魔改造が始まる。
次の日の朝、教室に集まる三人を前にして立つ。
明希がどうしても言いたいことがあるというので支配権を変わった状態だ。頬に出て話すのではいけないらしい。
私を含めて全員が明希の言葉を待っていた。
◆
真希、狗巻、パンダの三人は緊張感に包まれていた。
いつも朝から騒がしい教師の様子が今日はおかしい。
ただ立っているだけでも空気が張り詰めている。
今までからは考えられないプレッシャー。
真希は口が乾いていくのを感じていた。
「明希だ」
そう言われて思い出す。初日の挨拶の時に話していたもう一つの人格か。
「問おう」
彼女が話し始める。
「お前たちは何級を目指しているのだ?」
そう言って狗巻に視線が向けられる。
彼は一本指を立てた。
「一級か」
そう聞かれて頷いた。
次に視界に入れられたのはパンダ。
「俺も一級だな」
彼もそう答えた。
そうして最後に真希に紅い瞳が向けられる。
「私も一級だ」
答えた。
明希は心底落胆したと言わんばかりに肩を落とした。
「本当に情けない奴らだな」
そう言われてムッとした三人だが、動くことはなかった。いや、正確にはできなかったのだ。
「我が母に教えを乞うて目指す場所がたかだか一級か?」
一言で表すならそれは怒りだった。
怒りが圧になって三人を押し潰していたのだ。
「本当にその程度の覚悟なら今の内に辞めておけ」
「だからお前たちは弱い」
「だからお前たちは負ける」
「一体何を学びに来たのだ?」
「お前たちに母の教えを受ける資格は無い」
人によっては理不尽だと思うだろう。
だが明希はそう思わない。
母が今まで死にそうになりながらずっと磨いてきた技術の結晶。何度も試行錯誤し、研磨された刃へと最速で届く方法。
それを当然のような顔をして授かることが許せない。
教師は教えるのが仕事だ。
それは勿論その通り。
それでも。
母の教えを受ける者がこの程度の向上心しか持っていないのなら教える価値なし。
何を言うのか教えれば母は私を止めただろう。だから教えなかった。
明希は母に導かれる者は間違いなく特級になれると確信している。
その実力を目の当たりにしておいて、三ヶ月で超えさせると約束されているのにも関わらず目指す場所が一級術師だと?
母を舐めているとしか思えなかった。
思えば三人の態度はどこか母を軽んじた物ばかり。
明希はどうしようもない程のマザコンだった。
それも抑えが効かないマザコンだ。
力を持つマザコンは厄介だ。
端的に言って今の明希はすごく面倒臭かった。
だが言っていることは真理。
どうせ目指すなら特級術師。
初めから頂点を目指さないなどあり得ない。
呪術界はそんな甘い考えで生きていける世界ではない。
ほどほどで良いという考えを改めないつもりなら明希は本当にこのまま帰るつもりだった。別に彼女は母と過ごせればそれで良い。
すごく簡単にここまでをまとめよう。
明希は亜鬼を軽んじるような人間が亜鬼に想われるのが嫌だったのだ。
それをするくらいなら自分との時間を増やしてくれれば良いのに。
明希はどうしようもない程のマザコンだった・・・
三人の胸の内に何かが灯った。
それは散々言われた悔しさだったか?
それは自分への不甲斐なさか?
それとも理不尽なことを言う明希への怒りか?
