闇華達のライブは大成功に終わった。一方その頃、焔斗達は商業街ミカルコに向かっているところであった。今後のことも考えなければならず、一体どうなるのだろうか……
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「ん〜、ね、お兄ちゃん。」
「ん?なんだ紫紅。」
ㅤミカルコへ向かう道中、もうすぐ着く辺りで唐突に紫紅が問いかけてくる。
「お父さんも、こっちの世界に来てたりするのかな。」
「っ……。いや、無いだろ。」
ㅤ実は、元の世界での家族は、この兄妹と母だけなのだ。父は、まだふたりが幼い時に行方不明になった。死んだ訳でもない、死体が見つかっていないのだ。突如として消滅した。そんな父が、もしかしたら異世界転移したのかもしれないと思ったのだろう。いなくなってから長い月日が経ち、気にしなくなってはいたものの、こう非現実的なことが起こると、ふと気になるものだ。だが、
「そもそも、俺達がなんか無理やり転移させられた時にあいつが言ってたじゃねーか。存在自体を無かったことにするだのなんだの。それなら、俺らの父親は他の誰か、最悪神が作った辻褄の合う男にすり替えられ、失踪なんてしてないはずだ。ほんとに失踪してない限りは、な。」
「うーん、そっか。そうだよね〜。」
ㅤ紫紅は少し落胆した様子を見せる。当時まだ幼かったとは言えど、しっかり記憶に残っている父親だ。もしかしたら、と考えてしまうのは無理もないだろう。焔斗だって、会えるものなら会いたい。何があったのか、何してたのかを話したい。
「ま、んなことよりさ。もうすぐ着くから飯……はさっき食ったな。なら、おやつタイムと行こうぜ。前に来た時に美味そうなクッキー屋があったんだ。」
「クッキー!?!?何!それ!魔界にはなかったよ!!!」
ㅤそりゃねえだろ魔界だもん、というのは偏見なのかもしれないが、仮に作れたとしても材料調達が大変なのは容易に想像がつく。まあ実際のところ、トモなら教えれば作ってしまいそうではある。
「クッキークッキー♪美味しいクッキー♪」
ㅤクッキーのことを教えてからとても上機嫌な紫紅。楽しみで仕方ないのだろう。魔界の方で食べたお菓子も、結局は罠だったらしい(味は良かったそうだが)。これは魔界での戦いの件に関わるので、なるべく話さないようにしている。
「わっ!ちょ、なんでこんなところに熊の魔物がー!?」
ㅤ二人でのんびり歩いていたところに、悲鳴じみた声が届く。内容から察するに、魔物に襲われているらしい。焔斗と紫紅は顔を見合わせて頷き、声の方へ全力で駆ける。木々をぬけていくと、少し開けた場所になぎ倒された木、焔斗と紫紅の間くらいの身長の黒髪の女性が、腰が抜けたのかぺたりと座り込んでいた。そこに、大きな熊の魔物の腕が振り下ろされる。
「くっ!」
ㅤ死を覚悟した女性は、強く目を瞑りその時を待つ。が、彼女の体に感じられた感覚は、ふわりと抱きかかえられる感覚、そして、目の前で恐らく魔物の腕とぶつかりあった鈍い音が鼓膜を揺らす。
「え……」
ㅤ恐る恐る目を開くと、自分よりも小さい女の子が、軽々と抱えあげて退避していた。魔物のいた方に目をやると、この少女と同じ髪の色をした青年が、手に持っているメイスで、魔物の腕を弾き飛ばしていた。
「もう大丈夫ですよ!お兄ちゃんやっちゃって!」
「言われなくても!『螺旋焔』!」
ㅤ木々に燃え移らないよう、範囲を狭め、下から斜め上に向けられた焔斗の『螺旋焔』が、魔物の上半身を焦がす。魔物はそのまま、ズシーン、と後ろに倒れ込む。
「す、すごい……。」
「怪我は無いですか?」
ㅤ一瞬で何倍もの大きさのある熊の魔物を撃退した青年に感嘆の声を零していると、自分を抱えあげて運んでくれた少女が問いかけてきた。
「あ、はい!大丈夫、です。あの、ありがとうございます!えっと、」
ㅤなんて呼べばいいか、救世主様という言葉が頭をよぎったが、それは何か違う。言葉に詰まっていると、少女は名前を教えてくれた。
