今日の天気。
ギャグ後ガチ
温度差で風邪をひかないようにお体に気をつけて下さい。
場は緊張に包まれていた。
ほんの少しでも隙を見せたら殺されると本能が叫んでいる。極限状態の中、七海は灰原を生かすことだけを考えていた。
二人とも五体満足で帰ることができるとはとても思えない。
ならせめてこの気の良い友だけは守り通す。
七海はそう決意して鉈を握り込んだ。
灰原もまた、思考を加速させていた。
目の前の呪霊は今まで戦ってきたやつらとはまるで格が違う。
悪意を押し固めたかのようなドス黒い呪力。
存在の“圧”が桁違いだった。
もはや自らが生き残るかどうかはこの白い鬼の気まぐれにかかっている。
どうにか七海だけでも逃せないだろうか・・・
灰原の思いはこの一点に集約されていた。
それ以上に亜鬼は混乱していた。
領域展開を完璧な形で習得し、術式反転を扱うのも遥かに楽になった。
もはや敵なし憂いなし!
そう考えた時、周りからほとんど人がいなくなっていることに気がついた。今いるマンションどころかその周囲にさえ生命反応を感じない。
そして呪力を持つ人間らしき存在が二人。
呪術師か。どちらも弱く、ひどく緊張しているのが感じられた。
もしやこれは呪霊との戦いに苦戦しているのではないか?と考えた私は爆発的に効率が増した身体強化を使って助けに向かった。
しかし現地に着いても敵らしき存在は見当たらない。
一体どういう状況だ?
そう困惑し始めた時、片方の呪術師が話し始めた。
「離れましょうここは危険です」
どこが?
そう思った私は問いかけた。
「どうして?」
その次の瞬間からだ。
いきなり敵意を向けてきたかと思えば切りかかってくるし、蹴りを入れてくるしで全く持って意味不明だ。
しかも二人は酷く怯えたような表情でこちらを観察してくるのだ。
当然、良い気はしない。
ん?
よく見るとこの二人・・・
灰原七海コンビじゃねーか!?
あれ?
私なんか悪いことした?
いきなり原作でもトップクラスに好きなキャラから嫌われてるんですけど!
状況は膠着していた。
あわあわと泣きそうな顔で口を開いては閉じるという謎の行為を繰り広げる呪霊。
少女のような愛らしい見た目が逆にその異質さを大きく見せていた。
だが何故攻撃して来ない?
このレベルの呪霊なら二人を殺すのに1分もかからないだろう。
何か目的があるのか?
だが時間を稼げるのは好都合だ。
このまま時が経てば特級呪術師が来てくれる。
どんなに可愛らしくても呪霊は呪霊。
油断して良い相手ではないし、祓うべき存在だ。
七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。
「私のどこがダメでした?」
遂に呪霊が動いた。
引き絞られた緊張の糸を切ったのはそんな言葉だった。
目をうるうるさせてそう問うてくる彼女は非常に愛らしい。
一瞬絆されそうになったが、問いに答えることで発動するタイプの術式かもしれないと口を噤んだ。
七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。
「もう嫌いになりました?」
どこかの元カノが言いそうな台詞を涙声で吐かないでほしい。
ものすごい罪悪感だ。
というかなんなんだこの状況は。もはやどうすれば良いのか検討もつかない。
だが警戒は解かない。
答えなければ機嫌を損ねるだろうか?
だが安易に答えれば何か術式が・・・
悩み、考え、そして答えないことに決めた。
七海はこれ以上なく真面目で固い男であった。
灰原は状況から鑑みて、この白い鬼に自分達を害する気がないことを薄々察していた。堅物の相方はその可能性を微塵も考えていない様子だが。
それでもこの状況の収拾がつかないことに変わりはない。
「な・・・ならプレゼントあげますよ。ほら!」
そうして彼女が取り出したのは謎の黒い縄だった。
正直呪われているようにしか見えないが、一応受け取っておこうかな。なんか可哀想に思えてきたし。
半ば警戒を解きながら彼女の方へ歩いて行き、縄を受け取った後にまた元の場所へ戻った。七海が小さな声で今の行動を咎めてくる。
なんやかんやでこの相方は子供に弱い。
目の前の明らかに子供な呪霊に少し絆されているのだろう。動き始めた時に制止しなかったのがその証拠だ。
長さ30センチほどの縄を胸ポケットに突っ込み、そしてまた静寂。
どこか茶番でもやっているような緩い雰囲気が漂い始めたその時、
「これでもだめなんて・・・よ、よーし」
彼女が小さな声で何かを呟き、一歩踏み出した瞬間。
紫色の光が目の前を埋め尽くした。
その一撃は大地を食い破り、地面に大穴を空けた。
この呪力は・・・五条先輩?
「まだ生きてるかー?」
軽い様子でそう聞いてくる五条先輩。
もはや助かったという感情より、彼女の無事を心配してしまう現状。
カオスが渦巻いていた。
というか今の一撃で祓われてしまったのではないか?
