親愛なる隣人、ウマ娘と共に。   作:早川エル

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序章:メイクデビュー
Web.1 Once Upon a Time The...Spidey


 

 

       COLOMBIA

 

 

    【a Film by ----- ------】

⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀

⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀and

 

 

    【Edited by ----- ------】

 

 

 

『あー、あー、……んん。……オーケー! じゃあ! もう一度だけっ…! ……ちょっとテンション高すぎ? 普通に、普通に……テイク2……OK? じゃ、もう一度だけ説明しよう!』

 

『僕はピ……そう、僕はかつて普通の高校生だった。でもその正体は……そう、スパイダーマンだ! この世界でたった一人のね』

 

『九年前、僕は放射性の蜘蛛に噛まれてスパイダーパワーに覚醒(めざ)めた。けど、手にした力を僕は私欲に使った。だから、僕のせいでベンは……叔父さんは強盗に殺された。……若く親を亡くした僕を育ててくれた、大切な肉親だった。僕はその強盗を……んー暗いし長いよね……』

 

『……で、まあ色々端折るけどその後はキャプテン・アメリカの盾を奪ったり、石コレクターのエイリアンと戦ったり……で、宇宙で一回死んじゃって……五年後に蘇った。アイアンマン……スタークさんの犠牲と引き換えに。で、極めつけはあれ……そう、皆も……まあもう覚えてないよね。……全世界に僕の正体がバラされたんだ。ミステリオの死と、「スパイダーマンは偉大なミステリオを殺した殺人鬼」ってショッキングで超・大迷惑なフェイクニュースのおまけ付きでね。』

 

『そのせいでネッド、MJ、そしてメイにも迷惑を掛けた。……そこで頼ったのが宇宙で共闘した最強の魔術師、ドクター・ストレンジだ』

 

『僕はスティーブン……あ、スティーブンってのはドクター・ストレンジのファーストネームね。フルネームはスティーブン・ストレンジで……ちょっと話が脱線したけど、僕はスティーブンに頼んだんだ、何とかしてほしいって。そしたらなんかすごい魔術を使って全世界からスパイダーマンの正体を忘れさせようとして……失敗しちゃった。……主に僕のせいで……で、逆に「ピーター・パーカー(スパイダーマンの正体)を知る人物」を呼び寄せてしまったんだ。そしてマルチバースから五人のヴィランと……二人の”隣人”がこの世界にやってきた。』

 

『紆余曲折の果て、僕()()は全員を救ってみせた。でも、代償は僕らの想像を絶した。……全員は救えた。ただユニバースを崩壊させないためには、僕に関するあらゆる記録、痕跡、そして存在がユニバース全体から消え去らなきゃならなかった。僕はケジメを付けるため、ユニバースと引き換えにすべての人に忘れられた。それは友人からも、戦友からも、……恋人からも。例外は無かった。そこでようやく僕は未熟なスパイダーボーイから、真の意味で……「親愛なる隣人・スパイダーマン」に成った』

 

『で、今に至るってわけ。1年経つのは意外と早くて……まあ、僕の存在は綺麗すっかり忘れられてるままだけど。さて、この独り言イントロもそろそろ終わりだ。……いつかの”君”に、届くことを祈って。』

 

 

「……『ピーター・パーカー』より、Dear―――」

 と、そこで映像は途切れる。さて、椅子から立ち上がった青年は正面に置かれているカメラに近づくと録画終了ボタンを押し、ベッドに仰向けに倒れこんだ。青年は幼さ残る童顔で、しかしその顔は悩みからか暗かった。

 やがて青年は少しの間を空けると、しゃべり倒した疲れが沸いたのか、はたまた別の理由からか、口から嘆息を漏らした。

 

「……はぁ」

 

 

 

 

  【MARVEL STUDIOS】

 

 

 

 

……オーケー? じゃ、()()()()()()みたいに説明するね? ――そう、全く()()()()に。

 彼は『■■■■・■■■■』、a.k.a.スパイダーマン。はたまたパブリック・エネミー・ナンバーワン(市民の敵)

 ニューヨークが愛したヒーローだった彼は……え? もう全部聞いてるって?

 ……じゃあ、ここから先は、あなた自身の目で。

 

 ……私が誰かって?

 

 

 ――――I'm Spider-Man too.(私もスパイダーマン)

 

 

 

 

「Foooooooo!!」

 経済大国アメリカにて。

 世界一の大都市ニューヨークの上空から、一つの影がどこからともなく現れた。クリアレッドとクリアブルーを基調としたそのスーツは太陽に照らされ地上の人からは際立って見える。それを見て、ある者は歓喜し、またある者は非難の視線を向ける。そんなニューヨーク市民にとっての親愛なる隣人の名は……!

 

「見て! スパイダーマンよ!」

 

「マジか!? Hey! サインしてくれスパイディ!」

 

 ああ、やっぱり真っ昼間のニューヨークを飛び回るのは最高だ。僕はビルの壁にウェブを発射し、上手くくっつけると体を捻らせ大きく飛び上がる。春の風を感じながら僕はこの場に存在するどんなものよりも速い、と思わず錯覚する。

 

「やあみんな! あなたの親愛なる隣人、スパイダーマンだよ!」

 声を上げると、ファンたちの黄色い声が聞こえてくる。

 サインでもあげようかとファンたちの元に近づいたところで……何度目かのそれはやってきた。ナイフのように鋭く、一突きで僕に致命傷をもたらすあるワード。

 その言葉は、明確な敵意を持って僕の鼓膜から入って全身にじわじわと傷を与えてくる。そこで聴覚はやっと、致命傷を知覚させた。

 

「何が『親愛なる』だよ”人殺し”が……」

 

「……!」

その言葉に、体が勝手に動き僕はその場から飛び去ってしまった。

 

「スパイディ~!! ……って、もう行っちゃうの!?」

 

「……っ」

 

 

『人殺し』

 

 

 ……まだ、ミステリオが世界に植え付けた僕のレッテルは消えていない。いや、消えるはずもない。だってあの時の『■■■■・■■■■』はこの世界にもう居ないんだから。ミステリオ殺しがフェイクであるのを証明するのも不可能だしね。だって写真や動画、レポートや戸籍に至るまで。僕の痕跡が残るものすべてが最初から無かったみたいに、綺麗さっぱり消えちゃってるんだから。

 それこそミステリオ本人が出てきてくれないと、僕の真実は真実にならず、疑惑は疑惑のままなんだ。

 鼓動が早まっていくのを全身に感じながら、気持ちを切り替えるように、無線から届いてきた声に耳を傾けた。

 

『35丁目の銀行で強盗が発生した。犯人グループは現在車で逃走中。至急応答願う』

 

 ちょっとしたしかけ(ハッキング)で、警察無線をスマホで聞けるようにしている。かなり重宝してるんだよね、これ。

 僕はそのまま方向を変え、無線で言われていた場所へ向かう。

 そして心の底から、これから悪党と戦う自分を鼓舞するかのように、高らかに叫ぶ。

 

「Yeeeeeees!!」

 

 ニューヨークの摩天楼に、叫声が轟いた。

 

 ☆

 

 ビルとビルの間を飛び回り、()()()方へと向かう。すると……「ビ・ビ・ビ・ビンゴ!」 道路を爆走する白いバンを見つけた。窓から顔を出しているのが覆面男が強盗だろう。

 僕はバンのルーフを狙いウェブを発射すると狙い通りにしっかりくっ付く。あとはこっちのものだ。体を前に傾け加速すると、バンとの距離が一気に近づく。そして静かにルーフの上に着地。そのまましゃがんでルーフを這いバックドアに近づくと、ポケットから取り出したのは小さなフロッピーディスクみたいなやつ。

