ファイナルファンタジー青 作:青さん
実は投稿したあと、パソコンぶっ壊れた、という事実が……
超超超超遅くなりましたが、二話目ですm(_ _)m
アクアブレスによって巻き起こった即席の豪雨が止むと、宿屋の裏庭には三人分の小さなくしゃみが立て続けに響いた。
「……やっべ」
今更ながら気付いた。
汚れているから洗う。そこまではいい。いや、絶対に必要だったと思う。垢やら泥やらで元の色すら怪しかった髪も肌も、今では見違えるほど綺麗になっているのだから、青魔法の有効活用という意味でも百点満点をつけたいくらいだ。
問題は、その後。
水を浴びれば濡れる。
濡れれば身体が冷える。
考えてみれば当たり前の話なのだが、ついさっきまで青魔法の素晴らしさに酔いしれていた自分は、その当たり前を綺麗さっぱり忘れていたらしい。気候、季節も今は大丈夫! とは言えない。年齢を考えたら尚更。
「さむぃ……」
一番小さな少女がぽつりと漏らした。
「悪い! ちょっと待ってろ!」
慌てて荷物を漁り、大きめの布を引っ張り出す。
炎系の青魔法を使っても良いが、流石に物理的に燃える可能性があるので、躊躇した。
一枚、二枚、三枚。幸い旅暮らしが長いだけあって、布類には余裕がある。
三人の頭からそれぞれ被せて、わしゃわしゃと乱暴にならない程度に水気を拭き取っていく。
一番小さな子は驚いたように目を丸くし、その隣の子は警戒するようにこちらを見上げた。そして、一番年上らしい少女だけは、自分を拭く手から逃れようとする。
「わ、私は……いい、です。先に、二人を……」
「三枚あるから」
「……え?」
「布。三枚あるから。妹二人拭いてる間にお前が風邪ひいたら意味ないだろ」
「でも……」
「でもじゃない。ほらほら、頭出せ」
有無を言わせず布を被せると、少女はびくりと肩を震わせた。
その反応に、思わず手が止まる。
叩かれると思ったのだろうか。
ほんの一瞬浮かんだ考えを、すぐに頭の隅へ追いやった。今ここで想像だけを膨らませても仕方がない。少なくとも、自分がこの子たちにすることは決まっている。
「痛かったら言えよ。慣れてないから」
なるべくゆっくりと髪を拭く。
少女は何も言わなかった。
ただ、布の端から覗く目だけが、こちらの手をずっと追っていた。
「よっしゃ。取り敢えずこんなもんか」
三人を並べて改めて見る。
先ほどまでは汚れに隠れてよく分からなかったが、三人とも顔立ちはかなり整っていた。もっとも、頬は痩せ、手足も細い。健康的という言葉からは随分遠い。
それでも、これだけ綺麗になれば印象はまるで違う。
「やっぱ俺の目に狂いはなかったな。将来美人になるぞ、お前ら!」
「「「……?」」」
当然ながら三人とも反応に困っている。
うん。今のは忘れてくれ。
さて。
ここで一つ、大問題が発生した。
「さて…………服、どうしようか」
当然ながら、ない。
自分の着替えならある。だが成人男性用の服を、この小さな少女たちに着せるわけにもいかない。何より今まで着ていた服は、洗えばどうにかなるという域を少々超えている。
何しろ子供を拾う予定で旅をしていなかったのだ。
当たり前だ。
予定していたら怖い。
「と、言うわけでおばちゃーん!」
裏口から宿屋へ向かって叫ぶ。
間もなく、先ほどの肝っ玉母ちゃんが面倒臭そうな顔を覗かせた。
「今度は何だい」
「子供服って持ってない?」
「そんなもん置いてるわけないだろ」
「ですよねー。アメニティ充実してたらもっと高級感出てるってもんか」
「何言ってんのかわかんないけど、馬鹿にされてる感じがするよ! ……ったく」
大きな溜息。
しかしおばちゃんは三人を見ると、腰に手を当てた。
「待ってな。娘が小さい頃に着てた古着が残ってたはずだよ。捨ててなけりゃね」
「マジで!? 助かる!」
「その代わり洗濯くらい自分でやりな」
「任せろ。アクアブレスで一発――」
「店を壊したら叩き出すよ」
「……手で洗います」
水浸しの背後をみられて、おばちゃんの視線の鋭さや殺気が増す。これは青魔法の敗北である。
結局、おばちゃんが持ってきてくれた服は少々古びていたものの、十分すぎるほど綺麗なものだった。
三人それぞれに合いそうなものを選び、着替えさせる。
――と言っても、そこはおばちゃんに丸投げした。
流石に女の子の着替えを手伝うほど無神経ではない。
部屋の外で待つこと暫し。
扉が開いた。
「ほら。入んな」
「ぉぉー……」
思わず声が漏れた。
綺麗な服を着て、髪も整えられた三人がそこにいる。