「あ、あたしは紫紅っていいます。紫紅でいいですよ、お姉さん。それで、あっちはお兄ちゃんの、」
「焔斗です、はじめまして。お怪我なかったようで何よりです。」
ㅤ青年の方も、魔物を仕留めたことを確認した後、こちらに近づいて来て名前を教えてくれた。呼び捨てでいい、とは言われたものの、それはむず痒いので、
「改めてありがとうございます、焔斗さん、紫紅さん。ええと、慣れるまではこれでお願いします……。わ、私は、シキって言います。よろしくお願いします!」
ㅤそう言いながら女性─シキは、深々と頭を下げる。黒髪のショートに、見る者を引き込むような青い目。青を基調とした服装をしており、正直森では少し目立つ。身長は紫紅と同じくらいで小さめだ。
ㅤ焔斗達としてはそこまで畏まられてもむずむずしてしまうのだが、彼女の気持ちも分からないわけじゃない。ここは無理強いするようなことでは無いので、受け入れる。
「シキさん、こちらこそよろしく。」
「よろしくね!」
ㅤそれぞれ握手を交わし、お互い何をしていたのかを話す。
「私は、路上での人形劇を生業としています。ですが、魔法の糸でものを操ることが出来る、というのは一般の方には少々受け入れ難いらしく……。そこまで、その、食べて行けるほどの稼ぎがないんですよね。ですから、こうして森に来て果物を取ったり、簡単な獲物なら私一人でも倒せるので、狩って売ったりと。その段階で今助けて貰った通りのことになってしまったんですが……。普段、ここにはあれほど強力な魔物は来ないはず……。」
ㅤどうやら、シキは少し特別な魔法が使えるらしい。しかし、そのせいで気味悪がられてしまったのだろう。実際、操りの糸なんて使える人間がその気になれば、人を操って何かをさせることも出来るわけだ。それなら、対抗策のない一般人からは避けられてしまうのも仕方ないのだろう。
「えー!何それもったいない!ね、今度見せてよ!次はどこでやるの?」
「え?……えと、怖くないんですか……?まあ、お二人の強さなら……」
ㅤシキにとっては、意外な反応を見せた紫紅。それに戸惑う彼女だったが、紫紅はキッパリと言う。
「え?だって、普通の人にはできないことが出来るんでしょ?だったらそれは凄い事じゃない!あたしなら、興味津々で見ちゃうなあ……!」
「は、はあ……。」
「ま、そゆことだ。俺も興味があるから良かったら教えてくれないか?」
ㅤ焔斗も同じ気持ちなので、便乗して問いかける。シキはまだ少し戸惑っては居たようだが、上手く呑み込めたようで、コクリと頷くと笑顔で話し出す。
「ありがとうございます!ええと、ここから少し進んだところにミカルコって商業街があるんですが、次はそこでやる予定なんです!実は何度か来たことがあって、大抵の地理は分かるので、何かあったら気軽に聞いてください!」
ㅤ偶然、焔斗達の目的地と同じ街だったらしく、その事を伝えると一緒に行くということになった。そちらの方が安全だ。
「あ、さっきの熊の魔物、あとで売るといい値がつくと思いますよ!あんなに簡単に狩れるような魔物じゃないので……。肉もそこそこ美味しいそうですし。あ、でも重いですし値が高くつきそうなところだけ剥ぎ取って……え? 」
ㅤシキがそう説明している間に、紫紅が軽々と熊の魔物の亡骸を片手で持ち上げていた。
「お兄ちゃ〜ん、全然持てるけど、無駄に大きいから全部持ち上げられないよ〜。引きずって傷ついたら値が落ちるよね多分。」
「そうだな。それなら、」
「そ、それなら私に任せてください!」
ㅤ焔斗が何か言うよりも先に、シキが手を上げる。信じられないことの連続だが、そもそも先程の時点ですごいことを目の当たりにしている。なら、もう気にしたら負けだ。
「私の魔法の糸で縛り上げるので、それを運んでください!『蒼糸束縛』(そうしそくばく)!」
ㅤそう言いながら、シキは熊の魔物の亡骸に向かって両手を広げる。すると、指先から透き通った青色の魔法の糸が飛び出て、亡骸がなるべく丸くなるように包んで縛っていく。すごく慣れた手際で、あっという間に紫紅が持ち上げても(そもそも普通は重くて持ち上げられないが)、体の一部が地面に擦れることがなくなった。
