呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜   作:れもんぷりん

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 読者さんに褒められて嬉しいから頑張って書いちゃった。


真人

 

 真人の頭は混乱で埋め尽くされていた。

 確実に、完璧に、何のミスもなく呪力を流した術式が上手く発動しなかった。

 それは彼が生まれてから初めての体験だったのだ。

 

 更に宿儺の器である虎杖悠仁に殴られた箇所がジクジクと痛む。

 タラりと地面に流れ落ちる鼻血が自身のダメージを教えてくる。

 

 真人は自身の魂の形を誰よりも理解している。

 故に魂の形を術式の力で保っている今、通常の攻撃ではほんの少しのダメージすら与えられない筈だ。

 

 生まれて初めての失敗。

 

 生まれて初めてのダメージ。

 

 それは彼に確かな動揺を与えた。

 

 魂の形は今でもくっきりと捉えられている。

 触れれば直ぐにでも変えられる。

 

 そうだ、慌てることなんて無いじゃないか。

 真人は何とか自身に言い聞かせ、立ち上がった。

 

「真人さん・・・今、何を・・・」

 

 順平は顔を歪め、自分が裏切られた事を薄々勘づきながらも真人へと問う。

 いや、裏切られたのでは無い。

 

 そもそも初めから順平の味方では無かったのだ。

 

 彼は今まで何度も真人の術式行使を確認している。

 

 だから自分に何をしようとしたのかも、分かってしまう。

 

「ずっと、ずっと嘲笑ってたんだろ・・・」

 

 順平の頭の回転は早い。

 盲目的だった真人への信用が無くなった今、状況を初めて客観視した。

 

 怪しい人なんてずっと近くに居たじゃないか。

 悪い人なんてこんなに身近に潜んでいたじゃないか。

 

 順平はようやくその事実に気がついたのだ。

 それは遅すぎる気付きだったかもしれない、致命的な間違いだったかもしれない。

 

 だが挽回出来ないほどでは無い。

 

 

 真人は言葉では言い表せない程醜悪な笑顔を浮かべた。

 

「そうだよ!滑稽だったなぁぁぁぁ!自分が賢いと思い込む順平の姿!」

 

 腹が捻じ曲がるかと言うほど笑い、心底馬鹿にしたという顔で見下す。

 

「真人さん・・・いや、真人!」

 

 順平は今自分が何を為すべきなのかを一瞬で見つめ直した。

 後悔は後で良い。後の祭りは始まっちゃいない。

 

 

「お前を、殺す!」

 

「“祓う”の間違いだろ?順平ぇ!」

 

 

 

 ──澱月

 

 順平から殺意が濃縮された黒いクラゲが顕現し、真人へと殺到する。

 それは今まで伊藤や虎杖相手に使っていたような殺さない毒ではない。

 

 致死性の猛毒と称するのも生温い激毒。

 

 正に呪毒と呼ぶのに相応わしい殺意の塊だった。

 

「お前の術式なんて意味無いんだよ!」

 

 真人は自分の体に突き刺さるクラゲの触手を気にもせず順平へ駆ける。

 

 真人に通常の攻撃は通らない。

 

 例外は宿儺の器、虎杖悠仁の打撃だけ。

 日常的に自分以外の魂が肉体の中に存在している状態である虎杖は魂の輪郭を捉える事が出来る。故に真人へと明確なダメージを与える事が出来るのだ。

 

 逆に言えば魂の輪郭を捉える事が出来ない順平ではどうやっても真人へダメージを与える事は不可能。

 

「忘れてんじゃねえぞ」

 

 だが順平は一人じゃない。

 クラゲの中に潜んだ虎杖が飛び出し、真人の顎へと綺麗に入るハイキックを繰り出した。

 

 真人の弱点は油断。

 自身の脅威となる存在が圧倒的に少ない彼は呪力感知も何もかもおざなりだ。

 

 今まではそれでも良かった。

 

 だが彼の前には虎杖悠仁が立ち塞がる。

 天敵という言葉がこれ程相応しい男も居ないだろう。

 

 窓に叩きつけられ、屋外へと飛び出した真人を追って虎杖と順平も空へ身を預ける。

 

 

 地面へ到達すると共に体勢を立て直した真人の右腕が蟷螂の様に細く研ぎ澄まされた。

 

 未だ空中に居る虎杖と順平はそれを見て即座に対応。

 虎杖が順平の体を掴むと同時にクラゲの触手が校舎へと突き刺さる。

 

 真人は気にせず全力で右腕を振り切った。

 クラゲの触手が縮み、クラゲに掴まっていた虎杖達も真人の攻撃の軌道から外れる。

 

「順平!」

「うん!」

 

 虎杖は校舎の壁を足場にし、真人の方向へと飛び出した。

 

「馬鹿じゃん!」

 

