呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜   作:れもんぷりん

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 順平の魅力をしっかり描けたと思います。



邪悪

 

「真人さん!」

 

 順平は下水道で座り込み、小型化した人間を弄る真人に声を掛けた。

 

 ここ最近、順平はこの奇妙な恩人と会うのが日課になっていた。

 彼は毎日様々な事を教えてくれたし、その考え方には共感出来る部分も多かった。

 

「やあ順平。実は忠告しておきたいことがあるんだ」

「忠告・・・ですか?」

 

 順平は首を傾げ、真人の言葉に耳を傾ける。

 今まで彼が間違った事を言ったことなど一度も無かったので、心に留めておくに越したことは無い。

 

「そうだ。これを見てごらん」

 

 そう言って真人がポケットから取り出したのは一本の薄汚れた指だった。

 それは気色悪く、何だか良くない空気を発している様にも見えた。

 

「それ何ですか?」

「これはね、呪いを呼び寄せる呪物なんだ」

「の、呪いを呼び寄せる呪物!?何でそんなものを真人さんが・・・」

 

 順平は思わず息を呑んだ。呪いと言えば一般人では対処不可能な恐ろしい存在であり、それを引き寄せる物となればどれだけ危険かは言うまでも無い。

 

「今朝の話なんだけどね。この呪物の気配がしたから確認してみれば、これを持った人が辺りを彷徨いていてさ。余りに怪しかったから後を尾けてみたんだ」

 

 真剣な表情で語る真人に対して順平も緊張感を高めて行く。

 

「そしたらさ、そいつが順平の家の庭にこれを投げ入れたから、急いで回収したのさ」

「だ、誰がそんな事を!」

「人を呪う事で金を稼いでいる呪詛師は多い。そういう連中の仕業だろう」

 

 そして彼は続ける。

 

「もし僕が見つけていなかったら今頃君の母親は殺されていたかもしれない」

「そんな!」

 

 驚く順平に真人は今まで見せたことも無い様な真剣な表情で問うた。

 

「心当たりは無いかい?君や母親を恨んでいる人間、もしくは金と暇を持て余した薄暗い人間に」

 

 順平はハッとして思考を巡らせる。

 学校の連中ならやりかね無い。あいつらは人に嫌がらせをする為だったら何でもする。

 

「真人さん。僕行かないと」

 

 順平は急いで地下を抜け、家へと走り去っていった。

 その様子を見て真人は堪え切れないと言わんばかりに頬を釣り上げた。

 

「ほんと馬鹿だなぁ」

 

 そのまま腹を抱えて笑い転げる。

 

「クククっ、人間ってチョロいなぁ!」

 

 その笑顔はどこまでも醜悪で、邪悪だった。

 

 

 

 

 順平は家に戻り、母のクローゼットを開けた。

 

 母は仕事でいない。

 本来なら順平も学校に行っている時間だからだ。

 

 母は無理に学校に行けとは言わなかった。

 学校に行くことが全てでは無いと考えていたからだ。

 

 母は順平を否定しなかった。

 順平には順平の考えがあることを、彼女はちゃんと理解していたからだ。

 

 母は善良だ。

 自分とは違う。

 

 

 だから・・・

 

 

 だから母は僕が守る。

 

 今までの自分とは別れを告げる。

 唯一目に付いた黒い服を手に取り、それを身に纏った。

 

 これは喪服だ。

 優柔不断、決意も覚悟も無い自分への葬儀を上げよう。

 

 最早思考の余地は無い。

 自分の手は血で汚れる事になる。それで母が守れるなら彼は満足だった。

 

 勿論殺しはしない。

 虎杖が言った言葉は今でも彼の胸の中にある。

 ただ半殺しにして、立場を分からせるだけだ。

 

 二度と手出しなんてしようと考えない様に。

 

 二度と僕に歯向かえない様に。

 

 

 神は天罰を下さない。

 

 

 

 ならば僕が下す。

 

 

 

 

 

 

 吉野純平が通う高校では朝会が行われていた。

 

 全国読書感想文コンクールの最優秀賞受賞者である伊藤翔太が照れくさそうに表彰状を受け取る。

 だがそれは彼が書いた感想文では無い。

 彼の下僕である男に書かせた物だ。

 

 伊藤は下僕の元まで歩いて行き、小声で下僕に話しかける。

 

「適当に書けっつったろ。最優秀賞なんかとらせやがって、死ぬか?」

 

 正にクズ。

 だが吉野純平の通う高校では日常的に行われている行為だった。

 

 その時、講堂の扉が開いた。

 

──澱月

 

 講堂へと踏み込んだ順平の背後からクラゲの様な異形が現れ、その手足を細く長く講堂内に張り巡らせた。

 クラゲから毒が散布され、生徒は皆倒れ伏す。

 

 未だに意識を保っている生徒は伊藤だけだ。

 

「おい!どうしたオマエら!しっかりしろ、大丈夫か!?」

 

 教師が騒ぐのも無視し、順平は一直線に伊藤の元へと向かった。

 彼からすれば騒ぎが大きくなるのは都合が良い。

 自分を気味悪がって近づいてこなければ目的は果たされるのだから。

 

