【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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薄汚れた陽溜まりのその中で

 

 

 

 

 

「イド?」

 

 

路地の裏で、一人声を出す少女。

元々はそれなりのものであっただろう服はすっかりとくたびれてぼろぼろになっており、見窄らしい様相となっている。

左手に包帯を巻き、首からぶら下げている。

折れた骨の処置のようでいて、それではない。

 

 

 

「クシー、ここだ。

済まないな。一応身を潜めていたのだ」

 

 

影から、ずるりと気配が現れる。それは今まで隠れていたとは思えない程の、濃い獣臭。重い気配。

それに対して、少女はただ歓喜を以て振り向く。

 

 

「よかった。すぐ知らない間に何処か行っちゃうんだもの」

 

 

「仕方がないだろう、場合が場合だ。

それに、俺を探すお前の姿は面白いぞ」

 

 

「…イド、性格悪い」

 

 

 

顔に浮かぶ感情を無表情に戻しながら、少女が首にかかる包帯を片手で外す。すると、左腕は根本からごとりと取れて、ちりちりと少女自身に吸収されていった。

そうしてから、改めて言う。

 

 

 

「これ、しておいて正解みたい。片手が無い少女とぼろぼろの鎧の男で探されてるみたいだから、こうやって偽物の手を作ってぶら下げておけば、それだけでバレない」

 

 

それは、自らの鱗から作った腕の形をしたなまくら。義手とも言いにくいようなそれを、付けたふりをしていた。

 

身体の改造に伴う、鱗を使った作成術。それは繊細な形はまだ到底出来そうに無く、ただ大雑把な形を作るだけに留まるが、しかしそれでも十分な用途が有る。

 

 

 

「そうか、ありがたいな。

…俺はどちらにせよ外には出れないが」

 

 

「…その鎧を脱いでいけばいいんじゃない?」

 

 

「前も言ったが…脱げない理由があるのだ。俺だって好き好んでこんなものを着てる訳では無い」

 

 

「シュミとかじゃないんだ」

 

 

「馬鹿を言うな」

 

 

拳骨がクシーの脳天を襲う。こつりと優しく当たる程度の物。叩かれた場所を大袈裟に大仰に、片方しかない腕で摩る。顔はまだ無表情だったが、口元が微かに緩んでいる。

 

 

ぴくり、と騎士が…イドが、右後ろ斜めを振り向く。それに吊られて少女もそちらを向いた。伴い、今いる場所の光景がまた改めてちゃんと写り、目を細める。

 

雑多な人々と、垢と汗の流され無い饐えた臭い。所々からする騒がしい声と腐臭がその場所の治安を物語っているようだった。

壁の麓。日の当たらない菌の温床のような路地の裏。そこには汚らしく、そして活動的な、穢れた人の営みがある。

人の巣、とでも言えるような。そんな場所だった。

 

蝙蝠が昼であるのに関わらず、飛び去って行った。

 

 

 

「…どうかしたの?」

 

 

「…いや、気のせいだ。

神経が過敏になってるらしい」

 

 

 

…あの後。都市から離れる訳にも行かないが、しかし、追手や追求からは逃げねばならなかった。

そうした時に、彼が真っ先に逃げ込んだ場所が、この路地の裏の番地。光の横に影があるように、明るきこの街の負の部分。イドはそう言いながらしかし、そこを懐かしむような目で見ていた。

 

 

ここでは全てが全てに見て見ぬフリをする。

それは残酷でもあり、何よりも寛容だ。

 

騎士が実感の篭った様相で言った瞬間を、クシーはきっと二度と忘れないだろうと思った。

 

 

「そう。…それなら、早く帰ろうよ」

 

「そうだな。此処に居ても何もならん」

 

 

おんぼろの木の扉が軋みながら開く。

風と陽が漏れ込むその小屋は、お世辞にも綺麗であるなどとは言えない場所。虱のむした壁細工の横で窓が音を立てる。

 

