保健室のきゅうり 作:へびのあし
「君には頼みたいことがあるのさ!」
雄英高校に合格した花冠彩は、根津校長に呼び出されていた。桜吹雪の散るのどかな窓のそばで、ねずみの校長はゆったりと椅子にかけている。
校長は少し眉をさげて話を切り出した。
「雨森修くんについて、君はどれだけ知ってるかい?」
「えっと…ずぅっと公安の保護下にいたっていうことくらいです……」
「その通り!そして今日から、彼の身柄は僕たち雄英高校が守ることになる」
話が掴めず首を傾げる彩に「つまり単刀直入に言っちゃうのさ、」と根津が語りかける。
「教師の手が足りない時、君にも彼を守る手伝いをしてほしいんだ!もちろんヴィランと戦えって意味じゃない。君の個性は人を逃す・隠すことに優れているからね。…僕たち雄英高校側もみすみすヴィランの侵入を許す気はないが、打てる安全策は全て取らねばならないのさ」
彩はびっくりしたように根津校長の顔を見つめ、そして夢みるように目を瞑った。
にっこりと笑う。
「はい、おーけーです」
「ありがとう。助かるよ」
開けっ放しの窓から桜の花びらが一枚、ひらりと校長室へ舞い込んだ。
♦︎
入学初日の教室は、なかなかのにぎやかさだった。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」
僕は窓際の席で、どうやらきゅうり葉をついばみにきたらしいスズメと戯れていた。あんまり食われすぎると個性が使えなくなるので、ほどほどで追い払う。
教室の騒がしいことについては、あまり気にしないようにした。
わいわいがやがや、入口の近くが特に盛り上がっている。最後に彩ちゃんが入ってきた。ああ同じクラスだったのかと、嬉しくなった。…その時。
「——お友達ごっこしたいなら他所へ行け」
それは聞き覚えのありすぎる声。
(———あ)
寝袋に入ったままドアの前に立つという、異様な格好の男の人。
それは公安の家で会ったことのある…相澤さんだった。
先生だったんだ、と半ば驚きながら目を見開く。
公安の職員さんの友人ということだったのだけれど、一緒に折り紙をしたり料理をしたり。普段来客なんてないから本当に楽しかったし嬉しかった。肉じゃがをつくって一緒に食べたのはいい思い出だ。しかし相澤先生は包丁に不慣れだったようで、
それから、それに興味を持ったらしい先生に『俺はドライアイなんだが治せるか?』と聞かれて、とりあえずその場しのぎの応急処置をしたりもした。目は繊細な器官だし、涙を出すのではなく眼球を潤す、というのは案外…というより超絶難しい。万一異常が発生したらと思うとめちゃくちゃに怖かったけれど、なんとか必死に成功させたら、頭を撫でられて嬉しかった。
しかし
相澤先生の連れのネズミおにいさんが、天井に引っ掛かってしまったのだ。
————それは三人で折り紙を折っていたとき。
一体どんな頭脳をしているのか。魔法みたいに複雑な形を一瞬で折りあげるネズミお兄さん。相澤先生と僕がただの鶴や手裏剣をつくっている間に、一度トイレ休憩で席を外し…そしてそのまま帰ってこなかった。
便秘だろうかとか思ってそのまま待っていたが、どうにも遅すぎる。
僕が個性で自分の聴覚神経やらなんやらいじくって聞き耳を立ててみたら、なんと一階上の台所から『だれか僕を助けて〜』の呼び声が。
急行すれば、お兄さんが天井に引っかかっていた。
一体何をどうすればこうなるのか。本人に聞いたところによると。
ネズミお兄さんは普通にトイレへ行った後、そこにあったトイレットペーパーで超よく飛ぶ紙飛行機を作ったらしい。そして実際に試してみたら、
……もはや意味不明。
ネズミお兄さんの運の悪さに唖然とするしかない。
とにかく僕は個性で自分の脚の筋肉と骨を増やして、天井まで届くジャンプでお兄さんを助けた。
引っかかっていた紙飛行機(もはや美しすぎて、博物館に飾る芸術作品の域だった) も、ついでに取った。
この事件の後も、ツルリと足を滑らせたネズミお兄さんが立てかけてあった箒にぶつかり、それが倒れて肉じゃがで使ったあと洗って網に伏せてあったお鍋に衝突し、衝撃でその側の包丁が飛び出して、相澤先生の眉間にまっすぐ向かっていったなどという怪奇事件まで勃発。
