ファイナルファンタジー青 作:青さん
昨日は大変だった。
三姉妹が朝っぱらから宿の掃除を始め、それを見つけた俺が止めようとして大騒ぎ。そのうえ宿をボロ屋呼ばわりしたせいで、宿主のおばちゃんから大目玉まで食らった。自分では散々ボロボロと呼んでいたくせに、他人から言われるのは駄目らしい。なかなかに理不尽である。でも、逆らえない威圧感がそこにあるので、早々に白旗だ。
だが、問題はそこではない。
「……別に、掃除くらいさせりゃいいじゃないか」
「良くはないだろ?」
翌朝。
食堂の隅で頬杖をつきながら言うおばちゃんに、即答する。
「こーんな小さいんだぞ? それにあいつら分の宿代もしっかり払ってる。色々含めて。足りなかったか?」
少し離れた場所では、マグたち姉妹が朝食を食べている。
一番上のマグでさえ幼い。その妹であるドグとラグなど言わずもがな。椅子に座れば足が床に届かないような子供だ。
そんな子供が朝っぱらから働こうとしている。
現代日本出身者としては、見過ごせるはずもない。
「あぁ、料金面は色付けてくれてるし、問題ないよ。……でも、だから何だい? って話さ」
「(色付けたつもりないんだが……)いや、だからって……まだ子供だぞ?」
「ああ、子供だね」
「子供は遊んで、飯食って、寝る。それが仕事ってもんだろ?」
昨日も言った。
子供は食って寝るのが仕事だ。
我ながら至極真っ当なことを言っていると思うのだが、おばちゃんは呆れたような顔をした。
「アンタ、時々変なこと言うねぇ」
「変とは失礼な。善良な一般人を差し置いて」
「一般人ねぇ……。アタシから言わせりゃ、どこのお貴族様の話だいって話さ」
「……はい?」
「商人の家なら店を手伝う。農家なら畑を手伝う。職人の家なら親の仕事を見て覚える。もう乳離れしたあのくらいの子ならそれくらい普通だろ?」
言われて、言葉に詰まった。
「貧民街じゃ、自分の食い扶持くらい自分で稼ぐ子も珍しくないよ。昨日今日で急に始まった話じゃない。そうじゃないと死ぬからね。命を種銭に、犯罪に手を染めるのも普通さ」
「…………」
自分が、酷く当たり前のことを忘れていたのだと気付いた。
そう、ここは、この世界は、あの平和な日本ではない。
いや、そもそも地球ですらない。
魔法があり、モンスターがいて、剣一本を持って命を賭ける冒険者なんて職業が普通に成立している世界。
昨日まで笑っていた人間が、今日には帰ってこない。
そんなことだって珍しくない。
何度も見てきたはずだった。ある程度の余裕が出てきたら、青魔法という至高に酔いすぎてて、忘れてしまっていた。
「それにね」
おばちゃんの声が少しだけ低くなる。
「あの子ら、その貧民街から連れてきたんだろ?」
「……まあ、な」
「だったら尚更さ。こう言っちゃなんだけど、アンタの命の保証も完璧じゃない。冒険者を生業としてるなら、ね。そん時、何もせずに育ったあの娘らはどうなる?」
「……………」
視線だけを三人へ向ける。
パンを小さく千切りながら食べるマグ。その隣ではドグがスープを飲み、ラグは果物と格闘している。
昨日よりは随分マシになった。
それでも三人とも、どこか周囲を窺うように食べている。
そんな子達を見たおばちゃんは、少し優しそうな目をした。そして何よりどれほどまでに幸運な事か、しっかりと理解させるほうが良い、とも思い直す。こんな稀有な存在は、そうそういるものじゃないから。
「何もしなくていいなんて言われたって、あの子らには分からないよ」
「…………」
「働ける。役に立てる。だから飯を食っていい。それが残飯だろうとなんだろうと、ね。だからここにいていい。多分、そういう生き方しか知らないんだろうさ。守るために何でもする。って生きてきた。いきなり何もしなくていい、じゃ混乱するだろ」
何もしなくても飯が出てくる。
何もしなくても眠る場所がある。
それを安心だと思うのは――それを当たり前として育った人間だけなのだ。
このおばちゃんに言わせれば、超が付く上級層。お貴族様、と言う奴なのだろう。
「……難しいなぁ」
思わず頭を掻いた。
子育て経験ゼロ。
そのうえ、こちらときたら育った世界まで違うから尚更難しい。
理屈はわかる。頷ける面もある。だが、実際にやるとなると非常に難しい。転生したとは言え、まだまだ生粋の日本人だからだろう。ただ、青魔道士大好きな日本人。……まあ、ある意味希少ではある、が。
思っていた以上に厄介なものへ首を突っ込んだらしい。
でも。
「だからって、俺はあいつらに食うために働かせる気はないぞ」
