呪霊廻戦 〜呪霊で教師になります〜   作:れもんぷりん

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 閑話は一つだと言ったな。あれは嘘だ!
 この男の話を入れ込むのを忘れていたぜ・・・


甚爾君の一日

 

 伏黒甚爾の朝は早い。

 

 毎朝五時にはベッドから動き出し、無地のTシャツと適当なジーパンを身に付けて外出する。

 時期は夏。薄着一枚で事足りる。

 

 それでも早朝特有の張り付いてくるような寒さが伏黒の身に纏わりついた。だがそれを気にする事はない。

 別に彼は冬だって半袖一枚で生きていける。生物としての造りが根本的に違うのだ。

 

 懐から煙草を取り出し、火を点けて咥えた。体を満たす煙に生を実感し、寝ぼけた頭を冴えさせる。

 

 ポケットに入っている支給されたスマホの電源は切れたまま。充電するのを忘れていた訳では無い。ただ面倒だっただけだ。

 

 吸い殻を地面に擦り付け、街へと繰り出す。

 朝はうどんでも食べるか、少し重めにバーガーも捨てがたい。

 最近のパン屋は早朝から空いていない所も多い。商品の並びも期待出来ず、ここはやはり鉄板のうどんが良いだろう。

 

 朝から懸命にランニングを行う若い男、犬の散歩をする老婆、そしてベンチの上で眠りこけるスーツ姿のおっさん。

 きっと昨日は夜遅くまで飲んだのだろう。何とも幸せそうな顔を浮かべている。

 最近になって“酒に酔う”という感覚を覚えた伏黒もその気持ちは理解出来る。天与呪縛のせいだろう、ずっと嫌いだった酒を好んで飲む様になったのもあの白い鬼の影響だ。

 

 一度戦った時は死をこれ以上無い程覚悟したが、結果的に今は良い生活を送れている。

 後は彼女から持ちかけられた“三つの縛り”を達成してしまえば自由の身だ。

 

 感謝はしている。かつて此処まで穏やかな生活を送っていたのは“アイツ”と一緒に過ごしていた時位なものだ。

 あの幸せな日々はもう戻って来ない。彼女が死んだ時、伏黒甚爾という男も一度死んだのだ。

 

 少し感傷に浸りながらもうどん屋へと辿り着く。ここが24時間営業で助かった。

 鶴伐うどんは肉うどんが美味い。正直肉うどんの旨さでは他のチェーンと一つ次元が違う所にある。

 

 そんな事を考えながら少し耳の遠い店員に肉うどんを注文した。

 うどん屋において、何よりも驚くべきところはその提供時間にあると考えている。

 

 全く淀みの無い作業。麺を茹で、丼を少し温め、出汁を注いで肉を入れる。

 この一連の作業が僅か一分足らずで行われるのだから驚きだ。

 

 湯気を揺らす肉うどんを受け取った。

 店内の照明を照り返し、燦々と輝く美しい麺。出汁に浸かった肉はホロリと崩れ、刻まれたネギが良く映える。

 その匂いは暴力的なまでに伏黒の鼻を蹂躙し、魅了して離さない。

 

 そんなうどんを食べる前に一つ考える事がある。

 

 それは割り箸か、店の箸かだ。

 確かに店の箸は環境に良く、割り箸よりも使いやすいことが多い。

 

 だが断言しよう。

 ここで選ぶべきなのは間違いなく割り箸であると。

 

 まず理由として割り箸とうどんの適正が挙げられる。

 昨今、うどんはコシがあってツルツルしているものが多い。

 それが木製の割り箸と上手く噛みつき合う。

 これは表面が平らなプラスチック箸では成しえない割り箸が持つ強みだと言える。

 

 更に店員の様子だ。

 見たところあの店員は結構歳を重ねている。

 となると力が弱まってきている筈だ。基本的には食洗機で洗われる箸であるが、それでは取れない汚れというのは間違いなく存在する。

 

