「はぁ!」
先に動いたのは真希だった。
雷鳴と見紛うような踏み込みに大地が悲鳴を上げる。
風を切り裂きながら夏油に肉薄し、目を狙って貫手を放つ。
彼女は修行の末、二級程度の呪力しか得られなかった。
だがフィジカルギフテッドによって与えられた身体能力は総呪力量の増加に比例して育ち、今や伏黒甚爾と並んでいる。
ほとんどの術師では対応することも出来ないその一撃を前に夏油は薄く笑い、余裕を持って回避した。
回避されることなど分かっていた真希は夏油の右腕を掴む。
「ふっ!」
次の瞬間、夏油は宙を舞っていた。
力で無理矢理投げられたのではない。
ただ軽く腕を捻られただけの筈だ。
何が起きたのか全く理解できなかった。
真希はその隙に鋭い飛び蹴りを放つ。
だが夏油は対応した。
呪霊を空中に召喚し、足場にして追撃を躱す。
そうして真希の上から呪霊を解き放った。
準一級呪霊「岩鋼」
自分の体重を操るシンプルな術式を持った巨大な岩型呪霊。
それが最大限まで体重を引き上げて真希に迫る。
「舐めてんじゃねえ!」
真希はその場で一度くるりと両腕を回し、両方の掌を重ねる。
地面を踏み締め、力強くそれを突き上げた。
──羅刹流“空穿”
黒い稲妻が迸り、呪霊が跡形もなく砕かれる。
夏油は一度距離を取り、考察へと入った。
今彼が召喚した「岩鋼」は硬さだけを見れば一級呪霊の上位に位置するだろう。
それを一撃で粉々にするというのは並大抵のことではない。
更に夏油を宙へと投げたあの技は合気道に似た感覚がした。
高い身体能力だけではない、その扱い方も熟練されている。
「厄介だね」
「そりゃどうも」
そう言葉を交わし、夏油は呪具収納呪霊から三節棍を取り出した。
かつて亜鬼によって破壊され、修理された特級呪具。
名を“遊雲”
「本気ってか」
「そう受け取ってもらって構わないよ」
だが真希は今尚素手のままである。
理由は簡単だ。
彼女は素手が一番強い。
奥の手は別だが、羅刹流は基本的に素手が武器だからだ。
ここからが本番。
お互いがお互いを敵だと、脅威だと、侮れないと判断し、同じステージへと立った証。
今度は同時に動き出す。
真希が得意とするのは超接近戦。
相手の間合いで殴り合うインファイト。
対して夏油が得意とするのは中距離だ。
呪霊を上手く使い分け、遊雲の間合い確保も出来るこの距離こそ彼の間合い。
だがそれは彼が近距離を苦手とするという意味ではない。
「はっ!」
真希が攻め、夏油が守る。
反撃の隙も与えない怒涛の連撃。
一撃、鳩尾への膝蹴り。
なんとか呪霊を割り込ませた夏油だが、それを貫通して膝蹴りが食い込む。
二撃、浮き上がりながらも防御姿勢を崩さない夏油に対し、真希が行ったのは左手の手首を掴むことだった。
呪力の流れを掌握し、回転させながら軽く捻り上げる。
それだけで夏油は再び体勢を崩し、地面へと叩きつけられた。
三撃、上手く受け身をとって衝撃を流した夏油は狼のような呪霊を召喚して放つが、真希からすれば迎撃など容易い。
噛みつこうとする狼の口へと逆に手を差し込み、中で呪力を爆発させた。
そのままの勢いで夏油を蹴り飛ばす。
四撃、深いダメージを負った夏油に回復させる暇を与える訳には行かない。
現状、真希が優勢を取れているのは相手がこちらの動きに適応しきれていないからだ。
それでも急所への攻撃は確実に防がれている。
このままでは適応され、負けるのはこちらだ。
全力で疾走して吹き飛ぶ夏油に追いつき、跳躍して脳天へと踵落としを叩き込んだ。
地面はひび割れ、高専全体が強く揺れる。
「来たね」
そこで夏油がにやりと笑った。
その手元には小さな呪霊。