 中にウェブが入っているカートリッジと呼ばれるそれを、右腕のウェブ・シューターのカートリッジホルダーから既に入っていたウェブ・カートリッジを取り出し、エレクトリック・カートリッジと入れ替える。

 そのままドアロックにエレクトリック・ウェブを発射しロックを破壊すると、そーっと、静かにバックドアを開いた。

 

 

「……なあ、トビー。"悪の美学"って、何だと思う?」

 

 唐突に、隣でハンドルを回している覆面被った仕事仲間が、問いを投げかけてきた。唐突とは言っても、"仕事"の時は決まってこいつはそうする。やれラーメンは豚骨以外は邪道だの、はたまた神を信じるか、だの。そう言う時は俺も適当に返す。どうでもいい話題だからだ。でもそれがルーティーンになりつつあった。

 だが今日の話題は少し興味深かった。いつもなら適当に流す俺だったが、今回ばかりは真面目に返すことにした。理由(ワケ)は単純で、俺たちは世間一般的には"悪"に位置する輩だったから。シリアストーンでこちらに一瞬目を向けた仲間に、こちらもシリアスに返す。

 

「あー、そうだなアンドレイ……」

 

「アンドリューだ」

 

「一、ニ文字しか変わんねえだろ」

 

「いやだいぶ変わる。かなり変わるめちゃ変わる。たかが一文字二文字の違いって言ってるけどな、まずアンドリューだけで何百人、いや何千人いると思ってる? その時点で間違えちゃダメなんだよ。一人一人に多様な人生があるんだ。その人生を他人の人生と間違えるなんて失礼だろうが。そんで更に一、ニ文字変わってアンドレイ。これじゃもう別人だ。てか何年一緒にやってきてると思ってんだ、いい加減名前覚えろよ。お前自分の息子の名前すら……」

 

「あー分かった分かった。理解理解。俺の負けだよブレット」

 

「アンドリューだっつってんだろ、手前(てめえ)の頭ん中に()()()()ぶち込まれてえか?」

 

「ああ悪ぃ悪ぃ、……で、悪の美学とやらの話だが、そりゃあとどのつまり、クールな悪はどんなものですかってことだろ? んじゃあ俺はジョーカーを推すね」

 

「おいおい、そりゃ漫画本の悪役だろ? 現実にいるやつの名前を出せよぉ、シャロン・テートを信者に殺させたマンソンとかジョン・レノンを射殺したチャップマンとか」

 

「分かってねえなあ、そりゃ漫画だぜ? 確かにフィクション……現実に存在しないものなのは間違いねえけどさ、ジョーカーだってなんだって、裏には創作者(ライター)がいるだろ? ウェイン夫妻が殺されたのも、アナキンがシス堕ちしたのも、脚本家や漫画家がセリフを書いたり、紙に作画したり、俳優が役を演じたからだ。これは見方を変えてみれば、この世の脚本家、小説家、漫画家、俳優、映画監督etcは全部悪なんだよ。フィクションであるはずのものが、現実として無数に拡散してるってことだ。概念としてな。まあ極論、この世界自体が悪でありフィクションでもある……かもな」

 

「……話を振ったのは俺だが……なんか……やばいな、お前」

 

「じゃあ最初から喋んなよ」

 

「僕はこの世界は悪だと思うよー? だって悪だから僕は悪いやつになったんじゃん? 僕のせいじゃないもん世界のせいだもん」

 

「黙りやがれトム、超黙って見張ってろ」

 

「えー? ……あ、チュッパチャプス舐める?」

 

「次喋ったらお前の()()()()へし折ってやるよ」

 

「……僕はコーラ味が好きだよ!」

 

「よーし分かった、今から二度と喋れねえようにしてやるからこっち来、い……」

 言いながら後ろを振り向くと、そこには仕事仲間ではなく、全身タイツのクソ野郎が立っていた。

 

「お、まえ……まさか……」

 

「やあ! みんなの親愛なる隣人スパイダーマンだよ! 元気かな? コルレオーネ・ファミリーのみなさん! それともマンソン・ファミリー?」

 

「やべぇ! クソクモ野郎が出やがった!!」

 スパイダーマンが周りを見ると、そこには銃を持った覆面男が麻袋の横に座っていた。運転席と助手席にも仲間が座っている。運転席の男はすぐにこちらに銃を向け、運転席に座っている仲間たちに合図するように思い切り声を張り上げた。

 

「全員やれ! 蜂の巣にしてやる!」

 

「それを言うなら蜘蛛の巣じゃない?」

 

黙れクモ損ないが(SHUT THE FUCK UP)!」

 

「何やってんだコントしてる暇はねえんだよ!」

 

「何だよ今撃とうとしてただろうが! お前が話しかけてきたせいでこいつが逃げちゃうかもだろ?!」

 

「いいから黙って早く撃てよ!」

 

「だからお前が話しかけて……」

 

「あのー……」

 

「「あぁ!?」」

 

「君たち、バカなの?」

 クモ野郎によく似た声をしている仲間の一人が、呆れ顔で告げた。

 その言葉に激昂した俺とアンドリューの二人は、クモに一緒に銃を向ける。そんな二人にクモは吹き出し……。

 

「プッ……トムとジェリーみたいだね君たち!」

 

「「なに笑ってんだ殺す!」」

 

それと同時に銃口から火花が弾け、銃弾が発射される。僕はその銃弾が体に当たりその場に崩れる……ことはなく。

 僕の能力、第六感(スパイダーセンス)、別名ピータームズムズが発動し、余裕で避けると弾はかすることもなくあらぬ方向に飛び、窓ガラスが悲鳴のような音を発し砕け散った。

 

「な……! こ、こいつこの距離で避けやがった!?」

 

「自慢のセンスなので!」

 

 そう言い僕は続けて発砲しようとしていた男の腕を掴みこちらに寄せ、顔面にキツい膝蹴りをお見舞いする。呻き声をあげながら顔を抑える男にウェブを発射し縛り付け最後に思い切り蹴り上げたのは……。

 

「あぁああぁ!?」

 

 縛られているので身動きが取れず、体をチワワみたいに大きく震わせながら苦悶の表情で自分の股間を見つめる男を尻目に、僕はトランクから脱出しようとしていたもう一人の男にキラースライドを食らわせた。体勢を崩しバックドアから落ちそうになる男を上方向に蹴り飛ばし天高く男を羽ばたかせると、がっしりと掴む。

 

「ちょ待って待って待って! なんか君、僕と声似てない!?」

 

 そんなことを言ってくる男は、ほんとに僕と声が似ていた。てか顔もそっくりだし。

 マルチバースの僕だったりするのかなぁ、そんなことを思いながら、男をゴミ捨て場に投げ入れた。

 

「トムとジェリー、なっかよく喧嘩し……なぁ!」

 

 派手に吹っ飛んだ男は勢い良くゴミ箱に突っ込むと辺りに生ゴミをまき散らし気絶した。

 

「お、おいトム! ……クソクソクソ! なんでこんな時にこいつが……!」

 

 運転席から残りの取り巻きがこっちまで聞こえる声量で叫ぶ。

 

「……ほんとにトムなんだ」

 

「……さあ気を取り直してスパイダーコップ……まだまだ敵は残っているぞ!」

そのまま逃げようと必死に走っていたバンの車体にウェブを引っ付ける。飛べばあっという間に元の場所だ。

 あとはちゃっちゃとやろう。ルーフの上に乗った僕は運転席の窓を割り青い顔でハンドルを握っていた男を掴むと歩道に片手で投げ飛ばす。すると男は悲鳴とも怒号とも取れる声を出しながら飛んで行った。

 運転席に入り込むとマシンガンを持った男がヤケクソだと言わんばかりの叫びを上げ、僕に向けて乱射した。

 

「ああぁああぁあ!! くたばりやがれぇええ!!」

 