「わ〜!ありがとー!これで持って行ける〜!」
「おい、別に俺が持つぞ?」
「お兄ちゃん、あたしよりパワーないでしょ?」
「うぐっ」
ㅤ先程、熊の魔物をほぼ一撃で屠った焔斗が、この可愛らしい少女よりパワーが劣る。そんな馬鹿なな会話が目の前で繰り広げられているが、もう気にしないと割り切ったシキは無敵である。
「それじゃあ、行きましょう!」
ㅤシキの掛け声を合図に、少しの距離だが、これからは三人でミカルコに向かうのだった。
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ㅤ天界。夢の間。天界の一部に設けられた、夢ノ神専用の敷地。ユメは、自身の夢の世界を見ていた。
「ふぅ……、あの転移者の記憶を探り、そこからそこにいる人物のいる世界に接続。そこから人を私の夢の世界に攫う。思いつきでやっては見たけれど、想像以上に骨が折れたわね。まあ、成功したからいいけど。」
ㅤ実際に言うと、この行為は禁忌に当たる。が、こんな事できる者がいた事が無い上、隔離先がユメしか自由に見られない夢の世界だ。降臨までの暇つぶしにと、わざわざ引き込んだのだ。無論、本来の世界で彼らは実際に生きている。簡単に言えば、その人物そのものを複製し、夢の世界に貼り付けたということだ。彼らが自分の作った夢の世界でどんな物語を描くか、それを観察するために実行した。が、ユメの作った世界はまだまだ未完成でふわふわとしており、彼らは戸惑うだけで目立った動きは見せなかった。
「……失敗、か。はあ、もっと人間どものことを知らないとダメね。まあ、あんな汚らわしい奴らのことなんて知りたくもないけど。」
ㅤこの考えがあるからこそ、ユメは正常な世界を作れない。夢は作れるが、それは今のようにふわふわしたものになる。彼女は溜息をつきながら、苦労したのでこのまま消すのはもったいないと、観察はやめたが、世界は残しておいた。夢の世界には、剣士の青年、少女。そして歌を歌う女性が残された。彼等はその世界で必死に生きる。
「すや……すや……ふゆふゆ〜。」
ㅤそんな夢の横で、すやすやと眠る神がいた。ふゆ神、ユキである。幼い見た目に純白の髪。今は眠っているので閉じているが、目は白銀色だ。彼女は、ユメかねこまに呼ばれるか、ユメに身の危険が迫った時に目覚める。名前の通り、非常に強い氷の力を持っている。
「よしよし。私に身の危険が迫ってあなたが目覚めること、あるとすれば今度の降臨かしらね……?まあ、期待できないけど。」
ㅤユメは、ユキの頭を撫でながらそう呟いた。
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「……は?」
「いやだから、これ、買い取ってくれるって聞いたんだ。買い取ってくれ。」
ㅤシキとともにミカルコに向かい、何度か戦闘はあったものの、難なくたどり着いた焔斗達。魔物系の素材を売るなら、冒険者ギルドが手っ取り早く、相応な値で買い取ってくれると聞いたため持ってきたのだが、持ってきたものが持ってきたものなので、受付のお兄さんは拍子抜けた声を漏らした。
「えと、冒険者登録してないですけど、お願いします〜。」
「あ、あなたはシキさんじゃないですか!てことはお仲間さんですか?一体何が……」
ㅤ説明を求めるお兄さんに、シキが何があったかを嘘偽りなく、説明する。彼女もここで買い取ってもらうことも何度かあったため、顔を覚えてくれていたらしい。ここでは忌み嫌わている様子もなく、焔斗達は少し安心した。
「ははは!このサイズの魔物を一撃?いくらシキさんでもそんな嘘見え見えなこと言わないでくださいよ〜!……え、まじすか?」
「まじです。」
ㅤそう答えたシキに、同じくギルドにいたほかの冒険者達もどよめく。「あんなひょろいやつが……」等、そんな言葉が聞こえてくる。
(やっぱり意外なんだ〜、まあ、それなりに強くなってるような気はしてたけど。)