本当に同じ子たちなのか疑いたくなるくらいだった。
一番上の少女は少し長めの服。一番下の子には若干大きいらしく、袖から指先だけがちょこんと出ている。
「お、似合ってんじゃん」
三人が顔を見合わせる。
一番小さな少女が、自分の袖を不思議そうにつまんだ。
「……これ」
「ん?」
「……わたし、の?」
その問いに、何気なく答えようとして――止まった。
何故そんなことを聞くのか。
服を着せてもらったのだから、自分のものだと思えばいい。
だが少女は、そうは思わなかったらしい。
「そうだぞ。お前の」
「……もらって、いいの?」
「いいぞ」
「かえさなくて……いい?」
「いや、返したら裸になるだろ」
冗談のつもりだった。
しかし、少女は笑わなかった。
服をぎゅっと握りしめて、俯く。
「……ありがと、う」
その小さな声に、妙に胸が詰まった。
「おう」
頭を撫でようとして、途中でやめる。
代わりに肩を軽く叩いた。
急ぐ必要はない。
まだ出会って半日も経っていないのだから。
夕方。
今度こそ飯である。
宿屋の食堂に、パン、野菜のスープ、焼いた肉、果物。それなりの量を並べてもらった。
育ち盛りの子供がどれだけ食べるのかなんて知らないので、取り敢えず多めに頼んだ。
足りないよりはいいだろう。
「さ、食え」
「「「…………」」」
三人は椅子に座ったまま動かなかった。
「……ん? どうした?」
聞こえなかったのか。
「食っていいんだぞ?」
三人の視線が料理へ落ちる。
一番小さな少女の腹から、くぅぅ、と正直な音が響いた。
本人が真っ赤になって腹を押さえる。
可愛い。
ではなく。
「ほらみろ、腹減ってんだろ?」
一番上の少女が、恐る恐る口を開いた。
「あの……」
「ん?」
「この子たちに……いただいても、いいですか?」
「おう。いいぞ」
「……ありがとう、ございます」
少女が頭を下げる。
そして妹二人へ、食べていいのだと促した。
だが――本人は手を伸ばさない。
「お前は?」
「私は……大丈夫、です」
「大丈夫って?」
「さっき、パンを……いただきました」
「二人も食っただろ」
「私は、お姉ちゃん、だから……」
そこで初めて理解した。
この子は、自分の分がないと思っているのではない。
妹たちに少しでも多く食べさせようとしている。
「…………」
それが姉として立派なのかどうか、自分には分からない。
少なくとも、今のこの子がするべきことではないと思った。
だが。
「お前が食べないなら、二人も食いづらいだろ」
少女が振り返る。
妹二人は、確かに一度は伸ばしたのだが、今は料理へ手を伸ばしていなかった。
一番上の姉が食べないから。
だから自分たちも食べない、と言った感じだろうか。互いに想い合ってるのがよくわかると言うものだ。
「……なるほどな」
さて、どうしたものか。
子育て経験、ゼロ。
歳の離れた弟、妹、ゼロ。
ならば、こういう時、どうすればいい?
ゲームなら選択肢くらい表示してくれそうなものだが、当然ながら目の前には何も出てこない。
当然、スマホみたいな便利アイテム皆無。もはや、あれはチートの類。
ならば、仕方ない。
考えても分からないなら、自分なりにやるしかないのだ。世話をすると決めた以上、半端に放り捨てるわけには行かないから。
「いただきまーーーす!」
なので、豪快にパンを一つ取って、思い切りかじる。
三人がびくっとこちらを見た。
「ん。うまい! こっちの肉は55点!」
続いて肉。
スープ。
普通に食べる。55点が高いのか低いのか、は特に考えてなく自然と出た数字を勢いで言っただけである。
「ほらほら。毒なんか入ってないぞ、うまいぞ!」
「……どく?」
「いや、今のは忘れろ」
余計な知識を与えてどうする。
足元ではボコが物欲しそうにこちらを見ていた。
「こら、お前はさっき食っただろ」
「クエ」
「そんな顔してもダメ」
「クエェ……」
「…………一個だけな」
パンの欠片を放ると、器用に嘴で受け取る。
横からモグまでやってきた。
「クポ!」
「いやお前もかい!」
「クポポ!」
「分かった分かった!」
いつもの調子で二匹に構っていると、小さな音がした。
見る。
一番小さな少女が、パンへ手を伸ばしていた。
そっと取る。
こちらを見る。
「おう! 食え食え」
一口。
目を見開く。
もう一口。
今度は少し大きく。
その様子を見た真ん中の少女も、ゆっくりパンを取った。
最後に姉。
それでも一番小さなパンを選ぼうとしたので、横から大きいものを押し付けた。
「こっち」