一級呪霊“影法師”
その術式は身代わりの作成だ。
地面に倒れ伏す夏油がどろりと溶け、黒い影のように変わる。
それを見て反応しようとする真希だが遅い。
背後から遊雲が突き刺さった。
弾き跳ばされ、壁へと叩きつけられる真希。
「呪力感知を怠るのは良くないね」
そうしてほとんど無傷の夏油が姿を現す。
途中で術式によってすり替わり、受けたダメージは反転術式で回復済みである。
「ごぼっ」
遊雲が直撃した真希は血を吐き出す。
フィジカルギフテッドの影響で身体能力は極めて高いが、未だ体は成長途上。早くて強いがその分脆い。短い期間で成長し過ぎた弊害だった。
体が成長しきるには少し時間が足りなかったのだ。
それに真希には回復手段と呼べるものが存在しない。
今の真希の状態はかなり危険である。
身体中の骨に小さな罅が入り、背中は特にひどい。それは咄嗟に受けた力を流したからであり、本来なら死んでいても可笑しくないような一撃だった。
「はぁはぁ・・・」
真希は考える。
死ぬかもしれない・・・などと考えている暇ではない。
どう勝つか、どう守るか、どう切り抜けるか。
勝負に対しての神経をただただ研ぎ澄まし、呼吸も落ち着かせる。
そうして彼女は死んだようにその場から動かなくなった。
今、真希は骨の罅を呪力によって補っている。
これは「理」を会得する際、自分自身の体全てを掌握したから出来る絶技。
体が治る訳ではないが、これで今は闘える。
「シィィィィ────」
深く深く息を吸い、そして鋭く吐き出す。
ここで真希は勝負に出ることに決めた。
もう一度深く息を吸い、心臓へと呪力を送り込む。
血液を介して呪力が身体中へと巡り、廻る。
ここまではただの身体強化。先ほどまでも行っていたことである。
その状態から更に上の段階へと引き上げる。
未だに真希が扱いきれない技である。
──羅刹流・奥義“羅刹天”
ゆらゆらと呪力が立ち上り、真希の身体中から耐えきれないとばかりに血が流れ出す。
羅刹流には奥義と呼ばれる技が六つある。
その中でも身体強化の技はこれだけ。
心臓の鼓動が響き渡る。
血液の巡りが加速する。
身体中が燃えるように熱くなる。
心臓の鼓動に応じて力の波動が撒き散らされ、辺りを支配した。
「凄まじいね」
もはや真希に夏油の言葉など聴こえていなかった。
何も聴こえない、何も視えない、何も感じない。
それらの器官は全て身体強化の際の呪力の波動で焼き爛れていたからだ。
ただ地面に降り立ち、直感に任せて体を動かす。
「がぁ!」
真希が一歩踏み出した時、既に夏油の目の前にいた。
夏油は驚愕に顔を歪める。
「馬鹿な」
何とか対応し、突き出される拳を受け流した。
筈だった。
受け流したと思った次の瞬間、夏油は地面へと叩きつけられていた。真希は受け流されると同時に呪力を廻し、勢いを利用して逆に夏油を投げたのだ。
“羅刹天”は一時的に身体能力、五感、全てを数段上へと引き上げる技術である。
それは「理」を扱う精度も例外ではない。まだ未完であるが故に身体中が焼け爛れているが、完全に習得した場合ではノーリスクとなるだろう。
「は!」
投げられると同時に体勢を立て直した夏油が見たのは己の顔面数センチまで迫る真希の拳。咄嗟に呪霊を割り込ませ、全力で後ろへと跳ぶ。
割り込ませた呪霊は当然のように一撃で消し飛び、障害などなかったと言わんばかりに真希は再び夏油に肉薄。
その顔を打ち抜いた。
「がはっ!」
血を吐き出しながら吹き飛ぶ夏油。
呪力でもガードし、出来る限り受け流しても脳に凄まじい衝撃が襲いかかった。