ㅤ必死に説明をしている焔斗とシキを少し離れたところで見る紫紅。熊の魔物の亡骸は大きく、扉を通らなかったので一旦外に置いているのだが、それを見張ることの出来る位置にいるのだ。
ㅤそこに、彼女が片手でそれを持ち上げて来たことを知らない冒険者が、声をかけてくる。
「よぉ可愛いお嬢ちゃん。ちょっとあっちで俺たちと話そうや。」
ㅤそう言っていかにも弱そうな装備(紫紅目線)をしたガタイのいい三人が取り囲むようにしてそう言う。明らかに人目につかない影に来い、と言ってるあたり、まともな話では無いだろう。
「……お断りよ。」
「おーおー、なんて言ったか聞こえねぇぜ?ま、なんでもいいからとりあえずこっち来いよ!」
ㅤそう言って紫紅の腕を掴んで連れていこうとした刹那。
ドゥグッと鈍い音を立て、紫紅の小さな拳が、紫紅を連れていこうとした一人のみぞおちにめり込む。
「なんだ、見た目だけなのねこの筋肉。豆腐みたいに柔らかいわ。」
「コイツっ!」
ㅤ一瞬唖然としていたが、紫紅が馬鹿にした瞬間、他の二人も無謀な攻撃をしようと武器を構える。が、
「あっれー?俺の妹に、何かごようですか〜?」
ㅤこの騒動に焔斗が気づかない訳もなく、二人の背後から声をかける。肩を掴んだ手からは、ミシミシ、と骨の軋む音が聞こえる。
「ひぃっ!す、すみませんでしたー!」
ㅤそう言って、先程の紫紅パンチでのびている一人を抱え、ギルドから逃げるように去っていった。
「すみません、いるんですよ、あーいうの。こちらも色々対策はしてるんですが……。本当に申し訳ないです。」
ㅤ近づいてきた受付のお兄さんが、そう言いながら頭を下げる。どうやら相当苦労しているようだ。
「とにかく、買取の件ですが。外に置いてあるものと、先ほど提示していただいたものの合計で、この程度になります。」
「ひゃ、こんなにですか!?」
ㅤ金額の数値を見て、シキがとても驚いた様子を見せる。正直、今まで妹を探すことに必死だった焔斗、そして、ずっと魔界にいた紫紅は、この世界の金銭感覚はそこまで分からない。焔斗に関しては魔物を狩る、売る、店で食べるというのは何回かしたが、他は狩る、調理、食べるのサバイバルだったので、そこまで詳しくない。袋いっぱいに詰められたお金を渡される。確かに、今まで売っていた場所で受け取った量より、比べ物にならないほど多い。米粒一個と茶碗一杯のご飯くらいには。ちなみにこの世界の通貨は『シント』という。今受けとったのは二十万シントだ。これを元の日本の円にそのまま変換するとなれば、相当な金額だとは思う。
「ところで、冒険者になる気は……」
「「ない。」」
「ですよね〜。」
ㅤ焔斗達は別に冒険したい訳でもない。それに、冒険すればするだけ関わりが増える。天界のことも考えるなら、あまり広い範囲で関わりは増やしたくない。それだけ被害が広がる。強力な助っ人を見つけることも出来るかもしれないが、地理もよく分からない歴史もよく分からない焔斗達には不向きだ。もし何かやるなら、闇華達が動いているはずだ。
「ん〜、やっぱ厳しそうですか。では、討伐ありがとうございました。正直、そんなに近くにここまでの魔物が来ているとは思いませんでした。あなたがたが討伐していなければ、どんな被害が出たか想像したくありません。」
ㅤどうにか強い二人を冒険者にしようと、あの手この手で勧誘をしてきたが、全て断ったのだ。今は良くても、自分たちと関わったせいで被害にあった、なんて思いたくない。
(まあ、ここはもう関わったことになるんだろうけどな。ったく、どれだけ自己中なんだよ天界。)
ㅤどうなるか分かったものじゃないが、できるだけ守りたい、とは思った。それはそうと、
「シキさん、はいこれ。」
「へ?」
ㅤ焔斗は受け取った金額の半額を袋に分け、シキに差し出す。
「?シキさんの取り分だよ。」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!おかしいですって!倒したのはお二方ですし、こんな、頂けません!」
「でもお金には困ってるんだよね?」
