平凡メイサーの異世界冒険譚   作:えんてぃ

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現界にて、見事レーヴァテインに認められた焔斗。
傷を癒した後、魔界に向かう予定であったが、すでに最愛の妹、紫紅には魔の手が迫っていた……
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転移編最終話『お兄ちゃん』

‌ ‌しゃろんを助けて、共に魔王城に戻ろうとしている道中のこと。

 

「あ、そうだ、紫紅さん……ちゃん?」

 

「紫紅でいいわよ、どしたの?」

 

 ‌砕いて話す、とは言ったものの、上手く砕け切れてないしゃろんに苦笑しつつ問いかける。

 

「えっと。これ、さっき助けてくれたのと今連れて行って貰ってるお礼……なんだけど、こんなつまらないもので良ければ。」

 

 ‌そう言って彼女が取り出したのは、マフィンのようなお菓子だった。

 

「マ、マフィン!?」

 

 ‌トモが出すものも、もちろんデザート等もあるが、こういったマフィン等の洋菓子系は出ていない。基本的にフルーツをどうこうしたものであった。それも、もちろん好きなので文句などは無かったのだが。

 

「マフィン……?このポムポムのことを言ってるの?似たお菓子がそちらにも……?」

 

 ‌どうやらこの世界でのマフィンはポムポムと言うらしい。何とも可愛らしいネーミングだ。

 

「え、ええ。あなたのとこだとボムポムって言うのね、覚えておくわ。ところで、ほんとに貰ってもいいの?」

 

 ‌この魔界でお菓子を作る、それは決して、言葉ほど簡単なものでは無いはずだ。紫紅自身、トモにこの系統のお菓子のこと、分かるものは作り方を伝えたのだ。しかし、材料集めが極めて難しく、諦めざるを得なかった。そんなものなのだ、ここじゃどれだけ高級になるかわからない。

 

「うん!もちろん!命の恩人だし、これくらいどうって事ないよ!」

 

 ‌そこまで言われたら断ることなど出来ない。遠慮なく頂くことにした。

 

「じゃあ、頂くわね。ありがとう!」

 

 ‌そう言ってマフィン改めポムポムを1口食べる。フルーツは入っていない、ほわほわとした生地、知っているマフィンよりふわふわしたイメージだ。そして口の中に広がる、程よい甘み。フルーツの甘みとはまた違う甘み。ここしばらくの疲れもあり、その甘さが体全体に染み渡るような感覚になる。1口ずつゆっくりと食べていたつもりだったが、気づいた時にはもう無くなっていた。渇いた喉を持ってきていた水で潤す。

 

「ご馳走様!すっっっごく美味しかったわ!」

 

 ‌満面の笑みで、礼を伝える。元の世界で味わったマフィンとは少し違いはあったが、ポムポムの味に懐かしさを覚えて、少し気持ちがほっこりしたのだ。

 

「喜んで貰えたようで何よりだわ。私の特製だったから自信はあったけど。」

 

 ‌ふふ、と笑いながらそう告げるしゃろんに紫紅は驚いた。先程のポムポムは、この魔女の自作だった。何となくドジっ子な気がしてたので(出会った時転んでたせい)、お菓子作りができるとは意外だったのだ。

 

「これ、自分で研究して作ったの?」

 

 ‌気になってそう訊ねると、しゃろんは首を横に振りながら否定した。

 

「まさか!これを教えてくれたのは母さんだよ!小さい時からたまに作ってくれてて、ある時教えて欲しいってお願いしたら教えてくれたの!」

 

 ‌どうやら、しゃろんの母直伝だったらしい。たまに、と言っている所からやはりそうそう手に入る材料では無いようだ。

 

「よし!じゃあそろそろ休憩終わり!行こっか!」

 

「うん!」

 

 ‌そう言って立ち上がり、紫紅としゃろんは再び歩き始めたのであった。

 

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 ‌その頃魔王城では、トモが夕飯の用意をしていた。

 

「さて、紫紅さんはそろそろ戻ってくる頃でしょうか?どれ……。」

 