いや違う。
それは一つの期待。
自分が強くなれる。
自分が変われる。
そうして守りたい物を守る
そうして見返す。
思いは各々違えど、胸に芽生えた思いは皆同じ。
気がつけば三人の顔つきは変わっていた。
「それでいい」
明希は少し微笑んだ。
「でないとこれからの修行には耐えられないからな」
そんな言葉を残して亜鬼へと支配権を渡す明希。
三人は不安に思いつつも、どこか晴れやかな気持ちだった。
◆
いやほんとに驚いた。
まさか明希があんなことを言うなんて。
でも皆すごく良い顔だよ。
「改めておはよう!」
「おう」
「しゃけ」
「うす」
よし、返事が返ってくるようになったね。
一歩前進だ。
「では授業を始めます」
そう言いながらチョークを持つ。
「これからの予定を説明するね」
黒板に高速で昨日考えて纏めたカリキュラムを書いていく。
それを注視する三人。
全て書き終わった時、真希ちゃんから質問が飛んでくる。
「その呪力を増やすってのはどうやんだよ」
「先生の術式を使います」
やっぱりそこは疑問に思うところらしい。
「でも呪力が増えるなんて聞いたことねーぞ」
まあ基本的に呪力は生まれ持った量から増えないからね・・・
「これから説明しますね」
そう言いながら手の上で「簒奪法」を発動させる。
「じゃあパンダ君来てもらって良いですか?」
「わかった」
近づいてきて目の前で立ち止まったパンダ君のお腹を「簒奪法」を纏った手でもふる。
なんて良い手触りなんだ。
「なんか呪力が抜けていくような・・・」
「そうですね、ではこれを反転させます」
そう言いながら今度は「贈与法」を纏ってもふもふ。
堪らん手触りなのじゃ〜
「おお、なんか気持ち悪い」
それって「贈与法」の感触のことだよね?
私のことじゃないよね?
「どうです?呪力が流れ込んでくるのを感じませんか?」
「ああ、何かへんな感じだ」
「それが呪力が流れる感覚です」
そう言って手を離し、席に戻ってもらう。
「この術式を贈与法と言います」
「それでほんとに呪力が増えんのか?」
「ええ、断言します」
そう言うと真希ちゃんはどこか期待した様子だった。やはり強くなれる見込みが立つと嬉しいのだろう。
「では今から一人一時間かけてゆっくりと呪力を流していきます」
急激に呪力を流すと体が耐えきれない。
ゆっくりと少しずつ流していく位がちょうど良い。
「まずは真希ちゃんからです」
そう言って彼女を手招きしつつ、パンダ君と狗巻君にはそれぞれファイルを渡した。
「なんだこれ」
「すじこ?」
「これには私が考えるあなた達に一番適した成長方法が書かれています」
このファイルは私が考える彼らが強くなる為のタスクと鍛錬方法、そう考えた根拠などが余すことなく全て書いてある。
パラパラと中を見て目を見開く二人。
「これやばいぞ」
「しゃ、しゃけ」
「大切にして下さいね?」
その中には今まで知られていなかった鍛錬法も幾つか載っているし、術式反転を行うコツや黒閃を行う際に意識することなど私が必死で見つけてきたものが惜しむことなく書かれている。
「それ私の分もあんのかよ」
強気に、それでいて不安を隠して真希ちゃんが聞いてくる。
「勿論ありますよ。この後渡します」
まずは呪力を増やすことからだ。
他の二人には待ち時間の間にそのファイルを読んで色々と模索してもらう。
真希ちゃんを椅子に座らせ、私がその後ろに置いた椅子に立つ。
そして彼女の頭をそっと撫でるように呪力を流し込んでいく。
「自分の内に集中するのです」
全員呪力の流し方は変えるつもりである。
真希ちゃんは血液に沿って流す。
狗巻君は喉のあたりを重点的に流す。
パンダ君は三つの核に均等に流していく予定だ。
こうすることで呪力が流れる感覚を覚えてもらい、呪力操作の技術を向上させるという寸法だ。
「流れてくる呪力を廻して、廻して、自分の糧とする」
「廻して・・・」
呟きながら必死に呪力を操作しようとする彼女だが、呪力を廻すのはこれが初めての経験のはず。簡単にできるはずもない。
「落ち着いて、自然体で、力を抜くのです」
「はい」
彼女の拙い呪力操作を補助するように私も呪力を操作する。
これで感覚を覚えるのが一番早い。
力が抜けるように撫で撫で。
「あたたかい・・・」
彼女の心の支えになることができれば良いと思う。
真希ちゃんはもう充分に傷ついた。
これからはどうか幸せに・・・
書くの楽しくて連続で執筆しちゃったぜ。
今は真希ちゃんメインのパートですが、勿論狗巻君にパンダ君がメインのパートも書きますよ〜