呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜   作:れもんぷりん

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未来

 

「真人が祓われたか・・・これは計画の大幅な見直しが必要だね」

 

 羂索は蝿頭からの報告を聞き、薄く笑みを浮かべた。

 正直、全く予測していなかった事態では無い。

 

 羂索は自身の予想が的中している事を確信した。

 

 あのイレギュラーは羂索がその場の気分で入店を決めたカフェに現れた。予約を取っていた訳でもなく、カフェを選んだのは完全な偶然。

 

 与幸吉の事もそうだ。

 確かに羂索は彼と縛りを結んでいる。

 

 縛りは二つ。

 

 一つは与幸吉の天与呪縛を真人の無為転変で治す代わりに呪術高専の情報を流してもらうというもの。

 もう一つは京都呪術高専の人間に手を出さないこと。もし仮に手を出せば協力関係はそこで終わりという縛りだ。

 

 勿論時が経てば呪術高専に内偵が潜んでいる事は勘付かれるだろう。

 

 だが、あの時点では全く情報を流されていなかった。

 まだ会ってすらいなかったのだ。

 

 与幸吉が所有する呪骸の一つから接触され、縛りを持ちかけられただけ。

 

 つまり、勘付かれる要素が皆無なのだ。

 そして今回、あのイレギュラーが見せた動き。

 

 吉野順平が真人に接触され、唆されること。

 

 その結果、“黒い服”を着て学校へと向かうこと。

 

 真人が虎杖悠仁に見せつけるようにして吉野順平の“肩に触れて”無為転変を行使すること。

 

 そうなる、と分かっていなければ起こせない行動の数々。

 

 吉野凪を救い、吉野順平の精神が潰れないギリギリで抑え込み、虎杖悠仁に救わせたこと。

 

 彼が母親のクローゼットを開き、黒い服を取り出す事を把握して“黒縄”で編んだ服にすり替えていたこと。

 

 真人が吉野順平の頭に触れて無為転変を行使すれば意味のないその行動を何の疑いもなく選択したこと。

 

 

 真人の性格、呪霊側の目的、それら全てを知っていても到底予想不可能なこれらを容易く乗り越えて来た。

 ましてや彼女は真人の存在すら知らなかった筈なのだ。

 

 

 結論を述べると。

 

 

 彼女は未来を知っている。

 

 

 荒唐無稽だが、それしか考えられない。

 

 今回の一連の流れは全て観察していた。

 この為に探し出した千里眼の術式を持つ呪霊から抽出した術式を使い、気が付かれない様に細心の注意を払った。

 

 真人を祓わせない事も出来たが、敢えてしなかった。

 

 それは最後の可能性、“彼女は未来が視えている”という可能性を潰す為だ。

 

 “未来を知っている”と“未来が視えている”は同じ様で全く違う。

 

 前者は対策が可能だが、後者は対策が不可能だ。

 どんな策を弄したところで全て後出しで対応されるという事なのだから。

 

 ただでさえ隔絶した実力差があり、その上策が通じないとなるともうどうしようも無い。

 

 だが前者なら“勝利の可能性”はある。

 そして彼女は前者だ。

 

 初めは彼女の行動により、彼女自身が視えている未来も変わっていくのかと考えた。

 あのイレギュラーならそんな術式を有していてもおかしくない。

 

 だがそれにしては行動が遠回りに過ぎる。

 特にそれが顕著だったのは真人の祓い方だ。

 

 初めから彼女自身が向かえば一瞬でカタがついた。

 それをせず、逃走ルートを潰しに回るという用意周到さ。

 

 そこから考えるに、恐らく彼女の知る未来において、真人は逃走出来たのだ。

 

 未来が見えているのだとすれば、亜鬼自身が向かっても真人が逃走不可能だったことは“視える”筈。

 つまり彼女は未来を知っていても、改変した先の未来が視えている訳では無い。

 

 更にその情報から“彼女が知っている未来”に亜鬼が存在しない事も分かる。

 もし彼女が存在していれば、真人が逃亡出来る未来は有り得ないから。

 

 つまり、亜鬼は“亜鬼がいない世界の未来”を“知っている”と予想できる

 

 この際どうやってその未来を知ったのかはどうでも良い。大事なのは、彼女がその未来を頼りに動いているという事だ。

 

 そう判断出来たからこそ真人を捨て置くことが出来た。

 与幸吉を救おうとした彼女ならば、必ず真人を吸収して“無為転変”を得るだろうと信じられたから。

 

 全て想定して動くならば。

 

 羂索が五条悟を封印しようと考えており、その手段が獄門疆である事も知られていると見て然るべき。

 その舞台が渋谷であるという事も、決行しようと考えている日時でさえ。

 

 厄介極まりないが、未来が視えているとこちらが分かっているなら逆に利用してやれば良い。

 

 

 目標は一つ。

 

 特級呪霊“死風”の調伏だけを考えれば良い。

 彼女さえ手に入れれば邪魔をしてくる有象無象など関係なく、更に無為転変も行使させる事が可能だ。

 

 今まで用意して来た全てを使う。

 彼女が呪霊である以上、寿命など無い。

 

