呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜   作:れもんぷりん

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記憶

 

 母親が居た。

 

 

 母はいつも私に見向きもせず、家に残っている少しの金で煙草と安酒に溺れた。

 狭い部屋からはいつも異臭がして、母が腐っていくようだった。

 

 幾ら呼び掛けても応えてくれず、頭を撫でられることも、抱きしめられることもない。

 

 母親は自分の事が嫌いなんだろうか?

 

 私に何か至らない部分があったのか?

 

 

 愛してくれる母が欲しいと思った事は一度や二度では無い。

 

 そう思っていたのが悪かったのか、ある日突然母はこの世から居なくなった。

 

 これで私は天涯孤独。

 愛されることもない。

 

 

 

 同年代の子供が居た。

 

 

 皆無邪気で、いじりと虐めの区別もない。

 

 私の言葉は無視され、悪口と暴力が絶えなかった。

 幸い、身体能力は高かったので酷い怪我はしない。

 避けると不機嫌になるのでいつもギリギリで受けていた。

 

 友達というものに憧れた。

 

 それが一生叶うことの無い儚い夢だと知るまで一年間。

 絶え間無く続く地獄の日々。

 

 

 

 

 宝物があった。

 

 

 ある物語が救いだった。

 そこでは友達同士で助け合い、友情を深め合っていた。

 

 これだ!と思った。

 

 これが私の求める物。

 何度も何度も読み返して、友達を作ることに決めた。

 

 通い慣れた図書館で本を貪った。

 

 好まれる話し方を身に着け、社交性を学び、会話の基本も知った。

 

 

 

 

 

 ある日、その宝物が壊された時。

 

 死のうと思ったんじゃない。

 この世界から逃げようと思ったんだ。

 

 もっと別の場所へ。もっと優しく、暖かい世界へ。

 

 私はそんな世界を一つしか知らなかった。

 

 

 

 

 

 これは・・・走馬灯?

 

 明希の記憶が、想いが、より鮮明に頭に思い浮かぶ。

 

 

 悲しくなった。

 

 辛くなった。

 

 明希は天才だ。一度見聞きしたことは忘れない。

 一度されたことも、全て覚えている。

 

 忘れられないのだ。

 

 今尚彼女を蝕むこの悪夢を。

 

 

 そして自分が一度も愛されなかったことも、その記憶がまた証明した。

 今、私は明希の記憶を追体験しているのだ。

 

 死ぬ間際、流れる走馬灯は優しくない。

 

 そして激痛。

 たとえそれが即死であっても、明希は類稀なる第七感を有している。

 

 水が弾けるような音。

 

 何かが砕けるような音。

 

 それと共に襲いくる激痛の中、意識を失うことは許され無かった。

 

 

 

 

 さみしい

 

 

 死ぬ間際、ぽつりとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間

 

 

 

 世界が停まった。

 周囲に存在する全てが活動を停止し、色褪せる。

 周りの全てから色素が失われ、白と黒だけが世界を彩る。

 

 明希の目の前に、白い人形の様な何かが現れた。

 顔は無く、身長は2m程か。

 よく聞くのっぺらぼうの様な存在。

 

 呪霊だった。それも特級相当。

 

 明希が強く感じた、寂しいという感情の具現化。

 

 

 

 

 

 つまり、私だ。

 

 

 

 

 

 その呪霊は生まれた瞬間から自我が在るようだった。

 今の状況に困惑し、唯一意識を保つ明希に話しかける。

 

 

「おいお前、何だこの状況は」

 

 

 こんなの知らない。

 

 こんな事言ってない。

 

 どういう事だと疑問に思う私を他所に、事態は加速する。

 

 

 明希の常軌を逸した思考力が一瞬で巡るのを感じた。

 私ではとても追いきれない。

 

 そして明希は呪霊に手招きした。

 不思議に思って近づく呪霊。

 

 

 次の瞬間

 

 

 動けない環境で、死にかけの身体で、明希は動いた。

 

 雷光の様な速度。

 とても生身の人間が出せるとは思えない怪物染みた速さで呪霊に肉薄した。

 

 咄嗟に繰り出された反撃を手刀で叩き伏せ、そのまま呪霊の首を掴んで押し倒した。

 

「おい!何をするつも「縛りを結べ!」

 

 明希らしからぬ激情。

 彼女は人生において初めて叫んだ。

 

「縛りは四つ!

 

一つ、女子らしい言葉で話し、愛嬌を持ち、人受けする可愛らしい見た目になること。

 

二つ、私をお前の内に宿す事。

 

三つ、私の理想郷へ行くこと。

 

そして最後に、此処で起きた事は忘れる事。」

 

 

 凡そ人として、呪霊としての尊厳を無視した一方的な縛り。

 見た目を変え、人格を変え、記憶も奪う。

 

 こんな縛りを結ぶ呪霊がいるか?