「うわっと!? ダメでしょそんなに撃っちゃあ! 通行人に当たっちゃうよ!? 人に迷惑をかけちゃダメだってお母さんに習わなかった?」

 

「黙れだまれええ! 仕事をやり遂げないとフィスクさんに殺されちまうんだよ!!」

 

「やっぱフィスクの下っ端か! じゃあ容赦はしないよ! 食らえスパイダー・チョップ!」

言いながら顔面に拳のダイレクトアタックを決めると、男は前のめりに倒れた。

 そのままハンドルを握ると、安全厳守を心掛けながらゆっくり運転し、無事に道路脇に駐車することが……。

 ふと、さっきの男たちの会話を思い出してみる。

 

 (悪、か……)

 脳裏に緑の歪んだマスクと共に、思い出すだけで不愉快な嘲笑が響いた。僕の大切な人を奪った、あのゴブリンの声が。

 

「……あれ?」

 違和感を感じた。少しずつ、車の速度が上がっている気がした。まさかと思い下を見ると、アクセルが凹んでいた。踏んでも戻らない。凹んでいると言うことはずっとアクセルが踏まれているってことだ。横を見るとブレーキが跡形もなく弾け飛んでいる。勿論踏めないし、これはどどのつまり……。

 

「shit……!」

 

 

 

 

市内の道路を爆走していく車を、少女は遠くからぼーっと見つめていた。さらにその車がだんだん近づいてきて、進行方向の先に自分がいることに気づくのに、さほど時間はかからなかった。

 やがて、さっきまで豆粒大に見えた車がすぐ100m先に見え始める。はっと我に返り、すぐに逃げようとした少女だったが、その場で崩れ落ちてしまう。不運なことに、少女は腰を抜かしていた。逃げ出したくとも、足がすくんで動けない。その日が誕生日だった彼女は、母親にお使いを頼まれ、先ほど買い物が終わり信号が変わるのを待っているところだった。

 ふと、少女の脳裏に母親の顔が浮かんだ。これが所謂走馬灯なのだろうか。そう現実から目を逸らすような思いで、すぐそこに迫る車を見つめる。辺りの喧騒をたった一人で制すような、工事現場くらいはあるだろう巨大な音をけたたましく響かせていた。車は目と鼻の先まで来ていた。思わず、少女は目をぎゅっと瞑った。

 だが、衝撃は来なかった。不思議に思った彼女が目を開く。

 

「うおおおおおおおお!!」

 そこにいたのは、今にもスーツがはちきれんばかりに筋肉を膨らませ、雄たけびを上げながら車を掴む、この街のヒーロー、スパイダーマンがいた。

 

「スパイディ……!」

 安堵から、思わずそんな声が漏れる。涙が溢れ出そうだった。

 

「ぐうううぅぅう……!!」

 スーツ越しなので顔は見えないが、苦しそうな声を上げている。そんな彼を見て私は自然と声を発していた。

 

「頑張って! スパイダーマン!!」

 

 その声を聞いたスパイダーマンが、一瞬体を震わせたかと思うと、少しの息を漏らして、タイヤに糸を巻き付けた。勢いを殺された車は少しづつ減速していって、動かなくなった……かと思いきや、タイヤに巻き付いていた糸が弾け飛んだ。最後の抵抗だったのだろうか、まるで車が生きているようだった。蜘蛛を捕食しようとする蜂にさえ見えた。

 

「……ッ!!」

驚愕の表情を浮かべた彼が、更に足元に力を入れた。既にヒビの入っていたアスファルトが、限界を迎え音を出して砕ける。

 そして彼は意を決したように、車を大きく持ち上げたかと思うと、近くのビルの壁に投げた。全面が窓で出来ていたその壁は飛んできた車によって次の瞬間に割れそうだったが、それと同時に彼の手元から十数発、糸が発射された。

 壁面を破り去る勢いだった車に、大量の糸が巻き付かれる。二次被害を出しそうだった車は、そこでやっと完全に止まった。

 疲れたと言わんばかりに、前のめりの体勢でヒーローは肩を大きく上下する。瞬間、拍手喝采が轟いた。

 

「ありがとうスパイダーマン!」

 

「やっぱあんたはこの街のヒーローだぜ!」

 

 私も震える足を動かし、彼にありがとうを伝えようとしたときに、群衆の中から一つの声が聞こえてきた。

 

 

「偽善者め……これは今日のコーナーで取り上げねばならんな……」

 

 

 どこかで見たことがある、髭を生やした禿頭のおじいさんが、そんなことを呟くと、すぐに立ち去った。その顔はスパイダーマンに確かな憎しみを持っている顔で、少し怖かった。

 やがて、立ち尽くす私にスパイダーマンがやってきて、大丈夫かと声をかけてきてくれた。

 

「あ……え、えと……ご、ごめんなさい私のせいで……」

 

「え?」

 彼が何を言っているのかと言うような顔で私を見る。

 

「困った人を助けるのはヒーローの大いなる使命でしょ? 君を見捨てたら、そんなのヒーローじゃない」

 

「それにほぼ僕のせいだし……」

 

 最後に何か聞こえた気がしたが、聞かないふりをして、私は彼を見た。……確かに、人を助けるのはヒーローにとって当たり前のことだ。でも、当たり前のことを当たり前に出来る人って意外に少ないって()()はよく言っている。彼って本当に心の底からヒーローなんだ。

 ……今までヒーローなんて全く意識してなかった。スパイダーマンはテレビやツイッターでもよく見るし、アベンジャーズなんて世界まで救ってる。でも、今まで本物のヒーローに会ったことなかった。救われたことがなかった。

 でも……今日、私は人生のターニングポイントに出会った。

 

「それじゃ僕は後処理しなきゃいけないから……また会おう! 親愛なる隣人をよろしく、勇敢なる少女よ!」

 そう言ってスパイダーマンはその場から去ろうとして走り出して……寸前に止まって思い出したようにこちらに言った。

 

「……あ、そうだ。……嬉しかったよ、応援してくれたこと。君の声援があったから、車を止めれた。あの瞬間は、君もヒーローだったよ。いつかヒーローになったら、その時一緒に戦って欲しいくらい……じゃ、またね!」

 

 スパイダーマンは……英雄(ヒーロー)は、そう笑顔で言った。笑顔なのかはわかんないけど、たぶん、笑顔だ。マスク越しにそう思わせるくらい、彼の言葉は嬉しそうだったし、それと同じくらい、私も嬉しかった。

 ……ふと、あることを思い立ち、彼にお願いをしてみた。

 

 

「あ、あの……! す、すパイダーマンさん!!」

 が、緊張で思わず声が上擦ってしまった。

 

 

「ん? どうしたの?」

彼はそんな私を笑うことなく、首を傾げて聞いている。

 

 

「しゃ……サインくだしゃ……さい!」

 嬉しくて嬉しくて、思わず勢いで言ってしまう。やっぱいいです、と続けて言おうとしたけど、彼は嬉しそうにスーツのポケットからペンを取り出すと、「どこに書いてほしい?」と言ってくれた。

 どこかが、熱くなる。また……嬉しくなった。

 カマラ・カーン14歳。後にMs.マーベル――――英雄(ヤング・アベンジャー)になる私のオタク人生はそこから始まったというのは、また別の話。

 

 

 

 

「はーいどうぞ! いつもお仕事ご苦労様!」

 

「……」

 

 街灯に糸で一塊にされぶら下がっている銀行強盗たちを見て、警察官のジョージは一瞬同情の目を向けてしまう。

 だがすぐに首を振り、その感情を消し去った。それを見たコスプレ男、もといスパイダーマンは変なモノを見る目でこちらを見つめてくる。……なんだよ、お前のせいだぞ。

 

 