 彼女が成長しきる前、今を逃せば羂索の望みが叶う時は訪れなくなるのだ。

 

 もはや出し惜しみなどしない。

 溜め込んで来た呪霊も彼女を手に入れれば必要なくなる。

 

 それなら先ずは呪術高専から宿儺の指と失敗作達を回収しなければ。

 

 羂索は不気味な笑みを浮かべ、未来を描き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真人が、逝ったか・・・」

 

 漏瑚は羂索から聞かされた報告を何度も反芻し、現実を受け止めた。

 彼は特級呪霊の中でも最上位と言って差し支えないだけの実力を誇っている。

 

 両面宿儺は例外だが、他の特級呪霊相手に遅れは取らないと思っていた。

 

 カフェで出会った白い鬼の事を今でも思い出せる。

 同じ呪霊だからこそより濃密に感じられる呪力の圧。

 比類無き力の波動。

 

 勝てない。

 

 きっと自分が百人居たところで勝てないと言い切れるだけの余りに隔絶した地力。

 

 真人が祓われたのも納得だ。

 

 彼女が純粋に呪霊であれば良いのに。

 そうであれば間違いなく呪霊が上に立つ。

 

 だが彼女は紛う事なき人間の味方。

 

 漏瑚の目的は果たされない。

 

「漏瑚、ちょっと良いかい?」

「なんだ」

 

 座り込み、黙祷を捧げる漏瑚に羂索が声を掛けた。

 

「君の目的は将来的に呪いが人として立っている事。間違いないね?」

「そうだが」

「それは君たちじゃ無くても良いと」

「相違無い」

 

 その答えを聞いて羂索はニンマリと笑みを浮かべた。

 

「じゃあさ、ちょっとお使いを頼まれて欲しいんだけど」

 

 巨悪が動き始める。

 

 

 

 

 

 

 順平は今、人生の岐路に立っていた。

 選択肢は二つ。

 

 一つは呪術師として生きていく事。

 

 一つは亜鬼の無為転変で術式発動を不可能にし、一般人として生きていく事。

 

 順平としては呪術師として生きて行きたかった。

 だが彼には母がいる。毎日順平の帰りを待ち、その暖かさで包んでくれる。

 

 呪術師は危険な仕事だ。

 呪霊は凶暴でいきなり強さが変動することもある。

 呪詛師と戦うとなれば人殺しに手を染めねばならぬ時が来るかもしれない。

 

 幸せな生活とは程遠い人生になる事が決定されている。

 

 だが順平からすれば一般社会は息苦しい。

 どうしても今までの記憶がチラつく。

 

 更に、映画やアニメが大好きな順平からすれば人を助けるヒーローの様な仕事は憧れでもあった。自分が呪術師に救われた事もあり、日に日にその憧れは募るばかり。

 

「順平君」

「あ、亜鬼さん」

 

 順平に声を掛けたのは美しく、白い鬼だった。

 

「決まりましたか?」

「・・・いえ、まだです」

 

 今後の人生が大きく変わるであろう決断なのだ。

 そう簡単に決められる訳が無い。

 

「どうしても、考えてしまうんです。自分は一般社会に溶け込めないんじゃないかって。少なくとも今のままでは耐えられない」

 

 彼は学校で酷い虐めを受けていた。

 裸に剥かれてカメラを向けられ、火のついたタバコを押し付けられ、ゴキブリを無理やり口の中に入れられた。

 

「どうしても、人間に期待出来ないんです」

 

 今でもその苦しみは脳裏に焼き付いている。

 きっとこの先死ぬまで永遠に彼の頭を這いずり回ることだろう。

 

 場に沈黙が満ちる。

 亜鬼は一つ頷き、順平の胸に手を当てた。

 

「心が痛む。それは貴方が目を見開いている証拠です」

 

 困惑する順平に対して亜鬼は続ける。

 

「どんなに辛くても、苦しくても、貴方はお母さんへの思いやりを忘れなかった。それって、凄い事だと思います」

 

 そして亜鬼は微笑む。

 

「きっと貴方を虐めて来た奴らなんかじゃ真似出来ない。貴方の魂は宝石の様に輝いて見えるから」

 

 順平の頭を優しく抱き抱え、ゆっくりと撫でた。

 

「順平君、人の命を助ける仕事に興味はないですか?」

「人の、命を・・・?」

「はい。呪霊を祓う呪術師では無く、呪術師を治す呪術師です。貴方にはその才能があります」

 

 順平は亜鬼の言葉に驚いた。

 何故なら彼の術式は毒を生成するというものであり、治すという言葉とは対極にあると考えていたからだ。

 

「貴方は人の痛みが分かる優しい子。そんな貴方にしか救えない命がきっとある」

 

 亜鬼は一つ微笑むと、順平の背中をポンポンと叩いた。

 

「まずはお母さんと話して、相談しなくちゃ。貴方の事を誰よりも考えてくれる人なんだから───」

 

 

 そうして日々は過ぎ去って行く。

 

 

 

 

 羂索には一つだけ致命的な誤算があった。

 

 

 

 

 

 死風は、一人だけじゃない。

 

 

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