カレンチャンの距離適性が上がった!   作:房州

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お久しぶりです。多忙から解放されつつあるのでこれからもじっくり書いていこうと思います。


これからのお話

六月にもなると、蝉の声が聞こえるようになった。絶え間なく、また殊更高い鳴き声は、ニイニイゼミのそれであろうか。蝉の中で一際早い時期から鳴き始める蝉であり、強い日差しを受け瑞々しく照る緑との調和は、万人に夏の訪れを感じさせた。

それは、並んで学内の廊下を歩くダイワスカーレットとカレンチャンにも、同じ事が言えよう。寮から学園内までの僅かな通学時間でさえ、汗が滲みかねない暑気だった。寧ろ汗臭さを醸さぬ事に余念のない年頃の少女達にしてみれば、蝉時雨などよりよほど季節を感じられたかもしれない。

 

「今日すっごい暑かったよねー。流石にテラス席じゃなくていいかなぁ?」

「そうね。今日は室内にしましょ」

 

これから昼食をとろうとしている彼女達の意見は、すぐに一致した。ほんの数ヶ月前までは、快適な気温に桜の並ぶ景観も相まって、学園の中庭などで生徒達が食事をしている様子も度々見られたが、よもやこの時期にそんな事は出来るはずもなく。人気のテラス席も、恐らくは今までより空席が目立つようになるだろう。天下のトレセン学園であるから、必然内包するカフェテリアの規模は並ならぬもので、席が空いていない事への心配は無用だった。

 

「日差しも強いもんね。この時期はお肌に気をつけないとっ」

「今までは肌に優しい日焼け止めでよかったんだけど……もう強めのじゃないとだめね」

「スカーレットちゃんは日焼け止め何使ってる?」

「最近はコスデコのサンシェルターとかかしら。SPFが高いのにキシキシしなくていいのよね」

「あ、それカレンもフォロワーさんにオススメしてもらった!伸びも良くて白浮きしないって!」

 

少女達の大敵は、汗のみではない。日増しに強くなる紫外線もまた、彼女達のケアせねばならない必須項目である。その苦労は推して知るべし、とはいえ同じ苦労を負うもの同士の会話はそれだけに弾むものだ。

著名なインフルエンサーであるカレンに物怖じしたり、ファン意識のあまり対等な関係を望めない生徒達も少なくない中で、スカーレットは珍しく彼女と対等な友人関係を築ける生徒の一人だった。同じ年齢であること、デビュー時期も近いこともあって、スカーレットとの談話をカレンは素直に楽しんでいるようである。

 

「ーー荒木さん、何だか良いことありました?」

「えっ」

「なんだか、いつもより嬉しそうな……」

 

やや後ろについて歩いていた荒木は、スカーレットの思わぬ声掛けに不意をつかれたらしい。

自分の担当ウマ娘がやや特異な存在である事を理解していたからこそ、そんなカレンに対等な友人が出来たことを素直に喜んでいたのだろう。が、それが顔に出ていたらしい。

 

「というか、お兄ちゃんも会話に入ってくれていいんだよ?なんだか遠慮してるみたいだったから」

「それは、俺が入るのは野暮かなと……第一、SPFとかなんとかの話は、俺には分からないしな」

 

偶然昼休みの始まりに二人と鉢合わせたことで、折角だからと昼食の誘いを受け共にカフェテリアに向かっていた荒木だったが、如何せん女子中学生の会話は、彼にとって参加ハードルが高かったこともある。それならば温かく見守るのが筋だろう、と思っていたのだが、どうやら気を遣わせてしまったらしい。

 

「じゃあ~、ここでお兄ちゃんにクイズです!カレン達が言ってたSPFってなーんだ?」

「………送信ドメイン認証?」

「たまに小ボケ入れてきますよね、荒木さん」

「い、いや、そんなつもりは!」

 

短からぬ沈黙は、彼なりに本気で考えたことの証明であるし、また送信ドメイン認証の一つとしてSPFは実際に使われているが、無論このクイズの趣旨に沿うはずもなく。本人は真面目に回答したつもりだったが、それがかえって二人を笑わせてしまった。もっとも、それはそれで会話が弾んだと言えるが。

 

「日焼け止めの紫外線防止効果の指数ですよ。高いほど強いって事なんです」

「あぁ、SunProtectionって事か。日焼け止めにそんな概念があるんだなぁ」

「お兄ちゃんも女の子にプレゼントあげる時とか役立つし、自分で実際に使ってお勉強してみるのもオススメだよ♪」

 