「あー……まあ、その、なんだ。あんたは確かにこの街のヒーローだよ。今回も凄く助かってる。だが、こちらとしては見逃せないこともやってる……ゴミステーションと街灯の修繕費。ビルもかなり派手にやってくれたな。これはどこから出ると思ってる? 君が守ってる市民の血税から――」

 

「あー!! ごめーんジョージ! 僕今から病院に行かないといけないんだ! 腰が痛くて! じゃそういうことで! また!」

 

「あ、おい! まだ話は終わってないぞッ!」

 

 

スパイダーマンはその言葉に応えることはなく、あっという間にニューヨークの街中に消えていった。

 

 

「はぁ……。全く……」

 そこに残ったのはくたびれた警察官と、赤と青の、どこかのクモのように眩しく発光するパトカーだけだった。

 

 

 

 

 ウィルソン・フィスク。通称”キング・ピン”。アメリカの裏社会を牛耳るドンのような存在である彼は現在、アメリカ有数の最高警備刑務所「ラフト」に収監されている。ちなみにぶち込まれたのは僕のおかげだ。あるヒーローと協力してボコボコにした。

 フィスクの力は絶大だ。彼が黒と言えば白も黒になるし、スター・ウォーズのEP8だって彼が名作と言えばみんな名作としか言えなくなる。それくらい凄い力を持ってる。

 つまり彼が「助けろ」と言えばアメリカ中から刺客がフィスクを助けに来る。僕はパトロールと同時にフィスク潰しもやっているってことだ。

 だってバカみたいに強いもん。僕と”彼”二人でやっと倒せたくらいなんだ。エレクトリック・ウェブ効かないんだよ? 意味わかんなくない? 結構作るの大変なのに。

 さて、そんな僕は今どこに向かってるのかと言うと……。

 

 

 扉の前に立ち、二回ノックする。すると、少し空いてドアノブが回り、ドアが開かれる。

 そこにいたのは――。

 

 

「やあピーター。ここはトイレじゃないんだがね」

 

「やあマット。じゃあトイレしに来ただけって言ったら入れてくれる?」

 

「はは、丁重にお断りさせてもらうよ」

 

 

 ここはニューヨークのスラム街、ヘルズ・キッチン。そこに構えられているとある()()()事務所。

入口の横に『ネルソン&マードック』と書かれたその場所から、眼鏡を掛け、杖を使いながらやってきた男の名は……。

『デアデビル』

 幼少期の事故で視力を失ったマシュー・"マット"・マードックは代わりに超人的な聴覚・嗅覚・触覚・味覚、驚異的な反射神経と平衡感覚、そして音の反響を三次元のイメージとして捉えることができる『レーダーセンス』を身につけた。僕も()()()は持ってるけどこれとは似て非なるものだ。

 そんなわけで昼は盲目の弁護士、夜は法律で裁けない悪を狩る自警団(クライムファイター)と言うわけだ。

 そんな僕と彼が出会ったのは1年前のことだった。深夜、いつものように僕は敵と戦っていた。だがその日は本当に相手が悪かった。そう、キングピンだ。

 その図体のでかさに翻弄された。ウェブで縛ろうとすればパワーで破いてくるし、エレクトリック・ウェブで痺れさせようとしたらパワーで耐える。まるで蚊に咬まれたときみたいに、なんでもないように振る舞う。

 武装してる敵とは違う、ナチュラルに力こそパワーを地で行く奴になすすべなく、僕は殴られ、蹴られ、遂にトドメが刺されそうなそんな時、()が暗闇の中から現れたんだ。

 

 

 

 

「ちょ……これ、やばいかも……!」

 

「もう終わりか? ネズミが」

 

「はぁ……はぁ……クモ……なんだけどね……!」

 これ以上は本当に死ぬかもしれない。軽口では誤魔化しきれない恐怖が僕に襲い掛かろうとしていた時。

 

 

「……」

 

 

その時、僕の第六感(スパイダーセンス)が強く反応した。別の敵が現れたのかと思った。だが、違った。それは純粋な殺意。僕の本能が危険信号を朝のアラームみたいに激しく伝えてくるほどの、強大な意思が、すぐそこに迫っていた。

「……!? 誰……」

 

「来たか……マードック!!」

 

 

 そこからのことは……"地獄”がピッタリの表現だった。拳と拳がぶつかり合う度、鮮血がほとばしり、一発一発がまるで地面が揺れるくらいの衝撃だった。白いスーツを身に纏ったキングピンと、黒い覆面で顔の上半分を隠し、全身も黒い服で纏い、夜の漆黒の中で、体を血で汚すデアデビル。だがお互いの顔は苦悶ではなく、愉快そうに。

 この地獄の中、二人だけは笑顔で殺し合っていた。

 その姿は、形容するなら”The Man Without Fear(恐れ知らず)

 『ヘルズ・キッチンの悪魔』と恐れられていた男が、確かにそこにいた。

 

 

「おい! クモ君! そこで怯えてる暇があったら助けて欲しいんだけど!」

僕が呆然とその状況をまるで映画を見ているかのような錯覚に陥った時、不意に声がかかってきた。だが、痛みで言葉を返すこともできなかった。精一杯の力でマスクを声がかかってきたほうに向ける。

 彼がこちらを向いて続く言葉をかけようとしたその僅かな隙を、ハイエナのようにキングピンは見逃さなかった。

デアデビルの鳩尾にキングピンの力強い一撃が炸裂する。それがかなり効いてしまったようで、デアデビルはキングピンから離れ、前のめりに倒れかけたが、すんでのところで立ち上がり、舌を回し口の中に溜まった血を勢い良く吐き捨てると、ファイティングポーズを取り、刹那にこちらを向いて、笑ってみせた。

 

 

それを見たキングピンが嘲笑するようにデアデビルに挑発する。

「余所見してる暇あるのか?」

 

「お前みたいなデカい豚が見えてな! いや、それお前だったな……!」

 

「はっ、いつまでその舐めた口を叩けるかな?」

 

「いつまでも、な……ふぅ……。なあ、おい! お前()ヒーローだろ!? さっきからそこで何してんだ? 助っ人を待ってんだよ!』

 

「……でも……僕はあなたが来てなかったらとっくに死んでた。キングピンに手も足も出なかった。そんな僕が、あなたの手助けなんて……」

 

「そうだ、お前は何もできない。私によってこいつがむざむざと殺される様をそこで見ておけ、スパイダー・チキン。そうしたらすぐに後を追わせてやる」

 

「そうだ……どうせ……どうせ僕は何もかも失ったままなんだ……だからやってくれよ僕の代わりに……”悪魔”なんだろ!? だったら倒してくれよ! エクソシストみたいにさあ……!」

 

「……あー、まあ俺はお前のこと……ふっ、よく知らないけど、さっ! ”親愛なる隣人”! お前はヒーローなんだろ!? お前がかつて憧れた「英雄(ヒーロー)」は……ここで諦めてたか!? 諦めてなんかなかったよなァ! 俺はエクソシスト見たことないけど 代わりにトップガンは見てるその中でマーヴェリックが言ってたあれ、分かるだろ? スパイダー・シネフィル」

 

「……!」

 

『考えるな、動け』

 

「……でしょ?」

 

 その時、ふと昔の記憶が深海から浮かんできた船の残骸のように浮かんできた。10年前くらい、だったろうか。

 僕がまだ子どもで、スーパーパワーも無かった時、僕は家族とスターク・エキスポに来ていた。

 

スターク・エキスポとはアイアンマンことトニー・スタークが経営していたスターク・インダストリーズの新製品や技術を発表する万博のようなイベント。僕はその時からアイアンマンの大ファンで、その時もアイアンマンのマスクを付けて辺りをうろついていた。たぶん家族とはぐれちゃってたんだろうが、僕は気づいてなかった。

 

