【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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守: 辺境を征む


 

 

 

……

竜の呪いはこうして始まる。

二度と終わらず、二度と終われない。

凄惨で、曖昧で、血濡られた軛。

愛という、歪んだ呪い。

 

それは誰も語らず、誰も話さぬ伝記。

誰もが知ることを拒み、知らずを望む陰惨。

教訓話としても三流として眉を顰める、そんな昔話。

 

それは、薄汚い洞穴から始まる。

始まるべきでなかった、騎士と竜の話。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

その生き物は小汚い洞穴で蹲っていた。身体に付いた生傷は、その不死性に依り、次々と治っていく。ぐずぐずと傷が再生していくその横で、糞尿と血の匂いを撒き散らす死体が三つ、ある。

 

場にそぐいもしない、強大で巨大な身体を持つそれは、白金の体躯を持つ竜。死体は、生前は竜殺しを嘯く勇者であった。

決死の思いで貫いた喉笛の傷が、静かに治っていく様子を見てどのような感情を見せたか。肉が削ぎ取れたその表情からはもはや何も読み取ることが出来ない。

 

この生き物はその程度の傷では、死ぬ事などしない。

それは古来に忘れ去られた常識であった。

 

そうして横たえているうちに、身体の傷は全て治りきる。鱗に付いた擦り傷すらも蛇の脱皮のように表皮が剥ぎ取れ、宝石じみた輝きを放つまでに至っている。

 

だが、その竜は立ち上がらない。ただ空を眺める。

 

 

(また、なの)

 

 

彼。否、この竜の彼女にとって、殺しに来たというこの者たちも、正味どうでもよかった。ただ、うるさいから静かにしてもらいたかった。どうせ変わらないのだから。

 

彼女は、そうだ。ただ、死にたかった。

死にたいのにその身体が死ぬことを許さない。竜殺しの名誉を被りに来た勇者たちも、誰一人として彼女を殺す事は出来なかった。

 

竜の少女は、もう、疲れていた。

己を傷付けた者を殺戮する事も。力無き者を虐殺する事も。弱き力の牙となる事も。魔性を支配し何かを手にする事も。もう何も、する気も無い。何もやる事は出来ない。何をしても徒労に無駄に終わるのだから。

 

 

だからもう良い。

ただ、このまま朽ち果てるまで此処に居る。

朽ち果てることも叶わないなら、永劫此処に居るだけだ。

 

 

(……)

 

 

そう、思っていた。

目を閉じ、ただ死なぬだけの生を貪る少女。

彼女の巨大な耳に、また騒がしい音が聞こえてくる。

 

ざく、びちゃ、と白骨と鮮血を踏むしだく音。重量の感じる足音。甲冑を着込んだ騎士の音だ。その重さからは信じられないほど、静かな歩方。よほど、力を持つ人物なのだろう。

 

だが関係ない。何も警戒をしないまま目を閉じる。

どれだけの手練だろうと、己を殺してはくれない。そして万が一、この惰眠の中、それが自分を殺してくれるのならばそれで全ていいのだから。

 

 

「貴様か」

 

 

全身に、金属鎧を着込んだ男が低い声でそう囁く。

竜はそれに、目を少しだけ開き姿を見る。

見ざるを得なかった。その異質な感覚が目を開かせた。

 

 

頭まで着込んだその鎧は、元は眩いほどの銀だったのだろう。だが今や血錆に塗れ、薄汚い様相を醸し出している。

恐らくはあったのだろう華美な装飾も全て剥がれ落ち、もしくは錆の下に埋没している。腰には一振りの短剣。

背中には、巨大な何かを背負っている。

 

 

(だれ)

 

一言、聞いた。それは好奇心。その人物から、背中に背負うものから、ぞくりと寒気を感じる凶々しさを思った。

後に思えば、それは運命を感じたのだと。そう語るかもしれない。

 

 

ただ男はその問いには答えず、自らの背に手を掛ける。

そして、その『何か』を引き抜く。

竜はそこで初めて、それが剣だと云う事に気が付いた。

 

剣と形容するには、相応しくないもの。ただ、騎士らしきその男がそのように背負い、振るおうとしていた為に、初めて剣として認識が出来る。そんな物だった。

そのようなほどに奇怪で、滑稽で、がらくたのような鉄塊。柄の先に、二本の鉄が屹立している、音叉じみた剣だった。

 

子供のごっこ遊びですら剣に見立てないようなそれをしかし、男は両手で握り、構える。そして空に向かって二度、振った。

 

 

「動くなよ」

 

 

ぼう、と空を穢したような青色。黒に縁取られたような、青い炎が目に焼き付く。魂にぞくりと感光するような、炎というそのものを陵辱するような、気色の悪い色だった。

 

音叉じみたそれから放たれた焔であると気が付いたのは、その嫌悪の後だった。

 

 

じゅう。

 

 

(……ッ!ぎあ…っ!)

