夢中になって追い求めるものがそこにある。
ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。
一人の妊婦が出産を迎える。
その日、少女は世界に産まれ落ちた。
少女は親に恵まれなかった。
幼い頃から父親はいない。
齢3歳の時から、なんらかの理由で母親が一人で毎晩泣いているのを薄ぼんやりと理解していた。
幸いにも暴力を振るわれることはなかったが、深い愛を向けられることもない。
母親の生きる世界において、その少女は、忘れられない男の遺したペット程度の価値しかなかった。
母親は正しくクズで、その相手もまたクズだった。
普通の家庭なら与えられるはずの最低限の愛も、父親がいないことへの憐憫も、そしてその環境への同情も、何一つ得られなかった。
愛されることのない赤子は産まれて間も無く死亡するという。
少女が今生きているのはなぜなのか。
それは母親が昔、赤子を愛していた時期があったことの証明たり得るだろうか?
少女は環境に恵まれなかった。
夜は暗闇が蔓延り、コンビニエンスストアさえ見当たらない島国の端。
酒とタバコの匂いが染みついた狭い部屋の中に半ば放置状態で放り込まれていた少女は、それが普通の環境だと認識するに至った。
近所に住む人間は皆、等しく母親への嫌悪感を持っており、少女へ向かう同情の視線は途切れることがなかった。
しかし、終ぞ少女へ助けの手を差し伸べる人間は現れなかった。
齢7歳にして少女は自らの力をもってして生き抜かねばならぬという残酷な事実をその身に深く刻んだ。
向けられる軽蔑の視線に怯みながらも、自販機の下を覗き、ゴミ箱を漁らなければいけなかった。
少女は運に恵まれなかった。
運が良ければ、警察に保護されたかもしれない。
運が良ければ、少女は自らが明らかに異常な環境に身を置いており、保護されるべき対象だという事実に気づくことができたかもしれない。
運が良ければ、助けの手を差しのべてくれる救世主に会えたかもしれない。
運が良ければ...
運が...
齢10にもなって、少女はいまだに小学校を知らなかった。
親にも、環境にも、運にも恵まれなかった少女は恵まれた。
才能に恵まれた。
それをもってして赤子の時に生にしがみつき、劣悪な環境で生き延び、どんな状況でも生き抜いた。
少女は間違いなく異常だった。
異常でなければ生きられなかった。
少女は生物として、他者の追随を許さなかった。
身体能力は幼少期の時点で大人のそれを凌駕し、その頭脳は明晰という言葉では表しきれなかった。一度見聞きしたことは忘れない。
空間把握能力もずば抜けており、幼い女児である少女を襲おうと考えた不埒な輩は視認される前に存在を捕捉されていた。
正しく怪物。
その才覚は人の身では持て余すものだったが、少女はそれを扱いこなした。
そんな少女はある日、運命の出会いを果たす。
知識の収集のために通っていた図書館にて、漫画を知ったのだ。
それは面白かった。
今まで少女が読んできた数々の参考書を置き去りにし、少女は夢中で漫画を読み耽った。
そこには「友達」というものが出てきた。
そこには「恋人」というものが出てきた。
それは美しく、少女を虜にした。
少女は強く思った。
何よりも強く。
「友達」が欲しい
そうして少し経った頃、少女の母親が死亡した。
長い間人形のように変わらない生活を送っていた彼女の母親が最後にとった人形らしからぬ行動は自殺だった。
玄関の扉を開けた時、部屋の奥から漂ってきた死臭を少女は永遠に忘れることはない。
愛されることがなくても。
たとえそれが到底、母親とは思えない存在であっても。少女にとって、生まれた時からずっとそばにいた、大切な人だった。
少女は産まれて初めて涙を流し、母親の死体を強く抱きしめて眠った。
母と始めて一緒に入る布団。
それは冷たかった。
それは暖かかった。
図書館で勉強した通りに警察を呼び、事情を正直に話した結果、少女は児童施設に保護されることになった。
母親を失った喪失感はいまだ消えないものの、本で読んだとおりであれば、その生活は温かく、希望に満ち溢れた明るいものになるはずだ。
それが夢物語だとも知らず、少女は施設の中へ踏み込んだ。
◆
夢を見ていた。
詳しくは覚えていないが、ひどく悲しい夢だったような気がする。
まあいっか!
修行を初めて3ヶ月。
呪力操作が得意になってきた私は今、新たなステージに上ろうとしていた。
身体能力強化の際、体中に呪力を巡らせることは正直もう簡単にできる。
私は天才少女だからね!簡単に呪力操作をマスターしたのだ。
しかし、その程度で満足するほど私は甘くない!
呪力を体にこめるのではなく、巡らせるというのが呪力操作のイメージというのは有名だが、どう巡らせるかは私の好きにさせてもらおう。
呪力をゆっくり胸の辺りに集めていき、心臓の位置に近づけていく。
その後、血液(仮)が流れるのに合わせて呪力を廻し、血管の中を呪力が巡るようにした。
説明は簡単だが、実行するのは何よりも難しい。
それでも身体能力の効率は確実に上がっている。
必要な位置に必要な分だけ呪力が漲っていくのを感じる。
ぶち...ぶちぶち...
不穏な音が聞こえるが気のせいだろう。
ぱきゃ!
と音がすると同時に腕や足から次々と血液(仮)が噴き出した。
「痛たたたたたっ!」
慌てて心臓への呪力供給を切り、血管に廻る呪力を止める。やっぱり呪力操作の難しさが段違いだ。これは慣れるまで時間がかかりそうである。
いまだに術式反転成功への兆しは見えないし、たまに現れる雑魚呪霊を吸収しているだけなので、準一級の呪霊くらいの呪力までにしか成長できていない。
最強までの道のりは長そうだ。
しかし、私は絶対に諦めんぞ!友達が欲しいんじゃあああああ!
実は主人公の呪力操作力はめっちゃ上がってます。
毛細血管の一つ一つに至るまで、呪力が張り巡らされるのをイメージしているわけですからね。