カレンチャンの距離適性が上がった!   作:房州

2 / 6
追いかけっこ

「今日は鬼ごっこをしようと思う」

 

正式な担当契約の受理の翌日。今日も今日とて生徒達の授業は終わり、場所はトレセン学園内に設けられた巨大な体育館。館内には体操服やジャージを着たウマ娘達と、それを指導するトレーナーの姿が散見される。誰もが真剣な面持ちで、汗を流しながら懸命にトレーニングに勤しんでいる。全ては自分達の目標であるレースへの勝利の為であり、ここには勝利に向けた努力を惜しまない、熱烈な気迫を宿す競技者達で溢れていた。

 

「……鬼ごっこ?」

 

故にこそ、荒木の突拍子もない発言に対する、カレンの苦笑いじみた複雑な表情は、この場において浮いている。無理もない事だ。昨日のような背広姿ではない、黒いジャージに身を包んでいる彼の姿が、どうにもその発言の信憑性を高めていた。

 

「鬼ごっこって、誰と誰で?」

「俺と君しかいないだろ。俺が鬼で、君が逃げる」

「ウマ娘と人間で?」

「そうなるな」

「それ、勝負になるの?」

「やってみないと分からないな」

「そもそもトレーニング?」

「必要な事だと俺は思ってるよ」

 

そもウマ娘とは、人間と殆ど変わりない容姿を持ちながらも、人間とは比にならぬ身体能力を持つ生物である。運動能力を競うような催し、殊更鬼ごっこなどという脚力の肝要な遊びは、もはや遊びとしてすら成り立たないというのが当然の考えだろう。時速60キロ以上で走行可能なウマ娘には、人類最速をもってしても遅すぎるのだから。

 

「んー、お兄ちゃんがしたいならいいけど。流石にハンデも無いと、どうしようもないよ?」

「もちろんハンデは貰うさ。そうだな……8メートル四方って所か」

「っていうと?」

「お互い、動けるのは8メートル四方の範囲内だけ。檻の中でやる鬼ごっこと言ってもいい。その中で2分逃げ果せるか、俺が降参するかしたら君の勝ちだ」

 

今ひとつ得心しかねているカレンに説明をしながら、荒木は傍に置いていたラダーの幾つかを選ぶと、それを手慣れた様子で敷き始める。ちょうどそのラダー1つにつき全長は8メートル程で、それが4つ敷かれ正方形を成すと、荒木の言った通りの檻が出来上がった。

 

「……不満そうな顔だな」

「だって、なんか見くびられてるみたいだもん。こんなの、ちょっと狭い程度だし」

「それなら、もし負けたらどうする?」

 

少々不貞腐れているようにも見えるカレンだが、何気なさそうに荒木の放った言葉を聞くと、何か閃いたように僅かに目を見開く。

 

「じゃあね、カレンが負けたらぁ……トレーニング中のウマスタ更新、ちょっと頻度を抑えてあげる!」

「……ちょっと待ってくれ、トレーニング中にもするつもりなのか?」

 

ウマスタグラム、通称ウマスタ。若い世代を中心に国内外問わず流行している、写真や動画を世界中の相手と共有できるSNSである。カレンはそのウマスタにおいて多数のフォロワーを持つ、トップクラスのウマスタグラマーであり、その更新に余念が無いことは荒木も知っていた。

 

「ダメ?カレンがSNSに熱心なの、お兄ちゃんも知ってるからいいのかなーって」

「あぁ、会って初日から思い知らされはしたけどな……したけど、何もそこまで徹底しなくとも……」

 

なにせ担当契約を結んだあの日より少し前、出会ったその日のうちに、トップウマスタグラマー『Curren』として、学園のウマ娘達から声をかけられてツーショットの撮影などに勤しんでいたのだ。そんなSNS界隈において立場ある彼女にとり、その更新が欠かせないものである事は想像に難くない。

だからこそ自分には縁のない事でありつつも、その熱意を尊重すべきだと荒木もまた考えている。考えてはいるが、トレーニングもまたトレセン学園生徒の本分である。認めるか否か、胸中でせめぎ合う二択に、彼は苦慮している様子だった。

