黒縄の作り方を学び、日本まで帰ってきた。
約一年ぶりの日本の空気である。なんだか凄く久しぶりに帰ってきた感覚だ。
実際1年以上は帰っていなかった訳だけどね。
さて、久しぶりの棲家に帰ってきた。ちなみに今はあるマンションの一室に住んでいる。移り住んだ人が次々と亡くなっていくと噂の事故物件だった一室である。
此処には二級相当の呪霊が取り憑いていたので挨拶したところ、いきなり襲い掛かってきたので軽くボコボコにしたら謎に懐かれた。
今はすっかり成仏してもういないが、偶にお菓子などが置いてあることもある。天からの贈り物というやつかもしれない。
結構な期間空けていたので不安だったが、まだまだ悪質な噂が消えることはないようだ。移住希望者もいないのか、出ていった時から全く様子が変わっていない。
誰も出歩いていない深夜にこっそりと運び入れたベッドや、制作体験会にこっそりと参加して作ってきたお手製マグカップもそのままだ。実は一時期、ポルターガイストとして噂になったのは内緒だ。
軽く埃を被っていた部屋の掃除を終えたところで早速黒縄作りに移ろうと思う。
呪力を開放し、細く細く伸ばす。そこに大量の呪力を籠め、呪力の密度を増していく。
確かにこれは疲れる。
10分くらい頑張って5センチ程の長さになった。
一旦休憩だ。少しだけ明希に手伝って貰おうかな?
そう考えて明希に話しかける。
──明希、ちょっと手伝って欲しいの。
──任せてママ。
そんな頼もしい声が聞こえてきたので、体に明希を顕現させ、支配権を渡す。
そして成される奇跡。
私の呪力が本当に目に見えない程の細さまでほどけ、幾万本もの呪力で構成された糸になった。
それと同時にその全てに莫大な呪力が込められ、それらが黒く輝き始める。
黒く輝く呪力の糸は各々が意志を持っているかのように動き出し、絡まり合っていく。
瞬く間に3メートル程の長さの黒縄が創り出された。
そして体の支配権が戻ってくるのを感じる。
「嘘でしょ?」
思わずそんな言葉が漏れ出た私を許して欲しい。
私の10分間の努力は・・・
──もっと効率の良い方法見つけちゃった
この子天才すぎない?
信じられないことだが、明希は従来の方法より効率の良い方法を見つけ、それを幾つも並行することで僅か一分足らずの時間で3メートルもの黒縄を創り出したというのだ。
いやおかしいだろ。
この方法明希にしか出来ねーよ!
と言いたいところをぐっと抑えて明希を心の中でよしよしと撫でたあと、天逆鉾を腰から引き抜く。実はアフリカで料理をするときに大活躍してくれた天逆鉾君である。
少し愛着が湧いてきたところではあったが、私の成長の糧となってくれたまえ。
天逆鉾君を床に敷いたタオルの上に乗せる。
右手で吸収術式を発動しつつ、左手で黒縄を天逆鉾に近づけていく。
天逆鉾が持つ強制解除は刻まれた術式によるものだと判断した。
それを黒縄が持つ術式を乱す力を使って相殺する。
その隙に私の吸収術式を使って天逆鉾を飲み込むという作戦である。
此処まで長かった。
苦節一年。遂に天逆鉾を吸収する時がきた。
さあいくぞ!
黒縄が天逆鉾に触れ・・・
そして凡そ3秒程の時間で全て焼き切れた。
莫迦な!
天逆鉾の持つ術式はここまで強力だと云うのか!