 ‌トモは、対象に自身の魔力を少し分けることで、その者の居場所をある程度特定できるようにしている。無論、普通の魔力探知でも可能ではあるが、こちらの方がより正確なのだ。ちなみに、これをする際、対象の人物には包み隠さず説明をして了承を貰うようにしている。

 

「ん……?おかしいですね。」

 

 ‌おそらく、果実を見つけて採取し、帰路についてるはずなのだが、何やら速度がおかしい。いつもの彼女なら、こんな遅いわけが無い。むしろ、歩いているような感じがした。

 

(何かあったのでしょうか……?)

 

 ‌疑問に思いながらも、普通の魔力探知に切り替える。紫紅の他に、誰かいるのかもしれないと推測したからだ。魔力を分けていない者の気配は、魔力探知でなければ補足できない。切り替えなければならないのが、この探知術の難点だ。

 

「魔力がひとつ、一緒に居ますね。誰でしょう?どこかで感じたことがあるような魔力ですが……。」

 

 ‌そしてもうひとつ、不思議なことが起こった。紫紅達の魔力が、魔王城に向かっていたのにも関わらず、突然、九十度曲がって別の方向へ行き始めたのだ。紫紅は、別に方向音痴という訳でもなく、これまで何度も1人で外に出向いては帰って来れていた。それが、見当違いの方向へ走っているのだ。そして、

 

「……消えた!?」

 

 ‌魔力探知から2人の魔力反応が消滅した。急いで元の紫紅限定の探知に切り替える。こちらは消えてることはなく、しっかりと補足することが出来た。その事に安堵しながらも、一度連絡を取ろうと魔力通信をかける。しかし、

 

「っ!?弾かれた?」

 

 ‌なにかに妨害されたのか、繋ぐことが出来ない。相手が対応せず繋がらないこともあるが、今回のはそんな感じではなかった。それに、

 

(こんなことが出来るのはおそらく……だとすると、まずいですね。)

 

 ‌魔力通信は、そこまで広まってる技でもなく、コントロールが難しいため、使える人はそうそういない。受ける側は使える必要は無いのだが、それでもその通信を妨害できるほどの技量を持った人物。そうなると、大体は特定出来る。

 

「速くなった!?これは急がないと……!」

 

 ‌魔王城とは違う方向に、紫紅が全速力を出したのだろう。ものすごいスピードで移動していく。トモは急いで魔王城を出て、自分の全速力で追いかける。

 

(間違いであることを祈りますが、もし勘違いでなければ、おそらく紫紅さんが危ない……!)

 

 ‌空間跳躍のできるサトシに移動をお願いする手も考えたが、あの技は彼自身が魔力を感じることが出来なければ意味が無い。そのため、自分の足で追うしか無かった。

 

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 ‌その頃、紫紅達は。

 

「なんだ、結構速く走れるんだね!あたしの全速力についてこられるなんて!」

 

「魔物の時は情けないとこ見せたけど、私だってこのくらいできるよ!」

 

 ‌少し急いだ方がいいと思った紫紅は、しゃろんに対して走ること、もし追いつけないのであれば背負っていくことを伝えると、スピードには自信があると自慢気に答えられた。その様子に、試してやろうという気持ちになった紫紅は、雷も使った全速力で移動を始めたのだが、なんとしゃろんはぴったりと後について来ていた。

 

「これなら早く着けそうね!ちょっと遅れ気味だったから不安だったのよ!……それにしても、そんな速度出せるならさっきの魔物に囲まれていたのも脱出できたんじゃ……?」

 

 ‌そう問いかけると、しゃろんは少し恥ずかしそうに答えた。

 

「い、いや、確かに脱出できたと思うけれど、ビビっちゃって動けなくって……。」

 

 ‌おそらく、このしゃろんという子は、力と技量はあるが、精神的な力が足りないのかもしれない。どれだけすごい力と技を持っていても、気持ちが動揺して使えないのなら意味が無い。