すると辺りが突然大騒ぎし始めた。恐怖し、逃げ惑う群衆に僕は何かと思って周りを見回すと、エキスポのパビリオンが当時のスターク・インダストリーズのライバル企業のハマー・インダストリーズのミサイルやロボットによって無残に破壊されていた。

 

僕はそれがいつもテレビで見ていたアニメの景色みたいで、不思議と心が躍っていた。アニメではアイアンマンが戦っていた。でもその時は僕がヒーローだと思った。街を守り、人々を救う英雄だと思った。だから、その時は目の前に立ちはだかったハマーのアーマースーツに無邪気に手を向けるだけだった。

 

 そのまま何も知らずにアーマーが構えたマシンガンに狙撃されるその瞬間、どこからともなくアイアンマンが、スタークさんが飛んできた。

 

 スタークさんは颯爽とアーマーをリパルサー攻撃で弾き飛ばし無力化すると、僕に「お見事!」と声をかけあっという間にどこかに飛んでいった。

 ――そこから、始まったんだ。

 ……僕は思ったんだ。「ヒーローになりたい」って。

 

 

 記憶から意識を戻すと、体が勝手に動いていた。もうすぐデアデビルの顔に当たりそうになっていた巨大な拳を、僕のウェブが食い止めた。

「……まだ、動けたのか」

 

「勿論! 『諦めないのがヒーロー』、だからね!」

 

「いいねグッド・スパイダー・ガイ!」

 

「……合言葉は?」

唐突に、デアデビルが言う。

 

 

「合言葉?」

 ピーターが首を傾げた。

 

 

「そりゃあ、コンビと言えば協力プレイだろ? 合図で行くんだよ」

 

「そっか、じゃあ……」

少し考えこんで、子どもみたいに無邪気な笑い声を発し、言った。

 

 

『……合言葉』

 

 

 そこからは、さっきの劣勢が嘘みたいだった。僕らの即席コンビ、”ミッドナイト・スパイダー・デビルズ”(僕とマットの合作ネーミング)の即席とは思えないコンビネーションに、キングピンは困惑しながらも圧倒されていた。

 これがアニメだったらオープニングが流れているくらい爽快なアクションシーンだっただろう。

 この場にスタークさんがいたら、それこそ「お見事」と言ってくれそうだ。

 そうしてキングピンを倒したあと僕たちは連絡先を交換し、今ではお互いの正体も知っている。

 尤も、マットには過去に会ったことがあった。ミステリオ騒動の時にマットに弁護をしてもらった。その時は彼の手腕で不起訴にしてくれた。あれだけの不利なでっち上げからよく不起訴に運べたなって本当に感心する。

 ただ、もちろん彼も魔術の例外では無かった。僕の弁護をした記憶はすっかり忘れていた。わざわざ説明しても理解されないだろうから、過去のことは話していない。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「入っていいとはまだ言っていないから建造物侵入になるんだがね……まあいい。ピーター、例の件だが」

 

「わっ、来てる!? まだ開けてない?」

 

「そりゃそうだ、弁護士だぞ、法律分かってたら開けないさ」

 

 

 何故ここに来たのか、例の件とはなんなのか。話すと長くなる。

 まず、3年前に起きたミステリオ騒動。全世界から僕の存在を消す魔術によって、僕の存在は人類の頭から綺麗さっぱり消え去った。

 それだけじゃなく、僕の戸籍も、僕の写ってる写真も、何もかも全てが消えた。

 勿論スターク社の製品の認証も通らなくなったから使えないし、戸籍が消えたので家も無くなった。

 そこから住んだのがとあるアパートだった。そのアパートは所謂ワケアリの人たちを家賃さえ払えば住ませてくれるアパートで、今はそこに住んでいる。

 まあ住所は無いので、ただ住んでるだけだ。

 そこで住所代わりに使わせてもらってるのがこの事務所。僕への荷物や書類や手紙は全てここに届くようになっている。

 そして今日届いた書類。それは……。

 

 

「……厳正なる審査の結果、ピーター・パーカー様を日本ウマ娘トレーニングセンター学園に合格とし……一週間以内に学園の人事部までお越しください……って……これ……! マットこれ……!!」

 

「採用……って、ことだろうな」

 

「Fooooo……」

 思わず、その場で安堵の息を吐く。こんなに嬉しいのは、宇宙でスタークさんにアベンジャーズとして認めてもらった時以来だ。

 感情が爆発した僕は、そのままダンスをし始める。手を大きく叩き、腕を回す。

 マットが変な顔で見てきたので、ふと我に返りダンスをやめる。

 

 

 書類と言うのは、そう、トレセン学園からの書類だった。

 これも話すと長くなるかも知れないが、僕は今のアパートに住み始めてから二年目くらいの時、ある動画に出会った。

 それはとあるウマ娘の動画。その当時「皇帝」と呼ばれていた日本のレジェンドウマ娘。

 アメリカにもウマ娘はいるしウマ娘のレースは勿論アメリカでも大人気のスポーツなのだが、今までヒーロー活動や勉強でウマ娘と言う存在をあまり意識してこなかった僕は、その走りに衝撃を受けた。

 目で追うのすら難しい程の、車など優に越す速度で。ターフの上を駆け抜ける彼女に、そんな彼女の、走っている時の心底楽しそうな、レースを楽しんでいて、尚且つ決して負けない、負けるわけがない、そんな自信に満ち溢れた表情に……惹かれた。

 その瞬間に、僕の人生にウマ娘と言う存在が入り込んできた。夢中と言う言葉では形容できないくらい、ウマ娘にのめり込むことになった。

 それから一年弱。日本で最も難関とされる東京の中央トレセン学園。最も強いウマ娘が、最も良いトレーナーが、最上の設備が、芝が、ダートが。全てが国内最高峰の場所に、僕は主席で合格したようだった。

 理由は分からないが深刻なトレーナー不足が目立つ中、それでも易化せず、医学部受験より難しすぎると称される筆記試験を、僕は持ち前の頭で難なくクリアした。

 因みに戸籍に関してはマットが色々動いてくれたらしい。グレー寄りのアウトなことをしたらしいが、僕の為なら構わない、と。本当に頭が上がらない。

 と、そんな僕に、マットが少し暗い表情で僕に声を掛けた。

 

 

「……で、いつ行くんだ? ピーター」

 

「それはもう今すぐ……!」

 と、そこで僕はマットの心情に気づく。……いや、NY全体の心、なのかも知れない。自意識過剰かも。

 

 

「引き留めようとしてるわけでは無いが……今のNYには君が、親愛なる隣人が必要だと思っている。"裏"は俺が守れる……だが"表"はどうだ?」

 

「……大丈夫だよ、マット。……そりゃ、離れたく無い気持ちだってある。でも、もうこの街はあれから随分と変わった……ヒーローだっていっぱい増えた。サノスみたいなスーパーヴィランも、ここしばらく現れてないでしょ?」

 

「……」

 マットが静かに聞いている。

 

 

「……それに、後継者なら、粗方見当は付けてる」

 

 それと同時に、脳裏にある少年の顔が浮かんだ。

 ()()()()で出会った()()()スパイダーマン。

 マルチバースにおける運命の強制力は、やはりこのアースでも作用した。

 まだ()()()()()()()()()彼と、一年前に出会ったのだ。運命と言うのは、残酷で悲惨だ。身をもって体感してる。だが、予定調和に救われた。ここ一年で数々の訓練を付けてきた。まだ噛まれてはいないが、土台は作ってる。そろそろ強制力(カノン)が彼に訪れる頃合いだろう。

 その時に、(マイルズ・モラレス)は身を持って知るだろう、スパイダーマンの悲しき運命を。

 ……と、少し考えすぎていたみたいだ。僕は空元気に目の前の彼に言葉を放った。

 

