かっこいい三人が好きだ。
本格的な授業を始めて二週間が経った。結構三人共呪力量が増えてきたように思う。
まだ2週間なので劇的に変わった訳では無いが、パンダ君の伸びがすごい。
彼は他とは違い、核を三つも所有している。
その分、一回で流し込める呪力量が桁違いだ。
恐らく既に一級程度の呪力量は有しているだろう。
また、狗巻君は準一級に届くくらいの呪力量。
この調子で行けば三ヶ月経つ頃には特級に届いているかもしれない。
真希ちゃんは呪力の伸びが悪い。実は予想していたことなので問題は無いが。
結論から言うと総合的な呪力量は伸びている。
だが、その九割以上が天与呪縛の方に持っていかれるのだ。
それがどういうことか分かるだろうか?
呪力を注げば注ぐほど身体能力が向上していくということだ。これは予想していなかった事態。
最高に嬉しい誤算だ。
真希ちゃんは私が想像しているよりも遥かに強くなるだろう。
加えて少しづつ呪力は伸びてきているし、羅刹流の習得は問題なく出来そうだ。
具体的に言うと十分な呪力を持ち、伏黒甚爾以上の身体能力を持ち、それを扱う術を学んだ呪術師となる訳だ。
楽しみだなぁ~
そんな調子で今日も皆に呪力を流しつつ呪力操作の練習をしてもらう。
練習方法は至極簡単だ。
「血液を通して呪力を廻すイメージですよ」
「しゃけ」
「くそ、難しすぎんだろ」
今はパンダ君に呪力を注いでいる最中なので、狗巻君と真希ちゃんが呪力操作の練習をしていることになる。
私が編み出した効率の良い身体強化術が訓練の内容だ。
これは死ぬほど難しいので良い練習になるし、実際に戦闘において必ず役に立つ技術となる。
パンダ君の場合は血液がないので核と核の間を廻る呪力を増やす練習をさせている。
これは絶対パンダ君の切り札となってくれるだろう。
「さて、交代しましょうか」
「わかった」
次は狗巻君を手招きし、パンダ君を呪力操作の練習に回す。
少しずつ一度に呪力を注げる量も増えてきた。
予定通りあと二週間が経った時、合宿に行くとしよう。
始まるぞ、地獄の合宿第一弾!
“黒閃打つまで帰れません!”
◆
「はーいおはようございます!」
「おはよう」
「しゃけ」
「おう」
皆返事も返してくれるようになり、良い調子だ。
「さて、では予定していた通り今から呪霊討伐の旅に出ます!」
今回、みんなには黒閃を打てるようになるまでひたすら格上と戦ってもらうことにした。
具体的に言うと二級から一級の呪霊達だ。
三人共呪力量が一定量増え、呪力操作が上手くなってきた。だがそれだけだ。
まだ術式を使った戦い方や体術は何一つ教えていない。
身体強化と今まで培ってきた技術だけでは三人がかりでも一級呪霊を倒すことは不可能だろう。
今は危なくなったら私がいる。
存分に戦ってもらうとしよう。
いきなりのスパルタで生徒達には申し訳ないが、呪力の核心を掴んでもらわなければ一定のラインで成長が止まる。
これは既に私が経験した事実である。
だから私が付き添える今の内に死の危機に瀕し、黒閃の習得をしてもらおうと思ったのだ。
早速、窓の人たちが出してくれる車に乗り込み、呪霊を祓う旅に出た。
いつも窓が使う車ではなく、寝泊まりができるキャンピングカーである。
合宿とはつまりそういうこと。
地獄が始まる。
◆
「チッ!」
舌打ち一つ。
真希は目の前の巨大なカメレオン型の呪霊が放つ舌の振り下ろしを素早く避けた。
そうして少しの隙ができる。
そこを突くのが狗巻。
──動くな
狗巻が呪言で敵の動きを止める。
そして走り出すパンダ。
身体強化を施しながら跳躍し、両腕を絡ませる。着地と共に衝撃。
パンダが放つスレッジハンマーが脳天に直撃し、大きく体勢を崩す呪霊。
そこで真希が肉薄。
右腕を薙刀で切り落とし、そのまま呪力を込めた脚で腹を大きく蹴り上げた。
宙に浮く呪霊を今度は狗巻が追撃。
課題とされている黒閃を出す為、意識を集中させつつ拳を振るうが期待した結果は出ない。
最後にパンダが首に抱きつき、締め上げる。
段々と動きが鈍っていく呪霊目掛けて真希が薙刀を投擲した。
目玉から脳を食い破ったその一撃で勝負は決着。
あっけなく崩れ去る呪霊を前に亜鬼は困惑していた。
・・・なんか既に強くない?