 ‌そんなこんなしているうちに、感覚的に魔王城がもうすぐというところまで来た。ここまで来て、紫紅は異変に気づく。

 

「あれ?……ここ、どこよ?」

 

 ‌紫紅としては、真っ直ぐ魔王城に帰っているつもりだった。これまで道を間違えたことなどなく、自信を持って走っていたのだが、目の前にあるのは魔王城ではなく……

 

「館……?こんなとこ来たことないわ……。」

 

「道、間違えたの?」

 

 ‌しゃろんが不安そうに聞いてきたので、笑いながら返す。

 

「あはは、そうみたい。これまで間違えたことなんてなかったんだけど、何故かしら?疲れてたのかな?とりあえず師匠に……あれ?」

 

 ‌紫紅は、トモに教えてもらった魔力通信を試そうとしたが、そもそもトモの魔力を捉えられない。それどころか、他の人たちの魔力も、いつも感じているのに感じられない。あの館が影響しているのだろうか。

 

「とりあえず、道も分からないならこの館に誰か居ないか見に行こう?もし居たら道が聞けるかも!」

 

 ‌そう言って、不安ながらも笑顔で提案するしゃろんに元気づけられながら、「そうね。」と頷き、館に入ることにした。

 

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 ‌その一時間程後、トモもようやく館の前に到着した。実は、紫紅は雷ということもあり、トモより速度が速い。そのため追いつけなかったのだ。そして、その館はトモですら見たことの無い建物だった。

 

「……こんな所にありましたっけ、こんな立派な館。いや、それより今は。」

 

 ‌トモは急いでサトシに魔力通信をして、この場所に来てもらうことにした。通信切断後、程なくして空間が裂け、サトシが現れる。

 

「っと、こんなに急いでどうしたんですか?トモさん。っていうか、ここ、どこです?」

 

「サトシ様、来てくれてありがとうございます。すみませんが、説明している時間はありません。サトシ様はここで、城への空間跳躍をすぐに出来るよう待機しておいて欲しいのです。」

 

 ‌もし、紫紅が危険な目にあっていた場合。まだ元気なら二人で走って逃げることも可能だとは思うが、気絶などさせられていた場合、逃げるのが難しくなってしまう。逃げなくとも、守りながらというのは大変戦い難い。そのため、館からでたら直ぐに転移できるよう、待機しておいてもらうのだ。

 

「よく、分からないけど、急いでるってことと、大変なことになってるのは分かりました。何があったかは後で聞かせてください。」

 

「ええ、もちろんです。ありがとうございます、頼みましたよ!」

 

 ‌そう言ってトモは館の方に全速力で向かった。扉から入り、気配を探る。

 

(紫紅さんは……右ですね。)

 

 ‌入ってすぐ右側の通路を進む。紫紅と、もうひとつの魔力の気配はこちらからしている。

 

(それにしても、何なんですか、この嫌な魔力は……。)

 

 ‌紫紅達の魔力。その他に、術式の魔力だろうか?生物の発する魔力では無い、とても嫌な感じのする魔力だった。

 

「この部屋、ですね。」

 

 ‌その部屋にたどり着き、警戒しながらゆっくりと開ける。鍵がかかっているかと思ったが、そんなことも無く、扉はあっさりと開いてくれた。

 

「っ……!やはり、あなたでしたか、大魔女しゃろん様……。」

 

 ‌その部屋には、魔女であるしゃろんと、四肢を鎖で縛られ、魔法陣の上に吊るされた、眠っている紫紅がいた。

 

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 ‌トモが来るまでの、一時間の出来事。紫紅達は誰かいないか探すために、館に入った。幸いなのか、鍵はかかっておらず、玄関から入ることが出来た。

 

「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんか〜?」

 

 ‌紫紅が、声を上げてそう問いかけてみるが、全く反応がない。聞こえてない訳じゃないのなら、ここには誰もいないということになる。

 

「誰もいないみたい……ね。私は右側のの通路の方見てくるね。」

 

