【未来世界の】警備員とハッカー【日常で】   作:コーテックス

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menu#1 麺料理

 私───エマを家の外で待たせていた警備員さんことミナセが、しばらくしてやっと出てきた。

 黒無地のアーミージャケットと、同色のスキニー。何とも無難な服装。強いて言えば、ちらほら見られる赤いラインがオシャレと言えばオシャレだろうか。

 

 彼は私が改造した玄関ドアをロックし、通算何度目かわからない欠伸を一度吐いてから私を見て、ヒラヒラと怠そうに手を振る。彼にとってはこれが〝おまたせしました〟のサインらしい。

 

 ゴッゴッとコンバットブーツで地面を鳴らしながら、警備員さんは「こっちだこっち」と言って、私の先を歩く。

 乾かしたばかりであろう、灰色の髪がふわふわと跳ねていて、見ている分にはちょっと面白い。

 

「この辺りの立ち食いスペースは24時間やってるんだ。警備員以外にも、整備士とか真夜中まで働く奴が多く住んでるからな。全く嫌な需要だ。

 んで、今から行くとこは安くて量の調節も効く」

「聞いてる分にはすごく良いお店に思えますけど?」

 

 提案された時のニヤけた顔から察するに、確実に何かはありそうなものだけれど。

 

「実際良い店だぞー? あれが出来て以来、病院の世話にはならなくなったし、家に支給食品取りに行く手間も省けるし、何より安いってのが最高だ」

 

 スタンド、と付く食事処は大抵安価。

 警備員さんに限らず、多くの人がお世話になることが多いとのことだ。そんな需要の高さからか、麺料理に限定されず、さまざまなスタンドがある。

 由緒正しいホットドッグ、甘味と食事を兼ねたクレープなどなど…それらが懐を痛めずに味わえる…らしい。

 

「安さにこだわるより、身の安全にお金を割いたほうがいいんじゃないですか? 今日実感したと思いますが!」

「正しいこと言ってんだろうけど元凶に言われっと滅茶苦茶ムカつくな、最高の目覚ましありがとうクソッタレ」

 

 声がわかりやすく尖った。これだから警備員さんを揶揄うのはやめられない。

 

「───っと、着いたぞ」

 

 ぴたり、と足が止まる。

 周囲の風景は無機質な街並みから、様々な看板や広告でごった返した大通りに変わっていた。

 工場や廃墟が多い外縁区とは全く異なる光景。あちらにも娯楽やら何やらはあるが、こちらと違って華々しくないし、何より物騒だ。

 

 大通りの名は『Eat Quickly(さっさと食え)』と言うらしい。

 …嫌なほど需要が分かる表示だ。

 

 固まる私をよそに、警備員さんはさっさと入ってすぐ右のヌードルスタンドに向かう。私も慌ててついて行く。

 カウンターと屋根だけで出来た食事処。雨天時にはシャッターでも降りるのかなと考えつつ、彼の隣に立つ。

 警備員さんの手元には『注文表』と記されたディスプレイが表示されている。来店者の項目に「2名」と入力されてるのを、視界の端にとらえながら私の所にも展開されたメニューを軽く通してみる。

 

「俺はミートスパが一つっと…お前は?」

「私は野菜スパを。おすすめされたので」

「はいよ、すぐ来ると思うぜ」

 

 注文が通れば、ディスプレイが消える。

 同時にカウンターの奥にいた店主らしき人が動いた。珍しいことに完全に義体化している人だ。物々しい骨格に、コック帽のような頭部パーツが何ともミスマッチ。

 カチャカチャと調理音らしきものが、約30秒ほどした後、私と彼の元へスパゲッティの乗った皿が置かれた。

 

「…へ?」

「言ったろ、すぐ来るって」

「文字通り〝すぐ〟だなんて普通は思いませんよ…」

 

 訝しみつつ、まじまじと料理を見る。

 信じられないことに湯気が立っているし、野菜の香りと塩気が程よく混ざった匂いまでする。

 柔らかな質感が外見からでも想像できる麺の上には、瑞々しく、それでいて鮮やかな緑と赤。あまり食事というものに頓着のない自分でも、思わず唾を飲み込んでしまう程の出来栄えだった。

 

「エマ、口元」

 

 指摘されて初めて気づく。いつの間にか自分の唇から垂れていた唾液を、慌てて渡されたおしぼりで拭き取る。

 そんな私を見て、警備員さんは少し笑ってからフォークを手に取った。私も同じように、フォークを掴む。

 

 くるり、と野菜と麺を絡めとり、そのまま何の疑いもなく口に入れ、舌へ乗せる。

 この時、私は〝警備員さんニヤけ面〟という危険性を完全に失念していた。

 私は何の疑いもないまま、

 提案されたスパゲティを口にしてしまったのだ。

 

「オアッ゜」

 

 瞬間───私の全てを〝違和感と忌避感〟が支配する。

 

 何だこれは。見た目から得られる情報と、中身が一切一致しない。柔らかそうな麺からは、噛む都度に〝ぶづり〟と細かい繊維の束を噛んでるような感触がした。

 

 これだけでもノックダウンには十分。

 

 けれど、野菜がさらに追い打ちをかける。鮮やかさと、瑞々しさを裏切るように、伝わる食感には粘度があって、もそもそとしていて、肉盛り用の塗料(パテ)を食べている気分。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!!?!?」

 

 思わず涙目になる私。このスパゲティ、何が酷いって食感とは異なって味は普通に見た目通り美味しいのだ。強すぎる乖離性は、拒絶反応を猛烈に巻き起こす。

 だというのに味はいいものだから、喉は勝手に、このわけのわからない一品を通すのだ。

 