「ただ活動場所がアメリカから日本に変わるだけだよ? そんなに気にする必要無いって! ヒーロー辞めるわけじゃないんだし、僕がいなくても、きっと他のヒーローが……」

 

「ああ……分かっている……ただ……」

 

「いや、別れ際に悲しい気分になる必要は無い、よな……ピーター、これだけは言わせてくれ」

 

「……よく、頑張ったな」

 

「……! ……うん! マット、ありがとう!」

 そのまま目の前のマットと抱擁を交わす。その言葉に、僕は大いなる力を貰った気がした。

 

「じゃあマット、もう行くよ。明日の朝、最後にまた来るから」

 

「待て、ピーター。渡したいものがある」

 

「どったのセンセー?」

 

「ちょっと待ってろ……どこだ……」

 そう言いマットは自分のデスクの周りを数十秒漁ると、ブラックバスを釣ったみたいに袋に包まれた服のようなものを取り出した。

 

 

「これだ……よし、ピーター。これを着てみてくれ」

 言葉と共に、僕の手に差し出されたものは、服なのは当たっていたが、少し斜め上の……正装……いや、シン・正装だった。

 まず全体のカラーリングは赤黄色。そして材質も今までの布とは違って結構ゴツめの……って。

 

「これマットのやつ(デアデビル)とそっくりじゃん!」

 

「知り合いに特殊なスーツを専門で作ってる職人がいてな……俺もそこで作ってもらったことがあってその縁で作ってもらった。ほら、今着てるスーツがそれだ。あとシーハルクのスーツもそこ製だ」

 

「え〜そうなの……てか何で知ってんの」

 

「……まあそれはいいだろ、色々あるんだ弁護士には」

 

「……あ〜シーハルクって弁護士なんだっけ! ってことは〜? んふふ、マットも意外と遊んでるんじゃ〜ん? 出会いはどこ? 裁判所〜?」

 

「うるさい、没収するぞそれ」

 実は当たっていると言うことをピーターは知らない。

 

「あはは、ごめんごめん! それにしてもこのスーツよく作ってもらったね……ほんとありがとうマット……」

 

「その職人はかなり癖が強くてな……自分の気に入ったやつにしかスーツを仕立ててやらないんだが……渡す相手がスパイダーマンだって知ると大喜びで作り始めた」

 

「へ〜……なんか嬉しい…………あ〜、だから最近妙に僕の体をいやらしく触ってきたり腰のサイズとか聞いてきたりしてたんだ」

 

「言い方考えろ言い方。サプライズにしたかったんだ」

 

「ほんと感謝してもしきれない……嬉しいよマット」

 

「そんなに感謝されると照れるな。作ったのは俺じゃないのに」

 

「それでもだよ! じゃ、このスーツ名前何にしようか」

 

「……それは決まってるんじゃないか? ずっと前の……あの時から」

 

「んー? ……あぁ、あれか! やっぱそれしかないよね! じゃ決まり! このスーツの名前は――」

 

『ミッドナイト・スパイダー・デビルズ・スーツ』

 かなり長いけど、MSDって略せばいいか。……いや、なんかMSDって麻薬っぽいかも……それは置いといて、僕とマットの絆を示す良いネーミングだ。

 

「っしょ……おぉ〜! 着心地最高! 特にお尻の辺りが!」

 早速着てみるとまあ凄い。どう言う仕組みなのか分からないが通気性がしっかりしてるし、ゴツいのに身軽に動ける。ご丁寧にシューターをカチッと付けれるようにまでしてる。

 

 

「そうだろ? ルークの作るスーツはヒーローたちの悩みが全部すっかり解消される拘りの作りなんだ」

 

「ほんとだね! これはそのルークってのにお礼言っとかないと」

 

「俺が代わりに伝えとくよ。あ、ツイッターで宣伝とかいいんじゃないか?」

 

「いや、あんまり大っぴらにされてもでしょ。一部のヒーローが知ってる隠れ家的な店の方が雰囲気出るし」

 

「それもそうか」

 

「よし……じゃ、僕はそろそろ行くよ。明日空港に行く前にまた来るから」

 

「ああ分かった。幸運を、それとおやすみ。"スパイダーマン"」

 

「あ、そっちの名前で? ……おやすみ(グッドナイト)幸運を(グッドラック)! "デアデビル"」

 そう言い僕はスーツを片付け、左脇に抱えて事務所を出た。外はまだ暗いが、いい気分だった。それこそ雨に唄いたいくらいに。

 

 

 

 

 空港の匂いは、独特で好きだ。飛行機を待っている人や見送りに来た人たちでちょうど良い雑音になっている声を背に、ケネディ空港に着いた僕はキャリーケースを引きずり窓口に向かう。

 マットとの、NYとの暫しの別れは、最後まで笑顔で迎えることができた。これで心スッキリだ。

 チェックインを終えて、搭乗口へと向かう。窓越しに飛行機を見る。でかでかとロゴが印字されているその機体は、何度見ても大きく圧倒される。ヘリキャリア程では無いけど。

 機内に入り、キャリーケースを上に乗せると、ゆっくりと窓側の席に着席する。備え付けの毛布を肩から掛けると、窓の景色を見つめ、離陸を待つ。

 眠気に襲われながら10分ほど待つと大きな揺れと共に、飛行機が離陸し始める。その衝撃で眠気が覚めるが、少し経つとまた目を閉じる。すると心地良い気分で夢の世界に……行こうと思った時、機内に凶暴な喊声が轟いた。

 

 

「てめえら大人しくしろ! 強盗だ!!」

 

「この中の誰か一人でも動いてみな、いいか! お前らまとめてぶっ殺すよ脅しじゃないからね!!」

 

 

 その瞬間、着席していた全員と、CAがどっと騒ぎ始める。それを目の当たりにした二人の男女――白人の男と金髪のこれまた白人の女が怒りの表情で床や天井に銃弾を放った。

 すると騒いでいた全ての乗客、CAたちがバースデーケーキの蝋燭をふっと息で消した時のように静かになり、そこに静寂が生まれた。

 

 

 それを目の当たりにした二人のうち片方の男が口角を上げ、バッグから黒い袋を取り出すと、また声高に言った。

「お前ら財布を出せ! 変な真似はよせよ? 俺の銃はニセモンじゃねえからな? その瞬間頭にズドン! だ」

 すると何処からか、大きく幼い声が静かな機内に響く。その声は赤ちゃんの泣き声で、すぐに母親らしき人の悲鳴と懇願が聞こえてくる。

 

 

「ちょ、ちょっと……! ねえお願い静かにして……! お願い……!!」

 その言葉虚しく、赤子の声は止むことなく響く。それに苛立ちを見せた男が、銃を向けて母子に近付く。

 

 

「おい、今すぐそのガキを黙らせねえと二人ともあの世行きだぞ?」

 

「い、今すぐします……! しますから……! お願いですから命だけは……!」

 

 その懇願を、男は愉快そうに耳の中に届けると、軽快な声でカウントダウンを始めた。

「……ごー、よーん、さーん……」

 

「ねえ黙って……! 静かにしてよ……! お願い、お、おお願い……!」

 

 

 その懇願と同時に、女は着々とから財布を奪い続けている。そしてだんだん僕の方に近づいてきて、銃は遂に僕の方に向けられた。

 

 

「さあ、財布を渡しな」

 

「……」

僕は怯むことなく、そのまま女を睨みつける。

 

 

「……何よ? その目は……渡さないつもり?」

 

「……」

 

 

 この状況でも、まだカウントは続いていた。

 ……でも、まだ……今じゃない。

「にーい、いーち……」

 

「ひっ……!」

 その瞬間母親が背中をぎゅっと丸め、せめてこの子だけでも、と言わんばかりに、必死に赤子を抱きしめて守る態勢を取った。

 

 