「じゃあ、あたしは左の方を、何かあったら思いっきり叫ぶのよ?」

 

 ‌そう言って、ひとまず二手に別れることにした。紫紅の方は色んな部屋があったが、特に目立つようなものもなかった。本が何冊もあるので、どれか読みたいという衝動はあったが、今はそのときではないとぐっと堪えた。

 

「誰も住んでいない……訳ではなさそうね。」

 

 ‌人の気配こそ無いが、館内は綺麗に清掃されており、どの部屋も目立って埃が溜まっている様子もなかった。つまり、この館は実際誰かが生活している、というわけだ。もしかしたら、家を放棄してすぐなのかもしれないが、それは今は考えないでおく。

 

「っと、ここまでかな。」

 

 ‌ざっと調べて行ったが、行き止まりになった。これといって何もなかった上、もちろん人っ子一人居なかった。

 ‌しゃろんが調べに行った方に、紫紅も向かう。すると何やら料理の香りが漂ってきた。誰かと会ったのかもしれない、と急ぎ足で向かう。

 

「しゃろん?誰かいた……の……え?」

 

「あ、いや、こっちには誰もいなかったから、キッチン借りて、ご飯作ってたの〜。」

 

「あなた、やっぱりすごいわね、色々。」

 

 ‌誰もいないからと、勝手にキッチンを借りて料理をするなんて普通に考えたらできない事だ。いや、この世界ではその辺のマナーが少し違うのかもしれないが。

 

「いや、でも、帰ったらししょ……トモさんの夕飯があるし、今ここで食べるのは、まずいと思うわ……。」

 

「確かにそうかもしれないけど、気づいてる?紫紅ちゃん。ここ、外の魔力が全く感じられない。」

 

「なっ!?……ほんとだ。」

 

 ‌道を覚えているつもりだったため、魔力探知は一切行わずにここまで来た。そのせいでここに来てしまったのかもしれないが、改めて探知してみると、いつも魔力が多くて分かりやすい魔王城のメンツの魔力すら感じられない。

 

「どういうことよ、なにかの妨害?そもそも、ここまで来たことすら誰かの策略なのかしら……?」

 

「それは、分からない。けど、こうなった以上、そう簡単には出られない気がするの。だからご飯を食べて、体力を回復させておかないとと思って。あ、毒とかなにか仕掛けがあるかは調べといたから、そこは大丈夫!安心して食べてね。」

 

「ええ、ありがとう。そうね、食べましょうか!」

 

 ‌ここは気持ちを切り替えて、とりあえず食事をすることにした。メニューはポトフのようなものに、パンだ。ポトフはどうやって作ったのか分からないが、おそらくここの食材を借りたのだろう。パンはおそらく、しゃろん自身が持ってきて来たものだろう。この世界は魔法があるため、多少のものは旅に持ち出しても魔法によって保存が効く。

 ‌じっくりと煮込まれたポトフのようなものを一口食べる。あっさりとした味付けで、口の中に温かさが広がり、緊張を解す。不可解なことが多すぎて気疲れもしていたが、少しその疲れを和らげることが出来た。

 ‌そのまま黙々と食べ続ける。ふと、紫紅はしゃろんが料理に全く口をつけていないことに気づく。

 

「あれ?……しゃろんはたびぇにゃいの……?はれ?……なんか、ねむ……」

 

「紫紅ちゃん、お疲れでしたもんね。ここは私に任せて、ゆっくりおやすみ下さい……♪」

 

 ‌喋っているうちに、急激な眠気が紫紅を襲い、そのまま眠りに落ちてしまう。しゃろんは、その紫紅を魔法で浮かせて別の部屋に運ぶ。

 

「あはは!もしかしたら気づかれるかも、って思ってたけど、警戒心無さすぎて助かったわ。元の世界とやらは余程甘い世界だったのね?私……いや、あたしのあんな演技に騙されるなんて!」

 

 ‌ここは、しゃろんの魔界での家、つまり別荘みたいなものだ。いや、元々魔界の民なので、こちらが実家と言った方が正しいのだろうか。

 

