ーあれから約二ヶ月が過ぎ…。
怪我も今ではほとんど完治し、補助がなくとも歩けるまでになった。
現在は、執務室にて加賀と共に溜め込んだ書類などを全て片付けている最中である。
「提督…こちらの書類は全て纏めておきました」
「ありがとう。じゃあ、それはこっちに置いてくれ」
「分かりました」
俺は加賀に対して、この書類は自分が溜め込んだものだから自分1人でやる。と伝えた、のだが…
「今の提督ではこの量をお一人で片付けるのには少し無理があるかと。それに…あなたはすぐ1人で抱え込んでしまう癖がありますし…周りの支えが必要でしょう?…あと、面倒くさがりな性格もありますし…」
そう言って、加賀は自ら書類の片付けを手伝うようになった。
あれだけの苦痛を受けたのに、彼女は俺に向き合ってくれる。
ーならば、俺もそれに応えねば。
その後も俺達は書類の片付けに勤しみ、昼前には何とか3分の2を片付けることが出来た。
…それにしても、加賀が俺に手を貸してくれたのは意外だった。
吹雪や加賀本人から聞いた話では、俺は特に加賀に対しての暴行、性行為が絶えなかったという。
そこまでした俺に対して、加賀は…
「貴方が良いのなら…その、もう一度、やり直しません…か」
やり直し…か。
加賀は今の俺をどう思っているのだろうか。
信頼していた人が急に人相を変え、無理やり暴行され無理筋な命令に従わされ…。かと思えば、また人が変わる。
普通であれば、不気味がるだろう。または拒絶反応を起こすか…。
どちらにせよ、憎むべき対象であるのには間違いないだろう。
なのに、彼女はこんな俺に対して自ら手を差し伸べてくれた。
加賀自身、何かしら思う所や理由があるのかもしれんが…。
むぅ…分からん。後で話を聞いてみるか?
「…?提督…手が止まっていますが…」
「あぁ、いや…すまん。少し考え事をしていた。…。」
いかん、手が止まっていた。
早く終わらせて、昼食時にでも加賀を誘ってみるか?
何かしらの理由が聞けるかもしれん。
…。いや、やめておこう。今はまだ、周りの目もあるからな。
彼女達からすれば、俺はこの泊地の裏切り者。
実際、未だ和解したものは加賀を始め、吹雪や潮、…それくらいか?
天龍はあれ以来会っていない。
あの時の天龍の顔…あれは憎しみ以外の何物でもない。
…そりゃそうか。あれだけの愚行を繰り返した本人が、記憶が無いときた。
誰だってそんなタチの悪い者の味方なんてしないだろう。
今更思うが、取り返しのつかないことばかりを俺は彼女らにしてしまった。
信頼を取り戻すのも、そう上手くは行かない…よな。
ーあの時だって…
俺はこの二ヶ月間、自身の治療に専念しながらも泊地内の艦娘ら数人と対面し、これまでの不当な行いについて謝罪をした上で、犯した罪を償うことを誓った。
しかし、彼女らの殆どはそれだけ聞くと直ぐにその場から立ち去ってしまい、結局返答は得られなかった。
「…司令官。…ま、まだ数日しか経っていませんからあまり無理はしない方が…」
そう言って吹雪は俺の背中を支え、部屋に戻るよう促した。
「いや…しかし、俺はお前達に…ぐっ…!」
あの一件から俺は直ぐにでも彼女らに謝罪をしようと未だ治りきっていない身体で艦娘寮に赴く。
おぼつかない足取りではあったが、何としても自分の気持ちを伝えたかったのだ。
「ですが…」
「すまない吹雪…。あと1人…会っておきたいんだ。…頼む」
吹雪が俺の言葉を疑問に思いながら、艦娘寮に設置されてある立て看板を見た。
「あと一人?…!ま…まさか!駄目ですよ司令官!…今度こそ本当に殺されちゃいますよ!?」
そこには【戦艦専用】と書かれていた。
そう、俺が会いたいその人物。
かつて、世界第七戦艦「世界のビッグ7」と呼ばれた大型戦艦である長門とともに、大日本帝国海軍の象徴として日本国民から親しまれた。
ー 戦艦『陸奥』
彼女は長門型戦艦の二番艦としてこの佐伯湾泊地に着任した。
常に姉である長門と行動を共にしており、どちらか1人でも単独で行動しているところを俺を含め、周りの者たちは見たことがないくらいだった。そんな彼女、陸奥はその容姿や性格から長門とはまた別のリーダーシップを持ち合わせ、この泊地の艦娘を上手くまとめあげていた。
この泊地の全艦娘は54人。
戦艦を始め、空母や重巡、軽巡、そして駆逐艦に潜水艦。数は少ないが、補給艦なども存在している。
また、日々の戦闘や作戦には参加していないが、給糧艦などもこの佐伯湾泊地には存在している。
ーいや、存在して”いた”のだ。
…実際それだけの艦娘がこの佐伯湾泊地に居たはずなんだが…。
それも全て…俺の…。
「…司令官…」
俺が意識を取り戻した後、吹雪らに現在の佐伯湾泊地にて確認が可能な艦娘の数を報告して貰ったところ、俺はその数に驚愕した。
確認可能な数ー22名
それはこの佐伯湾泊地において、半数以上の艦娘が居なくなったことを指す。
そして、居なくなった者たちの詳細を吹雪は続けて報告した。
轟沈ー21名
解体ー10名
不明ー1名
俺はその数の多さに驚愕…どころの話ではなかった。
自身が犯した罪の重さに危うく潰されるところであった。
記憶が戻らない以上、自分がどのようにして彼女達を追い詰め、どのような仕打ちをしてしまったのかは、吹雪や加賀の話を聞く他に詳しく知ることが出来ないのが現状である。
