【完結】血錆の騎士とはじめて愛された竜   作:澱粉麺

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ただ君を愛する

 

 

 

 

薄らいだ意識の中、それは真の光景だったか解らない。三人もの武装した兵士の姿。立ち姿、振る舞い、装備のどれもが一級のそれ。

 

白い死神はまずその一人の首を不意から刈る。

次に、反応をした片方の膝を石突きで砕く。倒れ込む頭部を蹴り上げながら、手に持つ槍が無傷の兵の首を貫く。

 

あっという間に、死体が三つ。

それを前に、つまらなそうに、ため息を吐いた。

 

 

そうだ。

あの時も、そうだった。

騎士が、イドが、全てを失った日。

 

この軽薄な男は草刈りでもするように、今のように。味方を殺し、そうしてからまた、ため息を吐いたのだ。

つまらなそうに。期待はずれと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「失敗か。まさか、そうなるとはなあ。

正直ちょっと予想外だったぜ、イド」

 

「敢えて…ってこともないだろうしな。

さて、そろそろ立ち上がれる頃か?」

 

 

 

最低の悪夢からの目覚めは、最悪の声から齎された。

 

目を覚まし、まず入ってくるものは無骨な部屋の景色。兵士の詰所か何かだろうか。新鮮な血の匂いが、この部屋が略奪品だということを否応なしに理解させる。匂いは目の前の男から最も匂ってきた。

故にそういう類の質問はせず。

 

 

「どれくらい経った」

 

 

ただ、それだけを聴いた。自分が無様にも奪還に失敗し、傷を負い、意識を失ってからどれだけ時間が経ったか。

目醒めるまでどれ程かかってしまったのか。

 

 

「まだ1日も経ってない。

セーレちゃんが引いてたぜ、『あんたら、何なんだ』って」

 

 

「…ニコと一緒にするな、と伝えておけ」

 

 

「自分で伝えろよそれくらい!」

 

 

雑魚寝をしていた横に、音叉のような大剣と、変哲もない短剣。そしてぼろぼろに壊れかけた鎧だけが置いてある。

その視線に気付いて、ニコが口を開く。

 

 

「兜は…あれは、もう無理だった。

ああまで真っ二つになりゃ、修復も出来ない」

 

 

「そうか」

 

 

「鎧もギリギリってとこだぞ。殆どただのクズ鉄だけど、無理矢理修繕すりゃ着れないことは無いってくらいだ」

 

 

「それで良い」

 

 

言うや否や、立ち上がり鎧を着込む。動く度にぱりぱりと鉄が剥げ落ちていく様は、おんぼろと言うにも悲惨な有様。

兜の代わりに布を巻こうとして、手が止まる。

あれも置いてきてしまったのだった。

 

 

「別に、そんな躍起に顔隠そうとしなくてもいいと思うぜ。なんなら、愛しい人のカッコいい顔が見れたらクシーちゃんも嬉しいんじゃなーい?」

 

 

「…死ね」

 

 

「ははっ、照れるなよ」

 

 

 

装備を全て身に付けてから、一度深い呼吸をした。

そうしてから身体の調子を鑑みる。

体調はすこぶる、悪い。

特にあの無理矢理抜け出ようとした時に負ったものがまずかった。骨、肉、筋、全てを満遍なく痛めつけた。

 

だが、それくらいだ。

首にあった深い傷は既に瘡蓋が剥がれる程で、落下の時に折れた腕は痛みこそあれど、妙な方向に曲がらない程度には治っている。

 

 

 

「…セーレは何処に居る?」

 

 

「あー…少しな。女の子には見られたくないものってのがいっぱいあんのさ。ちょっと放っておいてやれ」

 

 

「誤魔化そうとするな」

 

 

「…言わないで欲しいって言われたんだけどな。まあいっか。今ちょっと近くで再生してる最中だ。俺が半殺しにしてきたから」

 

 

それを聞き、反射的に怒りが湧きかける。だが、何故そんなことをしたのか。それを考えるにつれて段々と怒りは引いて来た。理由があるはずだ。『契約』を交わした相手を、わざわざ半死半生にする理由が。

 

そうでもしなければ、止まらない時。

そうでもなければ、正気に戻らない時。

思い当たる節が、一つだけ、ある。

 

 

 

「…まさか。あれから、一度も吸ってないのか』

 

 

「ああ、吸血衝動さ。バンパイアは不死者なだけあって餓死もしない。だから当然、血を飲まなくても死なない。それでも吸わずにはいられない。むしろ死なないにも関わらず。生きる為でもなく、それでも吸いたくて堪らない。そうなってしまう程、奴らにとっての血液は常習性と中毒性がある」

 

 

「…懐かしい受け売りだな」

 

 

「はは、だろ?

…まあ、そういう事だ。最近狂う頻度が酷くなってきてな。その度に『正気に戻して』るんだけど、まあ疲れるよ」

 

 

此処における正気に戻す、とは。再生に時間がかかる程に肉体を損傷させ、狂気を痛みで祓わせるという事。そういう事だろう。その度に、狂い暴れる吸血鬼を傷一つ無く殺すこの男の恐ろしさを、イドは改めて感じ取ったようだった。

 

 

 

「おい、ニコ。それ旦那には言うなって言ったろ」

 

 

「あ゛…セーレちゃん。お帰り」

 

 

「ほんっとクズだねアンタ!

