応援が温かくて、泣きそうになりました。
本当にありがとうございます!
京都姉妹校交流会から少し経った。
来たる渋谷事変に備え、私は毎日生徒達の教導を進めていた。
花御と戦わなかった事で黒閃が未習得だった虎杖君と模擬戦を重ね、何とか本番でも武器として使える位には仕上げた。
伏黒君には領域展開のイメージを強く灼き付けたので、原作よりも早い段階で完全な領域展開に至るだろう。
野薔薇ちゃんには贈与法による呪力の増量と、体術を教え込んだ。彼女の術式は敵の一部をもぎ取れる位の体術があって初めてちゃんとした火力を発揮できるのだ。
今までと変わらず真希ちゃん、狗巻君、パンダ君の三人も更に鍛えている。
そんじょそこらの特級呪霊なら相手にならないレベルまで到達していると言っても過言では無いだろう。
五条先生は原作よりも修行を積んだ事により元々最強だったのが更に強化。
原作では死んでいたであろう呪術師達も助けているので、そもそも呪術師の総数が多い。
その他にも各地で拾ってきた呪具、構築術式を得た事で色々と試して作り出した呪具、万が一の事態に備えて打っておいた布石の数々。
何より、私という最大の相違点。
呪力操作は極限まで磨き上げた。
凡人では到底辿り着けない理外の武術も極めた。
現在の呪力量は正確に把握出来ないが、少なく見積もっても宿儺の指50本程の呪力は間違いなく有している。
反転術式も、術式反転も、領域展開も。
何もかも、全て研磨した。
今の私は文字通り敵無しだろう。
例え五条先生と両面宿儺が同時に襲って来たって勝てる自信がある。
そう、その筈なんだ。
なのに何なのだろう、この胸騒ぎは。
直感が囁いている。
きっと、相手は何らかの手段で、全身全霊を持って勝ちを取りにくる。
五条悟を奇抜な手段で封じ込めた様に。
あの羂索なら、この程度では安心できない。
もっと圧倒的に。
もっと絶対的に。
例えどんな手段を使われても、容易く捻り潰せる様に。
私はゆっくりと体に呪力を廻し、精神を研ぎ澄ました。
◆
「え? 兄弟の呪霊? そんなのいなかったぞ」
「いたのは宿儺の指を取り込んだ呪霊が一体だけでした」
「それがどうかしたっていうの?」
亜鬼は気がつかない内に流れ出ていた冷や汗を拭い取った。
自宅のマンションのエントランスで刺殺されていた死体。
それも三人が同じ状況、違う場所でである。
残穢では断定しきれなかったが、これは恐らく呪霊の仕業であると判断された。
その結果、解決のために選ばれた呪術師は三名。
虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇である。
調査の結果、クロだった。
八十八橋の下で宿儺の指を取り込んだ特級呪霊と相対した三人は苦戦しながらも協力してこれを撃破した。
高専に入学したばかりの一年生としては破格の、純粋に喜ぶべき成果である。
亜鬼以外にとっては。
原作ならば、ここで呪胎九相図の受肉体である壊相と血塗が宿儺の指を回収する為に八十八橋へとやってきており、虎杖達と遭遇する。
それから戦闘になり、結果的に虎杖と釘崎のコンビプレーの前に祓われることになるのだ。
それが、姿を見てすらいない……など。
いや、だがあり得る話だ。
東京校を襲撃したは良いものの、時間稼ぎが上手くいかなかったので忌庫から呪物を盗み出せなかったとすれば。
全ての辻褄が合う。
そこから考えるに、相手の手に宿儺の指六本と呪胎九相図の一番から三番は渡っていない事になる。
亜鬼は最終的にその考えに落ち着いた。
◆
「……と、いう訳だ。相手が私の未来を見ていると分かっているのなら、幾らでもやりようはある」
「なるほどな。これで彼奴の油断を誘う訳か」
掌の上で“呪胎九相図”を弄びながら、羂索は漏瑚に語りかけた。
羂索がしたことは至極簡単な事だ。
目的の呪物を手にいれるだけならば、己と繋がっている上層部を利用すれば良い。
だが、相手は未来を知っているであろう怪物である。
羂索は己が思い描いていた未来図を今一度見直した。
そして、それを元に動いてくるだろうイレギュラーの動きを全て予測し、そこに対応する新たな計画を立てたのだ。
京都姉妹校交流会へ襲撃を掛け、忌庫から呪物を盗み出すという計画を転じさせる。
襲撃があっても忌庫への侵入形跡が無い場合、相手の判断としては襲撃の失敗、つまり未来を“良い形”へと変えられたという認識になるだろう。
だが実際は違う。
羂索が欲していた呪物は既に手元にあり、イレギュラーはその事実を正しく認識出来ない。
“知っている”ということは、必ずしも有利に働く訳では無いのだ。
それらの説明を聞き、漏瑚は上機嫌に笑った。
だが、羂索は薄い笑みを浮かべながら、真剣な表情を崩さない。
「いいや、残念ながらこの程度で油断してくれる手合いじゃない」
「ならばなぜ?」
「不透明な事実より、透明な虚構の方が何倍も恐ろしい。小さな隙も掻き集めれば立派な弱点さ」
そうして羂索は立ち上がった。
ゆっくりと暗い通路を進んでいく。
歩いていく先にいるのは縛られた三人の男だった。
「た、助けてくれ! 金なら払う!」
「お、俺もだ!」
「頼む! 命だけは!」