途切れそうになる意識を舌を噛むことで繋ぎ止め、なりふり構わず呪霊を大量に召喚する。
その数およそ百体。
中には一級呪霊だって紛れ込んでいる。
それを感じ取った真希の姿が消える。
瞬間、一番真希の近くにいた呪霊が消し飛んだ。
その次に近くにいた呪霊も同じように祓われる。
次、次、次・・・
真希は目に映らないほどの速度で動き、周りの呪霊を抉り、裂き、貫き、破壊し、消し飛ばした。
そうして百体を僅か一分で皆殺しにし、守りも無い夏油へと向かった。
夏油はその一分間で反転術式による回復を終わらせており、万全の状態である。
そうして再び激突する両者。
真希は圧倒的な身体能力と研ぎ澄まされた技術で。
夏油は呪霊を織り混ぜた巧みな戦闘術と限界まで施した身体強化で。
「っあ゛ぁ!」
「はあ!」
打ち、流し、隙を窺う。
だが両者ともそんなものを見せはしない。
激しい攻防が続けられ、しかし真希には限界が近づいていた。
次第に夏油は真希の速度へと適応し始めた。
このまま続けていても真希に勝ち目はない。
そう判断し、夏油を防御の上から蹴り飛ばした後、大きく距離を取った。
その姿を見て夏油もまた身構える。
真希は既に限界を迎えつつある体に鞭打ち、両腕を後ろに大きく引いた。
それと同時に震脚。
大地が蜘蛛の巣状に罅割れ、大気が哭いた。
「来るか」
夏油はそれに対応して大量の呪霊を召喚、自分と真希との間に壁として配置する。
そんなものは関係ない。
真希は震脚によって体に返された衝撃を体内で廻す。
足から膝、膝から腰、腰から肩、肩から腕、腕から手首。
そうしてもう一歩踏み込んだ。
今までの速度を更に超える神懸かった速度で夏油へと突き進む。
そして掌底!
それと同時に手首から掌へと衝撃が移動し、壁となる呪霊を全てぶち抜いた。
そのまま夏油へと肉薄。
呪力を廻し、打撃へと合わせる。
──羅刹流・奥義“白虎”
真希の両掌が虎の牙を幻視させる。
全ての呪霊を食い破り、夏油へと迫るその一撃を前にして尚、夏油は動かなかった。
「限界だったか」
その手は夏油へと僅かに届くことなく停止していた。
真希は掌底を放った姿のままその場で立ち止まっている。
否、既に真希は意識を失っていたのだ。
それでも尚勝利へと喰らいついた限界を超えた一撃がそれだった。
「素晴らしい術師だ」
夏油の一言はそれに尽きた。
呪術師が呪術師を守る為、命を振り絞って戦った。
こんなに素晴らしいことがあるだろうか。
体中の至る所から血を流し、身体中ボロボロで意識もない。
それでもここは通さないと勇ましく立つその姿。
夏油は真希の閉じた目から涙のように流れ落ちる血を手で拭い、そうして頭を撫でた。
「君は強かった。断じて落ちこぼれなどではないな」
夏油はそれだけ呟き、校舎の方へと向かった。
◆
おかしい。
現状、京都でも東京でも夏油の発見報告は受けていない。
目立ちたがりの夏油が前線に出てこないとなると、何かしら裏があるかもしれない。
「五条さん!」
そう考えている時、伊地知がこちらへと走ってくる。
「どうした?」
「こんな時にとは思いますが、早い方がいいかと。以前調査を依頼された乙骨の件です」
報告を聞き終え、五条は思考をフル回転させた。
結果、最悪の予想が思い浮かぶ。
「パンダ!棘!」
その唯ならぬ様子に反応する二人。
質問をする間も無く五条に引きずられる。
「今から二人を呪術高専に送る」
「はあ!?」
驚く二人へと丁寧に説明している暇はない。
「夏油は今高専にいる。絶対、多分、間違いない」
「どっちだよ」
「勘が当たれば、最悪憂太と真希二人死ぬ!!」
その言葉を聞き、どこか気楽な雰囲気だった二人の空気が入れ替わる。