「ちょっと、いや、かなーり苦しいと思うけど、長い夢を見てもらうね?紫紅ちゃん?あはは!」

 

 ‌そう言いながら、部屋に用意しておいた魔法陣の上に、四肢を魔法の鎖で縛って吊り上げる。それが完了すると同時に、魔法陣が怪しく光り輝き始める。

 

「なるべく早く崩壊してね?めんどくさいから。『絶望ノ夢路』」(ぜつぼうのゆめじ)

 

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 ‌自慢気に話すしゃろんの説明を聞いて、トモは大体の流れを理解した。しかし、

 

「……どうやってここまで誘導を?」

 

「あはは!そんなの簡単じゃん!最初に渡したポムポムにちょこっと細工しておいたのよ!この子、魔力探知も使わず、自分の記憶で帰ろうとするから、騙すのも簡単だったわよ?ふふ。」

 

 ‌余裕の表情。もう終わったことで、種明かししても問題ないため、しゃろんは隠す素振りもなく全て説明する。

 

「……なるほど、わかりました。それにしても、あなたらしくないやり方ですね?戦闘狂と恐れられたあなたが、こんな回りくどい倒し方をするなど。いやそもそも、放浪しているとはいえ、魔王シハク様に仕える者でしょう?紫紅さんも、今は我々の管理下にあるようなもの。こんな勝手なことが、許されると思っているのですか?」

 

 ‌実は、しゃろんも魔王シハクの配下の一人だったのだ。その戦闘力は、春輝やトモにも引けを取らない強さで、配下でいる以上こんな勝手なことは許されない。

 

「ああ、その事なんだけど。安心して?シハク様には、許可もらってるから。あはは!」

 

「なっ!?」

 

 ‌驚くトモを見ながら、しゃろんは楽しそうに言葉を続ける。

 

「あたしも、無断でやるほど不良じゃないわよ?だからね、シハク様に聞いたの。あの娘、あたしの好きなようにしてみてもいい?って。そしたらね?もし、それで屈してしまうなら、彼女はその程度だったということ。この世界では実力がないと生きていけない、だからそこで終わるならそれも運命だ。だから好きにしろ、ってね!」

 

「そんなことが……。い、いや、それだとしてもやはりあなたにしては回りくどい!あなたの性格上、こういう時は直接戦うのかと思いますが?」

 

 ‌許可云々については、よく分かった。そうなっているなら仕方の無いことだ。だが、眠らせたりするなど彼女らしくなかった。何が狙いなのか探ろうとする。

 

「あのね?あたし、現界でこの子のお兄ちゃんに会ったの。少しばかり修行もしてあげたわ。伸びがありそうだったから殺さずに、強くなってからまた楽しもうと思ってね?」

 

 ‌焔斗と戦った時、しゃろんは全力の半分も出していなかった。まだまだ伸びしろのある焔斗を、ここで殺すのはもったいないと思ったからだ。

 

「でもね?そのまま直接戦うより、さ。操られた妹ちゃんに殺すって言われて、それに戸惑いながらも戦うしかなくって。二人とも本心では戦いたくないはずなのに、殺しあってる。そんな、最高のシチュエーションが見たくなったの!だから、少し面倒だけど慣れない芝居もしたのよ?あはは!」

 

 ‌狂気の笑みで笑いながら、しゃろんの狙いが明かされる。今の言葉を聞く限り、紫紅を洗脳しようとしているらしい。

 

「……洗脳、ですか。それで、夢と言っていましたが、紫紅さんにどんな夢を見せているのです?」

 

「ん?えっとねぇ、心に洗脳する隙を作るために、不安定にさせたいの。だから、お兄ちゃんが自分を守って死ぬ、って夢を何度も何度も、死ぬまでの流れを変えながら見せてるよ?お兄ちゃんが目の前で死んで、目が覚める。夢か、と安心していたら、結局そこでもお兄ちゃんは死ぬ。それでまた目が覚める。お兄ちゃんが死ぬ。その繰り返し!」