 

「…………そうだよね。トレセン学園まで来て、トレーニングに集中しないなんてダメだよね」

「えっ?」

「うん、ごめんね。やっぱりトレーニング中はいいや」

「いや、ちょっと」

 

その様を目にしたカレンは、伏し目がちに呟く。普段は愛嬌に満ち満ちた笑顔でいる彼女の、僅かに見せた翳り。荒木でなくとも何か、罪悪感とも言うべきものが込み上げるのは致し方ない。彼の場合は、そのようだった。

 

「全部出し切るのが当然なのに、そんな事で時間は使えないよね……ぐすっ……」

「な、何もそこまでは……」

「……うん、大丈夫!空いた時間を上手く使えばいいだけだもんね!ちゃんとトレーニングだけに集中するね!」

「待て!待て待て!分かった、更新はしてもいいから!」

 

潤んだ瞳を微かに拭い、忽ちのうち健気な笑みを浮かべたカレンに、思わず音を上げる。ともすれば他者の目には、意志の薄弱なように映るやもしれない荒木である。然し実際にカレンチャンという少女は、こんな籠絡の芸当を、大抵の相手に押し通してしまいかねないような、底知れぬ魔力があった。荒木もまた、その魔性の魅力にあてられたのだろう。

 

「いいの?」

「いいよ、いい!それだけ大事なんだろ!?」

「……えへへ、ありがと。お兄ちゃんは優しいね」

 

焦りを隠しきれない荒木に、カレンは柔らかく微笑んで見せる。彼女の策略であることを考慮しない訳ではなかったが、何せトレセン学園(こんなところ)まで来て尚、と言うのだ。窺い知れる熱意に、やむなく彼はそれ以上の追求をやめた。

 

「まあ、そういう事で……始めて良かったら、枠の真ん中に立ってくれ」

「はーい」

 

肯定的な意見に安堵したのか、それとも幾らか揶揄って気が済んだのか、カレンは言われるままにラダーの枠の中心に立つ。そして僅かに、自分の立つ位置から、その範囲内を観察する素振りを見せた。ちょっと狭い程度と彼女が評した通り、8m四方という範囲は手狭と言えば手狭だが、カレンが常人から逃げ果せるのに支障は無い。『逃げ切れる』というのが、彼女が迷いなく導き出した結論だった。

 

「じゃあ、ぼちぼち始めるか」

 

2分のカウントを設定し終えたらしい。荒木はストップウォッチを懐に仕舞うと、徐に枠の内へと踏み入った。従って、カレンの口角が上がり、その昂りを表すように小さく、小刻みに跳び始めた。鬼ごっこの開始である。

 

「あはっ、なんだか子供の頃に戻ったみたい♪」

「まったく……」

 

既にカウントダウンは開始すれども、存外に荒木は早々と動き出す事はなかった。そんな彼に、カレンは挑発するような笑みを見せる。足取りも軽やかに、枠の中心でただ愉しげに跳ぶ様子は、余裕綽々と形容するに相応しい見縊りぶりである。そんな自分に、それでも動かずに呆と佇んでいる荒木に対して、彼女は不可解にすら思った事だろう。二人の間合いは数歩を要し、距離にして4m程で、脚力差を考慮すれば、これは云わばセーフティリードにも見えた。彼の動かない道理などないようにも。

 

 

 

「油断が」

 

 

 

けれど、瞬きの最中。呼吸と呼吸の合間。嫋やかな体が僅かに宙にあり、白くか細い豪脚が蹴るべき地面を離れ、故に生じた刹那の不自由。

 

「え」

 

その内にか、彼はすぐそこにいた。浮いた足が着地するか否かの瀬戸際、視界にいたはずの荒木にしかし、カレンは宛ら意識外からの不意打ちでも食らったかのように。

 

「過ぎるよ」

 

その手の届く眼前にまで迫っていた事に、まるで気付かなかったかのように。

踏み込んだ荒木の力強い足音に、期せずして零れたカレンの声が被さる。

宛ら狙いすましたかのような、絶好のタイミングの行動である。当然そのような行動を予期していたという事はなく、反応の遅れた彼女は、驚愕に目を見開いて体勢を崩していた。撥ねて間合いを詰めた推進力をそのままに、反応の遅れたカレンの肩へと荒木の右手は伸ばされ――