「でも……」
「いいから」
「……はい」
ようやく。
本当にようやく、三人揃って食べ始めた。
「そうそう。食え食え。どんどん食え。足りなかったら追加するから」
最初は小さな一口だった。
だが、一度食べ始めると身体の方が我慢できなくなったのだろう。
少しずつ速度が上がっていく。
一番小さな子など頬いっぱいにパンを詰め込んでいる。
「ゆっくり食え。誰も取らないから」
言った瞬間。
小さな手が止まった。
「……?」
「どうした?」
「……これ、あしたに、とっておいてもいい?」
半分になったパン。
少女はそれを両手で大事そうに持っていた。
「明日?」
こくり、と頷く。
「明日も朝飯出るぞ?」
「…………?」
今度はこちらが首を傾げる番だった。
少女は意味が分からないという顔をしている。
そして姉を見る。
姉もまた、驚いた顔でこちらを見ていた。
「……明日も、ですか?」
「そりゃ泊まってるんだから朝飯くらい――」
そこまで言って、ようやく気付いた。
違う。
この子たちが聞いているのは、宿のサービスの話ではない。
明日も食べ物があるのか。
それを聞いている。
「……あるよ」
三人を順番に見る。
「明日もある。そのまた明日もある。ずっとずっとある。だから今日、腹いっぱい食っていい」
少女の手の中にある半分のパン。
それでも手放そうとはしなかった。
「……そっか」
今日はそれでいい。
明日になれば、本当に朝飯が出てくる。
口で百回説明するより、その一回の方が多分伝わるのだ。
夜。
今度こそ万事解決。
そう思っていた自分は、とんでもなく甘かった。
「なんでだよ」
ベッドは三つ用意した。
正確には元々二つだった部屋へ簡易ベッドを一台運び込んでもらった。
なのに。
「なんで床に三人でいるんだよ」
三人が、隅で固まっていた。ベッドがあるのに使ってない。
姉が真ん中。
妹二人が左右。
身体を寄せ合い、一枚の毛布に包まっている。
「床固いだろ?? 木造だし」
「……大丈夫、です」
「ほら、絶対こっちの方がやわらかいし、寝心地良いから」
「……一緒が、いいです、から」
即答だった。
その言葉だけは、今日一日で一番迷いがなかった。
「…………そっか」
なら、いいか。
わざわざ引き離す必要もない。
が。
「とーーりゃ!!」
敷布団を引っ張りだして大きく広げると。
「そりゃーー」
掛け声一つあげて、三人まとめて抱え上げる。
わー、とか、きゃー、とか小さな悲鳴をあげつつも、抵抗はしない。
そのまま、敷布団の上に三人とも着地させる。
「はい! 寝ろ。今日は疲れただろ」
そう言われて、きょとん、としたが、合わせて布団も上から被せる。もぞもぞ動いて顔だけ出す三人を見たら、何だか笑えてくる。
「……はい、おやすみ、さない」
「おう! おやすみー」
扉を閉める。
自分の部屋へ戻る途中、思わず頭を掻いた。
「や、子供って難しい……」
モンスターならまだ分かる。
殴ってくる。
魔法を使う。
特技を使う。
それを食らってラーニングする。
実に分かりやすい。青魔法こそが至高。で、ラーニングの大変さを知り、死ぬかと思った日々。
だが、今の方が大変な気がする。子供は分からない。
何を考えているのか。
何が怖いのか。
どうすれば安心するのか。
だから、攻略本が欲しい。切実に。
そして、世の中の親御さんに尊敬の念を改めて覚えた。
深夜。
喉が渇いて目を覚ました。
水でも飲もうと廊下へ出る。
その時だった。
隣の部屋から、小さな物音が聞こえた。
泥棒――ではないだろう。そっと扉を開く。
月明かりの中。
一番上の少女が起きていた。
「……何してんだ?」
「っ……!」
少女が飛び上がるほど驚く。
その手には布。
そして。
昼間、一番小さな妹が残したパン。
他にも僅かな食べ物が包まれている。
「あ……その……」
必死に何か言おうとする。
怒られると思っている。
そういう顔だった。
「盗んで、ないです」
「うん?」
「妹たちの、です」
「うん??」
「明日……食べる、から……」
「うん???」
それ以上、何も言えなくなった。
ベッドを見る。
妹二人が寄り添って眠っている。
姉だけが起きて、明日の食べ物を確認していた。
昼間言った。
明日もある。
この子は、それをまだ信じられない。
当たり前だ。
出会って数時間の知らない男が言った言葉を、どうして信じられる。
しかもこの子は、自分だけじゃない。
妹二人の明日まで背負っている。
「それ、そこ置いとけ」
「……え?」
「取らないよ」