路地の外れ。ほんの少しだけ、日の当たる場所。騎士が過ごしていた場が残っていたという事は、嬉しい誤算だった。建築物こそ壊れていたが、場所だけは残っていたのだ。

そこに手を加え、少しでもまともにした事が、四日程前の事。竜が、また竜として動けるようになった日から幾日が過ぎていた。

 

 

 

「もうそろそろ、かな」

 

「ああ。もう、行けるだろう。

…いよいよ王都の中だ」

 

 

 

びり、と空気が緊張感を孕む。

それで言わんとしている事が分からないほど少女は愚かでは無い。この先に臨めば、もはや戻れない事。ただ戻る時は彼の復讐が完遂するか、はたまた全てが失敗に終わった時。

恐らくイドは、最後に彼女にここに留まる選択肢を与えたつもりであった。だが少女はそれに気付きはしなかったし、気付いた所で何の意味があったろう。

 

 

 

「なあ、クシー。クシーよ」

 

 

自らの向かいに座る少女に騎士はそっと呼びかける。過剰に反応をし、びくりと身を震わせた。その様子にすっかりと心配をしたように、またイドが囁く。

 

 

「ここ数日、すっかりと笑わなくなってしまったな。気負うな、とは言わないが…あまり無理はするなよ」

 

 

「え?えっと…」

 

 

その心配の声に、どうとも言えない表情と生返事を返すクシー。イドが訝しげに首を傾げる。

少女が渋い顔付きで首を掻く。

それは彼女がするのは初めての貌。

気まずい、と云うような様相だ。

 

 

「ごめんなさい、違うの。

体調や精神状態は凄くいい、と思う。んだけど…

笑わないようにしてる理由があって」

 

 

「笑わないようにしている?」

 

 

鸚鵡返しに聞き直すと、クシーは暫く目を瞑り、考え込んでからまた口を開いた。どのように答えればもっとも、伝わるかを。

 

 

 

「…イドのこれは、復讐の旅。何かはまだ聞いていないけど。それでも何かを赦せなくて、貴方は殺戮を続けてる」

 

 

「ああ」

 

 

「それを咎めるとかじゃない。それを止めるでも無いし、理由も無い。私はただ協力するだけ。それがそもそもの契約の内容だったんだから」

 

 

「そうだったな」

 

 

 

「でも、だから、その。イドはそうなんだから。あまり、私ばかり浮かれてばかりなのもよくないかもって、思って…」

 

 

 

尻すぼみに言葉が消えて行く。

何とはなしに俯いていった竜を、騎士がじっと眺めた。そして鎧の上から額を押さえ、くつくつと笑い始めた。

 

 

「く、くく…なんだそれは。

全く、心配して損をしたじゃないか」

 

 

「でも。イドが一人、憎み続けてるのに、横で一人貴方に浮かれているだけだと、貴方に失望されるんじゃないかって」

 

 

「存外、くだらない事を気にするんだな」

 

 

そう言われると、かちりと苛ついた顔をした。

くだはないという部分に酷く食い付いて。

 

 

「くだらなくなんか無いっ!

…私にとっては、それが全てなの」

 

 

「む、すまん。そう云う意味ではない。俺が言ったくだらない、というのは、それは杞憂だという意味だ」

 

 

「きゆー…」

 

 

「ああ。その程度で、俺がお前を嫌う訳がないだろう?」

 

 

 

今しがた浮かべた忿懣はどこへやら。

その言葉を聞いて、少女の頬に、慣れない笑顔がじわじわと浮かんでくる。頬が動くに慣れていない、ぎこちない。

だからこそ分かる、本心からのにやつき。

 

そのにやける口を、必死になって小さな手で隠そうとする。

 

 

 

「隠さなくともいいだろう。

今、笑ってもいいと言ったのだし」

 

 

「え、ひひ。うん、いや、なんだか。

さっき言ったことも嘘ではないんだけど。

全部私の本心なんだけど、あれが全部じゃなくて」

 

 

 

にやけを腕で必死に庇うように隠しながら、あたあたと言葉を紡いでいく。その姿は、とてもとても、残虐な竜には見えない、ただ可憐なものだ。

 

 

「その、今となって、なんだけど。

笑ってる姿を見られるのがちょっと…

ううん、凄く恥ずかしくて…」

 

 

「ハハハっ、今更すぎやしないか。

散々に、褒めてだの、膝に座るなどをして」

 

 

「あの時は、その…嬉しくて、楽しくて!