「そりゃ決めるのはアンタの勝手さ。好きにしな。ただ――」
おばちゃんは肩を竦めた。
「アンタの当たり前を押しつけるんじゃなくて、あの子らが生きてきた当たり前も少しは見てやんな」
「……へいへい」
耳が痛い。本当に。
モンスター相手の方が遥かに簡単だ。
殴ってくる、噛んでくる、個体によっては魔法も来る。
それを避ける、いなす、防御する、至高にして頂点の青魔法で撃退する。
もしも、相手の魔法がラーニング可能なのであれば、ものによっては、対応する。食らってラーニングしても死なないかどうかで。
実に分かりやすいし、実に楽しい。
でも、子供には攻略本がない。
「……よし」
朝食を終えた三人を呼ぶ。
「おーい、マグー、ドグー、ラグー」
大きな声で呼ぶと、少し体を震わせ、足早に駆けてくる。
「はい」
「……はい」
「なぁに?」
三人が並んだ。
小さい。
改めて見ると、本当に小さい。こんなに小さいのにまだ数年そこらなのに、想像以上に過酷だったんだな、と改めて思う。
「掃除していいぞ。あのおばちゃんを手伝ってやれ」
「……!」
マグの表情が明るくなった。
ドグも僅かに目を見開く。
「ただし」
びしりと指を立てる。
「飯を食うためじゃない。ここに置いてもらうためでもない。ちゃんと対価は払ってるんだからな? あくまでお手伝いだ。疲れたらやめていいし。眠かったら寝ていい。遊びたかったら遊ぶ。いいな? 強制じゃない」
マグの顔が曇る。
「でも……」
「でも禁止」
「…………」
「俺がお前らをここに置いてるのは、掃除してもらうためじゃない。デカくなってもらう為だ。だからそれまでは掃除しなくても飯は出る。せめて義務教育……こほん。15くらいから始めよう。今は食って遊んで寝てデカくなれ。分かった?」
「……はい」
どうにも納得していない顔だがいい。
一日で全部変わるなんて思っていないし、この世界に来たから、郷に行っては郷に従え。も正解かもしれないが、知ったことではない。
引き取ると決めた以上、連れて行くと決めた以上、自分流でやるだけやる。後のことなんざ知るか精神だ。
「あと、これは絶対」
三人を見る。
「俺の荷物には勝手に触るなよ?」
「……?」
「武器とか薬とか、危ないもんも入ってるからな。これはやぶったら普通に怒るぞ。分別ついて、ちゃんと理解できるようになるまでは駄目。分かった?」
今度は三人とも頷いた。
「よしっ。以上! かいさーん!」
これでいい。
多分。きっと。恐らく。
「……子育てってこんな手探りでするもんなの?」
「アタシに聞くんじゃないよ。答えのない問いさ。答え合わせができる時が、大きくなった時だけ、ってな」
即答された。
ただ、その声色からおばちゃんは笑ってるように思える。
「アンタみたいな大人が増えりゃ、多少はマシになるのかもね。
その言葉だけを残して奥へと戻っていくのだった。
言いたいことは分かる。
だが言い方は悪いがありふれた言葉だと思うのは、
そして、理解もしている。痒くなりそうな青いセリフを吐けるのは若さか、若しくは────
──それに見合う力を持っているがゆえのもの──
「ん、気合い入れ直しますかね」
ただ、それには責任が伴うと身に沁みて分かっている。今の自分の肩には幼き三つの命がかかっているのだから。
それから数日が過ぎる。
三姉妹との生活は、思ったより早く日常へ溶け込んでいった。
俺も冒険者である以上、いつまでも宿で三人を眺めているわけにはいかない。
仕事をしなければ金は減る。
金が減れば飯が食えない。
三人増えたことで、当然ながら出費も増えた。
そこでギルドではなるべく高額な報酬の依頼を〜〜と依頼板を眺めたのだが――。
「…………」
☆薬草採取☆
ミシディア近郊
ゴブリンの巣
大凡の時間は半日程度だろうが、それは選択肢から省いた。
理由は報酬が安いからだ。
☆ゴブリン大量発生、大討伐☆
ミシディア近郊。数が多い為レイド戦となる。
同じく半日程度だが、人数で報酬ギルを割ったとしても悪くない。
☆野生化したボムの討伐☆
ウォルト近郊。ここミシディアからは少し遠い。
時間は一日から二日。
金額報酬的には魅力的だが。
「却下」
「おや、珍しいですね」
横から声を掛けられた。
ミシディアギルドの受付女性ミリーだ。
「何が?」
「リューヤさん、以前ならボムを選んでいたでしょう? 野生化したボムって通常種より遥かに厄介で、高額な割に受けてくれる人少ないですから。ブリザドが効きやすくて、魔法に長けた
