保健室のきゅうり   作:へびのあし

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つまりぼくの情報をヴィラン側に漏らしたのは、世界一やさしいひとだったんです。
————— 雄英高校変遷記 “生徒インタビューページ“より



7、USJ襲撃②

轟くんと僕で、ヴィラン連合の目的を聞き出した後。

僕たちは噴水のある広場を目指して駆けていた。

 

「なあ雨森。…あの霧のヴィラン、お前の名と個性を把握してるようだったろ? このまま走れば、顔合わすかもしれねえ。因縁とかあんなら無理してついてこない方がいいんじゃねえか?」

 

途中、轟くんが僕を気遣うように尋ねた。

 

うーん、と僕は考える。

僕はさっき会ったヴィランのことを、全然知らなかった。向こうが一方的に知ってるだけ。そして、僕の個性を知りながらも、いやその不便さ———『治癒』は医学の知識がないと使えないなど、結構面倒くさい個性である———までも知っているがために、興味はないと断言していた。

不安はあるけれど、僕が狙いではないならばまだ状況は明るい。

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「…そうか」

 

轟くんも、それ以上は何も言わなかった。

余計なことを考える余裕はない。

 

黒霧のヴィラン、手をたくさん体に巻きつけているヴィラン。そして脳みそが飛び出ているヴィラン。

一番危険度が高そうな三人が、オールマイトを殺すために広場へ残っていると、そう聞いた。絶対に油断できない。

 

 

「それに、僕は後方でサポートに回るから。怪我人がいるかもしれないしね」

「…それがいい。回復役は真っ先に潰されるから、できるだけ身を隠すべきだ」

 

二人で土砂ゾーンを駆け抜ける。

広場へ出た僕たちは、ごくりと息を呑んだ。

 

 

「———オールマイトオォ!!」

 

緑谷くんが叫びながら、敵の方へ突進していくのが見える。

僕たちの目に映ったのは、脳みそのヴィランに拘束され、黒い霧に下半身を呑み込まれて絶体絶命に追い込まれた、オールマイトの姿だった。

 

 

「…轟くん!これをオールマイトのところに!」

「わかった、任せろ」

きゅうり葉を一枚と、オールマイトの腹部の怪我を治すのに必要な元気薬。それをしっかり隠し持って飛び出す轟くん。

僕は物陰に隠れたまま、祈るような気持ちで轟くんを見送った。

 

 

 

 

———

 

 

 

 

「…ねえ、雨森ちゃん?」

「蛙吹さん——と、っ相澤先生?!」

 

轟くんがオールマイトを救い出すために前へ飛び出した後、僕は後ろから声をかけられた。

振り向けば、カエル少女の蛙吹さんと、ぶどう頭の峯田くん。二人が担いでいるのが相澤先生であることに気づくまで、数秒かかった。

 

「え?せ、先生これ、血だらけで気絶して…」

「そうなの。手だらけの気持ち悪いヴィランと、あの脳無っていうらしいヴィランにやられたわ」

 

慌てて下ろしてもらって確認していくが、全身血塗れの相澤先生はピクリとも動かない。

僕たちがワープさせられる前に敵陣で無双していたのは一時的なものだったのかと、未だ信じられない思いで診察していく。

 

「…肘があり得ない崩れ方だ。それから両腕粉砕骨折に、顔面骨折。う…この感じだと多分、眼窩底骨が粉々になってる」

「治せる?」

「やるしかないよ」

 

事前に渡しておいたきゅうり葉と十二支元気薬『子』は、先生のポケットに入っていた。急いで取り出して、先生の口の中へ入れる。

印を結び、個性を発動させる。

治している途中で、蛙吹さんと峰田くんに、追加でありったけの種類の十二支元気薬を投入してもらった。

 

 

「——大丈夫かよ雨森? 相澤先生目を開けないぜ…」

「大丈夫。顔に近い部分は特に繊細だから。多分まだ治癒が馴染みきってなくて、意識が混濁してるだけだよ」

 

傍目には綺麗に傷が治っているけれど、内部までは峰田くんたちには把握できない。不安がる二人に、安心させるように頷く。

正直、僕も治療に自信が持てているわけじゃない。こんな重症の患者を治療したのは初めてだった。それに元気薬も底をついた。多分足りていないから先生の体力も少なからず持っていかれたはずだし、完璧に治療できたとはとても言えない。

 

しかし最善は尽くした。

僕はもう一度頷くと、駆け足でその場から離れて木陰からオールマイトの治療へと移った。さっき見た通り、オールマイトは脇腹をやられて血を流している。轟くんがきゅうり葉たちを渡していると、そう信じて。印を結び、個性を発現。瞬間に、オールマイトの腹の傷が溶けるように消えた。