普段は教えるのが仕事の荒木だが、女子相手にこの手の話題では形無しである。そもそも浮ついた話題のない男であるから、一層そうした知識には疎いのだ。荒木に勧めるカレンの目はなんだか妙に輝いており、それにどのような意図があるか、彼にはよく理解できなかったが、とにかく多少なりとも関心を持った事は確かだった。

 

 

 

「確かに面白いかもな。といっても、女性に何かを贈る機会は多分ないと思うけど」

 

 

 

はたと、眼前をゆく二人の足が止まった。手近な教室や外から生徒達の声が聞こえる中で、忽然この三人の会話も絶えた。昼休みの廊下は存外に人気がなく、その為にこの静けさは際立つ。

 

「ん?二人ともどうしたんだ?」

 

取り巻く音はことごとく遠く、彼らの間には至って無音が募るばかりである。先程までの弾んでいた会話など嘘のような寂寞が訪れて、やがてカレンとスカーレットが足早に歩き出した。無論、そこに会話は無い。かつかつとローファーが床を叩く音が木霊しては、荒木を置き去りにせんと小さな背中が去っていく。

 

「な、なんか、歩くの速くない、か?」

 

ウマ娘が足早に歩けば、動ける部類の荒木といえどついていくのにも必死になる。廊下を走るべきではないからと速歩で追随するも、やや息が乱れる程度には本気だった。向かっている方向はカフェテリアに違いないが、とてもこれから穏やかなランチタイムという雰囲気ではない。

 

「何か、変なこと、言ったか、俺……」

 

歩き進めるにつれて、騒めきに近づいていく。気が付けば、カフェテリアの入り口はすぐそこにあった。もしやこのままどこかへ去ってしまうのではという荒木の危惧は、しかし入り口のすぐそばまで来たあたりで前を行く二人が止まったことで杞憂に終わる。

 

「つ、疲れた……一体どうしたんだ……」

 

追いついた荒木の問いに対して、返答はない。ただ、俯いて一息ついていたのち顔を上げた時、カレンとスカーレットが彼の方に向き直っていた。片や潤んだ瞳で沈んだ気持ちも露わに、片や冷たい瞳で憤りの気持ちも露わに。そしてもう一人、まるで異なる面持ちを向けて来る二人に、まるで理解が追いつかず当惑を露わに。

 

「荒木さん、今担当してる子は女の子ですよね?」

「……うん、そりゃあ、な」

 

小さな溜息がスカーレットから零れた。それでもこの察しの悪い男には、理解するには酷というものか、やはり疑問げである。成人男性が中等部の女子二人に詰められているという、この三者が生む奇妙な光景は、人の出入りが激しい場所であることもあって、どうにも人目を引いてしまっていた。

 

「お兄ちゃん、ひどいよ……」

 

ましてやカレンチャンというウマ娘は言うに及ばず、ただそこにいるだけで人の視線を惹きつける魔性を持つ。そんな彼女が、このような状況で涙ぐんで、そのお兄ちゃんと思しき相対する男に向けて悲痛な声を漏らそうものなら、果たしてどうなるものか。

 

「あの娘ってあの、ウマスタグラマーの娘だよね?」

「ていうか泣いてない……?なんかあったのかな?」

「お兄ちゃんって、あの人かな。一応トレーナーバッヂ付けてるけど」

「え、なに?あの人Curren泣かせたの……?」

 

このような事態に陥るのも仕様がないことだった。

周囲のウマ娘達から向けられる視線は疑念に満ち満ちて、それが束になって荒木の体を貫く。彼の内心の正直な所を言うのであれば、自分が何をしたのだろうという純粋な疑問しかなかったが、それにしてもこのような空気に晒されて何も思わないほど鈍い訳ではない。

 

「ま、待て君達!誤解だぞ!?」

 

残念な事だが、声を大にしての自己弁護は効果が薄い。群衆の空気とは塗り替えるのが困難なもので、一度染まってしまえば後は波及していく。昼休みのカフェテリアの空気が淀み始め、周囲から聞こえる囁きに、荒木はついに耐え兼ねた。

 

 

 

「その……とりあえず昼食をとりながら、ゆっくり話し合わないか?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「な、なるほど……カレンという贈る相手がいるだろうと……」

「分かってもらえた?」

 

晴れて席に着いた三人には、ようやく穏やかな時間が戻って来た。三者三様の昼食に手をつけながら談話する様は、先程までの事態がまるで茶番だったかのようで。というより、現に茶番だったのだが。荒木にしてみれば、事情を聞いてからようやく飲み込めた事で、ただの茶番というには些かあの雰囲気は迫真に過ぎた。

 