「うぐっ、でも、これはさすがに……」
ㅤ何となく予想はしていたが、やはり受け取りを拒絶される。しかし、熊の魔物を倒せたのも、あの場にシキが居たからで、傷なく運ぶことが出来たのも彼女がいたからだ。冒険者ギルドも紹介してくれたし、このお礼として受け取って欲しい。
「うう、わ、分かりました、そういうことにしておきます、ありがとうございます!!!このご恩は一生忘れません!!!」
ㅤその辺りを説明すると、何とか受けとってはくれた。押しつけのようになってしまったが、お金はあって困るものでは無い。紫紅とも相談した上での事なので問題は無い。はずだ。
「えっと、劇までまだ時間があるんですけど、このあと何か予定ありますか?」
「ん?いや別n」
「お兄ちゃんクッキー」
「クッキー食いに行く。」
ㅤ何も無いと言おうとしたところで、紫紅に速攻ツッコまれた。すっかり忘れていたなんて言えない。比喩でもなんでもなく雷が落ちる。
「ん?そのクッキー屋さんってもしかして、《Dream Canola flower》ですか?」
「ん、そうだよ。よく分かったな。」
ㅤクッキーという単語だけで、店の名前まで当てられた。何故だろうと思っていると、彼女の口から答えが出た。
「あ、やっぱりですか!あそこ人気ありますし、私も何度か行ったんですよ〜!あそこはオススメです!あと何故か私覚えられてます!」
ㅤその付近で人形劇をしたことがあるのならそれだろうな、と思いつつ、焔斗はやはりあの店はハズレではなかった、と安堵していた。
「あ、そうだ!助けていただいたお礼に是非そこのクッキーを奢らせてください!お値段も手頃なのでご遠慮なくというかそのくらいさせてください!」
ㅤこのまま助けられっぱなし貰いっぱなしがよほど嫌なのか、すごい圧だった。これまた気持ちはわかるので断れない。場所もはっきりとは覚えていないので、案内があるのは助かる。
「わかった、じゃあ一緒に行こう。」
「クッキー♪」
ㅤ上機嫌な紫紅を連れて、街を歩く。商業街と言うだけあって、辺りは多種多様な店があり、行商人も沢山歩いている。もし何かを買う時はしっかりと見極めた方が良さそうだ。ここにレストラン的な店を構えられたなら、それはなかなかの売上が見込めるだろう。競走は多そうだが。
ㅤしばらく歩くと、焔斗が見たことあるような風景がちらほらと見え始めた。どうやら、前回とは別方向から街に入ったらしく、ここまで見覚えのあるような所はなかったのだ。そして、見覚えのある物が見えてきたということはつまり、
「あ、見えましたね!あそこです〜!」
ㅤ《Dream Canola flower》。その看板が見える大人気なクッキー屋さんが目に入った。横で紫紅が、「どりーむきゃのーらふらわー?夢の菜の花?お花屋さんみたい。」とつぶやく。そうだ、キャノーラは菜の花だ。まさか、妹に英単語の意味を教えられることになるとは思ってもみなかった。焔斗は英語が苦手なのだ。
「前見た時より、客が少ない気がするな。」
「そうなんですか?ならそれは多分、時間帯ですね!」
ㅤ基本的にどの店もそうだが、比較的客が来る時間と、そうでも無い時間がある。焔斗が前見かけた時の大体の時間を教えると、その時は本当にここは客が多くなる時間で、今は割と落ち着いている、つまり急ぎでないのなら狙い時らしい。
「ということで行きましょう!」
ㅤそう言って、店に入るシキ。それに焔斗達は続く。
「いらっしゃいませ〜。三名様ですか?こちらのお席へどうぞ〜♪、ん?」
ㅤネームプレートに夢菜(ゆな)、と書いた店員さんが案内に来る。席を指示した後、チラ、と紫紅を見た時に一瞬フリーズして、彼女を見つめる。なんとなく、恥ずかしかった紫紅は、焔斗の背中に隠れて顔を半分だけ出して夢菜を見る。そこでハッとなった夢菜は、違和感なく接客を再開する。だが心の中は、
(え、待ってこの子可愛い!紫の髪のおさげで、お兄ちゃん、かな?と来てて。あ、じっと見てたら恥ずかしいのかお兄ちゃんの後ろに隠れちゃった!でも影からチラチラ覗いてきてる!可愛い!)