慌てて僕が飛び出して叩き落としたけど、間に合わなかったらどうなっていたか。…いや、まあ身分が雄英高校の教師なら大丈夫だったのかもしれないけれど。
とにかくその包丁のせいで僕は手を切っちゃったし、またしても個性の出番。
こんなに個性を使う日も珍しい。
…っとまあ、こんな感じで紆余曲折あって相澤先生の実は優しいこと、僕は知っているのだけれど。
生徒の甘えを叩き壊そうとしているのか、「時間は有限、君たちは合理性に欠くね」と睨みをきかせている。
相澤先生、かなり怖い。
とりあえず体操服着てグラウンドに出るようにとの指示に、戸惑いながらもみんなが着替えてグラウンドへ集合すれば。
みんなの前に立った相澤先生は、ゆっくり辺りを見回して宣言した。
「………よし。これから個性把握テストを行う」
「「個性把握テストぉ!?」」
みんながざわめく。そりゃそーだ、と思いながら僕自身もびっくりして目を見開く。
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーロー科においてそんな悠長な行事…ふん、合理的じゃない」
(うわあ…)
いきなりの衝撃的な授業。
どうやらこれから、個性使用OKとにかく何でもありの体力テストを行うらしい。
さらに相澤先生が「トータル最下位の生徒は除籍処分」と宣言して空気が凍りついた。
「そんな!入学初日に除籍って…いや、初日じゃなくても、理不尽すぎる!」
「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
ヒーローはいかなる理不尽を前にしても、進んでいかねばならない。それができないと蹲る奴に、市井の平和を託すわけにはいかないと、先生は語る。
「プルスウルトラさ。全力で乗り越えて来い」
凶悪な挑発の笑み。
そうか。これは先生なりの鼓舞なんだ。
俄然やる気が湧いてくきた僕たちに、先生は手をこちらに向けて招くポーズを取る。
「さあ、本番だ」
♦︎
種目は五十メートル走から長座体前屈まで八種目。
みんな個性的だ。これはけっこう面白い。
僕なんかは全部筋肉骨格増強で乗り切ったけど、彩ちゃんはもっと工夫していた。
レーンのスタートからすこし先に超精密なバラの花の絵を浮かび上がらせ、スタートダッシュでそれを目標に飛び出したり。握力の計測では、測定器の表示を完全に塗り替えて1927kg(なぜそんな微妙な値に?)と堂々の一位。…さすがにズルじゃないかと思ったけれど、相澤先生が何も言わないのでよし。
彩ちゃんが計測器をいじれるのが(距離の関係で)握力計だけだったので、他はあまり振るわなかったみたいだ。
ちなみに握力の二位は、推薦合格者の八百万さん。皮膚から万力が生み出された瞬間はさすがに唖然とした。
他にも、ソフトボール投げで麗日さんがまさかの
ぶよんぶよん紫の玉に跳ね返って目を回しそうになりながらの、峰田くんの超高速反復横跳びもなかなか目を引いた。
ちなみに。
一度も個性を使わないのでみんな心配していた緑谷出久くん。
彼はソフトボール投げでとうとう魅せてくれた。
指の先が赤く発光。からの大・爆・発!
爆豪くんみたいな爆弾の個性じゃないみたいだけど、それを連想してしまうほどに膨大なエネルギーの解放。
天高く飛んでいくソフトボール、クラスみんなが沸いた。
「先生! まだ…動けます!!」
嬉しそうに拳を握る出久くん。しかし彼の右人差し指は見る影もないほど赤黒く変色していた。
相澤先生が心底驚いた表情で、コイツは面白い、とばかりに歯を見せて笑った。
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といい、おかしな個性だ…」
「入試の件って…?」
隣でぶつぶつ呟く飯田くんに尋ねてみると、彼はビシリとこちらへ向き直って説明してくれた。
「ああ、巨大ヴィランロボットを一撃で破壊した。…が、代償に両脚片腕があの状態だ。強力な個性だけに勿体無いことこの上ない!」
「なるほど、たしかに不思議だね…まるでまだ個性が馴染んでない幼子みたいだ」
「なるほど!そのようにも見える!」
緑谷くんは右手を庇うようにして戻ってきた。
僕はすこし考えると、髪の毛に茂るきゅうり葉を一枚千切って歩き出した。