「分かった。けど、ああいう心臓に悪い演技はやめてくれ二人とも……かなりびっくりしたぞ」

「すみません……」

「ごめんね、流石にやりすぎちゃった……」

 

諌められ、耳を垂らし目を伏せ謝意を示す二人。あの後、スカーレットとカレンによる「ドッキリ大成功!みんなお騒がせしてごめんね?」という鶴の一声で一応ながら場は収まった。おそらくそれは、常人であれば猜疑心を晴らすにはやや不足であろうが、彼女らの打って変わったような明朗さと持ち前の魅了で、そのような疑いを見事に晴らしてしまったのだから、改めて荒木は二人の持つカリスマ性というか、兎角そのようなものに慄いていた。

 

とはいえあの場にいたウマ娘の中には、荒木が教官時代に面倒を見たウマ娘が幾らか混じっていたようで、彼女達による荒木への弁護もあっての結果である。そういう意味では彼もまた、平生の態度や立ち振る舞いによる自らの人徳によって救われたと言えよう。そしてもし、荒木一誠に指導を受け信頼しているウマ娘が不特定多数存在する事すら考慮してあのような真似をしたのであれば、尚カレンとスカーレットの策士ぶりには慄くべきだが、当の荒木自身はそこまで考えていない事は幸運かもしれない。

 

「まあ、誤解も解けたみたいだし良かった、で終わりにしよう。元々、この機会にカレンと話しておきたい事が別件としてあったしな」

「話したい事?」

「あぁ、デビューも果たしたし改めてね。食べながらで構わないから聞いてくれ」

 

先程までより僅かに真面目な顔をした荒木に、二人とも自然と背筋を伸ばす。今の彼の顔からは、とても数分前までの慌てぶりは想像がつかない。彼女たち二人ならよく知っている、トレーナーとしての荒木の顔だった。

 

「トゥインクルシリーズを走るにあたって、カレンはどの路線、どんなレースを走りたい?デビューまではなあなあでも良かったが、そろそろ本格的に目標を定めて、それを元にジュニア級でのローテも決めたいんだ」

 

その言葉に、なるほど、とスカーレットは食事をとりながら黙して得心する。真面目な空気になるのも頷ける内容だったからだ。カレンもその話の重要性を理解しているのだろう、一瞬だが確かにフォークを持つ手が止まった。しかしそれは本当に一瞬の事で、すぐにまた手元のパスタを巻き始める。

 

「前も言ったが、なるべく君の希望に沿うレース選択をするよ。例えば……スカーレット、君はティアラ路線にいくそうだね?」

「ハイ……って、もう知ってるんですか?まだ会見とかインタビューで発表してないですけど」

「あぁ、武川さんに聞いたんだ。というか、嬉々として自分から教えてくれたよ。それだけあの人からも期待されてるって事だな」

 

自分の担当トレーナーの口の軽さに呆れつつ、しかしスカーレットの頬が微かに緩んだ。彼女の性格上、実を言えばあまりそのような姿を武川に見せるのは癪であるから、必ず府中駅前のラーメン屋で昼食を済ますという彼の習慣は都合が良かった。もしこの場にいたりでもしたら、意地を張って仏頂面を呈していた事だろう。

 

「カレンも知ってるだろうが、来年クラシック級に上がれば、基本的に学園のウマ娘は自分の進む路線を決める。」

「短距離、マイル、クラシック、ティアラ、ダートだよね?」

「そうだ、ちゃんと勉強して偉いぞ。もちろん実際には、変則的なローテーションも組める。幅広く適性を持ってるウマ娘もいるからな。スカーレットの場合は、どうやら王道のトリプルティアラを狙うみたいだが」

 

トリプルティアラ。クラシック級でいる一年間のみしか走る事を許されない、クラシック路線と同じ、正しく一生に一度の大舞台。桜花賞、オークス、秋華賞という三つのGⅠを、それぞれたった一度だけ走り、その全てを制したウマ娘に授けられる称号をトリプルティアラと呼び、またそれが路線として括られた。

トリプルティアラを目指すウマ娘とは、ただ強さのみを追い求めるのではなく、同時に優美にして華麗であろうとする者である。さしずめ、クラシック三冠を王とするなら、トリプルティアラは女王といったところか。

 

「まず俺の考えを述べる。間違いなく、君は芝短距離向きだ。君の選択肢を狭めるつもりはないが、事実としてあえて言っておく」

 

対して、短距離路線。スプリント路線とも言う。この短距離路線とは、1200メートルから1400メートルのレース群を指し示す。国内の該当するGⅠであれば、スプリンターズステークスと高松宮記念があげられる。