確かに今のカメレオンの呪霊は準一級に程近い二級程度の呪霊である。
にしても簡単に行き過ぎてはいないだろうか?
そこで気づいたが、よくよく考えてみれば当然であった。
原作の描写でも狗巻君は一年の時点で既に二級術師。
彼一人でも祓える呪霊を相手に三人がかり。
そりゃ危なげなく祓えるだろう。
やはり一級呪霊が必要だ。だが一級呪霊というのはそう簡単に現れるものではない。
特別な呪いである特級を除けば最高位というのは伊達ではないのだ。
そうなってくると次の案。
こちらを弱くしよう。
「みんなナイスファイト!」
私の方へと歩いてくる三人をまずは労う。
もう五日間毎日戦っているので少し疲れが見えてきたか。
そんな三人に対して私が言うことは1つ。
「じゃあ次からは武器なし、術式無しで戦おうか」
皆から絶望を感じた。だが真希ちゃんは呪具、狗巻君に至っては術式で戦うのだから黒閃を出せる訳もない。無理矢理にでも素手で行く。
申し訳ないが頑張ってもらおう。
そうして十日目。
遂に一級呪霊に出会った。
そこは山奥。
神隠しの呪霊。
ぎりぎり一級呪霊という括りではあるが、特級に近い強さだろう。
今のこの子達では厳しい戦いになるだろう。
私が助けに入らなければ間違いなく全滅必至。
最終確認が必要だ。
「本当に良いんだね?」
私の理想は傷つくことなく黒閃を習得して貰うことだったが、それは無理だろうということも薄々勘づいていた。
「ああ」
「しゃけ」
「おう」
この口数の少なさである。
最大限まで集中しているのだ。
「分かった。じゃあいくよ」
──闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え
帳が降ろされた。
そうして死闘が始まる。
◆
真希は自分でも不思議な程落ち着いていた。
相手は今まで祓ってきた呪霊達とは比べ物にならない。
目に見えるほど濃く漂う呪力。
相手は人型だが足が無く、代わりに煙が浮いている。体も腕も棒切れのように細く、顔は老いた猿のようだった。
見た目からは全く強そうに見えないこの呪霊が恐ろしい。
体が死を感じている。
本能が死を囁いている。
それでも・・・
狗巻は嘗てない緊張の中にいた。
体は震え、一歩踏み出すのも億劫だ。
呪霊から発される呪いに身を強く打たれているのかと錯覚する程だった。
勝てないだろう。
きっと完膚なきまでに叩き潰されるだろう。
それでも・・・
パンダは既に臨戦態勢。
敵呪霊の強さは察している。
勝ち目がない事も分かっている。
パンダにだって勿論恐怖はある。
パンダにだって矜持がある。
嵐のような呪力へ向かいながらその無謀に思わず苦笑する。
だが・・・だがそれでも・・・
一歩前へ。
あの人に無様は見せられない。
見せたくない。
勝つ。
ただそれだけを考えた。
真希が踏み込む。
高い身体能力に任せた単調な突撃。
呪霊はニヤリと邪悪に嗤い、それに正面から激突。
「うおぉぉぉぉぉ!」
押し勝ったのは呪霊の方。
吹き飛ばされる真希はしかし仲間を信じている。
真希に隠れて接近したのは狗巻。呪力を籠めた拳で呪霊の頬を右側から殴り飛ばす。
そして待ち構えるパンダ。
「ふんっ!」
身体強化が成された体から放たれる振り下ろし。
避けることが不可能なタイミング。
呪霊は嘲笑った。
心底おかしいと愉悦した。
「転」
一言呟かれたと思うと、パンダの背後に現れる呪霊。咄嗟に反応するパンダだが既に遅い。苦し紛れに放たれた右フックを軽々と避け、カウンターの貫手がパンダの体に突き刺さる。
「があぁ!」
核が一つ砕かれるのを感じながら刺し込まれた腕を掴んだ。この腕は離さない!