ㅤもちろん、シキのことも認識しているが、頭の中は”この兄妹見てたら絶対癒される、特に妹の方!”という思考になっている。しかし今は仕事中、抑えなくてはならない。
「どれにしようかな〜。」
「あんまり食いすぎんなよ」
「分かってるよ!」
ㅤ一通り説明をした後、店員さんは一度下がる。クッキー屋だし、てっきりカウンターで持ち帰り限定かと思っていたが、店内でも食べられるらしい。しかも、
「やっす。」
「そうなんですよ、ここ、安いんですよ〜。そして美味しいんですよ〜!」
ㅤクッキー屋とはいえ、ここまでしっかりしてればさぞかし高いのだろう、とメニューの値段を見ていたが、一品10-50シントとかそのレベル。物価が違う可能性を考慮せず、思わず元の世界の感覚で呟いたが、どうやらシキの反応を見るに、こちらでも安いらしい。メニューの内容に関しては至ってシンプル。素朴な感じだが、きっと美味しいのだろう。
「にしても落ち着くな、ここ。」
ㅤ店内は黄色とオレンジ基調で、差し色に茶色が使われている。今は客が少ないからなのか、普段からなのか。静かな雰囲気でとても過ごしやすい。各テーブルには菜の花が飾っており、実家のような安心感、というのだろうか。何せそんな感じである。
「うん、決めた。やっぱり普通のにする。色々ちょっとしたアレンジはあるけど。最初はノーマルでいく!」
ㅤどうやら紫紅は決まったらしく、シキも「初心に戻って〜」とか言いながら普通のクッキーにした。つまり全員普通、ノーマルである。
「かしこまりました、少々お待ちください。」
ㅤチラチラと紫紅を見ながら、注文を受けた店員さんがまた戻る。少しして、お皿に可愛く盛られたクッキーが運ばれてくる。
「わあ……美味しそう!」
ㅤ紫紅が目を輝かせる。それを見た店員さんは一瞬うっとりとした表情になり、直ぐに営業スマイルに戻った。理由は分からないが、接客も大変だなと思った。
「いただきます!……美味し〜!適度な甘さえ美味しくて、疲れが癒されすぎて生き返るどころか死ぬ!」
「いや生きろよ。」
「くすっ、あ、すみません。見てて微笑ましくて。」
ㅤ紫紅と焔斗のやり取りに、シキがそう感想を言う。ちなみに、クッキーは本当に美味しい。サクっ、となりながら、ホロホロと口の中で崩れ、すっと溶けていく。甘すぎない爽やかな甘味が口の中に広がり、日々の疲れを癒してゆく。一緒に出された紅茶にもマッチしていて最高なのだ。
「二人とも、美味しそうに食べますね。」
「だって美味しいもん!」
「俺、そんなに顔に出てるのか?」
ㅤ焔斗はそんな自覚なかったので不思議だったが、思っているより顔に出ているらしい。そう考えるとなんだか少し恥ずかしくなってきた。
「コホン、それはそうと。これからどうするかな。」
「ん〜。どうしよう。」
ㅤお金は手に入ったとはいえ、こんなものはすぐに尽きる。宿に泊まってもいいが、どれだけもつか分からない。今回のように魔物を狩っても良いが、そう都合よく高額な魔物ばかりとも限らない。なら、なにか決まった仕事につくのがいいだろう。しかし、焔斗も紫紅も元は学生。高卒で就職を考えていた焔斗ならまだしも、紫紅はイメージも湧かないだろう。
「シキさん、何かいい仕事ないかな?あー、冒険者以外で。」
ㅤきっと言われるであろう選択肢は先に潰しておく。それを聞いたシキは、考える素振りを見せて難しい顔をする。
「うーん、中々厳しいと思いますよ。お二人の実力なら力仕事が向いてそうですが、なんだか人の関わりを避けてますよね?となると……」
ㅤやっぱり避けてるのはバレてるか、と思いながらどうしたものかと考える。すると、いつの間にかテーブルの横に先程の店員さん、夢菜さんが立っていた。
「ん?あ、長居しすぎましたかね……?」
ㅤ食事後の雑談が長すぎて退店して欲しいのかと思い、そう聞いたのだが、店員さんは何故かプルプル震えると、急にテーブルをバンッ!と叩いてこう言った。
「あ、あの!仕事を探してるならうちで働きませんか!!!!!」
ㅤその声を聞いた後、厨房の方からガッシャーン、と調理器具を落としたであろう音が聞こえた。
今回はここまでです!いかがでしたか?
思いのほか少し長くなっちゃいました
今回登場したif民モチーフは、
シキさん(シキ)(初登場)
夢さん(ユメ)
ゆきさん(ユキ)
夢菜さん(夢菜(ゆな))
でした!ありがとうございました!
次回、再会編最終話、『動き出す魔女と天界』
お楽しみに!