 

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

――空を切った。

 

「……凄いな。いいバネと反応だよ」

 

伸ばした右手を引いて、喫驚を露わにカレンのいる右方に視線を向ける。彼女は捕まる寸前に飛び退いた、それは状況からして当然である。荒木が感嘆する理由は、たった一足で飛び退いたはずの彼女が、それだけで荒木から最も遠い枠の端まで移動していたという事実だ。今しがた荒木がウマ娘相手に肉薄して見せた、技術とも小細工ともいえる、それらありきのものとは異なる、純然たる身体能力という天稟が齎した結果だった。

 

「もう、びっくりした~!」

「こっちのセリフだよ、あそこから避けられるなんて……割と上手くいくものなんだけどな」

 

呟くような言葉に、カレンは怪訝な顔を見せる。しかしそんな彼女を他所に、荒木は再び動き出した。奇襲の直後である以上、今度はカレンとて油断はない。その所作を瞬時に見抜き、反応してみせる。ウマ娘の身体能力を活かす鋭敏な感覚もまた、人間との能力差を開かせるファクターである。並みのウマ娘であろうとも、並みの人間の動きなど見切ることは造作ない。それにしても、就中カレンのそれは際立っていた。

 

「今度は油断なんてしないよ♪」

「っ……早いな、本当に」

 

端にいたはずのカレンへと踏み出した荒木。どこか彼の動きは機敏さに欠けるようにも見え、ことこの条件下において忙しさを感じられないその一挙手一投足は、あるいは必死さに欠けるようにも映ることがあるだろう。カレンとてそうだ。それは力なくもたれかかるように、緩やかな一歩目の踏み込みに起因する。8m四方の限られたスペースで対象を追い回すとなれば、瞬発力にものを言わせて、いわば溜めを作るような初動が普遍的である。だが、次第にカレンも気付く。己と同じように、一瞬の溜めを作って撥ねる動きではないのに、その緩やかにすら感じられる動きが迅さに繋がるという不可解に。

 

「お兄ちゃんも相当だと思うよ」

「人間にしては、だろ」

 

彼は闇雲に駆けずり回っているのでも、ましてや手を抜いているわけでもない。つまり、これが彼の高等な技巧に他ならないことを示していた。尤も、カレンは易々とそれに反応し、余裕をもって避ける。荒木の数歩詰めた分を、カレンは一足で帳消しにする。ウマ娘と人間の共存する社会において、あまりに当然の現実であり、起こるべくして起こっている現象だった。それは見るものに突きつけるが如き、異なる種としての能力差。初手の奇襲に費やした為、時間に余裕はない。そもそもが、2分どころか10分でも1時間でも、普通は結果は変わらないものだ。それが人間とウマ娘である以上は変わらない、それが常識である。荒木が三歩踏み込んで詰めた距離が、カレンの一足で振出しに戻る。隅に追いやるようにして捉えんとする彼の努力も、傍目から見れば空しいものだろう。

 

「んーと、あと1分半くらいかな」

「余裕そうだな」

 

特筆すべき動きは、カレンにもあった。荒木のような、何らかの技術が見て取れるようなものではない。それは、逃げ回るには手狭なこの範囲内において、人間離れした脚力を存分に振るいつつ、それを空回りさせず的確に御しているという事。走る際の足さばきが細かく、またその制動を可能にする筋肉の発達を示していると、トレーナーという身分であれば理解できる。彼女を必死に追いながらも、時にその能力の高さを垣間見ては、トレーナーの性か、荒木は僅かに口元を緩ませていた。

 

「あと1分、お兄ちゃんがんばって♪」

「言われなくても……」

 

さしものカレンとはいえこれほど間断なく追われ続けては、語調ほどの余裕があるわけではなく、その額には汗が滲み始めている。彼女はメイクデビューも迎えておらず、トレーニングもつけられていない、いわば磨かれていない原石。ウマ娘は各々の脚質や距離の適性如何でも、持久力というのが変わってくる。余裕げな面持ちではあれど、その実カレンは先程口にした通り、見た目ほど油断していない。絶妙に息を入れられないタイミングを見計らって、荒木が仕掛けているという事に、ようやく彼女自身も気付く頃合いだろうか。