そもそも今バレたみたいな顔したけど、薬指の契約から垂れ流しだかんね」

 

 

嫌悪を剥き出して捲し立てるセーレの様子は、あの世界樹の街で見た彼女の姿、そのものだった。彼女本人であるから当然ではあるのだけれど。

ただ、その服にべたりと付いた彼女自身の血を見て、ただ平然としている真似をしているに過ぎない事が、否応なしに分かった。

 

 

 

「セーレ。…その、世話になったな」

 

 

「……やあ、旦那。…そういう顔をさせたくなかったから、ニコに口止めしてたんだけどね」

 

 

互いが互いに、悲しそうな笑みを浮かべた。

あまり、したくは無かった再会。

それでもその再会は、少しだけ胸が熱くなった。

そうした感傷は、敢えて、すぐに終わらせる。

そうせねば、囚われてしまいそうだから。

 

イドは静かに質問を始めた。

 

 

 

「…クシーの居場所は、わからないか。

なんとか奴の飛び去った先を尾行出来てはいないか?」

 

 

「ごめん。旦那を受け止めるのに精一杯だったし、何よりあたしじゃあのスピードには付いていけなかった」

 

 

「…そうか」

 

 

「ごめんよ。あたしがもう少し早く行けば」

 

 

「…いいや、俺が悪い。

俺があの場で救い出せなかったのが悪い。助けるなんて、すぐに牢から出してやるなんて言っておいて、あのザマだ。背後から囚われ、何も出来なくなってた無様を晒した俺の責任だ…」

 

 

「落ち込んでるとこ、いいか?」

 

 

 

沈痛な顔向きをし、どんよりと雰囲気になっていたそれを全く無視をして能天気な声が響く。

空気を読まない、否、読むことが出来ない、軽薄な男の声。

 

 

「行き先自体はクシーちゃんから教えて貰えるだろ。

『契約』での意思疎通、それの阻害なんて簡単にゃ出来ないだろうし、あの研究所を追い出した今なら使えると思うぜ」

 

「………で、そっちの問題は良いとしてだ。

お前次はどうするつもりだ?

次、あのエィスは更に準備してくるだろうよ。お前を捕まえて、あの子も捕まえて、二人並んで実験体にして。そうするようにするだろうし、このまま突っ込めば、間違いなくそうなる」

 

「自分勝手な反省してる暇があるなら、次をどうするかを考えた方がいいと思うよ、俺は」

 

 

 

 

「…考えてる策は一つ、ある。

それは──────」

 

 

 

イドが、ある作戦を口にする。

瞬間、血錆がぼろりと身体から削げ落ち、床にあたる音まで聞こえてきそうなほどの静寂。部屋の中の音が消え失せた。

 

暫くしてから。

ニコは呆れてからげらげらと笑い出し。

セーレは、顔を青くして、肝の冷え込みを隠そうともしない。

二人のその『作戦』への反応はそのようだった。

 

 

 

「…は?マジ?は、ははは!

すげえ、本当に頭おかしいなお前!最高!

そりゃエィスも予想だにしねえだろうよ!」

 

 

「……旦那、それ、本当に…やる、のかい?

さすがに、冗談じゃ…」

 

 

「冗談なわけがあるか。

やるとも。壊し尽くしてやる」

 

 

 

イドの脳裏に、炎が盛る街の景色が浮かぶ。

無辜の市民が燃えて逃げ惑う景色。

年端も行かぬ子どもが足先から焼けて炭になる姿。

赤ん坊が水膨れの塊になる光景。

 

まだだ。

もっと。もっと戦火を。もっと死を。

のうのうとただ生きる世界に、怨嗟を。

 

 

 

「…あんな程度で、済ますものか」

 

 

もっと死を。

もっと破壊を。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

一頻り笑い終わり。俺は、ちょっと外の空気を吸ってくるとニコが、その場から去っていく。

部屋の中にはセーレと、イドの二人だけが残る。

 

 

 

「……セーレ」

 

 

びくり、と声をかけられて肩を揺らす彼女。少しだけ震えている姿は、どちらが不死の怪物か、わかったものではない。

 

 

「…俺は、お前に作戦の参加を強要はしない。

嫌悪を抱くだろう。それも当然だ。

厭ならば、何処へなりとも行っていいぞ」

 

 

 

優しい声。あくまで、諭すような、気遣うようなその声は、ほんの一瞬前までの狂人とはまるで似つかないように思えるほどで。

その声を聞いて、セーレは震えを止めて、代わりに微笑みを作る。そうしてからゆっくりと静かに話し出した。

 

 

 

「…こんな身体になっちゃった今だから言うんだけどさ。あたし、実は旦那の事が好きだったんだよ」

 

 

「…何」

 

 