 真人は空いた左手を棘が生えた鉄球の様に変化させ、虎杖を撃ち落とさんと放つ。

 だがそんな事は彼も想定内。

 

 虎杖の進行方向へクラゲが現れ、それを足場に虎杖は更に高く飛んだ。

 真人の攻撃は虎杖が元居た場所を素通りし、クラゲだけを叩き潰した。

 

「曲芸師の方が向いてんじゃねえのかよ!」

 

 だが真人は慌てない。

 空中において順平の助け無しに虎杖が動けない事は間違いないのだ。

 

 真人の背中から服を突き破って翼が生える。地面を蹴り、空へと羽ばたいた。

 

 空中で幾ら攻撃されても順平とのコンビネーションで躱す自信があった虎杖もそれは流石に想定外。

 

 真人の術式は外付けと腕の変形だけが可能だと虎杖は予想していた。

 だがそれを遥かに超えてくる自由度。

 

 空中で身動きが取れない虎杖を引っ掴み、真人は術式を発動させる。

 

 

 

 ──無為転変

 

 

 今まで数多くの人間を変形させて殺してきた彼の術式。

 その正体は相手の魂に触れ、変形させるというもの。

 

 それは虎杖の中に眠る“王”に触れることに他ならない。

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

 心臓が波打つ様な音と共に真人の視界が黒く染まる。

 

 そこは呪いの王の生得領域。

 

 

「俺の魂に触れるか・・・」

 

 

 

 ──分を弁えろ、痴れ者が

 

 

 

 宿儺の術式が発動する。

 真人の体が左肩からパックリと裂けた。

 

「がふっ」

 

 虎杖を掴んでいた手が緩まり、その隙を突いて脱出。下で待機していた順平のクラゲによって受け止められた。

 

 真人はゆらゆらと高度を落としていき、遂に体の変形を保っていられなくなったのか、人型へと戻って地面へと墜落した。

 

 呪いの王、両面宿儺は当然の様に魂の輪郭を認識出来る。

 

 その攻撃は真人へと多大なダメージを入れた。

 

「何が起きたんだ?」

「分からない、でも・・・」

 

 続きも紡がず、示し合わせたかの様に二人は駆け出した。

 順平は虎杖の補助に全力を尽くし、虎杖は目にも止まらぬ拳速で真人へと連撃を叩き込む。

 

 急所など関係無い。

 ただ心が赴く様に拳を振るった。

 

 状況は完全に虎杖達が優勢。

 

 

 

 だからこそ気が付かなかったのだ。

 今虎杖が殴っているのがよく出来た分身だと言うことに。

 

 順平の背後から本物の真人が迫る。

 先ほど順平に術式が効かなかった事から万全を期して自分の体をハンマーの様に変化させ、叩き潰さんとした。

 

 遂に違和感に気がついた虎杖が後ろを振り向く。

 

「順平!避けろ!」

 

 

 虎杖の声は遅く、反応も出来ていない順平に向かって真人の右腕が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその一撃が順平へと届くことは無い。

 

 鈍い音と共に真人の腕が切断される。

 

 

「ナナミン・・・」

 

 七海建人、遂に現場へ到着。

 

「説教は後で。現状報告を」

「死者はまだいない筈だ」

「まずは君の体の事です」

「俺は何もされてねえから大丈夫。後学校の人らは全員体育館でぶっ倒れてる」

 

 七海はちらりと虎杖の体を確認し、その後は順平を一瞥した。

 

「彼は、信用できるのでしょうね」

「あぁ。断言できる」

「なら後で事情を」

 

 今はその場合では無い。

 

「なんだ。ピンピンしてるじゃん七三術師。お互い無事で何よりだね・・・ハグでもするかい?」

 

 真人の体からは依然血が流れ出ている。

 

「あの鼻血は?」

「え?俺が殴った」

 

「あの傷は?」

「分かんねえ。アイツが俺に触れたと思ったらいきなり」

 

 七海は情報を整理する。

 理由は分からないが、どうやらこの人型呪霊にとって虎杖悠仁は天敵らしい。

 

「私の攻撃は奴には効きません。説明は説教の時に」

「そういやアイツもそんな事を・・・」

「しかし、動きは止められます。お互いが作った隙に攻撃を畳み掛けていきましょう」

 

 この呪霊は危険だ。

 放っておけば際限なく成長していくことだろう。

 

「ここで確実に祓います」

「おう!」

 

 闘る気満々な二人とは裏腹に、真人は思考を逃走へと傾けていた。

 

 虎杖悠仁は真人にダメージを入れる手段を持ち、且つ真人の術式は使えない。順平にはなぜか術式が効かず、七海と合わせてサポートに徹されると厄介だ。

 

 腹立たしいが、認めるしか無いのだ。

 今の真人では勝てない、という事実を。

 

 どう逃走するかを思考しながらも体は絶えず動かす。

 

 七海の一撃がミートする瞬間にほんの少し体を変形させることで術式の発動を阻止しつつ、虎杖の一撃には最大限注意を向ける。

 

 自分が限界に近づいているという感覚はある。

 

 あの宿儺の一撃さえ無ければ・・・

 あと少しで何かを掴めそうなのに。

 

 ストックしている改造人間を使うか?