人間とは異質な出力を持つといえども、身体構造自体は人間と大差ないというのが、不可思議なものだがウマ娘という種である。呼吸の隙間を見抜くことそれ自体は、決し難しいことではない。そして呼吸の隙間とは、すなわち吸気のタイミング、彼女が息を入れんとする瞬間を指す。身体を激しく稼働させる際、生物である以上必ず息を吐くか止めるもので、未だ解明されない点も多いウマ娘もそこは変わらない。つまり荒木による吸気に合わせた動きが彼女の息をより乱し、この鬼ごっこは見た目以上の肺活量を、デビュー前のウマ娘に要求する過酷さを呈していた。

 

「あと50秒、ちょっと疲れてきたかな」

「そうだな」

 

互いに息を切らしながらの問答。ことの他、2人の傍から見た疲労感というのは、大差なく感じられた。当然体力面においても格差がある筈だが、1分ほど全力で動き回っている荒木が、ウマ娘と同等にしか疲れていない、というのは異様とも言える。実の所カレンの持久力の問題もあるように荒木には感じられたようだが、それを差し引いても、彼の動きには信じ難いほどに無駄がないというのがあるだろう。それこそ先に述べたように、彼の巧みな身体操作というものだ。

 

「あと、40秒……まだ降参しない?」

「せっかくだ、最後まで、やってみるさ」

 

疲弊は着実に累積するというのは遍く生物の摂理。人間離れしていると雖も、こうもノータイムでのせめぎあいを続けていれば、ウマ娘とて多少は息を入れたくもなる。細かく足を回転させられていたはずのカレンも、着々と足が上がりつつあった。今の彼女の動きには、素人目であっても無駄が見受けられる。対してただの人間に過ぎない荒木が、動きの精彩をまるで欠いていない。そもそもが緩やかな、余分な力など微塵も感じさせない動きであったのだから、機敏で大雑把なカレンと比べて消耗が少ないことは論を俟たない。

 

「30秒……お兄ちゃん、ほんとに、疲れてる?」

「あぁ」

 

両者の一挙一動に違いがあることは明白である。或いは、質の違いとも。それに関しては彼女も分かっている。トレセン学園に来るようなウマ娘なら、走るという行為は日常の一部であるし、編入して短くとも他の学園生が走る様も見た事がある。だからこそ彼女は、今目にしてるものと擦り合わせて理解した。荒木という一介のトレーナーが、走る事を義務付けられた学園生の水準より、明らかに精密に美しく、走るという所作を実行しているという事を。

 

「20、秒!あとちょっと、だよ!」

「これは、厳しいな……」

 

次第に荒木の手が空を切るに際して、カレンの体を掠める機会が見られるようになった。

力強く床を叩くカレンの足音は、その一見華奢な容姿にはおおよそ似つかわしくない、大きく鈍く、宛ら力任せなもの。その筋力でどうにか今も制動を可能にしてはいるが、類まれな身体能力をそのまま振るうような、どこか荒々しさがある。それに比べて、荒木の足音は力ない。というより、力みがないというべきであろうか。この対照的な両者が動き回った際、時間の経過を味方につけられるのがいずれかは、誰の目にも明らかだろう。とはいえ、残った時間は少ない。このままなら逃げおおせると、彼女の内に確信が生まれつつあった。あるいは、油断とも呼べるだろうか。

 

「あと、10――」

 

瞬間、状況は急激に変化を見せた。息を入れる暇もなく、足も上がりだし、カウントダウンすらままならなくなった、残りわずか10秒時点。弾むように軽やかな動きを続けていた荒木がその一瞬、体を丸めるように、力感も顕に撓ませた。弛緩から緊張。ありとあらゆる身体操作において、そのパフォーマンスを引き出すには不可欠である。弛緩が過ぎれば動かず、緊張が過ぎれば硬くなる。この鬼ごっこにおけるカレンは後者にあたり、弛緩の欠けた動きだった。筋肉の緊張が余分な消耗を招き、柔軟な体捌きを損なう。であれば、カレンを追う動きに緩やかささえ見て取れた荒木が、全力でその瞬発力を発揮したらどうか。