「吉野・・・」

 

 伊藤は冷や汗を流しながら順平の名前を呼んだ。

 ここまで来れば誰にでも分かる。この謎の現象は順平が引き起こしたものであり、唯一残された自分には何か他とは違う理由があるのだと。

 

「聞きたいことがある」

 

 順平は溢れんばかりの激情を滾らせ、伊藤を睨め付けた。

 

「アレを家に置いたの、オマエか?」

「なんの話──」

 

 全く身に覚えの無い質問をされ、困惑する伊藤の腕が紫色に染まって行く。

 

「い゛っぐ、う゛わぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 順平の術式、澱月は毒を操る事が出来る。

 今順平が伊藤に流し込んだのは致死性の猛毒ではなく、ただひたすら痛みを持続させるだけの悪質な物だ。

 神経を直接ナイフで切り裂かれ、ヤスリで擦られるかの様な地獄が永遠に続く。

 

 返答どころかまともな言葉も発せない様な状態。順平が先程の問いに対する答えを求めていないことが如実に表れていた。

 

「別に答えには期待していないさ。君がYesと言ってもNoと言っても僕に真偽は分からないんだからさ」

 

 痛みに悶え苦しむ伊藤の腹に蹴りを一発、二発と叩きこんだ。

 その後は頭を踏みつけ、何度も何度もそれを繰り返す。

 ゴスッ、ゴツッ、と鈍い音が断続的に発され、しかし伊藤は痛みによって気を失うことすら許されない。

 

「ただね、そろそろ理解して貰った方がいいと思うんだ。自分が行なって来た数々の行為は僕らの心をこうやって踏み躙って来たんだからさ。どう痛い?」

「い゛っい゛だい゛です゛、だ、だからもう゛や゛め゛──」

「だから何?君が痛いと思う事と僕がこの行為を止めるという事に何ら関連性を見出せないんだけど」

 

 懇願されても、嘆願されても、哀願されても、順平が振り下ろす足を止める事は無い。

 それは今まで順平を虐めて来た彼らが行なって来たことであり、それに対する天罰で、虐めるという選択肢が伊藤の頭から無くなる迄、続けられる“躾け”だからだ。

 

 躾けに夢中になる順平は気が付かなかった。

 近づいてくる彼の足音に。

 

「何してんだよ!順平!」

 

 大きな音と共に扉がこじ開けられ、駆けつけた虎杖は惨状を見て叫んだ。

 順平の胸には驚きと納得が同時に去来していた。

 

 何故虎杖君が此処にいるのかという驚き。

 あぁ、そう言えば彼は呪術師で、自分は悪い呪術師なんだから、彼が此処にやってくるのは当然か。という納得。

 

 正直に言うと虎杖君と母親にだけは今の自分を見て欲しく無かった。

 

 自分のしている事が間違いだとは思わない。

 

 でも自分のしている事が正しい事だとはもっと思わない。

 

 もう今の自分は虎杖君と仲良く映画について語り合えるような、そんな関係では無くなってしまったのだ。

 そんな今更の事実を、今この時初めて順平は受け止めたのだった。

 

「引っ込んでろよ、呪術師」

 

 

 だけどもう止まれない。

 

 

 止まれないんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖は拳を振るう。

 

 こんなに痛い拳は初めてだ。

 体がじゃない、心が痛む。

 

 一度殴ろうと腕を振りかぶる度に言い知れぬ何かが胸を打つのだ。

 

 それでも止める。

 

 それが友達にしてやれる唯一の事だから。

 

──澱月

 

 順平は自身の背後に顕現したクラゲを盾にし、虎杖の拳を受け止めた。

 彼の術式は毒を操れるだけでは無い。クラゲの中に入り込みさえしてしまえば並大抵の物理衝撃は吸収してしまうのだ。

 

「引っ込んでろよ呪術師!関係ないだろ!」

「それはオマエが、決める事じゃねえ!」

「無闇な救済に何の意味があるんだ・・・命の価値を履き違えるな!」

 

 順平から湧き上がった呪力が何本もの触手へと変化し、虎杖へと襲い掛かった。

 その一本一本が体を痺れさせる毒を有している。

 

「僕は僕の心に従って行動する。何を優先するか、何を為すのか、それは全て自身で決定するんだ。そこに他人の意思も、感情も、介在しない」

 

 澱月に埋め尽くされ、もはや声が届いているのかすらも分からない虎杖に対して述べる。

 いや、それは果たして本当に虎杖への言葉だったのだろうか。

 

「彼らの感情より遥かに優先されるべきものが僕の手の中にある。自分を信じて進むのには充分すぎる理由だ」

 

 順平は虎杖に背を向け、一歩踏み出そうと右足を前に出した。

 この一歩は悪い呪術師への一歩。彼はもう止まれない。

 

「誰に言い訳してんだよ」

 

 否、澱月から延ばされた手が順平を強く掴んだ。

 驚愕する順平の手が引っ張られ、虎杖の元へと体ごと引き寄せられる。

 

 そうして遂に、順平と虎杖の目が合った。

 