 

竜の身体に激痛が走る。左腕が切り裂かれ、落ちた。竜鱗をこうも正面から叩き切られる経験など、少女には初めての経験だった。

 

 

そして『これ』も、また。

 

いつものように、治らない。

切られた傷から、新たな身体が生えない。

傷から血が止まらない。焼き爛れた様に、部分が死を訴える。二度とその部分が生を全うすることは無いのだと。

 

 

その光景に、竜は初めて、その眼に感情を浮かべた。

怒りでも、悲しみでも、恐怖でもない。

昏い歓喜の光を。

 

 

 

(まさか)

 

「そうだ」

 

 

どくどくと血を流す竜を尻目に、騎士は剣をまた背に仕舞う。一口呑めば不死を得ると言われる竜の血を踏みしだきながら、竜に近づく。そして語りかける。悲願の瞬間と言わんばかりに。

 

 

「俺なら、貴様を殺せる。例え竜であろうとも」

 

 

ああ、それは竜には待ちかねた言葉だった。

だが、その言葉には続きがある。

 

 

「だが、今は殺さない。殺してやらない。

お前はまだ生きていなければならない」

 

 

ず、と騎士は左の小手を外した。

そして腰に付いた剣で、薬指を切り落とす。

その苦痛にしかし男は、声すら上げない。

 

 

「俺には貴様の翼が必要だ」

 

 

無抵抗な竜に、無理矢理その腕を口に入れていく。

ごぐりと、切断された指を竜が嚥下した。

 

そして、騎士はまた切り落とした竜の腕に向かい、その巨大な薬指を斬り落とす。がしり、と兜の下半分が分離する音。

男は、剣にこびりついた肉片を、べろりと嚥下した。

 

そうした後。騎士は背中の剣を鞘ごと引き抜き、献上する様に両腕で平を持つ。膝を突き、こうべを垂れた。

 

 

「……竜よ。これは、契約だ。俺の復讐に力を貸せ。

それが叶った暁に、俺が貴様を殺してやる」

 

 

成る程。これは、古来にとうに忘れ去られた契約。

その契約の手順を、全てこなしてはいよう。だが騎士は知っていようか。古来より竜と騎士の契約には、両の同意が必要である事を。

 

ああ、それはあまりにもやくざな契約。阿漕で、契約にすら成り立っていないような、死神の口約束。暴力と殺害を笠に着た、強姦魔じみた、卑劣な極悪漢の契約だった。それを肯定する竜など、居ないだろう。

 

 

(……わかった。契約を、結ぼう)

 

だからこそ竜は、それを首肯した。故にこそ、この男を受け入れた。

このような、異常な男ならばきっと、己を殺してくれると思った。

否、このような男でなければ、殺せないのだろうと。

 

 

「…契約は成立だな。さあ、外に出るぞ。

お前の空は、このように狭い空ではない」

 

 

騎士が、膝をついたままに竜の手を取る。

もう片方の、唯一残った腕を。

 

 

(………わかった)

 

 

瞬間、竜の身体が光に包まれる。

 

 

 

「…ほう」

 

 

…光が晴れたその先には、竜の巨躯は何処にもなく、代わりに目の前にあるものは見窄らしい人の子の姿。

ぼろ切れのようなローブを身に纏い、くすんだ眼を地に向ける姿は竜の片鱗など少しも無い、路地裏で幾らでも見れる様な、世に絶望した、弱々しい姿だった。

 

 

 

「子であっても、魔術は使えるのだな」

 

 

「…母さんが教えてくれた」

 

 

「ふむ。何百年前の話だ」

 

 

「覚えていない」

 

 

 

竜が変幻した少女が力無く答える。

声に抑揚は無い。生気も何も、ありはしない。

そして彼女の左腕もまた、切り落とされたままに無い。

 

 

 

「竜よ。貴様の名前はなんという」

 

 

「無い。あったにしても、わすれた」

 

 

「そうか。名無しは不便だな。

ならば、仮名として貴様をクシーと呼ぶ」

 

 

「クシー」

 

 

「気に食わなければ言え」

 

 

「良い。なんでも」

 

 

「そうか」

 

 

騎士が、手を差し出す。

竜の少女がその手を力無く握る。

 

そうして二人は歩き出す。

血錆の騎士と、片輪の竜。

歩速を合わせずに歩き続ける。

その捩れて歪み切った様子は、彼らの旅の末路を予言するようだった。

 

 

 

 

 

 




 
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