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

地を這いなぞるように、カレンの視界の下部に黒い軌跡が映った。

 

 

 

 

「捕まえた」

 

息を切らしながら、荒木が呟く。その手の先には、赤いジャージの袖口が摘ままれていた。丁度ストップウォッチが電子音を鳴らして、それが二分経過の間近であったことを知らせた。

 

「……お兄ちゃん、もしかしてウマ娘?」

「ご覧のとおり、人間だよ」

 

唖然という様子で立ち尽くし、カレンはぽつりとそう零す。無理もなかろう。いかに逃げ切るには難しい条件とはいえ、それでも身体能力の差は開きすぎている。普通の人間とウマ娘でなら、この条件であったとしても勝負にはならないだろう。だからこそ、荒唐無稽な彼女の問いかけも、その気持ちは察せられるところである。

 

「まぁ、十分だと思うぞ。教官時代にも他のウマ娘と同じことをしてみたけど、ここまで粘った娘はほぼいなかったんだから」

「うーん、なんだか疑わしいかも」

「本当だよ。第一、最初の不意打ちで捕まる娘も多かったしな」

 

それを聞いて、ようやくカレンは得心した。隙をつかれる形となった一手目の直後に聞いた言葉は、そういう事情だったのだ。同時に腑に落ちる。あれを避けられないのは無理もない、と。けろっとした様子で、さほど息を乱すこともなくその場に座り込んで、脇に置いていたノートに猛烈な勢いで書き込みを始める荒木に、改めてカレンは半ば呆れたような目を向ける。自分でレースに出られそうだね、という言葉を飲み込んで。

 

「もちろん、まともに体力比べをしたら勝てないよ。今回の結果は、君の弱点や特性を見つけたうえで、そこにつけこむようにしたからだ」

「弱点?特性?」

「そう。例えば、あの狭い範囲内でも足さばきに忙しさが見られなくて、なおかつ一完歩が小さく見えたからな。君がピッチ走法なのが分かって、こっちも小回りを利かせるんじゃなく、回転数故の消耗の大きさにつけこんだ消耗戦に持ち込んだんだ。逃げる側と違って、追う側はプレッシャーをかけるだけで疲れさせられるだろ?」

 

それを聞いて、カレンも理解する。最初から出し切るような動きをしていた彼女に対して、荒木の動きは無駄を省き、全力でとらえにかかるというより、追い回すことが目的のような動きだった。そうしてじりじりと使える足を削っていき、またその動きに目を慣れさせたからこそ、終いのあの一手だったのだと。

 

「枠内でのポジショニングや、君に息を入れさせないための逐次追撃なり、他にも色々と小細工をさせてもらったよ。おかげで中々疲れただろ?」

「ぶー、お兄ちゃんってばいやらしいんだっ」

「なんだか聞こえが悪いな」

 

苦笑を浮かべる荒木の隣に座ったとき、ふと荒木の手に持つノートがカレンの目に入った。A4サイズの青いノートの表紙には、『分析』という大文字の傍らに、小さく『カレンチャン』と追記されている。

 

「まぁ、でも……今ので色々と分かった」

 

目にも留まらぬとさえ形容できそうな速さで書き込んでいた手を止め、そのページを開いたままカレンにノートを手渡す。

 

「わっ、すごい……!」

 

驚くのも無理はない。殊の外綺麗な字で綴られたその内容は、2ページを丸ごと余すことなく使ったカレンという競走ウマ娘の分析だった。箇条書きではあるが、一つ一つの項目にまで目を通していくと、カレン自身でも頷いてしまいそうなほど、精度の高い情報が記されている。じっと中身を眺めるカレンに、荒木は話を続けた。

 

「さっきも言ったけど、君はピッチ走法だな。停止状態から即座にトップスピードに持っていく能力はもちろん、そのスピードを維持する能力も高い。前目でレースを運んでそのまま押し切る、そういう形で真価を発揮できると思う」