高揚感で頭がどうにかしていたの。

だから出来れば忘れて欲しくて」

 

 

「言った内容が嘘というわけではないのだろう?」

 

 

「…それは、そうだけど」

 

 

「なら良いでは無いか。

それに俺は、あれくらい素直な方が好きだぞ」

 

 

「!……それなら。うん、頑張る」

 

 

 

 

そう言うと顔を赤く染めながら、クシーは立ち上がり。座り込む騎士の懐に、そっと入り込む。刺客を皆殺しにし終えた後の時のように。毛皮を被るように、食虫植物に消化されるように。

 

返歌をするように、そうした少女に籠手を外して、そっと身体を撫でる。よしよしと、少し手が震えながら。

 

 

 

「手慣れてきたね」

 

 

「ああ、段々とな。

まだ、上手い力加減は分からんが」

 

 

「それでも最初に比べれば、かなりマシ」

 

 

「なら、よかった」

 

 

 

 

しばらくの間、綻び、穢れた陽だまりの中。

ただ二人はゆったりとその日差しを浴びていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「奴ら…あの、同じ顔をした刺客どもも来ないという事は、完璧に俺を見失ったと思っても良さそうだ」

 

 

 

夕暮れになり始めた時。すっかりと二人は、先程までの柔らかな雰囲気を消しながら裏通りを歩いていく。舗装を忘れられた道は非常に足取りが悪く、小石が足に当たる。

 

 

 

「…そういえば、あの敵たちって何だったの?」

 

 

「俺の…そうだな。大事な人だった。正確には、あそこまで幼くは無かったが…不思議と、すぐに『彼女』であったことがわかったよ」

 

 

ぴくり、と。目が動く。

大事な人、という所に、少しだけ瞳孔が細まる。

 

 

 

「…ふうん」

 

 

「恐らくは、それの『複製』だ。彼女の身体を用いて、肉片を埋め込み、無理矢理に成長させる。恐らくは、トレントかフェアリーの体液辺りから作られた成長薬でな」

 

 

クシーはそれに興味が無いように目を横に逸らしながら、地面を軽く蹴飛ばした。小石が跳ねて、壁に当たった。

 

 

「悪趣味だね」

 

 

「ああ。戦力という点では、そこまで大したものではない。それでも俺を覚えさせ、追跡させ、襲わせたのはただ嫌がらせの為だろう。忌々しい、最悪の気分だよ」

 

 

 

語り、歯軋りの音と握りしめる鉄が締め付けられる音と共に、ある場所に歩いて行く。二人はただ、散歩をしていたわけではない。

 

そうして、話しながら。

その場所に辿り着いた。

イドが、行きたいと言った場所。

 

 

 

「ここが?」

 

 

「……ああ。

ここが、餓鬼だった俺が『拾われた』場所。

あいつに…ニコに、命を拾われた場所だ」

 

 

 

ニコ。

予想をしなかった名称に、彼の顔を覗き込む。

だがイドには感情の変化を感じられなかった。

 

否。一つだけ、感情の唸りがあった。

契約から伝わってくる感情。

たった一つだけ残る、激流。

 

それを感じて、クシーはまた笑う。

晴れやかな、爽やかな程の笑み。

 

 

 

「…ふふ。来た意味はあった?」

 

 

