保健室のきゅうり 作:へびのあし
午後の保健室。
机に向かう、水色の羽織を着た涼しげな人影があった。
突然ガラガラッとドアが開いた音が鳴って、彼は目を上げた。
「きゅうり先生ー!急患です!」
「ぼくはリカバリー爺だよ…まあいいや。どうした上鳴雷香さん?腕の中で誰か血だらけで気絶してるけど…いったい全体どんな授業したらそうなるのかなぁ」
雪のような白髪に、絡みつくように生えている緑色のつる植物。
その葉っぱを流れるような手つきで一枚ちぎり取りながら、さっと立ち上がって、その人物…雨森修はため息をついた。
二十代にして、最高峰のヒーロー育成エリート高校の看護教諭を任されるという、新進気鋭の若手実力派ヒーロー。
礼儀正しく、ミステリアスでもあり、そしてちょっぴり抜けているようでもある雨森修。彼はメディアでも人気のヒーローだった。
最も、雨森修の世代は特別だったとも言える。
ヴィランたちに何度も襲撃されるなどという、波乱に満ちた高校時代。おまけに同じ年代に優秀な若者が集約していた上に、それを目立たせる機会もたくさん…と、ありとあらゆる偶然の一致が重なった。彼のクラスメイトの多くが、名の知られたヒーローとして活躍している。
年月は進み、今はその子供たちが、雄英高校へ入学してきている。
——と、ここで。
保健室にいた、もうひとりの少女が奥の方から顔を出した。
「———先生お手伝いしましょうか?…あれ!雷香ちゃんがいる?!どうしたの怪我したの?」
「違うよ!私は轟を運んできただけだから!」
慌ててわちゃわちゃ首を振る上鳴雷香。その腕の中でぐったりしている男子生徒を見て、その少女——緑谷豆子は、さらにびっくりして目を見開いた。
「…え、轟くんが怪我? 珍しいね!」
大変血まみれ!と慌てたようにパタパタ走っていって、引き出しから布を出してきたり、たらいに水を汲んだりし始める。ちいさな若い看護師さんかと勘違いしてしまいそうだが、豆子はれっきとした生徒だ。
ただし、彼女は授業に出ることができない。わかりやすく言えば不登校、もっと正確には、保健室登校を毎日くりかえす生徒。しかしその事実を、明るい春の麗のような、彼女のあたたかい表情から見抜ける人はなかなかいない。
誰かが保健室を訪ねれば、ごく普通におしゃべりするし、当たり前のように世話も焼いていく。
またカーテンの向こうでのんびりしてるかと思いきや、自主トレや宿題で結構忙しくしている。
今回もいつもの例に漏れず、格闘していたはずの勉強を放っぽりだして働き出した。
「ありがとう」
雨森修はそんな豆子に一声掛けてから、怪我人に向き直る。
「うわあ。吐血してるってことは、内臓にダメージいってるかな」
「あばらと右側の脚・腕・肩が全部砕けたっぽいですよ。演習場の倒壊ゾーンで爆豪友輝のバカが個性ぶっ放して、ビルが丸々ドッシャーン!ってなわけで」
「…ありがとう。逆に被害者が轟くんだけで済んでよかったよ、うん」
「そりゃまあ、轟が氷のグライダーみたいなのつくってみんな逃してくれたので」
「あ…なるほどね」
うんうんと話を聞きながら、雨森修は怪我の様子を確認していく。
大体把握しきったところで、雨森修はどこからか粉末の入ったパックを取り出した。さっき髪の毛の間からちぎった緑色の葉っぱでそれをくるみ、こじ開けた怪我人の口の中へつっこむ。
そうしておいて、両手を組み合わせて集中するように目を閉じる。ふうっと息を吹きかけると、だんだんと彼の個性が発動し始めた。
「……すごい」
「そりゃあ、雷香ちゃん。きゅうり先生だもん」
個性『治癒』。
体内にもともとあった、または直前に体外から取り入れた栄養素を操り、傷を修復してしまう。
できることも多いが、制約も多い。
恐ろしく膨大な人体構造の知識が必要なのだ。誰にでも扱える個性とは言い難く、現状彼でなければこの個性は扱えないと言える。
「あ……きゅうり先生?」
「リカバリー爺だよ轟くん。」
目を明けた
水色の羽織の下で、帯で結ばれた白衣のコスチュームが、窓からさしこむ太陽の光に反射して輝いた。優しい白髪が揺れて、木漏れ日のような影を作った。
「うん、問題はなさそうだね。治療は終わったけど、今日は治癒が馴染むまで安静にしておこうか。」
「…はい。」
ベッドで大人しく頷く轟創次に、豆子と雷香が代わる代わる声をかける。
「よかったねえ治って」
「本当だよ、爆豪には後で目にもの見せてやる!」
えい!と天井に拳を突き上げた上鳴雷香。創次の顔にこびりついていた血などを拭い取りながら、雨森修が苦笑しながら言う。
「…その必要はないと思うよ上鳴さん。多分爆豪くん、今晩お父さんにコッテリ搾られると思うから。」
「ああー確かに」
「そうだわ、爆豪先生にバレりゃあ一発で終わるね…よし、今のうちにアイツの為にお経あげとこう。」
「私知ってるよ!はんにゃーはーらーみったー、ってやつ。」
「ああ般若心経ね。それ有名だから私も知ってる、観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時———」
一気にお経が響きわたる異様な空間となってしまった部屋の中で、雨森修は静かに笑みを浮かべる。
そうだ。
僕たちの学生時代も、こんなふうに賑やかだった。
みんなそれぞれに
全力で輝きながら生きていた。
みんなそれぞれ支えあって、助けられて。
「…上鳴さん? そろそろ次の授業が始まるんじゃないかな?」
「ああ、本当だ!それじゃあ失礼しまーす。豆子ちゃんもまたね!」
「またねー」
ガラガラッとドアが開け放たれて、風のように去っていく。
のんびりと雨森修が管轄する、午後の保健室。
ふわりと暖かな初夏の匂いが香った。
主人公:雨森修、雄英高校の養護教諭。細かい設定はまた後ほど載せる予定です。
原作の設定は緩ーく守っていきます。
あくまで二次創作なので、少し変わっていても「それが二次の醍醐味だな〜」くらいの軽い気持ちで読んで下さい。