呪力を心臓へ。
廻す、廻す。
身体中がひどく熱くなる感覚と共に、地面を大きく踏み込んだ。強化された肉体はそれに応え、私の速度がぐんっと上がる。
動きにくい山道の中を、自宅の庭のように駆ける。
狙いを定めた猪のような呪霊は、まだこちらに気づいてすらいない。
肉薄
やっとこちらに気づき、慌てる呪霊に狙いを定めた。
そして一撃
期待していた黒い稲妻は光らず、ただ肉を砕くような感覚だけが手に残る。破裂する呪霊に対し、軽く解放した吸収術式を使用した。
その場には何も、残らない。
◆
「ダメか〜」
洞窟に逃げ込んでから6ヶ月。
正直にいうと、修行は挫折していた。
呪力は順調に増えていっているものの、特級呪霊には遠く及ばないだろう。
特級呪霊とは埒外の存在である。
そう簡単に届かないとは分かっているが、このチート術式をもってしてもいまだ1級呪霊程度か。
術式反転にしてもダメだ。
どのようにしたら反転するのかもわからないし、自分の呪力操作が原作のキャラクター達に劣っているとは到底思えない。
だって私、空中に呪力で絵描けるからね。
前なんて推しの真希ちゃんのファンアート描いちゃったよ。
これは原作の両面宿儺が領域展開の際に行なっていた、神業と同等の呪力操作力がないとできないことだ。
実はもう身体強化は完成されつつある。
呪力操作に失敗して血液が噴き出すことも無くなったし、今までやっていた雑に体全体に呪力を廻す方法よりも数倍効率がいい。
つまり、完全に修行が停滞しているのである。これはまずいと考えた私は天才的な頭脳で思い出した。
呪力量が増えないなら、呪力の質を上げればいい!
よし、黒閃の習得をしよう!
となった訳だ。
黒閃とは、“打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突”することによって空間が歪み、通常時の打撃のおよそ2.5乗の威力を叩き出すことができるという現象だ。
簡単にいうと、クリティカルヒット。
しかしこの黒閃、それ以外にも素晴らしい効果がある。一度黒閃を経験した者と経験したことがない者とは呪力の核心との距離に天と地ほどの差が生じると言われている。
この呪力の核心というのが何かはわからないが、これを理解することによって呪力の質が上がり、また術式反転への足がかりになるのではないかと考えた訳だ。
その日から私は、ひたすら洞窟の周りの木を殴り始めた。
原作では、黒閃を狙って出せる者は存在しないと書かれていた。主人公である虎杖悠仁は明らかに狙って出していた感が否めないが、私は彼ほど才覚に溢れているわけではない。
試行回数こそが大事だと思い、呪力を込めた打撃を繰り出し続けている訳だ。
そうして一ヶ月が経ち、いまだに黒閃は出ていなかった。
これはおかしい。明らかに何らかの理由があるはずだ。
だって私の呪力操作技術は黒閃を打った時の虎杖悠仁など足元にも及ばないほどのものであるはず。
成功しないことには必ず、何らかの理由がある。
思い出せ。
黒閃の失敗条件を。
「感情の乱れだ」
そう呟いた。
そうだ。
原作でも虎杖悠仁が怒りを込めて黒閃を放とうとした時、失敗していたじゃないか。
私にもある。
決定的な感情の乱れが。
今も胸に巣食う虚無。
あまりにも大きな寂しさだ。
そう気づいてからは、木を殴るのはやめることにした。その代わりに狩りをすることにしたのだ。
狩りに集中すれば寂しさは薄れるかもしれないという安直な考えだったが、寂しさとは私の本質。言うなれば心臓のようなものだ。
狩りに集中するあまり心臓を止めてしまう人間はいない。つまるところ私には黒閃の習得は不可能なのだろうか。完全に...手詰まりだ。
私がこれ以上強くなることはできないのではないだろうか。
このまま誰にも愛されず、ずっとひとりで生きていくのだろうか。
洞窟の冷たい床で一人、寂しく眠りについた。
◆
ある世界線の、暗い闇に浮かぶ蒼い生命の星。
少女は虐げられていた。
子供というのは純粋で
無邪気で
そして残酷だ。
子供は異物の混入を嫌う。
少女が引き取られた児童保護施設には十数人の子供が居て、そんな中、少女は誰より異物だった。
誰とも考えが合わない。
その程度なら良かったのに。
子供らしい機微がない。
そんなものは育まれなかった。
そんな無駄なものを残して生きていられるような甘ったれた環境ではなかったのだ。
田舎から都会に連れてこられたこともあり、少女は他のどんなものより異物であった。
歩み寄っても避けられ続け、ついにはいじめを受けるようになった。
子供の考えるいじめなんてたかが知れている。
そんなわけがないだろう。
彼らは純粋で、無邪気で、残酷で。
成熟してくれば必ずついてくる自制心というものを持ち合わせていない。考えついたものは全て試し、自分がいかに悪いことをしているかの自覚に薄い。
少女はひどく傷ついたが、周りの大人が常日頃から口にする、「仲良くしましょう」という言葉に縛られた。
これが仲良しのじゃれあいなんだと。
そう思い込んだ。
子供にはカーストが存在する。
誰が何と言わなくても子供はみな、誰が上で、下で、対等かをよく理解している。
少女はもちろん最下位で。
誰が少女に何をしても誰も止めることはなかった。
そんな中でも、少女の癒しはやはり漫画だった。
一度読めば全てを記憶し、飽きさせるはずのその頭脳は、何度読んでも飽きない漫画に強い興味を示した。
その中でもやはり、一際輝いていたのは「友情」だった。
少女が一番欲しいもの。
その中でも少女が一番好きになった作品は「呪術廻戦」だった。
完結もしていない作品だったが、何度も何度も読み返した。
独特の世界観と、強く輝く友情が少女を虜にした。
友情の持つ輝きも。
友情が持つ儚さも。
友情が持つ尊さも......
そうして一年が経った。
月に一度だけ、少量もらえるお小遣いを奪われないように隠しながら貯めた。
少女は本屋に通い、自分の一番好きな漫画を買い集めた。
見つかれば奪われてしまうかも知れないという考えから、施設の子供には見つからないようにそっと隠した。
ある日、漫画が見つかって。
無邪気な子供達はそれを破り捨てた。
いつもと同じように。
ほら。いつものいじめじゃないか。
じゃれあいじゃないか。
ゆうじょうじゃないか
ゆうじょうじゃない
こんなの友情じゃない。
少女はもう、限界だった。
夢を見ていた。
叶わない夢を
シリアス続きですが、次回から主人公の覚醒が始まると思ってください。