「なんっ…えほっ…! …なんですか…ッ…これっ…!」

 

 えずきそうなのを必死に堪えようと、警備員さんのジャケットの裾を握りしめながら、どうにか声を出す。

 すると、隣の彼もまた私と同じような顔をして料理を喉を通していた。

 

「…っ… 形成食品っつってな…栄養とコストに全振りして作られたやつ… っ…」

 

 無理くりにでも拒絶感を抑え込み、嚥下する。

 お水を二つのコップに注ぎ、片方を私の方へと置いて、彼は澱んだ声で説明を続ける。

 

「本当なら味も不味いんだぜこれ? けどここの店主はどういうわけか、その辺りの改良が出来ちまってる…」

「何でこれ開発されたんですか…中央区付近なら味にも食材にもこだわれるでしょう…うっ」

 

 私の問いに、彼は肩をすくめて答える。

 

「…ここ…っつーか中間区か。外縁区と中央区の板挟みなんだよ、あんま知られてねぇけど。警備員じゃ外縁の騒ぎを抑えつつ、中央の警護やらなんやら…そんなだから、フルで義体化するやつも、夜通しで働く奴も多くてな…だから、一時期健康問題にまで発展した」

 

 そう言いつつ、彼はもう一杯の水ごと料理を飲みこむ。

 私はそれを横目に見つつ、水と料理に口をつける。

 味は良いのに、やはり食感だけが最悪だ。

 美味しいと感じる自分の脳に恐怖すら感じた。

 

「その解決に、糧食関係の公社がこれを作った。支給食品の基礎技術が使われたこいつは、カロリーと栄養の接種という一点においては、他の追随を許さない…らしい。

 犠牲となった食感と味に変わり、中間区の健康問題はパタリと止んじまった」

 

 そこで一度区切り、彼は苦笑しながら言う。

 ───どうせこんなの作るんだったら、区分けやら何やら、もっと上手く作って欲しかったんだがなぁ。

 

 その言葉が、私の耳に色濃く残った。

 

 


 

 

「どうだった?」

「凄まじかったです…」

 

 そらいい、と警備員さんは笑う。カラカラと嬉しそうに、悪戯が成功した子どもみたいに。

 …不思議と怒りとかは湧いて来ない。多分、この人が一緒に「仕返し」を食べたからだろうけど。

 

「……いつもアレを食べてるんですか?」

「大抵はな。独り身ってのは色々疎かになっちまう。いつもなら気が滅入るけど、今日はちったぁ楽しめたかな」

 

 ふわぁ、と大きなあくびを一つ。

 様々な広告を載せた、無機質な建築が並ぶ通り道を歩く警備員さんは、やっぱりふわふわと灰色の髪を揺らす。

 気だるそうな表情が、ゆるく綻んだのを私は見逃さなかった。

 

 ただ、いつもあんなものを食べてるのは少し不憫に思う。というか、中間区の食事が自分の想像以上のだったことに、未だ戸惑ってる所もある。

 外縁区と比べたら何もかもが「良い」と、勝手にそんな印象を持っていたけれど、案外そうでもないのかもしれない。

 

 住民区分制度が恨めしい。決められた区しか住めないのが厄介だ。行き来は自由だけど、それ以上は認められていない。

 いつも通り、制度や何やら不満を胸に抱きつつも、私は一つ約束をする。

 

「今度、お昼何か奢ってあげましょうか? 外縁区のお店ですけど、美味しい所は美味しいですから!」

「そいつはありがたいこった、先の楽しみがありゃ今週も頑張れそうだよ」

 

 私は「そっち」を知れたから、今度は「こっち」を知って欲しいと思った。もうすでに知っているかもしれないけれど、それならそれで構わない。

 どの道、次の約束が出来上がるし───理由になるのだから。

 

「なんだ? 新規登録申請…」

「私のSNSアカウントです。チャットも電話も受け付けてますよ。日取りの調整はこっちでゆっくりやりましょう」

 

 フードをかぶって、口元の綻ぶ顔を隠しながら、『登録許可』の画面を押す警備員さんを見る。

 自身の端末から表示される『ミナセさんがフレンドに登録されました』という表示を見て、満足感が頭を埋める。

 

「りょーかい…そういや今気づいた。

 お前、髪先染めたんだな」

「え?……あぁ、はい。ちょっと気分転換に」

 

 私の髪色は生来から青だ。確かに末だけをグレーに染めたが、気づかれるとは思わなかった。

 …髪型は特に作っていないから、無造作に肩まで伸ばしたままだ。髪型も変えてみようか。

 

「オシャレだな、良いんじゃん?」

 

 適当な言葉だなと思ったけれど、素直に褒められた事が少し嬉しい。

 

 この後───私は警備員さんの家のセキリュティを勝手に強くしたり、勝手に住所や予定をすっぱ抜いたことで軽く怒られたりしたけれど、なんだかんだ楽しく騒いで一日を終えた。

 帰りのステーションで、ほんの少し名残惜しさを感じつつも自身の家へと帰宅する。

 

 そうして、次はどこのお店がいいのか。

 そんな思考を巡らせながら、私は私なりの夜を過ごした。

 

 

 

 

 




形成食品…コストと栄養に全振りしたクソマズ粘土または繊維束。たまに「味だけは」美味いモノを出す店があり、それらは「アタリ」とされる。なお、食感と味が合わなすぎて本編通りのリアクションが殆ど。
 良薬口に苦しとはよく言ったものであり、これを食べている人は基本的に病気になる確率が著しく低い。栄養以外のものも練り込んでいるのでは? とはもっぱらの噂。
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