 

 ‌単純ではあるが、最大級に辛い夢だ。紫紅はこの世界に来て、兄である焔斗と出会えずにいる。それに、おそらく前の世界でも兄が一番好きだったのだろう。稀に、兄のことを語る彼女の横顔からは、なんとも言えない寂しさが感じられていた。

 

「もういいです、よく分かりました。全力で阻止させていただきます。」

 

 ‌トモが短剣を抜いて構える。ここまで信じられないと思って聞いていたが、どうやらこれが事実らしい。人の気持ちを踏みにじるような行為は許せない。それに、今現在も弟子が傷つけられていることに、激しい怒りを覚えた。

 

「あはっ!あたしと殺るの?いいよ!それも計算済、あなたと戦うのも楽しそうだからね!」

 

 ‌ここまでトモが追いかけてきて、戦闘になるのもしゃろんの計算の内。そのためにあえて、紫紅に付けられていたトモの魔力の感知は出来るように調整したのだ。戦闘狂であることは変わらないのである。

 

「『竜撃乱舞』。」

 

「そんな技は通用しないよ!」

 

 ‌トモはしゃろんに急接近し、『竜撃乱舞』で目にも止まらぬ速度で斬りつけるが、彼女はそれを躱したり、杖で防いだりして凌ぐ。

 

「『黒炎爆撃』!」

 

 ‌今度はしゃろんが、接近したトモの腹部に向かって黒炎の魔力弾を放つが、それは彼によって軌道をそらされてしまう。そのまま、反撃をする。

 

「さすが、やるね!でも、そんな攻め方じゃ、あたしは倒せないよ!」

 

「そんなことは分かっていますよ。あなたを倒すことが、今の目的では無いですからね。」

 

 ‌この攻防の中、トモは少しずつしゃろんを魔法陣から遠ざけ、自分の背後に魔法陣が来るように誘導していた。

 

「くっ、そういうことか!でも、この攻防の中で紫紅ちゃんの方に行くのは無理でしょう?」

 

 ‌確かに、この激しい攻撃の続く中でしゃろんに背を向けることは自殺行為だ。そのため、トモ自身が紫紅のもとに行くことは出来ない。”トモ自身なら”。

 ‌しゃろんの攻撃を防ぎながら、トモは自分の片眼鏡を外し、紫紅の方へ投げ捨てる。しゃろんは不思議に思ったが、ここから大きく動けないのは彼女とで同じ。攻撃の手を緩めれば、反撃を受けてしまう。

 

「頼みましたよ!!」

 

「なっ!?」

 

 ‌投げ捨てられた片眼鏡が、紫紅のもとに近づいたと思った瞬間、空間が裂けた。空間転移術のゲートだ。

 

「『闇陰ノ斬撃』」

 

「やめ……!」

 

 ‌サトシは、館の外でトモと会話した際に、彼の片眼鏡に転移ポイントを設定しておいたのだ。これがあれば、その向こう側のことも大体は把握出来る上、魔力を感知していなくても転移が可能になる。トモが急いでいたため、説明をする暇はなかったが、彼なら気づいてくれると信じて設置したのだ。

 ‌空間転移で現れたサトシの斬撃が、紫紅を縛る鎖を斬りつける。しかし、

 

「え!?」

 

 ‌その斬撃は、鎖をすり抜けてしまう。もちろん、鎖には傷一つ付いてはいない。

 

「……なーんてね!あはは!その鎖はね、普通の攻撃じゃ斬れないよ。」

 

「そんなっ!」

 

 ‌せっかくの奇襲攻撃も、これで無意味となってしまう。魔法陣の近くには、数々の設置魔法トラップがあるため、サトシの斬撃が終わった後、それに襲われているのだ。そしてトモも、しゃろんへの攻撃を押し切れずにいる。

 

「さあどうするの?あたしを殺せば魔法は消えるけど、出来るかなあ?」

 

「やってみせますよ。」

 

 ‌サトシの方は、トラップ全てに対処できた様子で、ひとまず安心する。

 