…成功だ。

轟くんは、うまくやってくれた。

 

手だらけのヴィランが、不機嫌そうにあたりをグルリと見回した。ガリガリ首を掻きむしって文句を垂れる。

 

「あぁ?オールマイトの怪我が治っただと…あのチンピラども、さてはアイツ取り逃したな。っつうか遠距離だと個性使えないんじゃなかったのか?面倒だなぁ、ったく。最近の子供はすごいなあ。恥ずかしくなってくるぜ、ヴィラン連合———おい、そろそろ動けよなぁ脳無」

 

…瞬間、驚愕の事態が起こった。

緑谷くんたちが、唖然と声を上げる。

「なっ!体が割れてるのに動いてる?!」

「なんだ?ショック吸収の個性じゃなかったのか?!」

 

そう、脳無と呼ばれた得体の知れないヤツ。手だらけのヴィランに呼びかけられた瞬間、轟くんの氷の拘束を強行突破して、腕や足を粉々に壊した状態で平然とおきあがった。僕は聴覚ブーストに加え、目の水晶体を望遠鏡みたいに改造してなんとか状況を理解しようと努める。

 

「個性が一つだけだと思ったのか? そりゃあ残念、この怪人“脳無“ は、100%の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだからなぁ? ショック吸収に加えて、超再生の個性を掛け合わせてあるってわけさ。」

 

 

——世界が、真っ白になった。

 

 

 

個性:超再生

 

世界に唯一無二の、それは。僕の母さん…ハイ・ヒール・ガールだけの、

 

『——ねえ修くん、私の個性は超再生!おばあちゃんのリカバリーガールとは個性が少し違っちゃったんだけど、これがすごいんだよ〜』

僕の擦りむいた膝を、治しながら笑う、お白いのつけすぎで歌舞伎役者みたいだった顔。

 

『欠損部分は自分も他人も関係なく治せちゃう!』

あったかくて、でも少しだけガサガサした手のひら。

 

『うふ…修くんの個性、一体どんなのか知るのが待ち遠しいなぁ』

世界中の誰よりも優しかった声。

 

 

 

…返せよ。

 

 

 

「——よし脳無。まずは入り口(ワープゲート)の奪還だなぁ」

「…させるかよ!」

「危ない!かっちゃん!」

 

 

 

 

 

母さんを返せよ。

 

 

 

 

 

 

「みんな!下がりなさい!ここは私が………っ?!これはあの少年の個性?だが元気薬はさっきの一回分で終いじゃ…」

 

 

 

オールマイト。

あなたには今だけ100%を超えてもらう。

失わせてしまった、全盛期の肉体をあげるから。

 

 

———印を結ぶ。

蒸発するかのようにオールマイトの古傷が治る。内臓が復元し、新たな呼吸器が息を吹いた。

 

 

ありがとうオールマイト。

あなたは僕の憧れ。

僕の心を溶かしてくれたのが警察の塚内さんだとしたら。あなたは、僕が決意したヒーローの夢、そのなんたるかを教えてくれた。

誰かのためなら、いつだって輝いていられる。不可能なんて言葉は、存在しない。

そうでしょう?

 

大丈夫。

今、この施術によって、あなたを疲弊させたりはしない。

栄養補助剤を摂取する暇がない?

そもそも、十二支元気薬は相澤先生の治療で使い果たした?

 

そんなもの関係ない。

個性の可能性は無限大だから。 だって、雄英高校の校訓は、

 

 

 

「プルスウルトラ。命を弄んだ罰だよ、ヴィラン」

 

 

僕の体から、急速に力が抜けていく。

血が、水が、タンパク質が。糖分が。なにもかもが足りない。

目眩と吐き気に襲われて、意識が混濁していく。

 

そうだ、僕の体はオールマイトにあげた。

 

これは、個性の誤った使用法。

言うまでもなくとんでもなく非生産的。エネルギー消費のコストとリターンが全く釣り合わなすぎる。

接触をゼロにして再生のエネルギーを送るなんて、無謀にもほどがある。

 

…が。もちろんメリットも存在する。今回だけは、10分以内の処置はいらない。本来なら、新たな臓器をつくりだしたのだから、時間切れになればオールマイトの体が膿だらけになる…のだけれど、その心配はない。

遠距離からの栄養補助。

送っている途中でエネルギーが摩耗するからか、つくった臓器がそもそも10分も保ちそうにない。たぶん5分くらい経ったあたりで、少しずつ機能を停止して蒸発するみたいに消滅する。保持できる力が弱すぎて、膿に変換されたりせずに、その場で消滅だ。試したことはないけれど、そういう確信がある。

 

 

 