その場にいた僕以外の全員が目を瞑るが……発砲音が鼓膜に届くことはなく。

「にーい、さーん、よーん……ギャハハ!  セーフティ外してねえからトリガー押しても……ほら弾は出ねえ! な〜にビビってやがんだよ! ガキと一緒に尿垂らしてんじゃねえか?」

 大袈裟な動きで笑いながら、それでも向ける銃は下ろさない。

 それを助長するように、女が笑いながら言う。

 

 

「アハハ!! そのまま二人ともやっちゃいなよ! そのガキうるさいし今すぐ黙らせちゃって! 永遠にね!」

 

「ああそうだな……そろそろ本当に鬱陶しいし、やっちまうか……ごー、よーん、さーん、にーい……」

セーフティが解除され、トリガーに指が……。

 

 

「いち……」

 

「ねえちょっとキャロット!」

それを制すように、女がキャロットと、男の名前を呼ぶ。

 

 

「あァ? どうしたファイター・タイガー」

 

 

 続けてファイター・タイガーと呼ばれた女が僕を指差し、正確には銃で差して男に言った。

「こいつ財布出すの渋ってる!」

 

「……何?」

 

「おい女、ちょっと待ってろ。先にこっちを片付ける」

 

 はぁ……本当に危なかった。このファイタータイガーとやらが僕に反応しなかったらあの二人はきっと死んでた。

 たまたま隣の席が空いてて良かった。

 ……今なら、出来る。

 

 

 僕の方に向かってきたキャロットが、銃を向け、僕に静かに告げる。

「おい、てめえ……死にてえのか?」

 今度はセーフティが解除されているから、死のうと思えばいつでも僕は死ねる。

 

 

「……」

それでも黙る僕に、キャロットは少し思い付いたように僕にあることを告げた。

 

 

「Hmm……おい、上のキャリーケース、お前のだろ」

 

「……え?」

 予想外の言葉に、僕は間の抜けた声で返答した。

 

 

「キャリーケースだよキャリーケース。黒いやつ。あのな青年。こう言う時に逆らう奴は大体なんか凄いやつなんだよ。ただの無謀じゃこんなことしねえだろ……例えばキャリーケースに大金が入ってる、とかな……」

 

「……」

 黙っている僕だが、その内心は焦りの感情で満ちていた。周りにバレずにウェブを発射して拘束し、僕は寝たふりでもしているつもりだったが、キャリーケースにはスーツが入っている。会社で使うスーツじゃなく、ある意味僕の"正装"……スパイダーマンスーツだ。

 見られたらやばい。マットから貰ったやつと自分で作ったやつで二つ入ってるし。

 でも……この状況から、ふととある映画を思い出し、僕は素直に要求に従うことにした。

 

 

「分かった、今開けるよ……」

 僕は立ち上がると、ゆっくりキャリーケースを持ち、また座る。そして強盗コンビの二人に向けて、中身を見せた。

 

 

「……おいおい、これは何だ? コスプレか?」

 するとパンプキンは大声で笑い出し、これは傑作だ、と告げながら、僕に銃を向け……。

 

 

「じゃあ、死――」

 その瞬間、僕の腕から、厳密に言うと腕に付いているウェブシューターからエレクトリック・ウェブが飛び出す。綺麗に射出された二つの糸は、目の前の男女にクリーンヒットすると、スタンガンのように大きく体が痺れ、その場で気絶した。

(ありがとうタランティーノ……)

 そして……

「た、倒れた……?」

 

「誰が……?」

 

「倒れたところの席の人がやったんじゃないか!?」

座っていた乗客たちがぞろぞろと立ち上がり、強盗コンビが倒れた場所――つまり僕が座っている席に向かい、僕を見た。

 

 

「いや、でも……」

 

「……………」

 

「寝てる、よな……」

 

(僕は寝てる僕は寝てる寝てますよ〜……)

 

「じゃあ、誰が……?」

 

「自滅した、とかか……?」

 その後、僕は飛行機の定番であるビーフ・オア・チキンにビーフと答えた。やがて困惑する群衆を乗せ、飛行機はそのまま何事も無かったかのように、無事に着陸した。

 まずコックピットを制圧していなかったのが彼らの最大のミスだろう。そもそもパイロットたちはこの状況さえ知らなかったようだ。ファミレス強盗とかとは全然レベル違うんだけどな……。

 そんなこんなで、これでだいぶ目的地に近づいた。今いるのは日本の首都、東京。主要空港の一つである羽田空港……の出口。

 約束の時間まであと2時間くらい。目的地はすぐそこのようだから、適当に時間を潰してから行こう。

 早速、TikTokでも見ようかと思いディスプレイに表示されている音符のようなマークを押す。

 

 

『やあリスナーの皆さん! 英雄殺しの蜘蛛野郎が遂にニューヨークから消えてく――』

 

 

 反射的にバッ、とアプリを閉じ、ポケットにスマホを入れる。何事もなかったかのように、僕は日本で最も栄えているこの地を渡り歩くことにした。

 

 

 ☆

 

 

 春。出会いと別れが交差する季節。天然のサクラがそこかしこで満開に咲き誇っていて、道には花びらがぱらぱらと落ちて、一種のアートのような景色を作り出している。ふと、歩いている僕の額に、優しく舞い落ちる花びらが一つ。

 それを掴み、ゆっくりと手を離す。ランチの時間だからだろうか、周りを見ると、さっきまでと違い、行き交う人々が増えている。

 前を見る。視線の先には巨大な校舎が、僕を見下ろすかのように立ちはだかっていた。ゆっくりと、一歩一歩を大事に、校門へと近づく。

 約束の時間までにはあと10分あるが、緊張を正すには足りないくらいだった。 

 

 校門に掲げられているこの建物を表す看板のさらに横に、正面を向いて僕は立つ。風が心地よかった。

 挨拶で何を言うか考えていると遠くから振動を伝わってきた。その振動は少しずつ大きくなるとやがてピタっと止み、振動の主は次に僕の元に近づいてくるのを感じさせた。

 カツカツとブーツと地面が接しあう固い音が、僕のすぐ後ろで止まった。

 ゆっくりと僕が振り向くと、そこには全体に緑を基調とした格好で、帽子を被ってこちらを見る、緑色の瞳の若い女性が立っていた。一言で形容すると美人だった。

 

「……走ってきましたか?」

 

「……いえ、徒歩ですよ?」

 彼女は一瞬間を置いて両手で帽子の角度をずらすと、腿の前に手を置き、聞きやすい声で僕に話しかけた。

 

「新入職員の方ですよね?」

 

「あ、はい!」

 

「ようこそ、この学園に! 改めまして、私はこの日本トレーニングセンター学園の理事長秘書、『駿川たづな』と申します! まずはこの学園に無事に来られたことに、ささやかな祝福を……」

 

 

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします……!」

 緊張で思わず噛んでしまう。心なしか顔も強張っている気がする。

 そんな僕を見て、たづなさんが優しく声を掛けた。

 

 

「ふふ、緊張しなくていいですよ?」

 と、優しく僕の手を握ってそう言う。不思議と、それで気持ちが軽くなった気がする。

 

 

「では、付いてきてください。理事長室にご案内致します。それと生徒会室にも」

 

「はい!」

 それに快く返した僕は、そのまま歩き出したたづなさんの……いや、何て呼べばいいのかな。普通こう言う時ってファーストネームで呼ぶよね。

 

 

「あの、駿川さん」

 

「たづな、でいいですよ」

 

「あ、恐縮です……」

 

 

 改めて、そのまま歩き出したたづなさんの後ろを着いていく。

 

 

「この学園は広大ですので、最も奥に配置されている理事長室までは十分ほど掛かります。ですので施設を見ておくと良いでしょう」

 

「分かりました」

たづなさんの説明に従い、辺りを見回す。コースまで入れるとショッピングモールなんて優に超す巨大な土地を、今僕は歩いている。

 歩いていると、道行くウマ娘たちと時たま目が合う。丁度ランチも終わって走り出したくなったのだろうか。だが、目が合う度に顔を赤くし、足早に立ち去っていく。これが何度も繰り返されるので、流石に気味が悪くなってきた。

 すると近くを通ったウマ娘二人の会話が聞こえてきた。

 

「……え、ちょっと待ってあれ新しいトレーナー? 外国人? イケメンすぎない?」

 

「ううぇマジじゃん!? 流石にヤバ谷園なんだけど!! どっちかっていうと可愛い系だけど顔面偏差値高っ!! あれ皆に教えに行かないと!」

 

「こんにちは、メジロパーマーさん、ダイタクヘリオスさん」

 ……僕が学生の時は全然モテなかったし、フラッシュにウザ絡みされしてたし、どっちかって言うと所謂陰キャ(ナード)の部類だった僕だけど、ここならモテるかも?