(トモさんが苦戦している……。でもどうしよう、しゃろんって人を倒さないと助けられないなら加勢するべきだよね……。なら、悪魔の力で一気に……)

 

「やめてくださいサトシ様!ここでその力を使うのは危険です!」

 

「えっ!?」

 

 ‌悪魔の力を使って、トモに加勢しようとしたサトシだったが、発動する前にトモが気付き、止められてしまう。

 

「ど、どうして!?」

 

「悪魔の力は強大ですが、空間に大きな影響を与えます。技として使えるほどに。そんな力を今ここで使えば、精神攻撃のようなものを受けている紫紅さんに悪影響が出ます!逆効果です!加勢するなら、その力無しでしてください!もしくは、退路の確保をお願いします!」

 

 ‌紫紅との戦いの時のように、サトシの悪魔の力は空間に影響を及ぼす。相手の感覚をおかしくするレベルだ。そんなものを今使えば、紫紅の精神が不安定になりかねない。そんなことになれば、しゃろんの思うつぼである。

 

「わ、わかりました!それじゃあ、何時でも撤退できるよう、空間転移の用意をしておきます!」

 

 ‌今の状態の二人ならまだしも、この後おそらく本気を出しての戦いになる。そうなってしまえば、悪魔の力を使えないサトシではむしろ足でまといになってしまう。そう判断したため、退路の為の空間転移を用意しに行った。

 

「何?本気でやるの〜?あはは!」

 

「無論です。『竜鱗纏装』」(りゅうりんてんそう)

 

 ‌トモの皮膚が竜の鱗のように固くなり、防御力はもちろん、竜の身体能力もその身に宿す。

 

「久しぶりに見たよ、それ。楽しくなりそうだね!『黒炎深纏装』!」(こくえんしんてんそう)

 

 ‌焔斗と戦った時よりも、強力な纏装術。黒い炎が濃く彼女を包み込む。

 

「すぐに終わらせますよ……!『華竜旋光迅』!」(かりゅうせんこうじん)

 

 ‌華やかで、かつ激しい斬撃が、しゃろんを襲った。

 

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 ‌”どうして?まだ、続くの?また、繰り返すの?”

 

 ‌しゃろんによって見せられる夢のループ。そろそろこれが、自分の夢ではなく、なにかの干渉を受けて見せられているのかも、という推論に辿り着いてきた頃だ。しかし、この夢を終わらせる方法は紫紅には分からず、目が覚めては兄と幸せな時間を過ごし、毎回違うシチュエーションで、紫紅を守って死ぬ。酷い時には、紫紅自身のミスで殺してしまう、なんて夢もあった。例え、それが夢だと気づいていたとしても、こんな夢を永遠と見せ続けられて、平常心で居られるはずがない。

 ‌また、夢の中です目が覚める。今度はどんな方法で兄が殺されるのだろう。自分に助ける術はないのだろうか。考えはすれど、夢は決まった方向へと進んでゆく。自分の意思があるようで、自由はそこにはない。目の前の兄の死。死。死。死。見慣れたくも無い光景に嫌気がさす。

 

 ‌”お兄ちゃん……ごめんなさい……あたし、のせいで……”

 

 ‌例え、それが現実でなくとも、こんな思考に陥ってしまう。自分のせいで兄が死んでいる。自分がいなければ……と、徐々に心が壊れてゆく。

 

 ‌”いい?これは予知夢だ。いつか君たちは再会しても、こうなる運命なのだよ。”

 

 ‌不思議な声が聞こえる。この声は、しゃろんに似ていると思った。

 

 ‌”どうして?未来が決まっているとでも言うの?こんな、お兄ちゃんが死ぬ未来が。”

 

 ‌謎の声の主にそう問いかけると、クスクスと笑いながら返事が返ってくる。

 

 ‌”未来というのは確かに不確定。その理論は認めるわ。でもね、確たる条件が揃った中で、死ぬ可能性がほぼ百パーセント。そりゃ、絶対なんてものはないわ。でもね、今見せてるのが、色んな条件を元にシュミレーションされた夢。わかってると思うけど、未来がわかってたら助かる、なんてことは無いわよ?わかってた場合のシュミレーションも見せたはず。”

 

 ‌こんな話、普通は信じない。しかし、この時の紫紅は見た目以上に、心にダメージを負ってしまっていた。しっかりと考えることが出来ない。

 

 ‌”お兄ちゃんが、助かるには、どうしたら、いいの?”