だからこそ、俺は彼女達と会って話がしたい。
そして、問いたい。
「俺はお前達に何をしたのか」
だが、きっとこう返されるだろう。
「それを知ってなにが変わるの?」
そうだ。それを知ったところで何も変わらない。
俺が…。自分が犯した罪を知るだけで、お前達が受けたその傷跡は…俺という存在がいる限り消えないのかもしれない。
…一生背負っていくのかもしれない。
ー果たしてお前たちの記憶の中では、俺はどのように映っているのだろうか。
優しい提督か、怖い提督か…あるいは憎い提督か。
…兎に角、傷跡は消えない。これは間違いないだろう。
しかし…、俺の記憶からはお前達の絶えない笑顔や楽しそうな表情が消え去ることはない。出来ないんだ。
…だから、俺はそれが余計に辛い。
「吹雪…あと少しだけ、付き合ってくれるか?」
目の前に居る彼女もまた、…以前までは自然な笑顔が絶えなかったはず。
でも今の彼女は…まだ何処か不安が拭えないような表情ばかりしている。
「…は、はい!…司令官が言うなら仕方がないですね!」
ーあぁ、そうか。
お前達にとって、俺はもう…
『大切な家族』ではないのか。
何一つ不自由のない生活、将来へと導いていく。それが提督の仕事であり、上司として、家族としての役目。
俺はそれを果たすことが出来なかった。
…父親失格、だな。
ー結局この日、俺は陸奥と話すことさえ叶わなかった。
「司令官!昼食を持ってきました!」
ー ヒトフタサンマル
俺と加賀が溜め込んだ書類を全て片付けた後、吹雪と潮が執務室に昼食を届けに来てくれた。
今日の昼食は山菜と魚の天ぷら、味噌汁、そして少し冷めたご飯。
「あ、あの提督…こ、これも、どうぞ!」
そう言って潮が差し出したのは、牛乳を寒天のように固めて作ったデザート。
「ほぅ…牛乳寒天か」
「は、はい!」
これは間宮が作ってくれたのだろうか?
ー 実の所、直接的な関わりは未だ無いが、最近は間宮が朝昼晩の食事を作ってくれるようになった。何故急に作ってくれるようになったのかは分からないが、少しだけ距離が縮まったようで内心嬉しかったりする。
「…いただきます」
まずは、魚の天ぷらを頂いてみる。
サクッ
ほんの少し塩気がする天ぷらは魚の旨味を上手く引き出しており、食感もサクサクとして食べ応えのあるものであった。
「…美味い」
その後も箸が進み、あっという間に完食した。
…後はデザートを残すのみとなってしまった。
「…さて、牛乳寒天も頂くか」
「提督!その寒天、すごく美味しいですよ!」
そう言って吹雪は腕を上下に振る。
潮もまた、首が取れるのでは無いかと心配になるほど頷く。
「そ、そうか…それは楽しみだ」
そうして、スプーンで寒天をすくい上げる直前で、俺はふと気付いた。
…何だこの紙。
牛乳寒天が添えられた小さなグラスの下に皿があるのだが、その隙間に綺麗に折られた紙が一つ挟まっていた。
俺はその紙を指で挟むと、机の棚の隙間に差し込む。
…誰か俺に伝言でもあるのか?それとも脅迫状か?
どちらにしても、後で確認しておかないとな。
ー牛乳寒天…すごく美味しかったです。
ー ヒトサンマルマル
昼食を食べ終わった後、俺は先程の紙を棚から引き出し、折られた紙を綺麗に広げる。
内容はこうだ。
『提督へ
本日の深夜、マルヒトマルマルにて食堂へおいでなさって下さい。お待ちしております。』
文章としては二行と短いが、その綺麗な字は明らかに大人が書いたものであり、内容からして間宮本人で間違いないだろう。
それにしても、間宮が俺に手紙とは…。
最近の間宮の行動と言い、この手紙と言い何か伝えたいことがあるのか。
…取り敢えず、本日の深夜…マルヒトマルマルに食堂か。
…少しだが緊張してきたな。
この二ヶ月間、泊地の艦娘達と対面してきたが、誰一人としてまともに話さえ聞いてくれなかった。
ある者は、俺を見るだけで拒絶反応を起こし。
ある者は、俺を殺そうとしてきた。
そしてある者は、泣き喚いて部屋から出てこなくなった。
俺を殺そうとしてきた艦娘については、リミッター制御装置が作動した他、吹雪が抑えてくれたおかげもあり事なきを得たが、あの時は本当に危なかった。
…これが、俺自身がやってきた行いの結果…か。
ー マルヒトマルマル
さて、あの手紙に書かれた約束の時間だ。
俺は執務室を出ると、忍び足で別館にある食堂へと足を進める。
この時間帯は、皆就寝しており館内には自分の小さな足音と心音だけが聴こえる。
そして、無事に食堂へと辿り着き少し古びた扉を開ける。
…中には綺麗に整頓された机や椅子の他、小さな花瓶が何本か置かれていた。
「…ん?…厨房に居るのか?」
辺りを見渡すと100人は座れるであろう広い食堂の中、一つの空間にだけ明かりが出来ていた。
俺がその明かりに向けて進んでいると、懐かしいような良い匂いが漂ってくる。
…この匂いは…カレーか?
食堂を突き抜けると奥には厨房があり、近づくにつれてカレーの匂いが強くなっていく。
そして…
「…よ、よう間宮」
暖簾をくぐると、そこにはあの時と変わらない表情をした間宮が立っていた。
ーいらっしゃいませ。甘味処『間宮』へようこそ!
…提督!