「侮るからこうなるんだ。いつだって他人を馬鹿にして、おもちゃとしか見ないから」

 

涙も出ない。

僕の体がカラカラに干上がっているから。

 

 

「?雨森ちゃん?!」

「おい!大丈夫かよ?何があったんだ?」

 

クラスメイトの声が、わんわん反響して聞こえる。

僕は真っ暗になっていく視界の中で、なんとか声を絞り出す。

 

「——リ、カバリー…ガールの、ところに」

 

 

————そして何もわからなくなった。

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

ところ変わって、ここは山岳ゾーン。

 

 

 

「手を上げろ。個性は禁止だ」

 

耳郎響香(わたし)は、しかたなく両手をヴィランに向けて上げた。

ニヤリと笑って、手にピリピリと電気を纏わせるヴィラン。———上鳴と同じ、電気系の個性。多分学校への通信を妨害してる奴だ。

 

(コイツさえ無力化できれば……!)

 

悔しさに歯噛みする。本当に、情けない。

 

いや、と私は拳を握る。

まだ希望はある。大丈夫だ。

花冠さんの個性。ヴィランって人質とってるけど、私たちを殺すために近づいてくるはず?だとすれば、ヴィランが油断してこっちへ近づいてきてくれれば、花冠さんの目潰し個性が発動できるようになるから…

 

「それからそっちのベレー帽。俺と目を合わせたら即コイツを殺すからな。」

「うぅ」

 

っく。

…ダメだった。先の戦いの様子で、個性を知られてる。

 

それならできることはただ一つ。

私は胸のうちで覚悟を決める。

 

私の個性でなんとか攻撃する!

コスチュームにプラグさえ繋げば、ノーモーションで遠距離攻撃ができるのが私の個性。その準備を相手に気取らせないために…そう、話術で注意を惹きつけ———

「うふふ、夢と現実がまざっちゃったら、もう手遅れですよぅ」

————っていきなり何を言い出してるの?!花冠さん!!

 

私が驚愕の眼差しで振り向くも、花冠さんはふわふわ笑っているだけだった。ついに極限状態で気がおかしくなった?と思うも、傍目には落ち着いているし全く普段通りに見える。

いきなりの荒唐無稽な会話の内容に、ヴィランも戸惑いの表情を見せた。

 

「なんだ?…そんな下手くそな作り話の演技で隙を作ろうってんなら、舐めてるとみなしてコイツ殺すぞ…?」

「うーん、こいつ?それって私があなたの夢の中につくりだした架空の男の子のキャラクター、電気くんのこと…?」

 

キョトン、と首を傾げる花冠さん。私は目を剥いた。

 

ハアァ?!

架空のキャラクター?もしかしなくてもそれで誤魔化すつもり?

やっぱりおかしくなってた!花冠さんが壊れた!

 

…あまりにも酷いと、気が遠くなりそうになる。私の奇襲作戦でなんとか行けるかもと思ったのに、花冠さんがヴィランの警戒心を余計に煽ってしまってる。…もうお仕舞いだ。

死んだ魚のような目をして絶望的な表情になった私。ヴィランはニヤニヤ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そして絶対絶命の私たちにむかって、上鳴の襟元をぐいと掴んで持ち上げる。

 

 

「よーく見ろ。これが夢ってんなら、コイツ殺しちゃっても文句ねえよな?大事なクラスメイトじゃなくて、夢のキャラクター、電気くんなんだろ———って、ハアアァなんじゃこりゃ?!」

 

「今だー!」

「隙あり!イヤホンジャック!『ドクンッ!!ドクンッ!!』」

 

「うぐわぁ?!」

 

 

「やったー!勝ったー!」

「撃退成功!」

 

見事にヴィランを制圧した私たち。

音の衝撃波をモロに食らって気絶したヴィランを、花冠さんが黒目を消して仕上げとする。そして、さっきからずっと暗闇から抜け出せず、ヨロヨロ手探りで岩にずっこけたりしているヴィランたちと、まとめて縛り上げる。

 

いやあマジで危なかった…と背筋が寒くなる。

私は今度こそ伏兵が隠れていないかイヤホンを地中へ刺して地下の音を確認した。はっきり安全を確信した後、私は大きく息をつく。それからバッと跳ね起きると、まっすぐ花冠さんの方へ詰め寄った。

 

「説明しなさい!いやそれより上鳴を元に戻して!あれは……あれは……面白すぎて危険だから!」

「お、おーけーですっ!」

 

我慢できなくなって笑い転げ始めた私を見て、花冠さんが慌てたように上鳴の元へと向かう。

私はとうとう涙目になりながらお腹を抑えて呻き出す。

 

 

 