 

 いや、意味が無い。

 待機している順平に処理されて終わるだけだ。

 

 息が合って来たのか、もはや対処することさえ儘ならない虎杖と七海の連撃。

 

 虎杖に意識を向ければ七海から。七海へ向ければ虎杖から。

 反撃を返せば順平のクラゲが盾になる。

 

 全く隙の無い連携。

 興される痛みから死のインスピレーションが湧き上がってくる。

 

 今ならやれるかもしれない。

 

 呪術の頂点、領域展開を・・・

 

 

 

 

 いや、駄目だ。

 もし仮に領域内に虎杖が入ってきた場合、本当に祓われてしまう。

 

 今の真人の体力で宿儺の一撃を受け止める事は不可能。

 分の悪い賭けをするべきでは無い。

 

 

 

 

 

 虎杖は嘗て無い手応えを感じていた。

 研ぎ澄まされていく感覚、澄んでいく透明な殺意。

 

 真人が大きく後退し、体を大きく膨らませる。

 

 これ以上ない最大のチャンス。

 虎杖は大きく腕を引き、自身の呪力を全てその一撃に込める。

 

 

 

 ──逕庭拳

 

 

 

 放たれる一撃が風船の様に膨らんだ真人を叩き割った。

 

 だが虎杖はその手応えのなさに驚愕する。

 軽すぎたのだ。とても何かを殴ったとは思えない。

 

 その隙に体を限界まで小さくした真人が近くの排水口へと向かう。

 七海は全力で追ったが、放つ一撃は僅かに届かない。

 

「ナナミン!早く追おう!」

「いえ、その必要はありません」

 

 虎杖は慌てて駆け出そうとする。

 だが七海は虎杖を制止し、落ち着き払って電話を取り出した。

 

 

「もしもし亜鬼さん。本丸が東南の方へ繋がる排水口へと逃走しました」

 

 不思議そうにする虎杖を横目に七海は薄く笑みを浮かべる。

 

「えぇ、虎杖君も吉野順平も無事です。では、後はよろしくお願いします」

「ナナミン、大丈夫なのか?」

 

 通話を終えた七海に対して虎杖は問うた。

 この間にも真人は逃走してしまうかもしれないのだ。

 

「ええ、問題ありません」

 

 だが七海は彼女を疑わない。

 そのまま、報告にあった体育館へと足を向けた。

 

 

 

 

◆

 

 

 

「はぁ、はぁ」

 

 真人は今までに感じた事が無い程の充足感に浸っていた。

 領域展開の掴みは得た。

 

 今度はきっと殺せる。

 

「はぁ・・・ハハハ」

 

 彼は虎杖を殺す事を想像するだけで胸が高鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひた、ひたと歩く音が下水道に響く。

 

 

 迷い込んだ一般人だろうか?

 例え呪術師だとしても大丈夫だ。

 

 領域展開の試運転にでも使ってやろう。

 

 真人はそう考えて立ち上がった。

 

 

 

 遂に足音の主の影が真人にも見えた。

 白い影だ。

 魂の形は呪霊ではなく人間だった。

 

「悪いけどさぁ」

 

 真人は印を結び、呪力を廻す。

 

「実験台になって貰うよ」

 

 

 

 ──領域展開

 

 

 

 “自閉円頓裹”

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 それは誰の声だっただろうか。

 

 

 

 

「初めまして、そして・・・」

 

 

 真人の前に現れたのは白い鬼だった。

 薄暗い下水道でも確かな輝きを放つ銀髪。

 美しく磨き上げられた宝石より尚輝く一対のツノ。

 

 何よりも真人を真正面から捉えるその紅い瞳。

 

 夏油から聞いていた呪霊の特徴そのまま。

 絶対に手を出すなと厳命されていた世界のバグ。

 

 何で・・・。その言葉が頭を埋め尽くす。

 

 

 だって魂は人間だったじゃないか!

 

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

────領域展開

 

 

 

 

“奏死双哀”

 

 

 

 

 

 白い世界が真人の領域を塗り潰す。

 

 

 そうして彼は短い一生を終えた。

 




 ナナミンは先に亜鬼に説明を聞かされており、弱らせて逃げられるところまでが仕事でした。説明を聞かされた時に、最初から亜鬼が行く方が絶対に良いと考えていたのは秘密。

 これにて原作開始編完結。
 最後に一話だけ大事な閑話を書いてから、姉妹校交流会編。
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