東方平穏録   作:Elecom

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第1話

 僕の名前は小鳥遊(たかなし)悠麻(ゆうま)。現在17歳の至って平凡な男の子。趣味は茶、大好きな物は茶、愛してるのも茶。唯一、嫌いな物は珈琲(コーヒー)。それ以外は普通。

 そんな僕が住んでいるのは幻想郷と呼ばれる場所――八雲(やくも)(ゆかり)と言うスキマ妖怪が作った――の一角にある神社に住んでいる。幻想郷には人間だけではなく、巫女や魔法使い、妖怪に鬼……様々な人達が暮らす場所だ。

 そして、僕の住む神社は中々の広さで全部の部屋が畳と言う、純和風式である。外には赤く聳え立つ鳥居(とりい)があり、その下には小さな町がある。そんな神社と街を繋ぐ道はたった一つ。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 僕が現在進行形で上っている階段だ。普通にはありえない程の段数で、買い物を行く度に汗を垂らして登っている。

 この階段には良い思い出が沢山詰まっている。降りる時に足を滑らせて人町まで転げ落ちたり、上る際にも足を滑らせて最初の段から上り直し。買った物が袋から落ちて取りに戻ったり、時には上から落ちて来る物の巻き添えを食らったりもした。

 そんな事があっても、僕はこの階段を嫌いにならない。なぜなら、この階段は街の人達が血汗を流して建ててくれた物だからだ。階段だけに限らず、神社も、鳥居も、石灯籠(いしどうろう)も嫌いになる筈がない。

 宛ての無い旅の末に、ようやく見つけた僕の居場所だ。絶対に、この神社に骨を埋めてみせよう。

 

「よいしょ……ふぅ……」

 

 流石に疲れたので、僕は荷物を落ちないように階段に置いてから腰を下ろす。毎回だが、どうしても小休憩を入れないと登り切れない。僕は普通の人間(・・・・・)なので、階段を一気に駆け上がる程の体力は持ち合わせていないのだ。

 

 情けないと思われるかもしれないが、僕は争い事は好まない。戦いの経験不足……と言う訳ではないが、スタミナは平均を満たすか満たさないかの瀬戸際である。

 

 戦いと言うのは、この幻想郷では『弾幕ごっこ』と呼ばれる愛嬌(あいきょう)豊かな名前の戦いの事だ。

 幻想郷にはスペルカードと言うものが存在し、霊符や恋符等……例外はあるが、そう言った物を用いたゲームがある。自分のイメージした物を攻撃として使役することが可能で、弾幕とも呼ばれていたりする。この世界ではスペルカードを用いた決闘が盛んに行われており、人間や妖怪、驚く事に神様までもが闘ったりする。チャーミングな名前ではあるが、実際は結構激しい戦闘だ。ごっこでは済まされないと思う。

 ついでに言えば、僕も一応(・・)スペルカードは持っている。

 

 そして、この弾幕ごっこにはアドバンテージとなり得る物が存在する。それを『程度の能力』と言う。程度の能力とは特定の人に与えられた……言わば、恩恵の様な物である。僕の知り合いの大抵の人達は程度の能力を持っており、空を飛ぶ、運命を操る、時間を止める等、多種多様な能力を使用している。

 

「ふぅ……よし」

 

 さて、休憩も済ませたし、あと少しではあるが階段を上り切るとしよう。早く神社に戻って、縁側に腰を落ち着かせて金鍔(きんつば)をつまみながら玉露に入れたお茶を啜りたい。

 そんな事を思いながら登っていると、赤い鳥居が見え始めた。あぁ、ようやく終わりが見えてきた。僕はラストスパートと言わんばかりに、駆け足で上る。最後の段を上り切ったと同時に僕は疲れで頭が下がる。だが、早く冷やさないと腐ってしまう物もあるので、汗が垂れるのを感じながら顔を上げた。

 

「ふぅ、疲れ――」

 

「うわあああぁぁぁっ!」

 

 顔を上げた瞬間、僕の目の前には真っ黒い物が接近していた。僕はすぐさま避けようとするが、そうすると奈落の底(階段の下)に落ちてしまうので、慌てて受け止めた。

 