彼らは漏瑚が無作為に攫って来た器である。
呪術の才能もなく、人間としてもパッとしない。
だが、それで問題ないのだ。
彼らはただの器。
今から意味を持つ。
「金はいいさ、礎になってくれ。私の描く未来の礎にね」
そして口に放り込まれる三つの呪物。
それぞれが特級に相応しい呪力を持つ、禍々しい呪物である。
呪胎九相図、ここに受肉。
「おはよう。そしておやすみだ」
脹相、壊相、血塗。三人が意識を覚醒させるまでに、羂索の陰から現れた呪霊が三人の体を食い破り、弱らせる。
「今欲しいのは従順な手駒でね。不確定要素は必要ないんだ」
羂索の、いや、夏油の体を渦巻くドス黒い呪力。
それは三人を美しい宝玉へと変えた。
羂索はそれらを一息に呑み込み、薄く笑った。
「さて、始めようか」
羂索の周りに集まるのは志ではなく、目的を共にする仲間だけだ。
だが、今はそれが何よりも有り難い。
呪霊の立場を変えたいと願う漏瑚。
死に行く地球を救わんとする花御。
同志である呪霊達と共に並び立つ陀艮。
それぞれの思惑があり、信念があり、正義がある。
今、彼らは共通の強大な敵を持ち。
皮肉にも、原作を遥かに超える結託を見せていた。
◆
私は呪術高専の地下、厳重に警備された保健室に向かった。
かなり早い段階で発見、保護していた少年がそこに待っている。
逸る気持ちを落ち着かせ、扉を三度ノック。
「亜鬼です。入りますよ」
カチャリ、と音を立てながらゆっくりと扉を押し開けた。
ベッドの上に横たわっていたのは包帯を身体中に巻いた少年だった。
「調子はどうでしょうか?」
「……問題ない。痛みは既になく、術式も問題なく扱える」
その言葉を聞いて安心した。
何せ初めて使う術式だったのだから。
真人を吸収した事で手に入れた無為転変。
上手く行った感覚はあったが、今日までずっと不安だった。
「それは良かったです。私も中々頼れる先生でしょう?」
にっこり微笑みかけると少年、究極メカ丸改め与幸吉君は俯いた。
「何故、俺にここまでしてくれる。俺はお前達を裏切った、その事実は変わらないだろう!」
きっと与君自身も感情の整理が着いていないのだろう。
彼は生まれた頃から身を裂く痛みと共に生活し、京都校の生徒の温かさに救われた人間だ。
恐らく彼は裏切った事自体は後悔していない。
京都校の仲間達を守ることが出来たならそれで良い。
自分の天与呪縛が治るなら尚良い。
それ以外は瑣末な事。
その中でも、一人。必ず守りたい人がいる。
きっとこう考えていた筈だ。
勿論、やろうとしていた事は呪術師側が不利益を被る完全な裏切り行為。
それが良い事だとは思わない。
だけど……。
「美しいと思ったんです」
「は?」
私の言葉を聞き、顔を上げる与君。
私は何か彼に伝わるものがあれば良いと思い、言葉を続けた。
「貴方の覚悟が、貴方の生き様が、何より貴方の愛情が。この世界の何より美しく思えた。それが親切を焼く理由です」
「何を言って……」
「一個人として与君、貴方を尊敬します。尊敬する人を助けられる力を持っているなら、手を差し伸べようと思ってしまうのが人情でしょう」
原作において、彼の裏切り行為がどれ程大きな影響を与えたのかは明記されていない。
だが、彼の抱いていた深い愛、それに伴う覚悟は描かれていた。
私はそれを知っていて。
彼には幸せで居て欲しいと心から願った。
もう充分に頑張ったじゃないか。
彼には幸せになる権利がある。
それなら少し、ほんの少しだけ。
この世界に転生したイレギュラーである私が手伝ってあげても、バチは当たらないだろう。
それならば……
「貴方に心を届けるのは私の仕事じゃないですね」
私は困惑する与君に背を向け、扉を開けた。
そこに立っていたのは水色髪の少女で。
「お大事に」
それだけ言い残して、私はその場を去った。
◆
「帰ってくるのも久しぶりだなぁ」
一人の男が、恩師からの要請を受けて日本の地に降り立った。
ずっと任務で世界中を回っていた少年は、久しぶりの故郷に想いを馳せていた。
「みんな元気にしてるかな。してない訳ないか。真希さん達だもんね」
緩やかに笑みを浮かべる少年の背後にいたのは一匹の呪霊。
彼女が放つ威圧感は凄まじく、周りに居た生物は一人残さず怯えを感じていた。
「さ、会いに行こうか。里香ちゃん」
『あ゛い゛にい゛く゛ぅぅぅぅぅ!』
十月二十日。
五条悟に次ぐ現代の異能。
特級術師、乙骨憂太。日本に帰還。
そして十月二十一日。
「北海道で任務、ですね」
呪術高専東京校が誇る最高戦力、特級呪霊“番外”死風が北海道での任務に就く。
亜鬼の乗る飛行機が出発した直後、東京百貨店、東急東横店を中心に半径およそ400mの“帳”が展開された。
それは明らかに仕込まれたタイミングであり。
亜鬼が意識していた十月三十一日から、大きくズラされた決行だった。
斯くして、渋谷を中心とした呪術師と呪霊の戦争は。
唐突に幕を開けた。
受肉体を呪霊操術で取り込めないとは明記されていないと思うので、本作ではイケるという判定です。
渋谷事変、遂に始まってしまいましたね。
アンケートを取った結果、多数決でバッドエンドを書くのはやめておくことにします。
次回から、最終章。
渋谷事変編。