 力の弱まってきた店員が落とせなかった汚れが食洗機の洗礼も抜けてくるというのは結構な頻度であることだ。

 ましてやこの店は随分と年季が入っている。食洗機も劣化するものだ、汚れを気にするならやはり割り箸の方が良い。

 

 この無駄とも思えるような些細な気遣いがうどんを更に引き立てる。

 

 割り箸を取り、天性の直感と精密な肉体操作で綺麗にふたつに割った。

 寸分違わぬ完璧な割り箸。これは伏黒甚爾が得意とする数多の技術の一つだ。

 

 この間、僅か一秒。

 思考を済ませ、割り箸を割るまでにここまで白熱した脳内会議が行われていると分かる者は一人としていないだろう。

 

 

「なかなか良いチョイスです。肉に割り箸とは・・・正直あなたを侮っていたようです」

 

 いや、ここに居た。

 

 

 今まさに麺に喰らいつかんとしていた伏黒の隣に腰掛けた白い鬼。

 伏黒の雇い主とも言える存在、亜鬼だ。

 

「しかし、甘いですね」

 

 亜鬼は湯気を放つ肉うどんを手に持ち、ドヤ顔で蓮華を見せつけた。

 

「この店に置いてある蓮華は基本的に頼まないと出て来ない、知っていましたか?」

 

 伏黒は驚きの余り、箸を取り落としそうになった。

 天与呪縛で最大限まで強化された五感を持つ彼が接近にすら気が付かなかった。

 そんな彼女が何を言うのかと思えば蓮華だと?一秒が旨さに関係するうどんを前にそんな悠長な事を言っていられるか!

 

「ハッ!ガキだな」

 

 伏黒は一気に麺を啜り上げた。温かな出汁が口の中を満たし、溶け出した肉の甘みがこれでもかと言う程味覚に叩きつけられる。

 

 うどんは芸術品だ。

 全てにおいて無駄が無く、完成された至高の一品。

 

 存分に味わいながらも僅か一分で完食。

 最後に丼を傾けて残った出汁を飲み干した。

 

「この良さが分からんとは・・・所詮ガキはガキか」

「ガキとは何ですかガキとは!最初は蓮華で出汁を一杯嗜み、そこから麺を啜るのがうどんに対する礼儀というものでしょう!」

 

 ガキ、ガキと連呼された亜鬼は頬を膨らませて怒るが、麺が伸びるといけないので急いで食事に戻った。

 

 

 

 しっかりと食べ終え、店の外に出た二人は公園のベンチに腰掛けた。

 

「それで、今日が最後で良いんだろ?」

「はい、取り敢えずあなたは一度自由の身です」

 

 その言葉に口角を釣り上げる伏黒を見て亜鬼は釘を刺す。

 

「ちゃんと今日の夜まではお願いしますよ!?」

「わぁってる。そう騒ぐな」

 

 さっさと立ち上がる伏黒は最後に一度振り向いた。

 

「そういえば何でわざわざそんなこと言いに来たんだ?電話で済むだろうが」

 

 亜鬼はその言葉を聞き、呆けた様に口をぱかんと開けた。

 

 

 

 

 

「あなたが電話に出ないからでしょうが!」

 

 

 

 充電の無いスマホを思い出した伏黒は一つ笑い声を上げ、背を向けたまま手を振った。

 

 

 

 

 

 

 男は凄腕の呪詛師であった。

 

 といっても呪力が特別多い訳では無い。術式も強力とは言い難い。

 ただ照準を合わせるだけの術式。

 

 それを最大限活用する為に、男はライフルを扱う術を磨いた。

 照準を標的に合わせることが出来ても、風の流れや重力による落下も大きく関わってくる。

 

 必死に技術を磨き、今では二キロ近い距離があっても確実に当てることが出来るようになった。

 

 それからは簡単だった。

 呪術師は実弾に弱い。一級以上になってくると何故か勘付かれる事もあるが、気付かれたなら逃げれば良い。

 ひたすら遠距離から安全に弾を打ち込むだけで抱えきれない程の金が舞い込んでくる。

 