身動きが取れなくなるように全力で抑え込んだ。
その隙に復帰した真希と態勢を立て直した狗巻が肉薄する。
そしてまた呪霊は嘲笑う。
「転」
呪霊が消える。
今度は狗巻の後ろに現れ、また貫手を放つ。
それに対応したのは真希。
瞬時に狗巻と呪霊の間に割り込み、貫手を掴み取った。
そこから始まる体術の応酬。
見た目にそぐわぬ身体能力を持つ呪霊と天与呪縛のフィジカルギフテッド。
真希が握った呪霊の右手を強く引き、態勢を崩そうとするが呪霊はそれに逆らわず敢えて真希の懐へと飛び込む。超近距離での打撃の押し付け合い。
真希が打ち、呪霊はそれを物ともせずカウンターを放つ。
避けるにもこの近さ。
少しずつ切り傷が増えていく真希を見兼ねて狗巻が飛び出す。
呪力を体中に廻し、充分な呪力を籠めて放たれる右拳はしかし、黒く輝かない。
狗巻は元々体術が得意ではない。身体能力だって他の二人よりも圧倒的に下。
呪霊は黒閃でもない一撃には見向きもせず、変わらず真希を攻め立てた。
パンダは核を一つ失い、真希は防戦一方で押されつつある。狗巻に有効な攻撃手段はない。全く勝ちの芽が見えない。
残された手段は黒閃だけ。
出そうと思って出せるものではないのだ。
後は少しずつ擦り潰されていくだけだろう。
だが誰も諦めない。
上を見続けたまま、勝利への道筋を只管に探す。
まだ勝負は終わっていない。
◆
真希は、狗巻は、パンダは、思い出していた。
三人が共通して思い浮かべるのは一つの光景。
この合宿の始め、お手本として亜鬼が放った黒閃。
狙って出せる者はいない筈のそれも彼女にとっては確定事項。
美しかった。
あの姿にただ見惚れた。
その強さに今憧れる。
核が砕かれて動けない今も、敵の猛攻に押し潰されそうな今も、全く敵の突破口が見えない今だって。
死への恐怖など必要ない!
──ただ集中しろ!
──集中しろ!
──集中
──
─
最早真希には音が聴こえていなかった。
世界が白黒に視える。
相手の攻撃がスローモーションに見える。
極限を更に超える研ぎ澄まされた集中の世界。
示し合わせた訳でもなく、三人は同時に拳を握りしめた。
"共振"と呼ばれる現象がある。
虎杖が宿儺の指を取り込んだ結果、宿儺の指を取り込んでいた他の呪霊が暴れ出したように。
同じ呪力は惹かれ合い、共鳴する。
今、三人には同じ呪力が宿っている。
それは亜鬼の呪力。
三人が共通して持つ託された鉾。
真希が着火剤になったのかは分からない。
それでも3人の動きは、想いは、シンクロした。
真希が踏み込む。パンダは死力を振り絞り、狗巻は吠えた。
──動くな!
呪言が呪霊の体を縛る。
だが相手は一級。
その強制力を引き千切り、そして嗤った。
「転」
現れたのは真希の背後。
これでまた場は振り出し。その筈だった。
「お前の考えは読めてんだよ」
真希も、狗巻も、パンダも。
既に呪霊が現れた場所へ向けて踏み込んでいた。
そして・・・
「一回使うとインターバルが要るんだろ?」
もう呪霊に逃げ道は無い。ヤケクソになって膨大な呪力の塊を周りにまき散らす。
真希の肌は焼けてボロボロに崩れ、狗巻の左腕は抉り取られた。
パンダはもう一つの核を貫かれ、全員が満身創痍。
それでも三人は歩みを止めなかった。
倒れなかった。
前へ一歩、踏み出した。
握りしめられた拳が全く同時に振るわれる。
迸る黒い稲妻。
──黒閃
遅れてすみません。
後々の展開をもっと練っていました。
小説の書き方を指摘されたので、ちょっと意識して書いてみました。