「緑谷くん、ちょっといい?」
ちょいっと肩をつついて後ろから語りかけると、彼は面白いようにビクリと飛び上がった。
「わっ!えっと?君はたしか屋根から水が漏れてるみたいな名前の…」
「…もうそれでいいや、うん。雨森だよ」
物凄く心外な覚えられ方してる…と思いながらもきゅうり葉を手渡す。
緑谷くんは不思議そうな表情で受け取った。
「あれ?これってもしかして君の髪の毛に生えてる葉っぱ…?」
「うん。食べてみて」
「うえぇ?!食べるの?」
顔を引き攣らせる緑谷くんに、さらにポケットから出した薬包紙を握らせる。色々な食材の粉末を即興で混ぜ合わせて作った、僕の個性専用の栄養補助剤。これは基本の『子(ね)』。他にも鉄分多めの『牛(うし)』とかカルシウム中心の『戌(いぬ)』とかたくさんある。名付けて“十二支元気薬“だ。
「万が一のことがあると怖いから聞くけど、緑谷くんの血液型は?」
「お、O型だけど…」
僕の個性を発動すれば、基本的に元々のDNAに従った構築となる。…が、僕の意志でそれを無理矢理否定して上書きすることも出来てしまうので、事前に血液型を聞いたのはそうならない用心。ある程度は身体のほうが勝手に調整してくれるので心配はほとんどないけれど、慎重さは大切だ。
「ん?遠慮しないで、早く食べて」
「わっ、わかった…」
覚悟を決めたようにむしゃむしゃゴックン、ときゅうり葉に粉薬を包んで呑み込む緑谷くん。
その様子を見届けた僕は、両手の親指と人差し指で輪っかを作り、残りの指を組み合わせる印を結ぶ。そのままその手を持ち上げ、合わせた親指にふっと息を吹いて個性を発動した。
…この印は上手くいくためのおまじないようなもので、別にやらなくてもいい。が、なんだか安心でいつもの癖だ。
シュウウゥ、と緑谷くんの指の色が戻っていく。複雑骨折した指はまっすぐに、赤黒い変色はもとのすべすべした肌の色に。割れた爪も元通り。
もしもこれが腕とかだとかなり面倒だし時間がかかる。本当に(僕の労力という点でも)彼の怪我が指だけでよかった。
「はい終わり。残り、持久走頑張ってね」
「………治った…??」
「うん。ちなみに時間経ちすぎると僕の個性じゃ治せなくなるから」
狐につままれたような顔の緑谷くん。
僕が踵を返して順番待ちの列に戻ろうとすると、後ろから彼が追いかけてきた。
「あっあの!どうもありがとう…雨森くん!」
僕は振り返って彼を見た。緑色の髪の毛が、そばかすによく似合って爽やかに揺れている。
緑谷くん、か。いい名前だな。見た目に合ってる。
「ううん、こちらこそ。誰より熱い情熱、さっきの緑谷くんには何だか勇気をもらったよ」
やさしく笑うと、緑谷くんが驚いたように目を見開いた。
僕は静かに歩き出す。
もといた位置、順番待ちの列に戻ったら。そこでは呆れたような表情の相澤先生が待っていた。
「……あまり煩く言うつもりはないが。あんまり緑谷を甘やかすなよ」
「すみません。ただ…あの、怪我の直後ならリカバリーガールより僕のほうが綺麗に治癒できるので…つまり、ええっと今回は多分これが一番合理的な、」
「煩く言うつもりはないと言っただろう。これ以上は無駄話、合理的じゃない」
…僕を試した?と少し疑問に思ったけれども、なにぶん今がテストの真っ最中。深くは考えず、僕は一礼して自分の列へ戻る。
その後も個性把握テストはつつがなく進み、最後に『ちなみに除籍はウソ』と当然のように相澤先生が宣言してクラス中大騒ぎになったところで、今日の授業は終了した。
〜✳︎花冠彩の人物紹介✳︎〜
ヒーロー名:芸術ヒーロー・スケッチブック
誕生日:11月24日
身長:156cm
個性:変色自在
半径1m以内の視認したものの色を変える。本来は、赤い林檎を青くする程度(しかも目に入ってる部分だけ)の地味な個性なのに、彩ちゃんのずば抜けたセンスの賜物で超リアルな絵を投影するスーパーマジック個性になっている。
コスチュームはベレー帽に、絵の具を散らしたパレットみたいな柄のドレス。
戦闘スタイルは、自分の髪の毛で編んだロープを補助に操りながら戦う中距離タイプ。
好きな食べ物:ふわふわパン。ショートケーキ。甘い玉ねぎたっぷりのオニオンスープ。
嫌いな食べ物:辛いもの。
血液型:O型
性格:ゆめみるおひめさま