「よっと」

 

「きゃっ」

 

 僕は飛んでくる物体を抱えた後、勢いの慣性を流す様に回転して無くす。

 その物体に目を向けると、白いリボンが撒き付けられた黒のとんがり帽子に一種のメイド服にも見える白と黒を合わせた服を身に纏った金髪の少女が眼を瞑ってブルブルと震えていた。

 

「はぁ……境内(けいだい)で弾幕ごっこはしないで、って言ってるでしょ魔理沙(まりさ)

 

「ふぇ?うわっ、ちょっ、ユマ!離せ!」

 

「ちょ、ちょっと、腕の中で暴れないで!今降ろすから!」

 

 僕はじたばたと子供のように暴れる魔理沙を足から降ろしてあげる。そうすると、魔理沙は僕から距離を取って、両腕で自分の身体を抱きしめる。ついでに言おう、ユマとは僕の愛称である。ユマだと女の子っぽいから止めてって言ってるんだけど、一向に止める気配が無いから諦めた。

 

「ま、まったく……私が危険なのを良い機に、体を触って来るなんて……とんだ変態だぜ!」

 

 この男勝りな口調の女の子は霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)。魔法使いだ。

 「魔法を使う程度の能力」を持った女の子で、光と熱に関する魔法を得意を使役している。「普通の魔法使い」という二つ名もあり、弾幕ごっこを良く好んでいる。僕が神社に住み始めた頃から毎日のように茶を飲みに来る常連客の一人で、その頃から無銭飲食の常習犯でもある。まぁ、一人で飲むよりは誰かと飲む方が楽しいので、そこは妥協しているけど。

 趣味は薬品作り。魔法の森に生息する茸を採集しては、様々な方法で実験を繰り返しては失敗し、それでも懲りずに試行錯誤を重ねている。意外と努力家な一面があるのだが、それを知られるのをあまり良く思わないらしい。でも、幻想郷唯一の『文文。新聞』で周囲の人の殆どに知られている事を、魔理沙は知らない。

 

「助けて貰ったのに、変態呼ばわりなんて……」

 

「た、助けなんていらなかったぜ!」

 

 そして、性格が難しい故なのか、どうしても強がる一面がある。

 

「でも、僕が助けなかったら階段に落ちてたよ?」

 

「あ、うぅ……でも、他の方法があった筈だぜ!」

 

「嫁入り前の子の身体に傷を入れない方法はあれが一番だったから……」

 

「よ、嫁ぇ!?」

 

 ん、なんだか魔理沙の様子がおかしい。いつもの魔理沙は笑顔が一杯で背中をバンバンと叩いてくる女の子なのに、トマトみたいに顔を真っ赤にしてアワアワと口が震えている。

 

「どうしたの魔理沙?」

 

「な、何でも無いんだぜ!って言うか、こっち来るなバカァ!」

 

 魔理沙は足元に落ちていた箒を拾い直すと、僕に目掛けてブンブンと振り回して来る。魔法を使わずに箒を振り回す時は、何かに困っていたり慌てたりしている時だ。

 長年の付き合い故、そう言う事は嫌でも分かる。

 

「ちょ、ちょっと!箒を振り回さないで!不衛生だから!」

 

「私の箒は掃除用じゃないから気にするな!」

 

「そう言う問題じゃなくて……」

 

「うりゃぁっ!うりゃぁっ!」

 

 聞く耳を持たずに、一心不乱に箒を振り回す魔理沙。これだと終わりが見えないから、僕は箒の軌道を避けながら魔理沙に接近し。

 

「うわっ!」

 

 魔理沙を抱きしめる。

 

「ちょ、は、離せって!」

 

 腕の中で暴れ始める魔理沙。だが、ここで離してはいけない。更に追い打ちを掛ける様に、後頭部の髪を結ってあるリボンを解いて、指で髪を()かしながら抱きしめる力を強くする。

 

「ふぁ……は、離せぇ……」

 

 こうすると、魔理沙の抵抗力は格段と下がる。そして、トドメと言わんばかりに魔理沙を只管褒める。

 