「…リカちゃん人形に化けた上鳴とか、似合わなさすぎて超ウケる!」

 

 

 

花冠彩:個性『変色自在』。

 

本来なら、対象にイメージした色を投影するだけの、地味でありふれた個性だと聞いたことがある。

それが、彼女だけは特別なのか、ずば抜けた芸術センスと脳内に色彩をイメージする能力を持っているのか。とにかくありえないほど精密な絵に塗り替えてくる。

一瞬で、上鳴の髪の毛は薄茶色のショートボブ、ただのジャージはふわふわドレスに見えるという、陰影やら質感やらのせいで完璧な擬態を(花冠さんの視界に入った前面部分だけとはいえ)完成させた。

赤いリボンがついてたり、上鳴がぱっちりまつ毛のキラキラ黒目になってたり。細かい部分までこだわっているのが一々ツボにハマる。

 

 

「…ほんとうは背景と同化させたかったんですよ。でもヴィラン側からの視界がないと、カメレオン作戦はできないし…それに上鳴くんのポケットにつっこんどいた髪束ちょっぴりだと絵が薄くなっちゃって、すぐバレちゃうから…」

 

個性を解除した後、申し訳なさそうに言い訳を始める花冠さん。

 

「なるほどね」

ただふざけたってわけじゃぁなかったらしい。…って、髪束?つっこんだ?…いったいなんだ、それ。

「———ちょい待ち。髪の毛突っ込んだってどういうこと?」

 

一応経緯やら何やらは理解した…のだけれど、なんか聞き捨てならないことを聞いた気がする。問い詰めると、花冠さんは「あぁ、それは」と頷く。

 

「わたしたち三人で背中あわせになったときに、電気くんと響香ちゃんのポケットにいれたんです…いちおう個性の発動条件に関係あるので!」

「いや、なんかするときは声かけろっていったじゃん!」

 

呆れて言えば、「すみません…」と素直に謝る。慌てて自分のポケットを探れば、三つ編みの髪の毛がズルッと落ちてきた。いや、逆になんで私は気付かなかったんだろう。摩訶不思議だ。

 

「…つうか、それもしや私たちの誰かが捕まることを見越して?! アンタ準備が早すぎでしょ?」

「ヴィランたちからかくれんぼしなきゃいけないときの用心でつい——」

「言い方!!」

 

私たちがわちゃわちゃ話していると、遠くからたくさんの影が飛んできた。そのうち一つが、こちらへ大きく手を振る。

 

「おーい、大丈夫かーー?」

「あっ先生!」

 

 

 

私たちは、無事に先生方に保護された。

無線機を片手に連絡を取り続ける先生のそばにいると、続々と情報が入ってきた。

 

雄英高校側は、みんな命に別状なし。

ヴィランたちは撃退、拘束が進んでいる。けれども一部はうまくこちらを撒いて撤退。

相澤先生は瀕死の重傷を負った…(ここで花冠さんが悲鳴をあげた)が、その場で完全に治癒されたので後遺症等はなし。

 

後から駆けつけたオールマイトが、ヴィランをコテンパンにやっつけて、撤退に追い込んだ。そしてその時、特に活躍したのは、クラスメイトの雨森修であること。

彼の個性のおかげでオールマイトがスーパーパワーアップした。

 

相澤先生を治療し、もともと最強のオールマイトをさらに強くした、その雨森自身はどうなったかというと……個性を使いすぎた反動で意識不明の重体に陥り、保健室へ救急搬送されて治療中だそうだ。

 

 

…みんな、活躍してる。

聞けば聞くほど、悔しかった。私は何もできなかった。ぜんぶ上鳴と花冠さんが…

「響香ちゃん。わたし、もっとヒーローらしく…なりたいな。がんばる…れるかな?」

 

花冠さんが、こっちを向いて眉を下げていた。珍しい光景に、少し驚いた。

いつもの夢見心地の表情じゃない。

なんだか、真剣。

 

「当たり前だよ。うちらの校訓はプルスウルトラ、だろ?」

 

澄んだ青空には、綿あめみたいな白雲が風にちぎれて流れていった。

 

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

 

波乱万丈な高校時代。

その幕開けは、きっとこの襲撃の日。

 

入学早々ヴィランに襲撃された事件は、それぞれの生徒たちの心に、深い爪痕を残した。

 

それは悪い意味でも。しかしいい意味でも。

だから彼らが大人になったとき。多くはこの日の出来事について熱心に語った。

 

本物のヴィランを初めて目の前にして、自身が何を感じたか。

何を失敗し、成功し。

そして、どんな糧にして歩んでいこうと決意したか。

 

 

彼の想いや苦しみは、彼を大きく成長させ、そして————

 

 




次回、最終回です。
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