 

「カレンの素質は紛れもなく一級品だが、その真骨頂はトップスピードの持続力。つまり、道中でじわじわと体力を削られるようなレースは不得手……端的に言えば、距離が延びるほど不利になる訳だ」

 

トリプルティアラを例に出すと、最短の桜花賞ですらが1600メートル、最長のオークスは2400メートルもあり、最後の秋華賞も2000メートルとやや長丁場である。クラシック三冠では最長で3000メートルにもなるレースもあり、そうした距離への不安からこの路線を選ぶウマ娘も少なくない。尤もスカーレットのように、そのような現状を内心憂いているウマ娘もいるが。それを踏まえて考えれば、荒木の言うように短距離路線に向いているのは確かである。格闘技の階級宛らに、努力だけでは如何ともしがたい距離の壁というものは存在する。絶対能力だけではどうにもならない不条理な路線に、わざわざ身を投じる者は少ない。

 

「だから、俺は短距離路線を考えてる。今までの感触からして、伸びても1600まで。だから聞きたいんだ、君自身はどんなレースを望んでいるのか」

 

荒木の言葉が終えると同時に、三人の間に沈黙が訪れた。昼食のパスタを話の合間に完食したらしい、カレンはいつの間にか空になった皿にフォークを置く。かちゃと音を立てて、それを皮切りに、聞き手でいたカレンはついに口を開いた。

 

「お兄ちゃん。スカーレットちゃんにカレンの強み弱みなんて、聞かせても大丈夫?」

 

あ。小さな声をひとつ零して、それから素早くスカーレットの方を向く荒木。苦笑するスカーレットを見て、思わず彼は呻き交じりに頭を抱えた。そう、この場にいるのは、つい最近になって鮮烈なデビューを飾った同世代のダイワスカーレットである。いわば、いつか競う事になりうる相手だった。ライバル候補に自分の担当ウマ娘の長短を知らせるなど、トレーナーとしてはあってはならない事であろう。

 

「ま、まぁまぁ、大丈夫ですよ!それくらいなら、レースを分析すれば分かる事じゃないですか!」

「ふふ、そうそう♪お兄ちゃんってば焦っちゃってカワイイ♪」

「アンタかなり小悪魔出てるわよ!?」

「えへへ、つい?」

「つい!?」

 

未だ自責の念を拭い去れずにいる様子の荒木を他所に、カレンとスカーレットはもはや漫談とさえ思わせるような軽妙なやりとりを展開している。スカーレットも優等生として元恩師の弁護をするが、どうにもカレン相手ではコメディリリーフになってしまう。何だか気が抜けてしまったようで、それによって冷静さを取り戻した荒木はようやく、重たげな所作で顔を上げた。

 

 

 

「ーーカレンね、トリプルティアラがいい」

 

 

 

玲瓏たる声が聞こえた。

面を上げた彼の眼に映ったのは、無論自らの担当ウマ娘である。けれどそこにいたのは、とても今の今までそこに座っていた、悪戯っぽく笑う少女には見えなかった。酷く大人びて、強い決意をさえ感じさせる澄み渡った双眸に、期せずして射竦められてしまって。何も言えずにいる荒木と、それにスカーレットも、ただ彼女の口が動くのを見守るばかりだった。

 

「ほんとはね、ずっと前からそう決めてたの」

 

周囲の喧騒さえ耳に入らないほど、その言葉に強く惹かれたのか。或いは、ただ昼時の騒がしさが収まりつつあるのか。なぜかカレンが口にする、普段と何ら変わらぬはずの語気は、然るに並ならぬものを二人に感じさせた。

そして荒木に、今ここで応えてやらねばならない、と。使命感じみたものをさえ抱かせた。それほど、カレンの瞳に真っ直ぐ見つめられたのだ。今の荒木は、ある意味で冷静さを欠いている。それでも、その答えはやけに鮮明に脳裏に浮かんだ。決まりきっている答えなのだ、故に悩む必要は無い。

 

 

 

「わかった。目指そう、トリプルティアラを」

 

 

 

空気の変化はすぐ起こった。カレンの顔は、答えを聞くや否やすぐさまいつも通りに戻った。やはり、いつも通り愛嬌のある微笑みである。スカーレットも、荒木も、いつものカレンが戻ってきたのだと実感した。そうして両名が漸く気付いたのは、やはり未だこのカフェテリアは騒がしいということ。何気ない会話に等しい声量だった筈なのに、それがどうしてか、無音の中かのようにカレンの声だけが耳に入ってきたのだ。

 

「ありがとう。お兄ちゃんなら、そう言ってくれるって信じてたよっ♪」

 