「あっはは、変な顔。

…ずっと顔隠した変人で、いっつも血の匂いがしてて、いっぱい人を殺してるんだろうなってわかってた。賞金稼ぎが尋ねてきたのも一度や二度じゃないし、ロクでもない人なんだろうなって、思ってた」

 

「それでも、旦那は、ダンティや街の皆に。

……それに、あたしには優しかった。

あたしにはそれで十分だったんだよ。

あたしに優しい人なんて、旦那が初めてだったから」

 

 

「……俺は」

 

 

「何も言わないで。

…いいんだ。答えが欲しい訳じゃない。

ただ、あたしは、だから手伝うってだけ。

あたしは、なんでも良いからあんたを助けたいんだ」

 

 

「……」

「……そうか。ありがとう、セーレ」

 

 

「いいさ。

それに、クシーも気に入ってんだ。

あの子には、ちゃんと幸せになって欲しいから」

 

 

 

沈黙。

騎士と、竜。この二人が交わした契約の内容が、最後に殺してやることだと分かってしまえば、更にこの吸血鬼の笑顔は曇ってしまうだろうか。だから、何も言わなかった。

 

 

 

「…なあ、旦那。

代わりって訳じゃないけどさ。一つ質問があるんだ」

 

 

静まり帰った空間に、またセーレの声。さっきまでの声とは違い、少し凝り固まった、緊張を多分に含んだ声だった。

 

 

「…あたし、旦那は異常に頑丈なんだと思ってた。

初めてあんたを拾った日、絶対に死ぬって思ってたあの怪我から生き延びた時も、命ってもんが強いのかなって」

 

「でも、違う。今回、ようやく分かった。

あんたのその回復能力は、普通の人間じゃない。

さっき、折れた腕がみるみる戻って、血が氷みたいに瘡蓋になっていってるのを見た。そんなのまるで…」

 

 

「まるで、なんだ?」

 

 

ぐっ、と。言葉に詰まる。

まるで、怪物だと。

どの口で言えたものだろうか。

人を喰らい死なない怪物になったのは自分だろうに。

 

故に、代わりに、一言。

 

 

 

「あんた、一体何者なんだい?」

 

 

 

「…別に、隠す必要も無いし隠していたつもりも無いが。随分と言いそびれてしまった気がするな。折角だ。改めて、自己紹介をしよう」

 

 

「俺は、イド。正式名称はレムレス鎮魂騎士団、混合生命体110番。…不死を殺すことを目的とした騎士団の、一人だった」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

二つ月の下。

屋根の上で薬指に想いを馳せる。

白色の鱗の姿。

銀色の髪色。片腕の少女。

 

契約を交わした、竜の少女に。

 

場所が判る。

何処に居るかは、脳に即座に刻印された。

次に、声を響かせる。

クシーに、声が届くように。

 

 

 

 

『……イド』

 

 

『…クシー。…無事だったか』

 

 

『…う…ん。今は、まだ…』

 

 

 

明らかに衰弱した声。

何をされているのだろう。

どのような事をされているのだろう。

何も聞きはしない。

ただその事実に、血涙を流す。

悔しくて、堪らなかった。

 

 

 

『…すまなかった。君を助けると言って、助けてやれなかった。痛い思いをさせた、辛い思いをさせた。

すまなかった。君にいくつも、隠し事をしていた。いたずらに君を悩ませた。苦悩させた』

 

 

『…すまなかった。

俺は、君に…

君を、愛していると一度も言わなかった』

 

 

『……!』

 

 

『……俺は、君に恋を向けてもらう者として、不適格だ。それでも、遅すぎるかもしれないが。それでも。

…俺は君のことを愛している』

 

 

『……』

 

 

『…すぐには、迎えに行けない。

だが必ず君を連れて帰る。信じてくれないか』

 

 

『ばか、だね。イドは』

 

 

『…』

 

 

 

『わたしは、ずっとあなたを待つよ。

信じてくれなんて言われなくても、ずーっと。

…どれだけ辛くても、頑張るよ』

 

 

『……あなたの今の言葉の、それだけで。

何もかも、耐えられるから』

 

 

 

それを最後に。

クシーの声が聞こえなくなる。意識を失ったのか、再び契約の意思疎通を封じる何かが使われたのか。どちらにせよ、もう二度と会話はできないだろう。彼女を、連れ戻すまでは。

 

 

 

(……必ず、助け出す)

 

 

最初は、打算からの関係だった。

利用をする為に。

自分を愛させて、自在に動かす為の駒だった。

 

いつからだ。

彼女が厭そうにこっちを見た時か。

初めてその背で空を見た時かもしれない。

初めて、我の翼と彼女を読んだ時か。

 

…初めて、彼女が笑った時だろうか。

 

 

 

元々は打算で救ったあの少女を。

否、救ったからこそ、愛してしまった。

 

それは、吐き気のするような自己愛だ。

自分が救ったから、愛する。

気持ちの悪い、出来損ないの愛。

 

ただ、それでも、愛してしまった。

ただ君を愛する。

 

 

 

(だから、俺は)

 

 

もう、止まりはしない。

何を犠牲にしても、全てを殺しても。

 

 

 

彼を動かすものは、復讐。

そして、泥のように薄汚れた愛。

ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

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