「僕もあの異人を片付けたらすぐ行く」
──二人を守れ。悪いが
顔を見合わせるパンダと狗巻。
返事はもう決まっていた。
「おう!」
「しゃけ!」
その瞬間、五条によって二人が高専上空へと転移された。
ミゲル達はそれを見て計画に勘付かれたことに気が付く。
「美々子、菜々子、予定を繰り上げます。開戦よ!」
「待ってましたあ!」
夏油一派が開戦に向けて動き、呪霊が解き放たれた。
そこで五条を引きつける一人の男。
「アンタノ相手ハ俺ダヨ、特級」
かつて亜鬼がアフリカまで会いに行った男、ミゲルである。武器である黒縄を持ち、最強の足止めへとかかる。
だが五条も余裕がない。
正確には遊んであげる暇がない。
「悪いけど、今忙しいんだ」
百鬼夜行が幕を開けた。
◆
真希を背に高専へと歩を進めようとした時、夏油は帳に穴が開いたことを感じ取った。
「誰かが“帳”に穴を開けたな。何事もそう思い通りにはいかないもんだね」
そう愚痴りながらも夏油の顔には薄い笑みが浮かび、明らかに上機嫌。
そんな彼に影がかかる。
見上げると何かが降ってくるじゃないか。
「があぁぁぁぁぁぁぁ!」
それは体長六メートル程の巨大なパンダだった。
着地と同時に夏油へとダブルスレッジハンマーをお見舞いする。
「やるね」
だが夏油からすればその程度の速度の攻撃が当たるはずもない。
軽く避け、観察へと入る。だがパンダからすれば夏油のことなど二の次だ。
周りを見渡し、血まみれの真希を発見して心が乱れる。
その隙を夏油がつかないはずもない。
「よそ見」
夏油はそう言いながら上段蹴りを繰り出した。
そしてその足が掴み取られる。
「誰が?」
パンダは確かに真希のことを確認した。
だが夏油から意識を外すことなどしていない。
パンダは掴み取った足を振り回し、地面へと叩きつけた。
受け身を取り、簡単に衝撃を流す夏油。
──コイツ、体術もいけるクチか・・・
そう判断しつつ距離を取る。
「棘、どうだ」
「いくら」
狗巻の腕の中には回収された真希の姿。
血まみれで痛々しく、その姿が更に二人を怒らせる。
「俺が時間を稼ぐから、その間に頼む」
「しゃけ」
パンダは裂帛の咆哮を上げ、夏油へと向かっていった。
その間に狗巻は口を覆い隠すマフラーを下げる。
そうして傷ついた真希へと声を掛けた。
──治れ
戦いはまだまだこれからだった。
今回の技解説
羅刹流“空穿”
読み方はそらうがち
力の流れを操りつつ勢いのまま重ねた掌底を放つ技術。
亜鬼が放つと文字通り空を穿つ。
羅刹流・奥義“羅刹天”
ただの身体強化の更に上。
心臓を呪力によって強化し、一度に廻す呪力量を爆発的に増やす。耐えうる強度の体と桁外れの呪力操作技術が必要。
羅刹流・奥義“白虎”
震脚の勢いで前に飛び出し、その勢いを更に利用しつつ掌底を放つ。しかも放った瞬間に相手の体に呪力を流し込み、振動させる技。
発勁みたいな感じ。
今回はそこまで行けなかった。
視点質問!
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原作の視点で進めて欲しい。
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今のままの視点で進めて欲しい。
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それぞれ半々くらいで進めて欲しい。
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閑話で他視点をもっと追加してほしい。