声色もいつも通り、今は弾むような彼女のそれだ。それが却って、今し方カレンが見せた、ある種の重圧を強調する。威圧ではない、しかし有無を言わさぬ。ただ彼女の強い想いが確かに瞬いたのである。

嗚呼、と、どこか気の抜けた返事しか荒木は出来なかった。自らの答えを思い返して、間違いだとは思わない。彼が先に言ったように、飽くまでもカレンの望みに沿うのがトレーナーの使命だから。けれどそれにしても、あれではとても、代替案など出せやしない。それ程までに、カレンチャンというウマ娘の底にある何かに気圧された。

 

「…………何か、あるんでしょ?ティアラへの特別な想いが」

 

スカーレットが不意に席を立つ。そう口にする彼女の面持ちは至って平静である。但し、隣に座るカレンを見下ろす瞳は、煌々と真紅を放つようなぎらつきを湛えていた。

 

「いいわ、存分に目指したらいい。でもそれってつまり、来年はアタシとぶつかるって事よ?」

 

生来の目つきの鋭さに留まらぬ、強い眼光がカレンに注がれる。敵意にも似た感情が、瞳から瞳へと。ダイワスカーレットと同世代としてトリプルティアラを目指すという事、それが意味するのは即ち、世代最強とすら目されるウマ娘への挑戦である。それは、訴えかけでもあっただろうか。その想いは本物か、と。

 

「うん。だから……今から楽しみだね?」

 

見上げるカレンは、微笑みを返す。真紅の光輝をも吸い尽くしてしまいそうな、底無しに広がる紫紺の深奥。ダイワスカーレットとカレンチャン、二人の視線は僅かな間交差した。

 

「ーーえぇ。また一つ、クラシック級に楽しみが増えたわ」

 

先に目を閉じたのは、スカーレットだった。ぴりついた空気を経ていながら、彼女が上機嫌なようにも見えたのは、荒木の気のせいだろうか。少なくとも、スプーンを空の皿に置いて持つその一連の所作に、憤りや緊張は全く見て取れず、寧ろ軽やかだった。

 

「でも、勝つのはアタシだから。覚悟しときなさいよ」

 

そう言い残すと、スカーレットは荒木に一つ頭を下げて、背を向けてカウンターへ歩き出した。遠ざかる背中を暫し眺めていたが、そのうち荒木は溜息をつく。

 

「君の希望だから構わないが、スカーレットは強いぞ?」

「知ってるよ?」

「知ってるか……」

 

可愛らしく首を傾げるカレンに、苦笑交じりに溜息をもう一つ。

決して自分の実績や評判の事を憂慮したのではない。寧ろ、憂慮していたのはカレンの事だった。もしカレンが向かない路線の挑戦し続けた事で、適正条件であれば積み上げられた筈のGⅠタイトルを取り損ねたら。彼女の類稀な才能を、結果によって実証できない。つまり、カレンを正しく評価してもらう事が望めない。何より、それ以上の心配事もある。指導者という立場上は荒木には言えないが、内心は心配が勝るのだ。

 

「大丈夫!カレン、お兄ちゃんの事信じてるもん!」

「……はは、ありがとう。君にそう言われると、俺も頑張らなきゃなって思うよ」

 

それでも、あんな顔をされては敵わない。心配だというのなら、その元を潰して結果を出させてやるのが彼の仕事である。元々はスプリンターと呼ばれながら、距離適性をトレーニングで伸ばし、中長距離GⅠのタイトルまで手が届いた前例はない訳ではない。ならば不可能とは言わない。彼女たちの夢を叶える為に生きている、そんな人種が言えるものか。

 

「……今までの基礎トレに加えて、今後は距離延長に対応した特別トレーニングも加える。当然過酷になるし、ウマスタやウマッターにも着手しづらくなる。それでもいいな?」

「カレンならどれもおろそかになんてしませーんっ」

 

カレンの言葉の後、二人が同時に笑った。目標は定まり、好敵手までもがいてくれる。決して悪い道程ではない。後はそう、必要なのは己の手腕のみ。心の中で荒木は腹を括る。やってやる、やるしかないのだ。だってこんなにも、カレンが喜色に満ちて、楽しげだから。それだけが、荒木一誠の行動原理だから。




スピード:342
スタミナ:181
パワー:300
根性:158
賢さ:219

バ場適性 芝A ダートF
距離適性 短距離A マイルC 中距離G 長距離G
脚質適性 逃げB 先行A 差しE 追い込みG

【スキル】
#LookatCurren 仕掛け準備 束縛 未完の末脚
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