黒縄は術式を乱す度に少しずつ消滅していく。
乱す術式が強力であればあるほど消滅する速度は早くなっていくのだが、天逆鉾が持つ術式は想像を遥かに超えて強力な術式なようだった。
これでは私の吸収術式が吸収しきるより前に強制解除が発動してしまう。
黒縄をもっと長くしてもいいが、吸収している途中で強制解除が発動した時が怖い。
天逆鉾がただ壊れるだけという可能性もあるのだ。
此処で手詰まりか。
いや・・・手段が無いわけでもない。
最後の奥義、領域展開の習得だ。明希が使う領域展開を何度か見たことがあるが、私の領域展開の効果は簡単。
"発動と同時に領域内に存在する全てを吸収する"である。
これの恐ろしい点は発動と同時に吸収が発動し、同時に終了すること。
一瞬の領域展開で領域内の全てを吸収しきることが出来るのだ。
正にチート。
相手を領域内に招き入れた瞬間、勝利が確定する。
弱点は手加減が出来ないことと、敵味方の区別が出来ないこと。
だが私は未だに領域展開が出来ない。
つまり領域展開の習得が必要だ。
明希に使って貰うという案もあるが、どのみち習得しなければいけない技術である。
良い機会だ。最近ずっと明希とどこか気まずい空気なのも領域展開のせいだ。
さっさと習得してやる。
未だ私に領域展開が出来ない理由を教えてくれない明希ではあるが、ずっと苦しそうにしているのだ。
踏み込んだら関係が崩れてしまうかも等と言っている暇はない。
もっと早くこの問題は解決するべきだったのだ。
私が恐れていただけ。
天逆鉾をその場に置いた。
玄関の鍵をしっかりと締め、誰も邪魔出来ないようにする。
そしてその場に座り込み、深く息を吸った。
目を瞑り、自分の内側に集中する。
落ちていく。
落ちていく。
今行くよ。明希・・・
◆
そこは白だけが支配する世界で。
彼女が抱える虚無を表しているのだろうかとふと思った。
浮遊感が消え、地に足が着く感覚。辺りを見回しても何も無い。
それならもっと深く。
ドプンっ
そんな音が聴こえ、唐突に体が沈み込んだ。
何処よりも深い場所。
私の心の深層心理。
そして人影。
またいつかのように明希は一人泣いていた。
私と話すときは出来るだけ明るく、気丈に振る舞っていた彼女だが、やはり何か大きな物を抱え込んでいたのだ。
その場に蹲り、此方に気づいている様子もない。
見ているだけで胸が苦しくなるような感覚を覚え、近づいて抱きしめた。
明希は余程驚いたのかびくりと震え、抱きしめたのが私だと気づくと甘えるように頭を胸にぐりぐりと押し付けてくる。
いくら甘えても甘え足りないと言わんばかりの彼女の頭をひたすら撫で続けた。
そうして結構な時間が経ったとき、少しずつ明希が話し始めた。
──絶対に嫌いにならない?
涙声で問うてくる彼女の体を強く抱きしめ、頷いた。
──いなくならない?
──ならないよ。
──ぜったい?
──絶対。
──おいていかない?
──いかない。
──ずっといっしょ?
──ずっとずっと一緒。
明希が寂しい時も、
悲しい時も、
嬉しい時も。
きっとどんな状況でも。
私はずっと、明希の側にいる。
そう応えると、明希は意を決したように、唇をギュッと噛み締めた。
私は明希の前髪を上げ、母親が泣いている娘を慰める時と同じ様に。
明希の額へとそっと口づけた。
意識が溶け合う。
お互いの体も液体のように溶け合っていく。
そうしてお互いの体が一つになった。
◆
風を感じる。
何処までも冷たい、身を裂くような風だった。
そうして自らの内に巣食う絶望感と虚無感が痛いほど伝わって来た。
違う。これは今、私自身が感じている物だ。
ふと目を開けた。
そこは夜景が綺麗な場所で。
手に握りしめられた大量の紙切れは物語の欠片。
優しくない街のどこか。
暗闇が渦巻く高層ビル。
少しの決意と共に体を宙に投げ出した。
暗い。
何も見えない。
寂しい。
だれか......
私を抱きしめて。