 

ノートにも同様に記載されている。カレンもまたトレセン学園に在学するものとして、既にある程度の基礎知識

は身に着けており、ピッチ走法がなんたるかは知っていた。足の回転数が多く、それにより優れた加速力を発揮する走法。また足さばきが細かいためにコーナリングをこなしやすく、小回りのコース形態にも対応しやすい。そう、この程度の知識であれば彼女も持ち合わせている。驚くべきは、あのような遊びまがいの事をほんの二分行った程度で、そこから更に発展した情報すら見抜く彼の目であった。

 

「ただし全体的にしなやかさに欠けていて、それだけに無駄なエネルギーを使ってしまうしスタミナももたない。中長距離を走れるウマ娘なら、バネやトップスピードは君ほどでなくとも、このくらいの時間なら動き回ることは難しくない。じりじりと道中でスタミナを持っていかれて直線よーいどんのレース……それこそ中長距離なんかは厳しいだろうが、その分スプリント路線でなら、際立ったパフォーマンスが出せると思う」

 

スプリント路線。レースの距離による区分として存在する、長距離、中距離、マイル、スプリントの四つのうち、最も距離の短いレース群をそのように総称する。おおよそ1000mから1400mまでを指し、僅か1分程度で終わるこの電撃戦は、とにかく最初から最後までを全力で疾走する、正に出し切る戦いが醍醐味と言えるだろう。

 

「まぁ君の場合、追い回される中でも正確にカウントができるくらい、冷静さを欠かないようだしな。その能力を活かして自分のラップを刻むことに徹すれば、マイル戦も決してこなせないことはないんじゃないかな」

 

スプリント路線よりも距離の長いレース群を指し、おおよそ1600mを主戦場とするマイル路線。スプリント路線とあわせて短距離と一括りにされることもあるが、レースの注目度はスプリントよりも高いと言っていいだろう。最も多くのウマ娘に適性があるという説もあり、現にマイル路線はスプリント路線に比べてメンバーも集まりやすい。先ほどの、荒木に追われながらも正確に時間を計り続けたあの体内時計は、レースにおいて有利に働きうる。それだけ自分のペースを守って、余計な消耗を抑えて走れるからだ。

 

「尤も、これはあくまで俺の勧めだよ。担当ウマ娘の望みに沿って、俺が方針を立てるよ」

「カレンの、望み、かぁ」

「例えばよく目標にあげられるのは、クラシック三冠やトリプルクラウンだな。歴史上で数えるほどしかいない、途方もなく高い目標だけど、夢見るウマ娘は多いだろうな。他にも、特定の重賞、特にGⅠを勝ちたいっていう子も多いよ」

「んー……」

 

荒木の言葉に、カレンはじっと考える素振りを見せた。決してスプリント路線やマイル路線一筋でいなければいけないということはないが、それには例外がある。それこそ荒木の口にした、クラシック三冠やトリプルティアラである。皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三つのレースを纏めたクラシック三冠は、強さを追い求めるウマ娘が目指すものとして。桜花賞、オークス、秋華賞を纏めたトリプルティアラは、強さと華やかさを兼ね備えるウマ娘が目指すものとして知られる。この六つ全てがGⅠレースであり、また全てがクラシック級のウマ娘にしか出走権がない。つまり人生で一度きりの舞台であり、このうちたった一つでも制したものなら、後のレース史に名を残すほどの偉業である。ましてそれぞれの路線のGⅠを全て制するとなれば、それは永遠に語り継がれるほどの大偉業。夢に見ないウマ娘などそうはいないだろう。だからこそ、今の内からしっかりと目標を見据えて、その目標を意識してトレーニングに臨んでほしいと、荒木はそう願っていた。

 

 

 

「――うん、決めた!とりあえずお兄ちゃんにおまかせするねっ♪」

「はい?」

 

 

 




スピード:112
スタミナ:72
パワー:120
根性:105
賢さ:121

バ場適性 芝A ダートF
距離適性 短距離A マイルD 中距離G 長距離G
脚質適性 逃げB 先行A 差しE 追い込みG

【スキル】
#LookatCurren 仕掛け準備
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。