 

 そうして明希は最期に言い放った。

 

 

「結ばなければ・・・」

 

 

 

 

 

──お前を殺す。

 

 

 

 

 

 今にも泣き出しそうな声だった。

 明希の人生最期の力。

 

 恐らく縛りを結ばなくても呪霊が殺されることは無い。

 それと同時に分かった少女の目的。

 

 呪霊はその全てを理解し、そして同情した。

 呪霊もまた、明希の寂しさから産まれた存在。

 

 その寂しさが分かるのだ。

 その空虚を感じるのだ。

 

 

 

 呪霊(わたし)は決めた。

 

 この少女に最後、プレゼントをあげよう。

 

 もうすぐクリスマス。

 人生で一度も来なかった、サンタになってやるのも良いだろう。

 

 

「対価はいらん」

 

 

 だからそう呟いたのだ。

 

 

 

「どうして・・・」

 

 明希の口から疑問が零れ落ちた。

 

 明希自身も分かっているのだ。自身が如何に自分勝手な事を言っているのか、今の自分の最低さも。

 

 

呪霊(わたし)はふと笑った。

 

 

「プレゼントってのはそういうものだ」

 

 

 そして思う。

 願わくばこの少女に幸多からんことを──

 

 

 

 

 

 

 縛りは此処に結ばれた。

 

 

 呪霊(わたし)の姿形が変わっていく。

 

 

 

 白い肌はそのままに、呪霊らしくない愛らしい顔立ち。

 白銀に煌めく髪、薄紅色のツノ。

 少女が望んだ愛らしい姿。

 

 明希は吸収術式としてその身に宿り、彼女の思う理想郷へと招かれた。

 

 

 そして呪霊(わたし)は目を覚ます。

 

 

「んぅ......」

 

 

 縛りも少女も全てを忘れて。

 彼女は入れ物として産まれた。

 

 

 明希の入れ物。

 

 

 私は明希の肉体として創り出された存在だった。

 

 

 いずれ明希は私の意識を乗っ取り、自分の物として生きる予定だったのだ。

 この世界なら友達が出来る。

 

 この愛らしい姿で。

 女の子らしい愛嬌を持っている。

 可愛らしい言葉使い。

 

 彼女が考える愛されやすい理想形。

 

 この肉体が自分の封印を完全に開放した時、それを成すつもりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 だが出来ない。

 

 初めて自分に向けられた優しさ。

 それを裏切ることが出来ない。

 

 中途半端なのは分かっている。

 偽善なのは百も承知。

 

 それでも無理だ。

 不可能だ。

 

 

 明希は神才だったが、精神性自体は何処までも普通の女の子だったのだ。

 

 そして遂に、自分が完全開放される時が来た。

 最早思い悩んでいる暇はない。

 

 早く決断しなければ。

 普通の人間を遥かに凌駕する筈の思考速度はしかし、何の役にも立たなかった。

 

 泣き、喚き、もういっそあの時大人しく死んでいれば良かったのにと思った時。

 

 

 暖かさを感じたのだ。

 抱きしめられているのだと分かった時、厚顔無恥にも身体は愛を求めた。

 

 

 そして亜鬼に縋りついた。

 

 

 明希にもうこの愛を手放すという選択肢は無い。

 一生ママを支えていこうと思ったのだ。

 

 

 それから明希はずっと罪悪感に苛まれた。

 

 ママは私が如何に最低かを知らず、自分がどんな目的で生み出されたかも知らず、自分がどのように生み出されたのかも知らない。

 

 私は幸せになっていいのだろうか。

 

 こんなに最低なことをして。

 

 それを知らないママの近くで知らぬ顔をして暮らす。

 

 

 

 そうしていれば良かった。

 そう出来れば良かったのに。

 

 

 無理だ。

 

 明希にそんな器用な真似はできなかった。

 

 ママと一緒にいればそれで幸せ。

 でも、それって裏切りじゃ無いか?

 

 ずっと悩んだ。

 

 ずっと考えた。

 

 

 もう今は体を乗っ取る気なんて微塵もない。

 でも本当のことを伝えたら、ママは私を嫌いになるのでは無いか?

 

 

 そう考えてしまったらもう話せない。

 そうして悩みを隠しながら過ごしていく内に、思い出が増えていく。

 

 

 夜、寝る前はいつも話をした。

 憧れていたおやすみを伝えあった。

 

 

 

 一緒に修行をした。

 正直する必要はなかったが、ママが頑張る姿を見ているだけで満たされた。

 

 

 

 一緒にご飯を食べた。

 ママと食べるご飯は何よりも温かく、美味しかった。

 

 

 二日に一度は精神世界で一緒に遊んだ。

 本で読んだ折り紙や鬼ごっこ。

 たった二人でも幸せだった。

 

 

 一緒に・・・

 

 次の日も一緒に・・・

 

 そのまた次の日も・・・

 

 幸せな毎日。

 前世からは考えられない幸福な日々。

 

 

 手放せない

 

 

 

 もう離れられない

 

 

 

 もう孤独には耐えられない

 

 

 

 ママが領域展開を習得できないと分かったのはその時だった。

 

 当然だ。ママは自分の成り立ちをそもそも勘違いしている。

 普通に生まれた呪霊が人間にそっくりということはあり得ない。

 

 唯一の例外が人間への恐怖から生まれた真人。

 

 無理やり縛りで形を歪められたのがママ。のっぺらぼうから可愛い鬼へ。

 

 また、術式への理解も足りていない。吸収術式は私だ。

 そして、ママは私の醜い部分を理解していなかったのだ。

 

 これでは領域展開ができるはずもない。術式反転でさえ、鍛え上げた呪力操作で無理やり行っているような状態なのだ。

 

 

 この事実を伝えなければママの領域展開が成功することはない。

 

 

 伝えられなかった。

 

 勇気も出ない。

 

 ママがいなくなるかもしれないと想像するだけで体が震える。

 

 

 

 寒かった。

 あの夜のように。

 

 

 

 

 でも・・・

 

 

 

 これ以上罪悪感に苛まれて生活するのか?

 

 幸せになればなるほど増えていく鎖の中で生きていくのか?

 

 これからもママを騙して生きていくのか!?

 

 

 

 伝えなければならない。

 

 

 お別れかもしれない。

 

 

 それでも・・・

 

 

 

 

 それでも私はママを愛しているから・・・

 

 




 次回「覚醒」

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