少女の横を通り、窓際に置いてあった椅子へ腰を下ろす。
「明日の朝になったら、新しいパン食おう。そっちは……まあ、腹減った時用に取っとけ。夜食だ」
「…………」
「ただし腐ったら捨てるぞ。腹壊すから」
少女はパンを見る。
そして自分を見る。
「……どうして?」
また。
前と同じ問いだった。
でも、少し違う。
「どうして……そんなに、してくれるの?」
昼間は、助けた理由。
今度は――助け続ける理由。
「んー……」
困った。
未来への先行投資。
光源氏計画。
昨日ならそう茶化した。
でも今、この子には多分違う言葉が必要だ。
「俺が勝手に連れてきたから」
「……?」
「一緒に来るかって手ぇ出したの俺だろ。お前が取った。だから少なくとも、お前らが自分で生きていけるようになるまでは、途中でポイなんてしない」
少女の目が揺れる。
「でも……私、何も……」
「何も?」
「返せるもの……ない、です」
なるほど。
やっと少し分かった。
この子にとって、何かを与えられるということは、何かを返さなければならないということなのだ。
無償で与えられるものなんて知らない。
何より大人が味方だった時なんて無かったんだろう。
「……あのな」
立ち上がる。
近づくと、少女の肩が僅かに強張った。
だから少し離れたところでしゃがんだ。
目線だけを合わせる。
「昨日言っただろ。返してもらうのは将来」
「……はい」
「今じゃない」
「でも……」
「でも禁止」
「…………」
「お前、名前は?」
そういえば。
今更だった。
助けた。
飯を食わせた。
風呂にも入れた。
服まで用意した。
なのに名前すら聞いていなかった。
我ながら順番がおかしい。
少女は少し迷ってから答えた。
「……マグ」
「マグ、か」
後ろのベッドを見る。
「じゃあ、あの二人は?」
「ドグと……ラグ」
「マグ、ドグ、ラグ……」
どこかで聞いたような、遠い遠い昔────というか。
「(……メーガス三姉妹か!)」
一瞬、そんな単語が頭を過った。
だが今はどうでもいい。
目の前にいるのは、ゲームのボスでも召喚獣でもない。
妹たちの明日のパンを心配して眠れない、一人の子供だ。
「マグ」
「……はい」
「お前の仕事、今日から決めた」
少女の表情が強張る。
何を命じられるのか。
そんな顔。
だから、指を一本立てる。
「メシを食う」
「……え?」
二本目。
「寝る」
三本目。
「遊ぶ」
「…………」
四本目。
「元気になる」
ここまできて、マグはぽかん、と小さく口を開けた。
「以上」
「……それ、だけ? それ、しごと、じゃ……」
「それだけ」
「でも……」
「だーーーーっ! だーかーら子供は食って寝るのが仕事だって言ってんだろー!? ワガママ言わなーーい! 逆らわなーーい!」
思わず声が大きくなる。
ベッドの二人が、もぞっと動いた。
「やべ」
慌てて口を塞ぐ。
マグが――。
初めて。
ほんの少しだけ。
「……ふふ」
小さく小さく笑った。
「お?」
「っ……! なんでも、ありません」
「今笑ったろ」
「……笑ってません」
「いや笑ったって」
「……おやすみなさい、お兄様」
パンを包み直し、マグは妹たちのいるベッドへ戻っていく。
するりと真ん中へ潜り込む。
左右から、眠ったままの妹たちが身体を寄せた。
「(……お兄様、ね)おう、おやすみ、マグ」
扉を閉める。
明日になれば。
朝飯がある。
明後日もある。
その次の日も。
言葉だけで信じられないなら、毎朝見せればいい。
一日ずつ。
何度でも。
それを繰り返していけば、そのうちパンを隠さなくなる日も来るのだろう。
――――などと。
この時の自分は、少しばかり甘く考えていた。
翌朝。
「お、お前ら何やってんの?」
「お掃除、です」
「宿のおばちゃんのお手伝い……」
「ラグもする!」
箒を握る三姉妹。
「…………」
働かざる者食うべからず。
そんな言葉を誰から教わったのか知らないが、どうやらこの三人の中には、自分が思っていたより遥かに深く染み込んでいるらしい。
頭を抱える。
モンスター相手なら攻略法を考える。
青魔法ならラーニング条件を探す。
だが――。
「だーかーらぁぁぁ! お前らはお前らの仕事があるって言ったろ!? そんなこんなボロ屋で働かなくていいっつってんだろーがぁぁぁ!!」
人生初の子育て。
難易度はどうやら、想像していたより遥かに高いらしかった。
そして、この宿屋をボロ屋、と言ってたのが当然、宿主のおばちゃんに聞かれてて、めちゃくちゃ叱られたのだった。