猿型の呪霊は自らの勝利を確信した。
呪霊は猿への恐怖という日本では数の少ない負の感情から生まれ、呪力量としては二級といったところだ。
自分の縄張りに異物が入り込んだと感知して確認しにきたところ、どうやら三級にも満たない呪力量しか持っていない人型の呪霊。
端的にいうと雑魚だった。
負けようがない、とも言える。
案の定こちらに背を向けて逃げ出したので追撃し、体の左側をぶん殴った。骨が折れたような手応えを感じ、死んだかと思ったがまだ生きているようだった。
しかしその身から反抗の気配は消え失せ、あとはトドメを刺すだけという状態のように見えた。
ニヤリと口角をあげ、俯く白い人型呪霊にゆっくりと近づく。
より恐怖を与えるように。
より絶望を噛み締めさせる為に。
先ほどよりもゆっくり動き、敢えてギリギリ避けられるくらいの速度で呪霊に拳を叩きつけた。
呪霊はゴロゴロと転がって強い恐怖の感情が籠った目をこちらに向けてくる。
それが甘美だ。
それが至極愉快だ!
もっと甚振ってボロボロになったところで頭を踏み潰してやろう。そう考えて猿型呪霊はさらに口角をあげた。
それが呪霊の一番の失敗だった。
悠長なことをせずに追撃に入るべきだった。弄ばずにさっさと殺せばよかったのに。
この猿の選択が「呪術廻戦」と呼ばれる世界の未来を大きく変えた。
この時、世界にただ一人、比肩する者もいない正真正銘の怪物が産声を上げた。
◆
さて、どうしようか。
あの猿型呪霊に勝つという気持ちはあるが、気持ちだけで勝てる程この世界は甘くない。
訳でもなかったりする。
どうやらこの世界では負の感情が強ければ強いほど呪力が増すという特性があるようだ。その証拠に勝ちたいと思った時に自分の呪力量が少し減った気がした。
推測だが、現状において勝ちたいという気持ちが生きることへの強い欲求と似たような性質を持っているのではないだろうか。
よく考えると原作でも呪術師達は「勝ちたい」や「生き残りたい」というよりかは呪霊への「怒り」や強い「殺意」を抱いて戦っている。
そう考えると私の呪力量が少ないのも納得だ。今私は自らの欲求を抑え込んでいる。
私の欲求は吸収欲。あまりに寂しいので全てを吸い込んでずっと一緒に居たいというヤンデレじみた恐ろしい欲求だと思う。その気持ちが反映されたからこそ私の術式は吸収術式というのかもしれない。
今、生き残るにはこの欲求の解放が必要だ。
だが私はこの吸収欲求を解放しても私のままでいられるのだろうか?
ずっと寂しさを抑えきれずに全てを吸い込む大禍として祓われてしまうのではないだろうか。
いや、耐えてみせる。
私は理性ある呪霊だ。人間の味方をして友達を作るんだ。その為なら耐えてみせる。
そう決意して、私は感情の奥底に押さえつけていた寂しさを解放した。
寂しい
さみしい
サミシイサミシイサミシイサミシイ
もう耐えられない
離れないで
行かないで
ずっと一緒にいて
このまま・・・ずっと・・・ずっと一緒だよ
◆
この日、ある山で膨大な呪力の放出が確認されたと呪術高専に窓からの報告があった。
その呪力量はそこらの呪霊とは比べ物にならず、特級呪霊と認定。
現場に調査として特級術師一名と一級術師一名が派遣された。
「これはすごいっすねぇ」
特級呪霊の報告があった山に調査に来た一級術師の川中は特級術師であり、学生時代の先輩でもある成瀬に話しかけた。
成瀬は滅多にいない女性の特級術師であり、また呪術高専の教師でもあった。その美しさから生徒の人気も高い。
「ああ、これは間違いなく特級だな」
成瀬は辺りを見渡してそう呟いた。報告があった山は大きく削り取られていた。いや、正確にいうとそこはもはや山ではなく、更地だった。
直径にして2kmほどの円状の範囲が完全に消失しており、その中心には凄まじい呪力の残穢が残されていた。
人間が来るような場所ではなく、近くの村の人々が山菜をとる為に麓に出入りする程度だった為、人的被害は出ていないのが幸いか。
「上になんて報告したらいいんっすかね」
「難しいな。脅威であることは間違いないが居場所は掴めず、人的被害を被った訳でもないからな」
「とりあえず特級認定で要警戒ってとこっすね」
「そうだな。この様子だと呪霊同士の争いだと見ていいだろう」
川中にはそうは言ったものの成瀬には疑問が残った。
成瀬の術式は鑑定術式とも呼べるもので、呪力から様々な情報を読み取れる術式だ。これを用いて相手の弱点を看破し、巧みな身体強化と完成された体術で呪霊を祓ってきた。
円の中心に残された呪力の残穢の濃さから鑑みて、この推定特級呪霊の術式が吸収術式と呼べる物だということを見抜き、その術式範囲に驚いた。
2kmなんて甘い物ではない。それこそ麓にいる人間ごと吹き飛ばせたはずなのにそれをしなかった。
人間に配慮する呪霊など背後霊や守護霊しか見たことがないが、これはただの呪霊である。
また、この円を作り出したのは疑似的な生得領域の会得による”未完成の領域展開”である。空に絵を描くような物であり、まさに神業。そんなことができる呪霊ともなると現代に存在しているのがあり得ない程だった。
「とりあえず要調査だな。帰るぞ川中」
「はーい」
一度他の呪術師とも相談する必要がある。そう考えて成瀬はその場を後にした。
▲■山の被害調査書
▲■山で膨大な呪力の起こりを確認。調査に赴いたところ既にその場に呪霊はおらず人的被害もなかったことから呪霊同士の争いと判断。
呪力の残穢からこの呪霊を新たな特級呪霊として認定。又、その実力も未知数なことから戦闘の際には特級術師二名を派遣することが推奨される。
現地に竜巻のような跡があったことから、仮名「死風」と命名。
正直この呪術師達は金輪際出てこないです。
報告書書かせたかっただけ()
五条はまだ入学すらしていないので、五条が特級になる頃には引退しています。