「ああ。来た意味は有ったよ。

懐かしむ想いはある。

奴に対する愛着だとか、この街への愛着。

壊したくない、殺したくない。

そういう、俺の中の気持ちを認識できた」

 

 

 

「……ああ、来た意味は有った。

俺の心を確認できた。

何もかもを壊してやる。全てを絶望に叩き落としてやる。愛着だの、なんだの、そんなものを、燃やして焚べてしまって構うものか。全部、皆殺しにしない限り、この想いは消えん」

 

 

純粋な怒り。

単純な怨み。

そして、愛着。

それが在るからこそ、壊してしまいたい。

 

兜を被っていた為、彼の表情は分からない。

でも、きっと。それは人のものとは思えない姿形になっているんじゃないだろうか。あの端正な顔が、野蛮な巨人よりも、ひどい顔になっているんだろうな。

そんな風に、クシーは思った。

 

久しぶりに、彼の根源に触れた気がした。

その狂気に、ただクシーはぞくぞくと悦びを得た。

 

 

 

「…ふ。ふふふ、ふふ。

そう、そうなんだ。やっぱり。そっかあ」

 

 

「なあ、一つだけやりたい事があるんだ」

 

 

「?なに」

 

 

 

「あの壁を壊す。力を貸してくれ」

 

 

「うん!わかった」

 

 

理由も問わず、瞬分の迷いも無く。

クシーはただ翼を展開した。

 

理由など必要無い。

彼がただ、求めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

…ある町の一角が、潰れて消えた。崩れず、壊れず。威容を誇る、白亜の壁が壊れて、巨大な瓦礫が、裏路地毎全てを押し潰した。

 

未曾有の大災害。

夕暮れ空に、翼の生えた人間が居たという証言が有った。だがそれは、ただ狂った人間として鼻にもかけられなかった。

 

 

 

その横で、当たり前のように関門は動く。

足止めされる人を作ってはならぬと。

事故なんぞに、構っては居られない。

責務を果たし、客を通すのだと。

 

今日も、荘厳な門が開いては、閉まる。

 

その中に不穏な分子がある事に気付かず。その中に、邪悪な竜と狂った騎士が居る事にも気付かず。

壁を壊し、殺害を起こした者どもの存在に気付かず。

 

 

 

「ひとつ、夢が叶ったよ」

 

 

「夢?」

 

 

「ああ。俺の故郷に、俺の生まれ育ったあの汚い場所。生まれながらにして太陽が当たる事はあり得ないあの場所に。

俺はずっと、陽の光を当ててやりたかったんだ」

 

 

「その為に、街そのものを壊しても?」

 

 

「ああ。俺なりの、最後の故郷への貢献という奴だ。…お前が居なければ出来なかった事だ。ありがとう、クシー」

 

 

「うん、どういたしまして。

イドが喜んでくれるなら、それだけでいい」

 

 

 

最後の陽だまりは、消え失せた。

彼ら自身が壊し、崩した。

 

彼らは知らない。先の陽だまりこそが、彼らにとっての最後の平穏であった事を。

 

彼らは知らない。夕暮れ空に、彼らの後ろに蝙蝠が飛んでいた事。

彼らは知らない。あの瞬間こそが、唯一彼らを温めるものだったこと。

 

 

 

門が開く。

番が、彼らに通るように促した。

 

そっと、ゆっくりと。

少女は足を一歩踏み入れて。

 

ばっと、ずかずかと。

踏みしだくように騎士は足を踏み入れた。

 

 

 

 

白い空気。白き空間。

ああ、此処こそが王都。

 

イドが少しだけ、後ろを振り向く。

そうして優しく、口を開いた。

 

 

 

「さあ。特大の死を築こう。

俺と、お前で」

 

 

「うん。あなたの剣になるよ。

貴方の為に、私を使って」

 

 

 

 

 

優しい、優しい声が互いの耳を愛撫し。

 

 

荘厳な扉が、轟音と共に閉じた。

 

 

 

 

 

 





守:辺境を征む



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