 少しずつ裏で名前も売れて行き、全く現場に姿を現さない事から“蜃気楼”と二つ名が付いて久しい。

 準一級以下の殺しには失敗した事が無いのも彼の評価を引き上げた。

 

 そんな彼に一本の電話が入る。

 

「桃色の髪のガキ一人殺す、それだけで三千万!?」

『ああ。それだけでだ』

 

 お得意様の呪術界上層部の一人。腐ったみかんの一員だ。

 

「それで、等級は?」

『二級』

 

 男はニヤリと笑う。

 

「何それ、楽勝じゃん」

 

 男は相棒を手に取り、拠点から歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 伝えられた場所に行けば標的はすぐ見つかった。

 どうやら今は任務の最中らしく、一人で廃ビルを歩き回っているのが見て取れる。

 その注意は呪霊のみに向けられており、約1500メートルも離れた位置で身を屈めている男には気が付く様子もない。

 

「ふ、ふはは、これだけで3000万かよ。笑いが止まんねえぜ」

 

 照準が虎杖へと合わせられる。

 あとは角度を調整、風向きを考慮、そして引き金に指を掛けた。

 

「じゃあな少年、グッバイだ」

 

 そうして引き金が引き絞られる。

 

 

 そこに割り込む一つの影。

 黒い髪をしたその影は、放たれた銃弾を容易く掴み取った。

 

「おいおいおい、マジかよ!」

 

 明らかに自分を視認している。

 そう悟った男は銃を背負い込み、マンションを抜けて裏道に入り込む。

 

 これが男の常套手段。今まで一度として捕まったことの無いやり口だった。

 

 

 

 

「ま、そうするよな」

 

 それは今まで呪術師を相手にしていたからだ。

 

「な、何でここに!」

 

 だが黒い影、伏黒甚爾は違う。

 彼は誰一人見逃さない。

 

「何で?お前らみたいな小物が考えることなんて───」

 

 伏黒はトントンと頭を小突いた。

 

 

「全部分かってんだよ、雑魚が」

 

 

 男は冷や汗を流しながらも冷静に懐からリボルバーを取り出す。男の術式は何もライフルだけに働くものでは無い。狙うという行為に対して働く。

 

 こんな事もあるだろうと訓練していた男は淀みなくリボルバーの照準を伏黒の胸元へと合わせた。

 

「死ね!」

 

 並の相手ならばこれで良かったかもしれない。

 だが相手は世界が生み出した稀代の天才。

 

 銃弾は掠ることも無く躱され、男はリボルバーを無効化するついでと言わんばかりに右腕を切り落とされた。

 

「ま、待て!情報なら話す!依頼人も流すから・・・」

 

 男は勝てないと悟ると命乞いへと切り替えた。恐らくこの男は呪術師、彼らは無闇矢鱈と命を奪わない。

 

 何度も言うようだが、相手が悪かった。

 

「情報、情報ねぇ」

 

 伏黒は一瞬考えるような姿勢を取った。

 男はそこに活路を見出す。

 

「俺は裏でも名が通ってる!殺さない方が良い」

 

 裏の繋がりというのは馬鹿に出来ない。裏に居るからこそ義理堅い連中というのも多いからだ。実際には関係を築いて来なかったこの男に繋がりなど無いのだが。

 

「へぇ、なんて名だ?」

「蜃気楼だ!」

 

 それだけ聞くと伏黒は面白くなさそうに肩を竦めた。

 

 

「誰だよそのド三流。聞いたことすら無えわ」

 

 

 その言葉を最後に男の頭に刀が突き刺さった。

 この一瞬で骸と化した男に興味を傾ける事もなく、刀に付着した血を男の服で拭った。

 

 伏黒と交渉したかったならば。

 

 彼にうどんの一杯でも奢ると持ち掛けた方がマシだったかもしれない。

 




 実は作者はうどんが好きなので、うどん屋でいつもこんな事を考えています。だから思わず書いちゃった。
 伏黒に情報なんて意味無いですね。仕事に入っていないから。
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