 

 ‌だからこそ、信じてしまう。そして、相手の思う通りの答え、質問をする。

 

 ‌”あなたの手で殺すの。”

 

 ‌”え……?”

 

 ‌耳を疑った。今、声の主は紫紅に、兄を殺せ、と言ったのだ。助ける方法を聞いているのに。

 

 ‌”なん、で……”

 

 ‌”いい?この世界の魂の仕組みはね、殺された者は殺した者の元に一回近づくの。消える前、一瞬ね。そこで、魂を確保する魔法を使って、後に蘇生をするのよ。わざわざ殺す理由だけど、死なないように振舞ったって、意味が無いことはさっき説明したわね。で、わかったと思うんだけど、あなたのお兄ちゃんは命を狙われているの。だから、殺される前に、一度殺して、死んだことにすることによって、ターゲットを無くすの。ほとぼりが冷めたら蘇生、よ。あなた自身が狙われている訳ではなくて、お兄ちゃんを殺すために利用されてるだけだから、そこは気にしなくて大丈夫よ。”

 

 ‌全て嘘である。しゃろんが作り上げた嘘の夢に嘘の魔法。魂の話も、付け焼き刃で作った嘘である。

 

 ‌”それで、お兄ちゃんを助けられるなら……”

 

 ‌一瞬そう考えて、いや、これはさすがにおかしいと、思考を振り払おうとした瞬間。そんなことはさせないというように、兄を殺さないと、という感情がどんどんふくれあがる。

 

 ‌”なん、で……?い、いや、嫌!!!!”

 

 ‌嫌と思えば思うほど、振り払いたい思考が侵食してくる。自分が自分で無くなる、そんな気配をひしひしと感じる。かすかに、先程の声の主の笑い声が聞こえた気がした。

 

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「ああぁぁぁぁぁ!!」

 

「!?、紫紅さん!?」

 

「隙あり☆」

 

 ‌今まで、静かに眠っていた紫紅が悲鳴をあげる。それにトモが驚いてできた隙に、しゃろんが黒炎弾を打ち込む。

 

「ぐあっ!?」

 

「あ〜、やっと、心揺らいでくれたわね。意外と時間かかったわ。余程お兄ちゃんのこと好きなのね。あはは!」

 

 ‌そう言うしゃろんを見ながら、耳で紫紅の苦しそうな声を聞く。嫌だ、助けて、と繰り返している。

 

「くっ……!」

 

「残念だけど、時間切れみたい。また今度、殺り合いましょう?まったね〜!あはは!」

 

「っ、待て!」

 

 ‌トモの制止も聞かず、しゃろんの姿が消える。と、同時に紫紅の下にある魔法陣も消え、鎖から解き放たれた紫紅がドサリ、と倒れ込む。

 

「紫紅さん!」

 

「たす……け……、おに……ゃん。」

 

 ‌助けてお兄ちゃんと言っているのだろうか。その言葉に心を痛めながら、紫紅を抱きあげようとする。その次に紫紅が呟いた言葉に、トモは鳥肌が立った。

 

「おに……ちゃんを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ‌︎ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌「 ‌殺 ‌さ ‌な ‌き ‌ゃ。 ‌」




今回はここまで!
いかがでしたか?
まずは、転移編終幕です!まだまだ物語は終わりませんが(笑)

今回登場したif民モチーフの方は、
しゃろんさん(しゃろん)

トモさん(トモ)

サトシさん(サトシ)
でした!
ありがとうございました!

次回
再会編第1話
『魔界への一歩』
お楽しみに!
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