 そんな僕の心の中を読んだみたいに、たづなさんが低い声で鋭く刺すように僕に告げた。

 

「……トレーナーさん。貴方はしっかりとした成人で、ここに在籍しているウマ娘たちはみな未成年です。何を言いたいのかは分かりますよね?」

 

「それに毎年何人ものトレーナーが狩られていきますし……」

 小声で呟いたたづなさんのそんな愚痴にも似たような言葉が普通に耳に入ってきたが、僕は聞こえなかったことにして、きっぱりと否定した。

 

 

「そんな不埒な考えは持ってないですよ! 弁えてますちゃんと!」

 

(それに僕にはMJが……)

 

 一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに頭の中から掻き消す。もう彼女たちを危険な目に合わせるわけにはいかない。あの二人はもう普通の一般人で、僕はスパイダーマンだ。この呪いのせいで、大切な人が……二度と、起こしちゃいけない悲劇なんだ。

 そう、深く考えていた僕の鼻腔に、ふわっと匂いが立ち込めた。少し不快にさせるそれは、表すなら煙臭くて……煙?

 

 バッと後ろを見ると、校門の先、ついさっきまで何事も無かった大通りが、逃げ惑う人で溢れていた。煙の大元は信号のすぐ隣に構えられていたパン屋からだ。煙は燃え盛る炎に変わり、近くに駐車されていた車は、次の瞬間爆発。

 学園周辺もそれで気づいたのか、どっと騒ぎ始めた。たづなさんは近くにいたウマ娘たちに校舎に避難するように大声で言っている。

 

 

「日本は治安が良いって聞いてたんだけどね?」

 

 そう一人呟き、手元のキャリーケースからある物を取り出すと、右腕をジッと見つめ、近くの物陰を探し、見つけるとすぐに走り出す。

 そしてそのブツを目の前に広げた。

 いずれここでも使うだろうと思ってたけど、まさかこんなに早いとは……。

 すると、燃え盛るパン屋から集団が出てきた。5、6人ほどの集団は全員が武装していて、顔を覆面で隠していた。

 するとセンターに躍り出た男が、メガホンを取り出すと口元に近づけ、大声で宣言するように張り上げた。

 

『いいかよく聞け! 俺たちは"ヒノマル・スマッシャーズ"! この腐った日本を変えるために立ち上がった! まずはこの国で一番無駄に金を掛けてると言っていいウマ娘ビジネスをぶっ壊しにきた! 止めれるもんなら止めてみろ! ……ただ言っておくが……俺たちは"覚醒者(インヒューマン)"だ』

 

 

覚醒者(インヒューマン)……?)

 そう言い男を睨んだ僕。あれからだいぶ世界は変わったが、同時に能力の発現者も多発したらしい。

 やがて、発現者たちは力を正義の為に使う者(ヒーロー)悪の為に使う者(ヴィラン)に分かれた。

 今回の場合……どっちかは明白だろう。

 まず口より先に手だ。僕は男の顔面を狙い……。

 

『俺らに勝てると言う者は出てこい、ここで見せしめにしてやる! それと、俺は炎を操る能力者だ! ()()()()ネームはファイアパ――』

 

「ヒーロー……?」

 

「!?」

 その瞬間、男が何かによって大きく弾き飛ばされた。弾き飛ばされた男はそのまま近くの店の店頭に盛大に突っ込み、ガラスの弾け飛ぶ音と共に、意味の分からないような様子で蹲っている。後ろからは煙がもくもくと出てきて、男は呻き声を上げている。……あれは多分何本かやっちゃってるだろうね。

 そして、どこか空から飛んできたであろう白い何かは、放物線を描き、音も立てず地面に着地すると、怒りを含むが可愛らしい声で男たちに告げた。

 

「……貴方たちみたいな力を正しく使えないクソ野……ヒトたちが……ヒーローのヒの字も知らない奴らがっ……気安く"英雄(ヒーロー)"を名乗るなんて許せません! 覚悟してください!」

 

「て……てめぇ……! 誰だ……!?」

 

(同感!)

 

 すると、男が飛んでいった衝撃で生まれた煙が段々と薄れ始め、やがてシルエットが明確な姿になった。

 ……その姿を見て、僕は心底驚いたよ。

 

「……私ってもしかして知名度無いですか? まあいいです……んじゃ、その耳よぉーくかっぽじって聞いてくださいね? 一回で覚えれなかったらその腐った鼓膜、ウェブで綺麗に塞ぎますから」

 

 カラーリングはピンクと黒が中心。でも()()()()()マスクはフード式。フードのデザインは僕の顔っぽい。顔は頑張れば見えそうで……てか顔見えてて大丈夫なの? デザインは()()()()。もしかしてファンサ? ……で、腕には大きなリング状の……多分ウェブ・シューター。

 つまりあれは……。

 

 彼女は大きく息を吸うと、左手の指先を地面に付け、右腕は肩と平行に。左足を突き出し右足は曲げた。僕の定番ポーズだ。そのままグッと足に力を込め、今にも飛び出しそうなのを抑えながら、彼女は高らかに宣言した。

「――私は親愛なる信者(Believer)! "サクラ・スパイダー"!」

 

 

「………………」

 

 

「……マジ?」

 どうやらこの世界で、スパイダーマンは既に僕一人じゃなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

──何故、ヒーローに?

 

「……私、ほんとはヒーローなんて大っ嫌いで。……八つ当たりなのは分かってるんですけどね。でも……あの時『ヒーロー』は、私の家族を……私を救ってくれませんでした」

 

──つまり?

 

「私が価値観を再定義してやろうってことです。私ならどこへでも手を届かせれる。あの時からずっと感じてるこの思いを……他の誰にもさせたくない。確立された立場の上で胡坐をかいてるアイツら(ヒーロー)を……今の私なら正面から叩き潰せれる」

 

──復讐(AVENGE)と言うことですね。

 

「……それ、めちゃくちゃ皮肉ってていいですね。今度使います」

 

──ありがとうございます。では、最後に好きなヒーローと嫌いなヒーローをお願いします。

 

「……よく聞けますね、それ」 

 

──それが私の仕事ですので。

 

「……まぁ、いいです。そうですね……強いて言うなら、好きなヒーローは……私です。嫌いなヒーローは…………ヒミツで」

 

──余程強い感情を持っているようで?

 

「まぁ……プライベートなことなので」

 

──私も詮索はしません。では、質問はこれで以上です。時間を割いていただき感謝します。このインタビューは来週号に載るので、ご自宅の方に郵送しておきますので、よろしくお願いします。

 

「いや、いいです。自分で買いたいので」

 

──はぁ……分かりました。一応聞きますが、理由は?

 

「Hmm……」

 

 

「……コンビニで私の記事を読んでる人の反応が見たいから?」

 

──……変人ですね。

 

「意識してます」




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