「いつも思うけど、魔理沙の髪って綺麗だね。こうやって、指で髪を梳かすのが癖になりそう」

 

「うっ……」

 

「それに陽の光が反射して幻想的だよ」

 

「うぅ……」

 

「それに撫でてると魔理沙の香りが――」

 

「バカァ……」

 

 そう言いながら、魔理沙は僕の背に腕を回して強く抱きついて来る。僕の胸に顔を擦り付けて、羞恥心を誤魔化そうとしている。

 実に可愛い。

 

「あんた等……何時までイチャイチャしてんのよ!」

 

 と、魔理沙の奥にいたもう一人の女の子の声と共に、僕の頭に目掛けて霊力の球体が飛んで来た。僕は魔理沙を抱き寄せて横に避ける。

 

 

ドォンッ

 

 

 標的を失った霊球は僕の後ろに聳えていた杉の木に当たった。

 

 あぁ、まだ樹齢が50年で若いのに……。

 

 音を立てて倒れる杉の木。僕は君の事を一生涯忘れないだろう。雨の日も、雪の日も、台風の日でさえ、負ける事は無かった杉の木。夏には緑の葉を生い茂らせ、秋にはスタイリッシュなボディを露に、冬には雪を乗せて白い葉を生み出し、春には花粉を飛ばしてくる杉の木。あぁ、全てが愛おしかった。

 

 さらば、杉の木……。

 

 

「杉の木の仇め……」

 

「えっ?な、何?」

 

 そう言って振り返れば、僕を不審者でも見るかのような視線を送って来る女の子がいる。

 

 この子は博麗霊夢(はくれいれいむ)

 博麗神社の巫女で、僕を泊めてくれている子だ。黒髪に大きな赤いリボンと脇部分が露出されている特徴的な赤白の巫女装飾を身に纏い、胸元の黄色いリボンが印象強い子だ。単純な性格だが裏表が無く、喜怒哀楽の激しい子だ。一生懸命に物事に取り組むのを嫌い、暢気で危機感が欠けているが、異変解決の途中だと立ち塞がる者には容赦ない。人間だろうが神様だろうが通りすがりの妖怪すら退治してしまう。

 そんな彼女は「空を飛ぶ程度の能力」を所持している。

 その名の通り、自由に空中を闊歩する事が可能で、移動範囲が増えた彼女が闘う際の攻撃パターンは様々だ。そして、博麗の巫女に受け継がれる「霊気を操る程度の能力」。これがあるからこそ、霊夢は誰にも負けない最強の巫女と言われる理由の所以なのかもしれない。

 

 僕と似ていて空を眺めながら茶を啜る事と、賽銭箱の中身を随時チェックする事が日課となっている。来る人全員と会話する際は必ず「賽銭箱」のワードが含まれていて、どれだけ金に飢えているのかが嫌でも分かる。

 賽銭に期待できない彼女が生きながらえるため、自然と生業が妖怪退治になったらしい。って言うか、賽銭箱に入ってる金を生活費に費やす時点で、巫女としてどうなのか甚だ疑問ではあるけども。

 

「霊夢、弾幕ごっこじゃない時に弾幕を撃つのは勘弁してよ……」

 

「別にユマなら避けるって分かってるから良いのよ」

 

 僕が良くない。

 

「はぁ……まぁ、良いや。二人とも、茶と金鍔でも食べようか」

 

「食べるー!」

 

 さすが霊夢。金と無料飯(ただめし)が大好きな子である。

 しかし、問題が一つある。僕はとっとと家に戻ろうと身体を動かしたいのだが金縛りにあった様に動かない。

 

「…………」

 

 僕はとっくに手を離しているが、未だに抱きついている魔理沙はまるで無反応だ。どうしよう、身動きが取れない。

 

「霊夢、魔理沙を引きはがすの手伝って」

 

「え?ちょ、アンタは何時までユマに抱きついてんのよ!」

 

「私は今だけはコアラになるぜ!」

 

 そう言って、魔理沙の服を引っ張る霊夢と両腕で強く抱きしめて来る魔理沙。僕は溜息を吐きながらも、空を見上げてこう思った。

 

 

 

 うむ、今日も平和だ。

 

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