「…………」
それは否定できない。
ボム相手にラーニングできるのは自爆。
青魔法使いとして、これほど心躍る響きもなかなかない……が、それはあくまでもゲーム内での話だ。《自爆》なんて技を持ってる時点で特級の危険物を常に持ち歩いてるような感じがして嫌過ぎるから。
「色々事情があんの。詮索禁止」
「もー、いけずなんだから。依頼書捌けるの、ウチらとしては嬉しい以外の何ものでもないのに〜」
ブーブー、と文句を言われたが、結局、選んだのは近場のゴブリン討伐。
昼前に出て、夕方前には帰るくらいだろうか。
クエスト開始は明日の朝からなので、今日のところは宿へ戻ると。
「……おかえり、なさい。おにいさま」
マグが出迎えた。
その後ろからドグが顔を出す。
さらにその後ろ。小さなラグが、姉たちの間からこちらを覗いている。
「お〜。ただいま。三人とも」
返事をしながら片手を上げる。
まだ、このやり取りにも慣れない。
少し前までなら、仕事を終えて宿に戻ったところで、待っているのは飯と風呂とベッドくらいのものだった。モグとボコ(勿論ボコはチョコボなので外)はいるが、それはそれ。こうして扉を開けた瞬間、三人分の視線が一斉にこちらへ向けられるという経験は、前の世界まで遡ってもほとんど記憶にない。
なんともむず痒い。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
「今日は、もうお仕事は終わりですか?」
「ああ。今日は依頼を見に行っただけ。仕事は明日だな」
「……あした」
マグの表情が僅かに変わった。
それまで姉の後ろに隠れていたラグも、ひょこりと顔を出す。
「おにいちゃん、あしたも、おしごと、いくの?」
「ん? ああ。明日はちょっと大変なやつだ」
腰の袋を外しながら、何気なく答える。
「近くでゴブリンが大量発生してるんだと。明日はそいつらの巣が分かったから、まとめて退治してくる、って依頼」
「「「…………」」」
三人とも黙った。
「……うん? どした?」
さっきまで帰ってきたことに、ほんの少し安心したような顔をしていたというのに。
マグは胸元で両手を重ね、ドグは姉の服の裾を掴んでいる。ラグに至っては、いつの間にかマグの背中へ半分隠れてしまっていた。
「……危ない、お仕事………」
マグが恐る恐る告げた。
ゴブリンを実際に見たことは無いが知識としては知っている。人類の敵であるモンスターだと。
「あー……なるほどな」
冒険者の仕事に、絶対安全などというものはない。
それは事実だ。嘘を教えるわけにもいかない。
まして明日は、少人数で数匹を狩るような依頼ではない。
大量発生したゴブリンを、複数の冒険者で一斉に討伐するレイド戦。何人参加するのかは明日の集合まで分からないが、それなりの人数にはなるだろう。
だからといって。
「そんな顔するなって」
三人の前にしゃがみ込む。
「確かに討伐系だから、今日よりは遅くなる。朝から出るし……そうだな。昼過ぎ、長引いたら夕方くらいになるかもしれない」
「ゆうがた……」
ラグが小さく繰り返した。
「でも大丈夫」
笑ってみせる。
「俺は強い! 最高の青魔道士だ! そんで一人で行くわけじゃない。今回はレイド戦っつって、他の冒険者も大勢いる。相手もゴブリンだ。何度戦ったか覚えてないくらいだしな」
「でもでも、……いっぱい、いるんでしょ? 危険な、モンスター……」
今度はドグだった。
普段はマグの後ろで黙っていることが多い少女が、珍しくこちらを真っ直ぐ見ている。
「いっぱい、いても……だいじょうぶ?」
「ああ! 大丈夫! 俺は強いからな」
にっ、と豪快に笑いながら即答した。
少なくとも、ゴブリンが何十匹いようが何百匹いようが、それだけでどうにかなるとは思わないし、誰一人として死なせない自信もある。
問題になるとすれば、数そのものより状況だ。
味方を巻き込むような青魔法は使えないし、守らなければならない相手が増えれば動きも制限される。大規模戦には大規模戦なりの難しさがある。
つまり、異様に疲れるのがネックなのだ。
だけどそんな話を、今この子たちにする必要はないだろう。
ただただ、漲る自信をその様相に表せれば良いだけだ。
「だから心配するな」
ぽん、とマグの頭に手を置く。
一瞬だけ肩が強張った。
それでも、逃げなかった。
そのままドグ。
最後にラグに。
「ちゃんと帰ってくる」
「……ほんとう?」
「ほんとほんと」
「ぜったい?」
「絶対絶対」
ラグの問いに答えてから、少しだけ笑う。