「順平が何言ってるかさっぱり分かんねえけどさ、オマエはただ“自分が正しい”って思いたいだけだろ」

 

 虎杖は順平の頭を両手でしっかりと固定し、全力で頭突きを放った。

 

「順平の動機は知らん。何か理由があるんだろ?でもそれは本当にあの生活を捨ててまでの事なのか?今の自分をあの人に誇れんのかよ!」

 

 その言葉にハッとしたかの様に順平が顔を上げる。

 そうだ、母さんは今の僕を見て、どう思うだろうか・・・

 

「もう何も、何も分からないよ・・・」

 

 

 そんなことでは・・・

 

 

 今更そんなことでは・・・

 

 

「止まれないんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 虎杖へ向けて、澱月の触手が放たれた。

 

 だが彼は避けない。

 もう全て受け止めると決めたから。

 

 触手が突き刺さってダラダラと血を流す虎杖。

 

「な、なんで避けないんだよ・・・」

 

 順平にだって虎杖の身のこなしくらい分かっている。

 今の一撃は間違いなく避けられる、隙だらけの一撃だったのだ。

 

「ごめん、何も知らないのに偉そうな事言った」

 

 虎杖はゆっくりと順平に近づき、屈み込んで視線を同じ高さに合わせる。

 

「何があったか話してくれ」

 

 

──俺はもう絶対に順平を呪ったりしない

 

 

 順平はその言葉を聞いて涙を溢れさせる。

 ずっと不安だった、ずっと分かっていた。

 自分のしている事が正しい行為じゃ無いなんて事はとっくに分かっていたんだ。

 

 それでも止められなかった。

 家に自分がいる時はまだ対処出来るかもしれない。

 

 じゃあ母が一人の時、仕掛けられたら?

 

 自分が見ていないところで襲われたら?

 

 唯一の家族だ。不安は募るばかり。

 

 彼はまだ高校生。一番精神が不安定な時期を狙われた。

 

 

 

 

 

 

 

「確かにそれは心配だな」

 

 虎杖は一通り話を聞き終え、頭の中で情報を整理した。

 どう考えてもその“真人”とかいう男が怪しすぎる。

 順平が好きな様に操られているとしか考えられなかった。

 

「順平、その真人って人に一度合わせてくれないか?」

 

 だから虎杖は提案した。

 順平はその“真人”を心の底から信頼しているように感じた。

 それならまず否定から入るのではなく、一度会って確かめたい。

 

「俺も協力するからさ、絶対順平の母ちゃんを呪わせたりなんかしない」

 

 順平は虎杖の頼もしい言葉に涙を流しながら頷く。

 

「一緒に戦おう」

 

 そう言い切った虎杖は順平からすれば輝いて見えた。

 握られた手から伝わってくる温かみに安堵すら覚えた。

 

 かくして順平と虎杖は真の友達となった。

 

 ここで終わればハッピーエンドだったのに。

 そこに乱入する純粋な邪悪。

 

 虎杖は一早くその存在に気がついた。

 一瞬人だと見間違えてしまうほど人に類似した呪霊。

 

「初めましてだね。宿儺の器」

 

 その言葉と共に呪霊の腕がボコボコと音を立てながら変形していく。

 

「待って真人さん!」

 

 その声に振り向いた順平は呪霊、つまり真人の存在に気がつき、その様子を見て彼が虎杖を害するつもりだと分かって声を張り上げた。

 

 だが真人はその声を聞き届けない。

 凄まじい速度で伸び、太く変形した腕が虎杖の体を鷲掴みにし、壁に叩きつけた。

 

 虎杖はそこでようやく真人というのが七海が戦った人型呪霊だと悟る。

 

「逃げろ順平!」

 

 虎杖に今出来ることは順平を逃すことだけ。

 

「コイツとどんな関係かは知らん!けど今は逃げてくれ!頼む!」

「虎杖君落ち着いて!真人さんは悪い人じゃ・・・」

 

 そんな彼の言葉が掠れていく。

 

 本当に彼は悪い人じゃ無いのか?

 人間を実験台にして弄ぶような奴が?

 

 順平の頭の中に葛藤が渦巻くが、もう遅い。

 

「順平はさ、まぁ頭いいんだろうね」

 

 真人は順平の肩に手をかけ、気安く語りかける。

 

「でも熟慮は時に短慮以上の愚行を招くものさ。君ってその典型!」

 

 真人は順平を馬鹿にするかの様に嘲笑った。

 それは順平が見たこともない彼の表情で。

 

「順平って君が馬鹿にしている人間の、その次位には馬鹿だから」

 

 真人の体を呪力が廻り、術式が発動する。

 

「だから、死ぬんだよ」

 

 順平の肩に触れられた手から呪力が流し込まれる。

 彼はその瞬間、今まで自分が見て来た実験台達の様に、自分も殺されてしまうんだと言う事を朧げに理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

 

 だがそうはなら無かった。

 真人の手が順平の服に弾かれ、一瞬術式が乱される。

 

 そして出来た一瞬の隙。

 

 術式が乱れたことによって巨大な手から解放された虎杖が真人の顔を打ち抜いた。

 

 




 原作を読み返す度にこの場面は胸が痛くなる。
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