特級呪霊ですら一撃で祓いかねない強さがこの先輩にはあった。
「早く逃げたほうがいい」
そう声を掛けられる。
何故だ?もう勝負はついたのでは・・・
そう考えた矢先の事だった。
「あいつがこの程度で祓える訳ねーだろ」
莫大な呪力が噴き上がった。崩れ落ちていた大地の欠片が浮かび上がる。
「早く避難しましょう。私たちの手に負える戦いではない」
「あ、あぁ」
建人に手を引かれて走る。
そして後ろを振り返った時、信じられないものを見た。
冷や汗を吹き出す五条先輩の姿だ。
考えもしなかった可能性。
特級術師でも・・・あの最強でも敵わないのではないかとふと思った。
ここから先は神話の領域。
もはや只人に介入する術なし。
穿たれた穴から飛び出た白い鬼は今再び大地へと足を下ろす。
宙に浮かぶ一人の男もまた、地に足を着けた。
「久しぶりだな」
五条がそう声を掛ける。
「今なら分かるぜ・・・お前、二人いるな」
「前回は明希がお世話になりました」
微妙に噛み合わない会話。
「今はどっちだ?」
「実は私、ちょっと怒ってるんですよね」
否、二人はお互いに声が届く範囲にいながら会話をする気がない。
どっちでも良いけどさ・・・
娘を傷つけようとしたあなたに・・・
強者の勝負は我のぶつけ合いだ。
勝者こそが正義。
勝つ事で我を通す。
──敗北を教えてやろうか?
──理を教えてあげましょう。
◆
開幕は同時。
──術式反転「赫」
──吸収術式「晦冥」
いつかを遥かに凌駕する輝きを放つ赫い閃光。
全てを塗りつぶす暗き漆黒。
その一撃はお互いを弾き、喰らい合い、相殺した。
だがそうなることは五条も亜鬼も分かっていたこと。
双方呪力による身体強化を施し、近接戦へと縺れ込む。
五条が呪力を込めた右拳で亜鬼の鳩尾を狙う。
それと同時に亜鬼も右拳を五条のこめかみに叩き込んだ。
五条の周りには常に薄く展開された無限がある。
全ての攻撃は無限に阻まれて届かない。
それが無下限呪術が最強たる所以。
抜かれる。
五条は漠然とした感覚と共に攻撃を中止。そのまま後ろに大きく仰け反り、こめかみへのを回避。その勢いで地面に手を着いてバク転、大きく距離を取った。
五条は思考を加速させる。
無限が破られた。
感じたことのある感覚だ。
術式の強制解除、天逆鉾。
一度その身に受けたことがある五条はその気配を見逃さなかった。
前回戦った時は通じた無限による防御が通じない。
敵は更に強くなった。
どのようにしたのかは分からないが、どうやら術式の強制解除まで出来るようになったらしい。つくづく化け物だ。
驚きはある。
だが動揺はない。
五条は無限が破られれば最強じゃなくなるのか?
いやまさか。
彼はたとえどんな術式を持っていても最強だっただろう。
簡単な身体強化と体術だけで上位の特級呪霊すら一方的に嬲り殺しにする戦いの才覚。
彼は無下限呪術を持って生まれたから最強なんじゃない。
彼は五条悟として生まれたから最強なのだ。
だが亜鬼もまた天才。
彼女には類いまれなる努力の才があった。
少しずつ、一歩ずつ。
毎日確かに前に歩んでいく。
一日経つと彼女は強くなる。
一週間経てばまた強くなる。
一年が経った時、その強さはどれほどか?
亜鬼は悔しかった。
娘が戦う中でずっと眠りこけていた自分が許せなかった。
努力した。
常人では耐えられないほどの鍛錬。
明希を宿すという目的の為に縛りによって付け足された精神力。
毎日、呪力操作の練習をした。
毎日、黒閃の練習をした。
毎日、術式を練習した。
毎日、身体強化の練習をした。
毎日、領域展開について悩んだ。
それはただ愛故に。
幸せになって欲しいと願った、ただ一人の娘の為に。
磨き上げた技術は裏切らない。
もはや彼女は弱者ではない。
鍛え上げたその技術は、研磨したその牙は・・・
今、遂に実を結ぶ。
距離をとる五条に放たれる追撃。
──吸収術式「鐵」
何もかもを無に帰す黒き刃が顕現する。
大気を喰らい、光を喰らい、世界を歪めるその一撃は・・・
確かに五条へと喰らいついた。
今回の解説!
吸収術式「晦冥」
読み方は“かいめい”
吸収する力を圧縮すると同時に球状にして繰り出すだけの技。
ただ触って吸収するより圧倒的に早く吸収できる。基本的に当たったら逃げられずに死確定のバグ技。だがこれはまだマシな部類である。
吸収術式「鐵」
読み方は“くろがね”
小さな牙が並んだかのような形をした黒い刃を放つ技。
避けにくく、発生が早い為多用される技。だがその性能は凶悪。
刃が通る空間ごと吸収して、全てを切り裂く防御不能の一撃。
その速度は音速に近いので、作中のほとんどの敵はこれを撃っているだけで死んでいくと言っても過言ではない。
だが結構な呪力消費量だし、加減も効かないし普段使いされることはないかも。
料理の役に立つ。