。
「…加賀。もういい加減にしねぇか?…このまま反抗し続けて、お前の大切な赤城がどうなっても知らねぇぞ…?」
…っ!
あ、赤城さん…は、か、関係ない!
「…や、やめて。赤城さんは…」
「だったら…なぁ!…もう反抗すんなよ?」
「…はっ、はい」
私は反抗できなくなった。
赤城さんは私にとって、命よりも大切な人。
一航戦の誇りを持って、誰よりも勇ましく、誰よりも優しいあの人を…提督になんか…。
しかし、私は結局赤城さんを守る事は叶わなかった。
「あ〜、そろそろお前とヤるのも飽きてきたわ。…次は赤城にするかぁ」
その時、私の中から一航戦としての誇りは完全に消え去った。
…もう全てがどうでも良くなった。
あぁ、…早く自由になりたい。
提督はどうして…ーー。
…私は考えることをやめた。
提督に従う。ただ、それだけでいい。そうしたら…いつか、あの暗い海の底へ…ーー。