「だから三人とも、明日は俺がいないからって飯抜いたりするなよ? 特にマグ」
「わ、私は……」
「昨日もパンを隠してた奴が何か言っておりますな〜」
「…………」
マグが黙った。
実に分かりやすい。もしもの為の非常食。妹たちの為に常備する癖はなかなか抜けないらしい。悪いこととは言わないが、ある程度気は抜いて欲しい、と思うのもまた、親心(仮)なのかもしれない。
「んじゃ、何度もいうが俺が仕事してる間のお前らの仕事は、ちゃんと飯を食うこと。それから遊ぶ。眠くなったら寝る。余裕があったらおばちゃんの手伝い。順番を間違えるなよ?」
「……はい」
三人の返事を聞いて立ち上がる。
これでよし。
そう思ったところで、食堂の奥から呆れた声が飛んできた。
「ずいぶんサマになってきたじゃないか。つい最近まで子供の扱いも分からなかった男が」
「うるさいな」
振り返る。
おばちゃんが夕食の仕込みをしながら、こちらを見ていた。
「あ、丁度いいわ。おばちゃん。明日頼むな」
「何をだい?」
「こいつら」
親指で三人を示す。
「朝からゴブリンの大討伐。近場だから夕方までには戻るつもりだけど、その間よろしく。いつもより遅くなるのは確定だし」
「言われなくたって、宿の中にいる子供を放り出しゃしないよ」
「飯も」
「宿代に入ってる」
「なんかあったら」
「アンタより先に対処するよ」
「……いや、頼もしすぎない?」
肝っ玉母ちゃん、なところがあるとは思っていたが、初めてここに来た時、うまり最初の時との対応とは天と地の差だと思わされる。塩対応極まれり、だったからだ。
それがどうだろうか、信頼できる相手になっている。金銭絡みではあるが。
「それと」
「まだあるのかい」
「三人が無理して働こうとしたら止めてくれ。手伝いはいいけど、ほどほどにな」
「はいはい」
「あと遊ぶにしても、変なところに行かせないように――」
「アンタねぇ」
おばちゃんが手を止めた。
「初めて子供を預ける母親かい?」
「誰が母親だ。せめて父だろ。いや、父って歳でもない!」
思わず突っ込む。
思わず笑ってしまう。楽しそうな雰囲気が、三人にも伝わっていたのだろう。強張っていた表情は柔らかくなっていた。
「仕方ないだろ。今まで三人だけで生きてきた奴らだぞ。ちょっと目を離した隙に、また食い物探しに裏路地へ――」
「行かせないよ」
今度の返事は、少しだけ真面目だった。
「ちゃんと見といてやる。だからアンタはアンタの仕事をしてきな」
「…………」
「中途半端に気を取られて怪我でもして帰ってきたら、そっちの方がこの子らが気にするだろ?」
それを言われると弱い。
ちらりと三人を見ると、三人ともまだこちらを見ている。
「分かった」
財布を取り出し、中から何枚かの硬貨を摘まむ。
「じゃ、前金」
「ンなもんいらないよ。さっきも言ったろ、料金は――」
「明日の報酬の、前払いだよ。期待していいから」
「……は?」
にやりと笑う。
「久しぶりの規模の討伐。大討伐だ。人数割りしても結構入る。三人にちょっといいもんでも食わせてやってくれ。前金払っといた方が安心するだろ? 余った分は取っといて良いから」
おばちゃんの眉がぴくりと動いた。
金貨を前に浅くため息を吐く。
「……アンタ、アタシを何だと思ってるんだい」
「金にうるさい宿屋の女将」
「よし、分かった。表出な」
「すみませんでした」
確かに間違っては無いが、ここまで言われるのは心外なのだろう。しかも、年端もいかぬ子供関係で。と言うわけで、闘志だか闘気だか、下手したら殺気だかがおばちゃんに集中しだしたところで、謝った。
命は大事である。
それに明日の仕事も大切だ。
背後から、小さな笑い声が聞こえた。
振り返れば。
ラグが口元を両手で隠している。
ドグも少し笑っていた。
マグまで、困ったように頬を緩めている。
「…………」
それを見て、安堵する。
笑顔が良い。それでいいのだ。笑顔は余計な力を取り去ってくれる。
明日のことなんて、今から心配したところで仕方がないのだ。
まだついてこれない三人は帰りを信じて待つしか出来ない。
そして、自分はゴブリンを倒すだけだ。
結果、報酬を貰い、ここへ帰ってくる。
そして四人で飯を食う。おばちゃんを入れても良いかもしれない。無論、仕事の邪魔にならない程度にはなるが。
そう、ただそれだけの話で、明日の予定。未来予想図だ。
「さて、明日は気張りますかね」
この笑顔の為にも。
青の最高の力を存分に振るおう、と力を込めるのだった。